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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
311/324

310話

 新人合同自主トレはあっという間に過ぎて行った。

 最初は軽い練習だったが、徐々に実戦的な練習もこなしていくようになった。

 軽い投げ込み、軽いバッティング練習、軽い守備練習。軽めの練習ではあるが、だいぶ同期の能力というのが見えてきた。


 まず榎木。こいつは良い選手だ。

 今年の夏の甲子園はショートに西川という実力も話題性も十分な選手がいたから陰に隠れがちだが、走攻守三拍子兼ね揃えている。曲がりなりにも大分では中堅校止まりだった由布商業を引っ張って甲子園に導いただけはあるし、日本代表に選ばれるだけの実力はある。

 まだまだ肉体は高校生だから、これから肉体改造とかしていくだろうし、最初の1、2年は二軍だろうが、3年目あたりから頭角を現してきそうだ。育成が失敗しなければな。

 こんなのがドラフト五位で取れたとか、シャークスの豪運凄すぎだろう。


 支配下登録のドラフトでバッターは榎木のみ。育成では川井が外野手だ。

 川井は西東京地区の野球伝統校、長谷田実業の三番センターを任されていた。正直東日本の学校の選手はあまり詳しくはないが、こいつの噂はある程度聞いている。

 一年の秋からスタメンで出場していた彼は二年生の時に春夏甲子園出場を果たしている。二年の秋からはキャプテンを任されてショートに転向。内野の守備は酷かったらしいし、チームをけん引する能力も弱かったらしくて、二年の秋、三年の夏共にチームがバラバラな状態だったらしい。

 だがプレイヤーとしてのバッティング能力は高いとの事。右投げ左打ち。長距離ヒッターというよりは中距離ヒッター。ライナー性の打球が目立つ。

 まだ木製バットに慣れていないようだが、いつの日か支配下登録されることを期待している。


 この二人を除いて、あとはピッチャーだ。

 シャークスはここ数年、投手陣の崩壊が目立っている。

 今の監督が堪え性がないようで、とにかく先発が少しでも乱れるとすぐリリーフに頼る癖がある。そうしているとリリーフのほうが疲れがたまっていき、そして中盤終盤で故障者が出てくる。

 そうなるとピッチャーは頻繁に入れ替わるのだが、いかんせん人材不足だし、何連投も耐えきれるピッチャーがいない。怪我の繰り返しまともなピッチャーがいない。

 この監督の堪え性のなさに加えて、先発陣もイニングを食えるピッチャーが少ない。エースピッチャーの鵜城(うしろ)さんぐらいで、あとはまともなピッチャーがいない。

 シャークスは投手野手問わず問題を抱えているが、大きな爆弾はここだろう。

 それだけに今年のドラフトはピッチャー優先な感じになっていた。 


 即戦力筆頭は俺。その次がドラフト二位、目下ライバルになりそうなのが川村さんだ。

 大学生で即戦力と期待されている。巷でもなんで川村さんが二位指名なのかと驚かれるほどらしい。

 正直、大学野球や社会人野球はあまり詳しくないのだが、軽い投げ込みで川村さんのボールを見たとき、その評判には納得した。

 軽めでも十分力の乗ったストレート。このストレートだけでもプロ野球で食っていけそうなぐらいだ。

 こんな人が同期にいるとか、一位指名で浮かれている暇はないな。浮かれているつもりもないけど。


 三位の志村さんはまず人間性がやばい。尊敬の念しか抱けない最高の御仁だ。

 プロ野球選手としても悪くない。確かに噂通りボールは乱れがちだが、投じるボールの球質がいい。綺麗にスピンがかかってて打ちづらそうなボールだ。

 ただ武器がこのストレートぐらいなのが玉に瑕か。年齢も来年で25歳。俺や川村さん以上に結果を求められる年齢だ。素直に人間性が好きなので、プロの世界でも生き残ってほしい所だ。一緒に頑張りましょう。


 四位の永井さんもタイプ的には速球派か。というか速球派しかとってないけど大丈夫なのかシャークス。

 永井さんは社会人野球の頃からリリーフを任されてて、同期の中で一番リリーフ経験が豊富だろう。それだけに現在投手陣が壊滅的なシャークスの救世主になりえるだろう。

 短いイニングならストレートも投じるスライダーもいい感じらしいし、即戦力として期待できるだろう。


 ドラフト六位の藤嶌さんは順位こそ低いものの、ベースボールの本場アメリカ仕込みのパワーボールが魅力だ。そう彼も速球派だ。

 なんだ? 監督が速球派ピッチャーでも好きなのだろうか。もっとこう、軟投派とか技巧派とかバリュエーション豊かに投手を獲得できなかったのか。

 アメリカで158キロを記録したというのはあながち嘘ではなさそうで、投じるボールがとにかく早い。

 コントロールはノーコン気味なのが問題だが、制球力が身についてくればかなり心強いだろう。


 最後に育成選手で登録された宮嶋さん。

 大学野球出身のサウスポー。球速自体は遅いが変化球が豊富。だが大学時代はこう目立った活躍はしていないらしい。

 なんというかパッとしない。いまいちプロとして武器になるものがないというか……。育成登録なのはそれ故なのかもしれないが。


 同期の力量はだいぶ把握した。

 彼らはこれから共に優勝を目指す仲間であり、時にはライバルになる存在だ。

 これからの野球選手人生の中でも特別な存在になっていくのだろうな。



 合同自主トレのあと、記者に囲まれた。

 昨年の夏、甲子園を盛り上げ、甲子園を支配した俺は現在、スポーツ新聞の記事欄も盛り上げている。

 まだまだ合同自主トレだというのにいちいち俺のことを記事にしているらしい。

 例えば「佐倉、プロ初ブルペン入り」とか「佐倉、練習で150キロ連発!」とか。

 ルーキーは注目されすぎると、逆に本領を発揮できないと言われる事も多いが、俺はその逆だ。注目されればされるほどにその真価を発揮する。そういう性分という奴だろう。


 マシンガンのように浴びせられる質問に、俺は丁寧にそして高卒ルーキーらしく、ハツラツとした受け応えで返答していく。


 「首脳陣は春季キャンプで主力グループであるAグループに佐倉選手を連れて行くと発表しましたが、今のお気持ちをどうぞ」

 こうして、またも記者に質問された。

 俺は自称イケメンスマイルを浮かべながら返答する。


 「とっても楽しみで待ち遠しいです。周りは日本屈指のプレイヤーばかりなので、盗めるところはどんどん盗もう思います」

 俺の答えを聞き、どこかご満悦の様子の記者たち。

 これはしっかりと受け応えできたと、心の中で自負する俺だった。



 合同自主トレが終わった翌日のオフ、藤嶌さんの提案で同期全員で広島観光をする事となった。

 広島と言えばやはり最初は原爆ドームだろうか。広島シャークスのプレイヤーになり、今まで以上に身近なものとして後世に語り継がねばならないか。


 原爆ドーム、平和記念公園を回り、本通商店街をぶらつき、先輩から勧められたお好み焼き屋で広島のお好み焼きを食べる。

 午後からは宮島のほうへと向かい、厳島神社でプロでの活躍を祈願し、もみじ饅頭を食べる。


 なんて事のない観光だけの一日。

 だけどとても楽しい。こういう何気ない日を同期と過ごすことで、同期の性格も良く把握できる。


 やはり一番尊敬すべきは志村さんだ。

 緩衝材というか人によって柔軟に対応している。優しく包み込むような包容力。見習うべき性格だ。


 川村さんは粗暴な性格だ。口が悪いのもあって凄い近づきづらい雰囲気をまとっている。

 だが根は優しいようで、ふとした時に彼の優しさを垣間見る。DV彼氏みたいな男だなこの人。

 あと酒癖が酷い。酒好きなのが余計にタチが悪い。


 永井さんはこう大人っぽい雰囲気をまとっていて、話しかけづらい。

 だがいざ話してみると明るく陽気な人だ。


 藤嶌さんは柔軟に人に合わせているし、話の進行役というかまとめ役のような感じ。この人がいるおかげで会話がだれたりすることもなく和気あいあいとした空気を保っている気がする。


 榎木はいじり役だ。からかい甲斐がある。

 彼も慣れているのか、誰かがからかうたびに上手い返しで俺達を笑わせてくれる。


 宮嶋さんは笑い上戸。とにかくよく笑う。しかもつられて笑ってしまいそうなぐらい笑い方が上手い。


 川井はおっとりしていて、ワンテンポ遅いというかなんかゆっくりしている。

 こんな性格しているからキャプテンは向いていないのだろう。正直こいつをキャプテンにしたとか他の部員や監督は何をしていたんだ。


 という具合に同期の性格も把握して、俺の立ち位置も把握していく。

 数週間前までは新しい環境に一抹の不安を覚えていた俺だったが、今ではこの新しい環境を好ましく感じている。

 それもこれも、同期がみな良い性格をしているからだろう。

 少なくとも俺は当たりを引いたのだと思う。


 さぁ合同自主トレも終わった。もうまもなく春季キャンプが始まる。

 気合い入れて頑張るぞー!

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