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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
2章 天才、七転八起する
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29話 ロマンスは突然に

 翌日、9月22日。

 県大会の抽選会のために、今日は佐伯っちと哲也が居ない。

 そんな中で俺がキャプテン代理とし、チームを引っ張る。


 秋の県大会出場校は、順当な学校が目立った。

 城東、斎京学館、酒敷商業を始め、東部地区からは夏大ベスト8の寛成学園(かんじょうがくえん)、夏大ベスト4の理大付属。西部地区からは、夏大ベスト8の丸野(まるの)高校などが出場を決めている。

 どこも中堅校や強豪校。特に寛成学園、理大付属なんかは夏の県大会は二年生主体のチームだった為、現在でも力はあるだろう。

 どこと当たっても楽しみだ。腕が鳴るというものだ。


 どの選手も毎日真面目に練習をしている。

 やはり前よりも勝利への執念が出ていると言う事だろうか?

 俺の理論だが、野球をはじめスポーツは勝つ喜びを知らなければ、上手くなれないと思っている。

 良い勝負をしたとか、野球を楽しめたなんて言葉は、負けたチームが発する言葉だと思う。勝つからこそ野球は楽しいわけだし、これはどのスポーツにも言えると思う。


 「おらぁ! 龍ヶ崎ぃ! 声聞こえねぇぞ! 出してけぇ!」

 「……英雄、お前はベンチで座って何をしてるんだ?」

 「だって哲也いねぇと投げ込みできねぇし、佐伯っちが居ないから、俺が代理部長先生やってるわけっすよ」

 ベンチに座る俺を不思議そうに見る佐和ちゃんに、そう説明する。


 「そうか。じゃあ哲也が戻ってくるまで俺とマンツーマンで練習するか?」

 「遠慮します。戻ります」

 さすがに佐和ちゃんとマンツーマン練習とか、俺が殺されるのでベンチから立ち上がる。


 「まったく、エースのお前がしっかりチームを引っ張らないと試合には勝てないぞ」

 「任せてください! 俺が登板すれば、絶対に勝てますから」

 自信満々に答える。

 根拠はある。それは俺が天才だからだ。

 ……あれ? 今の俺、岡倉並の知能になってないか? おそらく昨日普段よりも岡倉と話をしてしまったせいだろう。


 「その態度だけはエースなんだがな。まだまだ未熟だぞ英雄」

 佐和ちゃんはやれやれと言わん感じの表情を浮かべている。


 「まぁ見ててくださいよ。来春の選抜甲子園で、投げる俺の姿をね」

 「死亡フラグを言うのは止めろ」

 何故か佐和ちゃんにそんな事を言われた。



 その後、戻ってきた佐伯っちの口から、初戦の相手が発表された。

 相手は北部Aグループ1位の佐久陽(さくよう)高校に決まった。

 佐久陽は夏大ベスト16になった高校だから油断は出来ないが、さっき話したチームよりも幾分楽だと思う。

 我が県の北部地区は、西部と東部に比べるとあまり強くない学校が多い。西部地区や東部地区から今まで甲子園出場校を多く輩出しているが、北部地区からは未だに甲子園出場校が無い。

 つまりそういうことだ。北部地区の学校はまだまだレベルが低い。

 それでも油断してると食われるだろうし、油断は禁物だ。


 さて、相手も決まったし、練習をしていこう!



 練習後、岡倉と二人ショッピングモールへと向かう。

 シオンガーデン山田。山田市の市街地から少し離れたバイパス沿いにある大型ショッピングモールだ。

 ここに併設してある映画館は岡倉からもらったチケットが使える場所でもある。


 「英ちゃん! 楽しみだね!」

 「そうだな」

 正直練習終わりでめっちゃ疲れていて、今すぐ家に帰りたいのだが、ニコニコしている岡倉に帰りたいなどと言えるわけがなく、作り笑いの一つ浮かべた。

 バスでシオンガーデン山田へと向かい、そのまま映画館に直行する。


 俺らが見るのは「夢と共に去りぬ」と言う邦画だ。

 西南戦争中の薩摩を舞台とした恋愛映画らしい。主演には人気俳優と人気女優を起用していることもあり、現在話題沸騰中でもある。


 本来、恋愛映画なんつう体がかゆくなる映画は見たくないのだが、凄い岡倉が楽しみにしているので結局見ました。

 映画自体は中々面白かった。恋愛映画ではあるが、舞台が西南戦争という事で殺陣(たて)のシーンがあり、これが中々気合が入っていて良かったし、恋愛もこうベタベタな感じではなかったので、見ていてむずかゆくはならなかったが。

 なのだが、途中で男女の絡みがあった。まぁアメリカ人風に言えば「OH! YES!」と女優が言うような、いかがわしい所よ。


 ふと岡倉を見ると、顔を真っ赤にしてる。

 まぁこういうのに疎く、何も知らない純真ピュアな岡倉でも、男女が裸になって抱き合ってたら恥ずかしくなるわな。

 っと、岡倉が俺の手をギュッと握ってきた。


 お前、今から俺小便行こうと思ってたのになにしてくれてんの?

 手をほどくのもあれだし、こういうシーンの後トイレ行きますなんて言ったら、別の意味に取られそうなので、ここは我慢しよう。

 クソ、なんて仕打ちだ。それとも岡倉はこうなることを見越して手を握ってきたのか?

 もしそうならば岡倉はサディスティックなのかもしれない。俺に我慢プレイなどと言う、新手のプレイを要求してきたわけだし。



 映画も見終わり、映画館を後にする。

 総評すると普通に良かった。主役の演技も普通に上手かったし、ラストの敵軍に突入するシーンも心たぎる熱いシーンだった。

 ただの恋愛映画じゃなかったので、俺は満足だ。


 「英ちゃん、ちょっと喫茶店でゆっくりしない?」

 「そうだな」

 ってことで岡倉の提案で、喫茶店でお茶をする事に。


 「それで岡倉、映画どうだった?」

 「え? あ、うん」

 映画の感想を聞くと、顔を真っ赤にする岡倉。

 こいつ、絶対濡れ場シーン思い出したな。濡れ場シーン如きで顔を真っ赤にするとは、いくらなんでも耐性なさすぎだろ。


 「英ちゃんのほうこそどうだった?」

 「中々面白かったよ。ただのイチャイチャする恋愛映画よりかは見てて楽しかった」

 「そっか。喜んでくれて良かった」

 笑顔になる岡倉。そういえばこいつからの誕生日プレゼントだったんだよな。

 嬉しそうにしている岡倉を見て、思わず和んでいる俺だった。



 ショッピングモールを出る頃には、真っ暗になっていた。

 時刻は午後9時前、岡倉は普段自転車で通学しているのだが、今日はショッピングモールに来るということでバスで来ているらしい。

 シオンガーデン山田から出るバスの路線図を確認すると、岡倉の自宅最寄りの停留所も通るみたいだ。


 「もうこんな時間だし、お開きにするか?」

 「えー! もうちょっと話そうよ!」

 さっきの喫茶店で十分話したと思うだけど……。

 まぁ仕方ない。せっかくだし、もうちょい話してやるか。


 「別にいいけど、どこで話すんだ?」

 「あそこ!」

 そういって岡倉が指さしたのはショッピングモールの駐車場そばに併設している噴水なんかある公園。

 かまわないけど、この時間、絶対カップルいっぱいいるんだろうなぁ。



 公園内を歩く。ライトアップされている噴水なんかあり、並んでいるベンチにはカップルがそれぞれ座ってイチャイチャしている。案の定という状態だ。

 来るんじゃなかった。来てから後悔する俺。


 「英ちゃん」

 「あぁ?」

 ここで岡倉が俺にスタスタと近付いてきた。


 「なんだ?」

 「あのね、英ちゃん大好き!」

 「……はい?」

 出てきた言葉がそれだ。本当に前触れも無く言われた言葉に何も言い返せなかった。

 なんだこいつ? 急にどうしたんだ!?


 「今日はありがとう英ちゃん! 凄く嬉しい!」

 俺の動揺に気付かない岡倉は、笑顔で話す。

 な、なにこの告白フラグ……。えっちょっ……スタッフさん、俺何も聞いてないですけど?

 ドッキリ? ドッキリなの!?


 「……そのね英ちゃん……私その……」

 もじもじし始める岡倉。

 待て待て! いくらなんでも急すぎるだろお前!


 「だぁー! ストップ岡倉! 待て待て待て!」

 やはり脳みそが付いて行けない。

 展開早すぎてさすがに心の準備が出来ていない。


 「うん? どうしたの英ちゃん?」

 「お前の言いたい事を一言でまとめてくれ」

 「えっ? だから英ちゃん大好きだって」

 「オーケーオーケー。俺も岡倉の事は好きです。でもゾウさんのほうが、もっと好きです」

 不思議そうにする岡倉。そうですよ。動揺してますよそらぁ!

 くそっ! これなら岡倉からもらったチケットで、鵡川とか藤川とかと一緒に来れば良かった。あいつら絶対俺にこんな事言わないだろうし、ここまで動揺しなくて済んだのに……。


 いくら岡倉であれ、こいつも女の子なんだ。沙希に比べれば、十分女らしい。恋愛映画を一緒に見に行こうと誘われた時点で、こうなることを予測すべきだったんだ。落ち度はこちらにある。

 だがしかし、まさか突発的に告白じみたことを言われるとは思わなかった。マジで動揺している。すっげぇ動揺している。いくら相手が岡倉といえど、俺もいち男子高校生なのだからな。女子に告白されて動揺しない男子高校生などいない。


 「私もゾウさんは好きだけど、英ちゃんのほうが好きだよ」

 そう言って照れたような笑みを浮かべる岡倉。普段見せている馬鹿っぽい笑顔ではない。こいつ、この場でそんな笑みを浮かべられるとか魔性の女かよ。

 ってか、こっちの一言に食いついて、その発言はやめてください。余計に動揺してしまいます。

 普段からこういう事は言われているが、場所が場所だ。カップルがいる雰囲気バリバリ良しの夜の公園だぞ。普段とは違う雰囲気の岡倉にドギマギしてしまう。

 クソ情けない。まだまだだな俺も。


 「オーケーオーケー! まぁよく考えてみたら、俺もゾウよりかはお前のほうが好きだ。だがな、俺には野球という彼女がいるんだ。野球より好きな奴を作れる自信がない」

 「そっか。じゃあ私の彼氏は野球になるんだね」

 「そうだな! なんて言ったって野球は万能だからな」

 岡倉のふわふわした性格のおかげで、告白フラグをぶっ壊す。

 こいつと出会って初めて、話題があらぬ方向にぶっ飛ぶこいつの性格に感謝した。


 「でもやっぱり、英ちゃんのほうが面白いし……」

 「こらこら考えなおすな!」

 「でも英ちゃんの事好きだし……」

 いや、だからって、こういう告白はもうちょい後にしようよ。

 お前が俺のこと好きなのはもう十分分かってるからさ。ここで告白断ってギクシャクしたらアレじゃん? 今秋の県大会前なんだよ? エースとマネージャーがギクシャクしたらチーム的にもアレだろう?


 「そういう告白をするならば、もうちょっとムードあるところでしなさい!」

 なんか言いたげな表情を浮かべる岡倉に俺が軽く説教をする。

 岡倉は「むー」と言いながら頬を膨らませる。


 「じゃあ、ムードあるところってどういうの?」

 ……考えてなかった。


 「アレだよアレ! ほら、アレだって!」

 必死に考えるが出てこない。

 岡倉がきょとんと首を傾げた。


 「そう! アレだ! たとえばさ甲子園出場を決めた夜とかさ! いろいろあるだろう? そういうアレだよ、うん!」

 結局出てきたのがそれだった。なに言ってんだ俺。

 んで俺が言い終えると、岡倉がパァっと笑顔になった。


 「じゃあそうする! 英ちゃん、甲子園出れるように頑張ってね!」

 「お、おぅ」

 なんか知らんが、余計な責任を背負ってしまった気がする。


 「それまで私、言うの我慢するから、頑張ってね英ちゃん!」

 「あぁ、うん」

 これは解決したというべきなのか? なんか問題の先延ばしをしただけな気がする。

 とりあえず、良かったと言うべきなのだろうか?

 まぁいい。直近の問題は解消したと言うことにしよう。


 「んじゃ帰るか」

 「うん!」

 天然の岡倉と一緒に並んで歩く。

 多分アホな俺は、明日にはこの出来事も忘れてしまうだろう。

 おそらく天然馬鹿の岡倉も、何日かしたら、こんな約束忘れてくれるだろう。


 今は彼女とか必要ないから、こういうのはすごく困る。

 岡倉はマネージャーだし、ここで愛の告白断って、明日から部活とかでギクシャクすると、チームにも影響及びそうだしな。

 エースにダル絡みするマネージャーと、そのマネージャーに呆れるエース。そういう関係が現状望ましいと思う。


 岡倉には申し訳ないとは思っているが、チームのため、野球のためだ。我慢してくれ。

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