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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
2章 天才、七転八起する
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30話 大会前のリフレッシュ

 岡倉とひと悶着あった翌日、23日。

 今日は祝日、朝から練習を始め、午後3時で終了となる。

 昨日、岡倉とあんな事があったが、岡倉はケロッと忘れているみたいだ。いつも通り、俺にダル絡みをしてくる。今までの関係は崩れていない。少しホッとした。

 その反面、一夜明けて、岡倉の思いを聞かずはぐらかした自分に嫌悪感も沸いた。だが、あそこで告白されても断っていたし、ギクシャクしたりしたらアレだしなぁ。


 「英雄? どうした?」

 壁に手を当てて悩む俺を見て誉が声をかけてくる。


 「なんでもない」

 「大丈夫か? エースがその調子じゃ県大会勝てないぞ。もう明後日なんだし」

 「そうだな」

 明後日には県大会初戦を迎える。

 俺は先発登板せずライトで出場するが、こんな事で悩んでちゃダメだよな。



 練習も終えて、グラウンド整備をし、部室へと戻る。

 部室に戻り、メールを確認する。沙希からメールがあった。

 来たのは十数分前、今山田駅にいるとのことだ。


 メールの返信をする。部活が終わったことと、シオンガーデン山田の出入り口で落ち合うことを約束する。


 「英雄! 帰り飯食ってこうぜ」

 「悪い、この後用事あるんだ」

 大輔の誘いを断りながら、ユニフォームから制服に着替える。


 「まさか英雄! 女とデートか!!」

 ここで食いついたのは恭平。

 女と遊ぶがデートではない。


 「違う。友人と遊ぶんだ」

 「お前、俺ら以外の友人いないだろ! 嘘つくな!!」

 いつから俺が友達少ない奴になったし。

 普通に野球部以外にも友人はいるし、普通に遊んでいる。


 「大体お前! 昨日岡倉と乳繰り合ったばかりだろう! 今度は別の女と乳繰り合う気だろう! このド変態野郎!」

 その言い方、めっちゃ嫌なんだけど。

 ちなみに恭平には朝から「昨日岡倉とどこのホテルいったんだ? 名前だけ教えてくれればすぐ分かるから」とめっちゃ絡んできていた。

 別にラブなホテルなど行ってないので、ウザい上に怠かった。


 「だから岡倉とは乳繰り合ってねぇ」

 「嘘つけぇ! 今日の岡倉めっちゃニコニコしてたぞ! ゆうべはおたのしみでしたね! ってかこの野郎!」

 「うるせぇ! だからなんもしてねぇっつうの!」

 恭平が騒ぐと部内は不思議と笑いが起きる。

 場を盛り上げ、場の雰囲気を良くする。下ネタ言ってるだけなのに場を和ますのは、こいつの人となりというか、一種の才能なんだろうなぁ。


 「そんじゃあ俺もう帰るからな」

 「待て英雄! 最後に岡倉とどこまで行ったか教えろ? カップルになったのか!? それともおっぱい揉んだのかぁ!?」

 「カップルにすらなってねぇ。ってか映画見ただけだ!」

 それだけ答えて、俺は部室を後にする。



 高校最寄りのバス停で、シオンガーデン山田行きのバスへと乗車する。

 シオンガーデン山田は高校前の停留所から2つ先のバス停だ。


 ≪次はーシオンガーデン山田ー。シオンガーデン山田ー≫

 降りようと降車ボタンを押そうとしたが先に誰かに押された。

 さすが山田市随一の人気スポット。祝日だけあってバスの中も混んでいる。この多くが次で下車するだろうな。


 シオンガーデン山田に到着する。案の定、一気に乗客が下車していく。

 まぁシオンガーデン山田より先は団地などの住宅地しか止まらないし、当然か。

 バスを降りたところで、一度周囲を見渡す。沙希は見つからない。続いて電話をする。


 ≪もしもし?≫

 「おぉ沙希か。今どこだ?」

 ≪A出入り口の近くだけど?≫

 どこだよ。ってか出入り口多すぎて把握しきれていない。

 シオンガーデンなんて滅多に来ないから、土地勘がない状態だ。


 ≪英雄もしかして、今バス停前にいる?≫

 「おぅ。もしかしてそっちから見えるか?」

 ≪うん。今向かうね≫

 マジかよ。俺は視認できなかったぞ。

 とりあえず沙希に気づいてもらえるよう両手をあげて、変な挙動をしてみる。

 もうまもなく沙希が走ってきた。


 「お! 発見!」

 「英雄なにやってんの?」

 会うなり呆れた表情を浮かべている沙希。


 「いや、こうすれば分かり易いかと」

 「人がたくさんいるんだからやめてよ。恥ずかしいから」

 何故か沙希のほうが恥ずかしがっていた。


 「そんじゃあ、シネマ行きますか」

 「うん」

 そういって照れ顔を浮かべる沙希。

 何故かもじもじしている。


 「お前もしかして……」

 「あ、気づいた?」

 あぁそのもじもじ、一発で気づいたよ。


 「お花摘み我慢してたんだろ。先に行ってこいよ」

 イケメンスマイルを浮かべる俺。

 お花摘みとはトイレの隠語だ。


 沙希はキョトンとした表情を浮かべた後、なんかため息をつかれた。


 「そうじゃなくて、髪型ちょっと変えたんだけど……似合う?」

 ごめん、髪型変わってたのまったく気付かなかった。

 ってか全然変わってねぇ。もうちょいさ坊主頭にするとかさ、かなり劇的な変化を加えてくれよ。


 「沙希ならどんな髪型も似合うぜ」

 だが本心はどう思おうが、口からは自然とイケメン発言がこぼれてしまう。さすが俺だ。

 だけど沙希は、これが本心じゃないと見透かしたようで、いつものように呆れている様子。


 「英雄に聞いた私が馬鹿だったわ」

 なんだその俺はかなり鈍感みたいな言い方は? 俺、結構敏感なんですけど?

 まぁいい。ここで口論しても話が始まらない。沙希と並んでショッピングモール内の映画館まで向かう。


 「英雄、練習終わりなんでしょ? なんか軽く食べる?」

 「いやいい。昼飯は食べたし、そこまで腹減ってない」

 「そっか」

 並んで歩きながら、いつものようにテンポ良く会話をしていく。

 これでも中学以来の付き合いだ。既に親友と言えるほどの仲の良さだ。



 そうして映画館に到着し、昨日と同じ映画を見ることとなった。

 今大人気の恋愛映画「夢と共に去りぬ」だが、恋愛シーンよりも殺陣のシーンや終盤の膨大な敵軍に少数の侍たちで突っ込む激熱シーンのほうが俺は好きだ。

 昨日と続いて二度目だというのに、最後のシーンはやはり滾る。

 そして二度目の濡れ場シーン。一度沙希を見る。岡倉と違って沙希は真顔で見ている。ここが岡倉と沙希との違いだ。沙希は俺の手を握ろうなどとせず、真剣に見ている。一つの映画作品として見ているからだろうか。


 こうして二度目の映画鑑賞終了。

 暗くなっていたシアターが明るくなり、途端に観客がゾロゾロとでていく。

 俺は一つ伸びをしてから立ち上がる。


 「っで、この後どうするよ?」

 「うーん、このまま帰るのもアレだし、なんかする?」

 「なんかするってなにすんだよ。ショッピングとか勘弁してくれよ」

 中学時代に沙希とショッピングしたときは、こいつが服一つ選ぶのにめっちゃ時間かけたせいで、昼に帰る予定だったのが気づいたら夜になっていたことがあった。


 「とりあえず、どっかでゆっくり話さない?」

 「オーケー」

 ってことで沙希と喫茶店へ。

 くしくも昨日岡倉と来た喫茶店だった。



 「中々面白かったね」

 「あぁ、最後のシーンはやはり滾ったわ。あのシーンは邦画アクションの未来がつまってると思うわ」

 沙希の感想に俺が答える。

 普段は洋画のアクション映画しか見ないが、少し邦画を見直していた。

 今度、この映画の監督をした人の作品を見てみよう。


 「やはりって、前に見たの?」

 「え? 言ってなかったっけ? 昨日岡倉と同じ映画見たんだよ」

 「え!? 岡倉さんと!?」

 急に大きな声をあげる沙希。

 不思議と店内の客がこちらを見てきた。


 「店内ではお静かにしてくださいよ」

 「あ……うん……」

 俺が冗談っぽく言うと、沙希は顔を真っ赤にして俯いた。


 「それより岡倉さんと来たってどういうこと?」

 顔を真っ赤にしながら問い詰めてくる沙希。

 なんか顔が怖い。


 「いや、お前と同じ理由だよ。あいつも俺の誕生日にまったく同じ映画のチケットよこしやがってよ。せっかくだから、昨日部活終わりに行ったんだよ。あいつさー濡れ場のシーンで顔をめっちゃ真っ赤にしてやがんの。ピュアにも程があるだろって話だよなー」

 昨日の件を冗談話にしながら沙希に話す。

 だが沙希は笑ってくれなかったが。正確には作り笑いのような笑いを返してくれただけだった。


 「……もしかして、英雄って岡倉さんと付き合ってるの?」

 沙希が聞いてくる。

 そこで昨日の岡倉の告白未遂を思い出した。


 「いや別に。でも、昨日コクられかけたな」

 「え!? それ本当!?」

 二度目の大声を放つ沙希。

 馬鹿かこいつ。客がまたしてもこちらを見てくる。


 「どうどう、落ち着けよ沙希。ここは店の中だ」

 「あっ……」

 口元を抑えてもう一度顔を赤くして俯く沙希。


 「岡倉さんに告白されたって本当なの?」

 先程よりも小声で聞いてくる沙希。


 「いや告白はされてない。告白されかけたけど、俺の機転でそこまでには至ってない。よって告白されてはいない」

 「なんで告白させなかったのよ。岡倉さん可哀想じゃん」

 おっしゃるとおり。俺も今更になって罪悪感を覚えている。


 「いや、だって秋の県大会前だぞ? これで告白断ってマネージャーとエースがギクシャクしたら、チームにも悪影響及ぼすかもしれないだろう?」

 「それでも岡倉さんは本気で告白しようとしてたんでしょ? いくらなんでも酷過ぎると思うけど」

 何故か説教モードに入る沙希さん。

 さすが3人の弟妹(ていまい)を持つ沙希だ。お姉ちゃん属性がにじみ出ている。


 「あそこで告白されても、俺は絶対断ってた。だから告白を先延ばしにしただけだ」

 「それ、キープってやつでしょ? 英雄サイテー」

 「その言い方やめてくれ。別にキープしたつもりはない。現状維持しただけだ」

 「それをキープって言うのよ英雄?」

 沙希のお説教に俺は何も言い返せない。

 心の中でも俺も若干思っていたことだ。だからといって、岡倉と付き合う気はないし、もう一度告白させる機会を作るつもりはない。


 「去年の英雄だったら絶対喜んでたのに、どういう心変わり?」

 確かに去年の俺だったら女子から告白されたら、余裕でオーケーしちゃっていただろう。

 いや、去年の俺でも、さすがに話しているだけで疲労感を感じさせるデビル岡倉の申し出を受け入れるかは微妙か。

 そしてどういう心変わりかという質問。答えるのに悩む必要なんてない質問だ。愚問でしかない。 


 「そんなの決まってんだろ。今の俺には野球がある。今は野球が楽しくて仕方ない。それだけだ」

 そう、野球を始めたからだ。

 再び始めたきっかけは些細な事だったかもしれないが、今の俺は、かつての俺よりも野球好きになっていると自信を持って言える。

 俺の答えを聞いた沙希は満足そうだ。


 「うーん……まぁ、英雄らしい答えね」

 「なんだよ俺らしいって?」

 「私の知ってる英雄は、女子よりも野球が好きで、恋愛よりも野球を選ぶ男の子だからさ、なんか嬉しい」

 そういって微笑む沙希。

 その彼女を見て、俺は若干視線をそらした。


 「そんな事言われると照れるからやめてくれ」

 「あれ? もしかして英雄照れてる?」

 今照れるって言っただろうが。


 「とにかく、今の俺は野球で忙しい。恋愛ごとにうつつを抜かしてる暇はない。今の俺は、たとえ貴様に告られようとも断るからな」

 「はぁ!? べ、別にあんたのことなんか好きじゃないし! 変なこと言わないでよ馬鹿英雄! 本当最低! だから女子から嫌われてるのよ!」

 冗談で言ったつもりだが、めっちゃ拒絶反応しめされた。

 いくら沙希とはいえ、ちょっと傷ついたぞ。



 喫茶店を出て、バス停最寄りの出口まで向かう。

 っとここで、雑多する人ごみの向こうで見知った顔を見つけた。

 恭平だ。いや恭平だけじゃない、大輔や誉、哲也や須田、亮輔など野球部の面々が勢ぞろいしている。まずい。今ここで恭平たちに見られたらなに言われるかわからない。


 「沙希、こっち来い」

 「え!?」

 沙希の手を握り、壁に姿を隠す。そうして、そっと壁際から連中の様子をうかがう。

 恭平、なにをやってるんだ? 両手をあげてゆらゆらと腰を振りながら歩いている。まるで、さっき俺がバス停前でやってたような行動をしている。なるほど、周りからはあぁ見えていたわけか。今後やめよう。あれはすごく馬鹿っぽい。


 「ひ、ひひ英雄! 手! 手!」

 「うるせぇ沙希。今は黙ってろ」

 「だから手!」

 そういって沙希は顔を真っ赤にして俺の右手を左手でペシペシたたく。

 おっと、まだ沙希の右手を握ったままだったか、パッと離す。


 「どうしたの急に?」

 「いや、今野球部の連中がいたからな。このまま遭遇したら、俺たちカップルと思われかねん」

 「はぁ!?」

 だから大声出すな沙希。気づかれるだろう。

 特にあっちには哲也がいるんだ。沙希の声なんて数千里離れていようと聞き分けるはずだ。おそらく。


 「ひ、英雄とカップルとか無理! さすがに無理!」

 だからそう拒絶するなよ。

 マジで傷つくから、俺のガラスのハートに傷が付いちゃうから。


 「とにかく、この状況を恭平に見られたらなに言われるか……」

 間違いなく「男の友情よりも女を選びやがったな! このヤリチン野郎!」の一言は飛ぶはずだ。

 一年間、あいつと関わってきた俺なら一字一句、言う言葉を推測できる。


 「恭平って嘉村君のこと? あの人、凄いよね」

 沙希も納得する凄さ。さすが恭平だ。


 「正直英雄が女子の評価低いの、嘉村君と関わってるからだと思うよ」

 「マジで?」

 知ってた。

 そんなのお前に言われなくても分かっとるわ。


 「うん、嘉村君と仲いいって事で英雄の評価も下がってる感じ、三村君のほうは女子から人気だけど」

 そら大輔は、俺と違って恭平とエロ談義で盛り上がったりしてないしな。当然の結果とも言える。

 だがさすがは恭平だ。そばにいるだけで周囲の人間の評価を一緒に下げるとは。貧乏神かなにかなのかあいつは?


 「英雄はさ、中学の頃もそうだけど、本来なら女子から結構人気あるんだよ?」

 「マジで?」

 そっちは知らなかった。

 ってか沙希、知ってるなら教えてくれても良かったんじゃないかな?


 「英雄はスポーツ万能だし、話もそこそこ面白いし、なにより……格好いいし」

 何故そこでボソボソ声になる沙希。言いたくないのか? 認めたくないのか?


 「とにかく女子から人気あるんだから、嘉村君と関わらなかったら、すぐにでも彼女とかできた思うんだけど?」

 沙希の考え。まったくもって正論だ。

 恭平と関わっている限り、俺に彼女はできないだろう。それぐらい恭平の女子からの評価は半端ない。そして恭平と馬鹿騒ぎする俺も、間違いなく評価は地の底にあるだろう。

 だが……。


 「それがどうした?」

 「え?」

 「女作るために親友裏切るなんて真似は俺には出来ない。確かに恭平は、TPOをわきまえず、どこでも騒ぎ、下ネタを叫び、エロ本、AVのタイトルを白昼堂々読み上げるような奴だが、あいつといて笑いに困ることはない」

 そう、恭平は面白いやつだ。

 あいつといて笑いに困ることはないし、馬鹿騒ぎしてると楽しくなってくる。


 「女の評価がどうなろうと、俺は恭平とずっと仲良くしていくぞ。恭平だけじゃない。大輔に哲也、その他大勢の友人皆々様と仲良く付き合わせてもらうさ。男は黙って愛よりも友情だ」

 自身の思いを沙希に伝えて、俺は笑みを浮かべる。

 俺の答えを聞いて沙希はどこか嬉しそうに笑った。


 「英雄らしいね」

 「だろ?」

 今回の英雄らしいという発言には、素直に頷ける俺だった。



 この後、俺たちは恭平たち野球部員に見つかることなく、バス停まで向かい、そのまま最寄りの停留所まで向かった。

 こうして沙希との久しぶりの遊びは終わりを告げるのだった。

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