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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
301/324

300話

 龍ヶ崎と岡倉の一件の翌日。月曜日。

 朝の寒さに身を震わせながら校門をくぐり、昇降口へと歩いていく。


 「うん?」

 大あくびを掻いた後、ふと視線の先で龍ヶ崎と岡倉を見かけた。

 駐輪場から昇降口へと向かう途中の様だ。目を凝らすと龍ヶ崎と岡倉の手が繋がっている。そして遠目からでも分かるほど、龍ヶ崎の緩み切った笑み。


 「あっ! 英ちゃん! おはよう!」

 ……昨日の事もあったし声をかけようとふと思ったがやめておこう。なんて考えてたのに、岡倉に見つかった。

 このまま無視するのもアレだし、俺は左手を軽く上げながら「おはよう」とだけ返す。

 二人が近づいてくれば近づいてくるほど、龍ヶ崎のだらしない笑顔が目に付く。普段クールなイケメンという言葉がぴったしな龍ヶ崎が、ここまでデレデレした笑顔を浮かべるとはな。なんだろう、一発平手打ちをしたい。


 「朝からお熱いな」

 「うん! 達也君の体温かいから寒くないよ!」

 「おいやめろよ美奈」

 そういって龍ヶ崎に抱きつく岡倉。龍ヶ崎は驚きはしたがまんざらでもないようで、一目を気にせずイチャイチャし始めた。

 なんだろう。今すぐ龍ヶ崎に関節技を決めたい。

 …なるほど、これが周囲から見る俺と梓の姿なんだろうな。うん、こうして少し離れた位置から見るとアレだな。酷くうっとうしいな。これからは人前で梓とイチャイチャするのも少し考えよう。



 昼休み、面倒くさい授業も終えて背伸びを一つかます。


 「英雄君!」

 そうしてやってきたのは梓だ。よし来た。俺は立ち上がり彼女に向けて手を一つあげた。 

 ここ最近の昼休みは彼女の手作り弁当を食う日々が続いている。母上殿にも弁当は作らなくていいと伝えている。


 「よし、食べっか」

 「ちょっと待ったぁ!」

 俺と梓が一つの机を占拠して弁当をを食べようというところで、教室に響き渡るほどバカでかい男の声が聞こえた。

 こんなバカっぽい声をあげれるのは教室には一人や二人しかいない。

 声のほうへと振り返る。そこには左足を椅子の上にのせて、その膝小僧に左腕を乗せて格好つけている恭平の姿があった。


 「なんだよ」

 「なんだよ、じゃねぇよ英雄! ここ最近のお前、どうかしてるぜ! 一に女、二に女、三四も女で、五も女! 女ばっかりの日々じゃねぇかよ! 彼女できたからって(さか)りすぎだぜお前!」

 相変わらず下ネタ全開の恭平。これでも千春の前では下ネタはあまり言わないらしい。千春情報なのだが、にわかに信じられない話だ。

 というか、人聞き悪い事をいうな。しかも暗に否定できないのがもどかしい。


 「まぁ仕方ない。お前も男だ。だから仕方ないさ。俺だって女と遊びに遊んでたからな。仕方ないさ、そう仕方ない。でも英雄は女遊びが激しすぎるぜ! そこは昔と変わらねぇな!」

 思わず恭平の脳天目がけてチョップをくらわしていた。公衆の面前で、なにより梓の前でなに言ってやがる。

 いや、確かに恭平の言う通り、昔から女と遊びに遊んでたよ。今だって梓と昼飯を食って、梓と帰っているし。

 でもさお前が言うと卑猥になるんだよ。もうちょい言葉を選べ。


 「英雄…親友に向かってこんな事する奴にまで成り下がったのか!」

 「勘違いするな。好きでチョップしただけだ」

 「ふん、ツンデレ発言か。つまり本当は、俺のことが嫌いでチョップしてるんだろう? …えっ?」

 呆気にとられる恭平に、あえて俺は満面の笑みを浮かべる。


 「俺たち、親友じゃねぇのかよ!? もう家族と言っても過言じゃねぇだろう!?」

 「馬鹿を言うな。仮に親友だとしても、家族と言う点は認めねぇぞ」

 これを発端にし俺と恭平は軽い口論をする。

 懐かしい。ここ最近じゃ梓と付き合う前も、中村っちや鉄平としか関わっていなかったからな。こんなにこいつと話したのは久しぶりだ。


 「それはともかく英雄! 今日の昼休み。ガールフレンドとのランチはキャンセルだ」

 「はぁ? なんでだよ?」

 梓の仲裁もあり口論も終わった所で、恭平がそんな事を切り出した。


 「大輔と三人でボーイズトークするんだよ。俺も大輔も彼女との飯をキャンセルしたんだからな。お前もキャンセルしろよな」

 「お前、梓の前でそんな事言われたら断りづらいだろう」

 別段大輔と恭平の二人と話すことに抵抗があるわけじゃないが、今は梓のそばにいたいという思いもあった。

 一度梓のほうへと向く。恭平は「梓! 梓! 梓! かぁぁぁぁぁ! これだからバカップルは! ぺっ!」とわめいているが無視だ。


 「梓、話聞いてたと思うけど…」

 「私は大丈夫だよ英雄君。私も久々に友達と弁当食べる事にするから」

 笑顔を浮かべて梓は俺へと弁当を手渡してくる。

 その笑顔を見て、俺も頬を緩ませた。


 「急でごめんな。この埋め合わせは、いつかするよ」

 「ううん気にしないで」

 という事で、急きょ大輔と恭平と弁当を食う事となった。

 後ろのほうから「うおぉぉぉぉぉ甘い! 息が出来ない! がっ! あま…すぎる! うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」と恭平がわめいているが無視だ。



 訪れたのはA組。大輔の教室だ。

 俺達D組とはまた違うクラスの雰囲気をしている。

 そんな教室の中央で弁当をガツガツ食べる男を見つけた。大輔だ。

 相変わらずデカい弁当をガツガツ食べている。そのうえ別の弁当箱がある。かわいらしいピンク色の弁当、彼女さんからもらった弁当だろう。


 「久しぶり大輔」

 「ん? よぉ英雄! 久しぶりだな!」

 大輔は俺に気付き笑顔で俺の名前を呼んだ。

 ここ最近、恭平以上に会話をしていなかった大輔。凄く久しぶりだ。


 「おや? 英雄、お前ずいぶんと可愛い弁当なんだな」

 「これは梓のセンスだ。俺に言うな」

 大輔の前の席を勝手に座る。女子だろうとお構いなしだ。

 続いて恭平もすぐそばの椅子に座ったところで、別の席に座っていた女子の一人が「嘉村私の椅子に座んな!」と恭平へと叫ぶ。相変わらず女子から嫌われてんなお前。


 「梓って…あぁ鵡川か。普段下の名前言わないから誰かと思った」

 「そういうもんだろう。俺もお前が彼女さんを下の名前で呼び始めた時は同じ感想もってたし」

 「なるほど、そうか」

 そういって笑う大輔。この笑顔も相変わらずだ。

 うん、ずっと会って話してはいなかったが、この空間は何も変わっていない。

 …ここ最近、色々と生活環境が激変したからな。こう変わらないものがあるというのは俺としてもありがたい。


 「それで英雄。お前どこまで行ったんだ?」

 「はぁ?」

 ここで恭平がニヤニヤ笑いながら聞いてきた。


 「はぁ? じゃねぇだろ。付き合い始めたんだからこう下世話な事もあるだろう? 手は繋いだか? 腕組んだか? ハグしたか? キスしたか? それともベッドインも済ませたか?」

 「恭平、段々俺に近づいてくるな。目潰ししたくなるから」

 俺に近づいてくる恭平に冷静な対応をする。

 こういう話は極力したくないんだがなぁ。まぁでも恭平がいる以上、こういう話になるのは致し方ないのか。


 「何もしてねぇよ。一応遊んでるくらいだ」

 「おいおい、カップルなんだから、腕組みぐらいまでは済ませておけよ」

 そう言って大袈裟にため息を吐くと「これだからチェリーボーイはやれやれ」と言って、両手を広げて呆れたジェスチャーをする恭平。

 ごめん今イラッとした。キャメルクラッチしても許されるよね?


 「んじゃ、てめぇこそ、どこまでしたんだ?」

 イラッとしたので、恭平に聞いてみる。

 恭平はニヤリと笑いながら小指をたてた。


 「キスまでは済ませた」

 その発言をした瞬間、とっさに俺は足が出ていた。思いっきり恭平のすねを蹴り上げる。机ががたんと動き、「アォ!」などという変な悲鳴をあげながら恭平が跳ね上がる。

 そうして椅子から崩れ落ちて机のそばで足を押さえているところで、すかさず無防備な恭平の背面に回りチキンウィングフェイスロックを決める。


 「いだだだだ!」

 「てんめぇ! 俺の妹に何してくれとんじゃあ!」

 「ギブ、ギブゥゥ!!」

 ここまで無意識の行動。小学校、中学校時代に毎日のようにクソ兄貴に関節技を決められていた俺は自然と自衛の術を身に着けていた。よもやこの場面でその術を披露できるとはな。

 とっさに行動だったとはいえ、恭平が本気でヤバそうな声をあげているし、このままだとやばいので技をとく。

 呼吸を整えている恭平を無視して椅子に座った。


 「しっかし英雄。お前って本当に妹好きなんだな」

 「なんといっても血をわけた妹だ。その妹がこんな下劣な男と交際しているんだ。心配だってするさ」

 「なるほどなぁ。でもまぁ恭平なら大丈夫だろう」

 そういって笑いながら弁当を食べる大輔。

 …まぁそこらへんの低俗な奴らよりも恭平のほうがマシなのは分かるけども。こうまだ分かるというのが余計にタチ悪い気がする。



 この後はダラダラと恭平や大輔と馬鹿話をする。久しぶりにこう男たちと馬鹿な話で盛り上がっている気がする。中々梓の前では話せない下ネタなんかでも盛り上がる。


 「そういや英雄、この前入団会見したんだろう? どうだプロは?」

 ふと恭平が野球の話題を出してきた。

 まさか恭平の口からこんな質問されるとは思わなくて内心焦った。


 「どうだって言われても入団会見しかしてねぇから分かんねぇよ」

 「でもめっちゃお前注目されてんじゃん。そこんところどうなんだよ?」

 「別に何も変わらんさ。俺は俺だ。どんなに注目されても俺は俺の野球をやる。なにも変わらない。だから注目されようが関係ないのさ」

 どんなに色恋沙汰に走ろうとも、どんなに話題の渦中に巻き込まれようとも、俺の野球への思いは、考え方は変わらない。

 俺は、自身で決めた信念のもとに歩み続ける。ここまであげてきた実績を自信にして進み続けるだけだ。


 「でもまぁ楽しかったよ。これからプロだ。テレビの向こうにいたスゲェ奴らとこれから対峙していくんだからな。今から楽しみでしょうがねぇよ」

 ニヤリと笑う。日本球界最高のバッターと呼ばれている選手や、毎年何十本とホームランを放つ助っ人外国人、待望の和製大砲と呼ばれるスラッガー、200本安打を放ったヒットメーカー、各球団の主力野手。考えれば考えるほどに対決したいバッターが浮かんでくる。

 どこか遠く感じていたあの場所に行ける。今はこうして遊んでいるが、刻一刻と近づいているのだと再確認する。


 「なんだか楽しそうだな」

 「そりゃ楽しいさ。これから行くのは日本最高の野球リーグだぜ? 楽しくないわけがない」

 恭平の言葉に俺は笑顔でうなずいて、ちらりと黙々と弁当を食べる大輔へと視線を向ける。その表情からは何も感じ取れない。あいつは何を考えている? 野球を辞めるという選択を後悔している?

 …大輔、お前は本当に、本当の本当に野球を辞めるのか? お前はそれで、それで良いのか?

 聞きたいと思った。心変わりはしたか? とか、大学で野球をやらないか? とか。でも結局それは俺のエゴなんだと思う。

 変に俺が言っても、拒絶反応を起こさせてしまいそうだしここは黙っておく。結局のところ、大輔の人生は大輔の物なんだし、俺があーだーこーだー言うのはダメなんだろう。


 「そういや英雄、最近哲也と話してるか?」

 「あ?」

 話題を逸らすように大輔が哲也の名前をあげた。

 思わず大輔を睨みつけていて、それに気づいてすぐさま視線を逸らした。


 「話してない」

 「…やっぱりなんかあったんだな。哲也に聞いても関係ないだろって突っぱねてくるし。何があったんだ? アレだったら俺も恭平も協力するぜ?」

 大輔の好意には感謝をしたいが、俺と哲也の話には関わらせたくない。

 哲也は哲也の事情があり、俺には俺の事情がある。大輔と恭平が介入したところで解決なんかしない。どちらかが折れなきゃ解決しない以上、当事者同士でカタをつけなきゃ真の意味での解決にはならないだろう。


 「ありがとう。けど大丈夫だ。気にすんな」

 「そうか、英雄がそういうなら…」

 ここで無理に干渉してこないのが大輔と恭平の良い所だ。

 本当心配させて申し訳ない。俺の見立てではそろそろ哲也のほうから話しかけてくる頃合いだろうと思ってる。


 「なんにせよ、なんか困った事があったら俺か恭平に頼めよな」

 「あぁ、分かってる。ありがとう」

 俺がうなずくと大輔はホッと安堵したような笑みを浮かべた。 

 大輔や恭平も心配してくれている。きっと哲也も十二分に分かっているはずだ。ならば、そろそろ話しかけて来い哲也。俺からは話しかけない。こちらは沙希と付き合えという哲也に見せつけるように梓と付き合い始めた身だからな。こちらから話しかけては哲也も意志が固くなってしまうだろう。あちらから話しかけるのを俺は待つのみだ。


 この後は話題を変えて、また馬鹿話で盛り上がる。

 昼飯を食い終えた後は誉や龍ヶ崎を茶化しに行くなど、昔みたいな馬鹿もやった。



 そうして予鈴が鳴り、恭平と共に自クラスへ。


 「梓、弁当ありがとう。今日も美味しかった」

 「ありがとう」

 教室に戻るなり、梓のもとへと向かい弁当箱を返却する。


 「そうだ今日の穴埋めだけど、帰りにどこか行かないか?」

 「え? 別に穴埋めとかいいのに。でも、うん行こう!」

 笑顔を浮かべる梓に俺も笑顔を浮かべる。

 こうして遊んでいられるのも限られている。残り少ない時間を楽しみに尽くすぞ。

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