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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
299/324

298話

 入団会見も終わり、野球の方はだいぶ暇になった。

 あとは自由登校期間まで学生生活を楽しむだけでいい。佐和ちゃんからも「あまりプロ入りだと考えず、今を楽しめ」と助言されたし、存分に楽しんでいこうと思う。


 さてそんな言葉に従うように、俺は今日も梓とイチャコラしていた。

 正直数か月前の俺が、今の俺の醜態を見ていたら恭平と並んで「うげぇ! バカップルだ! ゲロゲロォ!」とか「こっちにくんじゃねぇよ。バカップルが感染するだろうがゲロ野郎」とか叫んでいたことだろう。

 俺は恋愛映画嫌いで、こういう甘酸っぱい恋愛は苦手だった。過去に何度か女子と交際したことはあるが、そういうあまあまな関係になるのが嫌だったのだが、梓だけは別だ。

 彼女とはどこでもイチャイチャしたい。我ながらバカップルだと自覚はしているが、これだけはどうしてもやめられない。

 おかげで毎日のように恭平に「甘すぎて吐きそう」とか「この空間をスイーツにしたいのか?」とか言われている。


 そうして昼休み。今日も屋上で弁当を食べている。


 「佐倉!」

 何気ない雑談で盛り上がりながら、箸を進めるていると俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 声の主はすぐさま分かった。龍ヶ崎だ。あいつから俺に声をかけるなんて珍しい。


 「龍ヶ崎か。どうした」

 「頼む。助けてくれ…!」

 俺の前に現れた龍ヶ崎は必死な形相を浮かべている。

 どうやら急を要する件らしい。これは大事件の臭いがする。俺も弁当箱に箸をおいた。


 「どうした?」

 「じ、実は…」

 そういって龍ヶ崎は言いにくそうな表情を浮かべる。

 なんだ? なにがあったんだ? まさか佐和ちゃんが倒れたとかか? それなら相当火急な用件だ。最悪、覚悟しないといけない一件なのは、龍ヶ崎の顔を見て間違いないだろう。

 覚悟を決めて龍ヶ崎の言葉を待つ。思わず息をのんだ。


 「…岡倉に料理を教えてくれ…」

 What's?


 「お前、何を言っているんだ?」

 「その言葉の通りだ。岡倉に料理を教えてくれ! 頼む!」

 そういって頭を深々と下げる龍ヶ崎。

 状況がつかめない。俺は梓と顔を見合わせて首を傾げた。

 そうこうしているとバンッ!と屋上のドアが開く音が聞こえた。思わず音の方へと視線を向けた。そこには岡倉が立っていた。


 「達也君! やっと見つけた!」

 「やばっ…きた…」

 岡倉が龍ヶ崎を見るなりどこか不機嫌そうに指をさして声を張り上げる。一方、近くにいる龍ヶ崎がぼそりと呟く声を耳にする。

 あそこまで岡倉にあまあまだった龍ヶ崎が、岡倉に畏怖している…だと…?


 近づいてくる岡倉の手をよく見るとなんか持っている。

 うん? 待て? あ、あれは…。

 

 「弁当だ…」

 忘れもしない。忘れるはずがない。あの弁当箱は間違いない。岡倉の家の弁当だ。

 という事は、あの弁当は…。


 「わ、悪い岡倉。ちょっと佐倉に用があってな」

 「だから達也君! 私の事は美奈って呼んでよ! 私たち苗字さんで呼び合う仲じゃないでしょ?」

 そうして俺達のそばで岡倉と龍ヶ崎が話し合う。 

 苗字にさん付けする辺り、岡倉のふわふわ加減は治っていないようだ。というか岡倉の奴、龍ヶ崎に下の名前で呼ぶよう強制しているのか。ラブラブだな。


 「あれ? 英ちゃん?」 

 「お、今気づいたか。よぉ久しぶりだな」

 「うん! 久しぶり! あ、そういえば鵡川さんと付き合ってるんだっけ? おめでとう!」

 やっとこさ俺に気づいた岡倉は相変わらずの笑顔で俺と梓の事を祝福する。

 その笑顔を見て梓は「ありがとう」と答えた。


 「それで岡倉、龍ヶ崎を探してたようだけど、どうしたんだ?」

 「あ、そう! 英ちゃん聞いてよ! 達也君、私の弁当はもう食べられないって、いい加減料理上手くなれって言ったんだよ! 挙句の果てには逃げ出しちゃうんだよ! 酷いでしょ!」

 なるほど、それはそれは。


 「龍ヶ崎、お前も大変だな」

 最高最大限の同情を龍ヶ崎に送る。

 龍ヶ崎はどこか疲れた表情で俺の顔を見て数度うなずいた。


 「毎日毎日、私が頑張って弁当作ってたのに…いい加減料理上手くなれって…達也君がそんな事言う男の子だと思わなかったよ!」 

 そうか、龍ヶ崎の奴、毎日岡倉の弁当食べさせられていたのか。拷問かな?

 大体、毎日作ってたんなら俺が岡倉の弁当食べてた時に比べて少しぐらいは上達してんだろ。


 「まぁまぁ落ち着けよ岡倉。それでその弁当ってどれなんだ?」

 「これ!」

 そういって俺に弁当の中身を見せてくる岡倉。

 思わず俺と梓は弁当箱の中身を見つめた。


 …赤い。

 最初に出てきた感想はそれだった。

 左側につまったご飯も赤いし、右側のおかずエリアも赤い。


 「えっと岡倉さん。この弁当はどういうコンセプトなんでしょうか?」

 「ふっふーん! 私も毎日達也君に弁当作ってるおかげでだいぶ技術が調達してきたので、今日はイタリアン風のお弁当に挑戦してみたんです!」

 そう自信満々に語る岡倉。あ、はい。

 もう一度彼女の差し出した弁当を見る。右側のおかずはハムとかソーセージとかが赤いから全体的に赤い色どりなのは分かるけど、左のごはんはなんで赤みを帯びているんだ?


 「岡倉さん、このご飯はどういったものなんでしょうか?」

 「さすが英ちゃん、そこに目をつけるなんてお目が高い! それはなんとですね! トマトを上からかけてるんです!」

 ???


 「すりつぶしたトマトをね、ふんだんにかけてるの! さらに隠し味としてタバスコもかけてます! 程よいスパイスを入れると良いって言うしね!」

 そういって胸を張る岡倉。

 …思わず無表情で龍ヶ崎を見る。目が合った龍ヶ崎は首を左右に振った。


 「まず一つ聞きたい。まさかトマトをかけたからイタリアン風だと言うんじゃないだろうな?」

 「おっ! 英ちゃん良く分かったね! さすが英ちゃん!」

 ………。


 「そうか。こんな弁当作ってもらえるなんて、龍ヶ崎は幸せだな!」

 そうして心にもない事を口にしながら龍ヶ崎に笑顔を浮かべる。

 龍ヶ崎は目を見開き、心底驚いているようだ。なんだその顔、クソ面白いぞ。


 「おい佐倉。この弁当見てその感想はないだろう? よく臭い嗅いでみろ! 隠し味とか言ってるタバスコの臭いしかしねぇんだぞ!」

 「はっはっはっ何言ってんだよ龍ヶ崎。嗅がなくても分かるわそれぐらい」

 バカにするな。俺が何度岡倉の弁当箱に苦しめられてると思ってんだよ。

 岡倉の言う隠し味はまず隠されてないし、むしろ全面で押してくるからな。トマトをふんだんに使ったという言葉はふんだんの言葉でも見合わないぐらいのとんでもない量を使ったのも想像がつく。

 何より先ほどの「スパイスがあるといい」みたいなどこから聞いたかも分からない話を自信満々に岡倉が口にしたときは要警戒。絶対に分量があってない。

 以上、経験則から来る答えだ。


 「この弁当ってなに!? 達也君酷い!」

 「いや岡倉、別に悪く言うつもりはないんだ! 弁当毎日作ってくれるのは本当助かる。だけどさ、毎日作ってるんだから、そろそろ料理の腕とか上がってくれないか?」

 「上がってるじゃん! 今日だってこんな凄い料理作ってきたんだよ!? なんでそんな事言うの!! あと美奈って呼んでよ!」

 あぁ岡倉、確かにお前の料理は凄いよ。とっても凄い。なんて言ったって、一目見た俺がストレートをモロに食らった気分になってるんだからな。それと対面する事となった龍ヶ崎には相当強烈な一発が決まってるだろう。


 「おいおいイチャつくならよそでやってくれ。ただでさえ自分の恋愛事で食傷気味なんだ」

 「頼む佐倉! 岡倉に料理を教えてやってくれ!」

 「達也君! 私は料理できるよ! むしろ英ちゃんに料理を教えたいくらいだよ!」

 ははは岡倉。お前にはゼッテー料理教わんねーからな。

 さてさて、俺のそばで口論する龍ヶ崎と岡倉。本気の口喧嘩というよりはどこかカップル同士のほほえましい口論に見える。

 そういえば龍ヶ崎と岡倉は交際したのだろうか? そういう話は聞いていないのだが…。


 「英雄君、英雄君」

 そんな二人の様子を見ていると梓が俺に小声で話しかけてきた。


 「なんだか龍ヶ崎君が可哀想。私たちなんか協力できないかな?」

 「え?」

 まさか梓からこんな提案をされるとは思わなかった。

 一度龍ヶ崎と岡倉の様子を見る。


 「頼む岡倉。一度自分の料理の腕を疑ってくれ…」

 「達也君のほうこそ、そろそろ私の料理の味に慣れてよ! あと美奈って呼んでって言ってるじゃん!」

 二人の口論はそれはそれは微笑ましいものだ。見ているだけで急性甘すぎる中毒にかかって倒れてしまいそうなぐらいにはな。

 出来れば龍ヶ崎君にはこれからも岡倉さんの料理に苦しんでほしい。なんだろう。そんな悪い感情が沸き起こる。 

 …だけど、今岡倉が持っているイタリア風弁当もどきのタバスコ弁当みたいなのが続けば、最悪龍ヶ崎をあの世にいざなってしまいそうだ。さすがにそれは共にあの夏を戦った仲間として止めねばいけない気がする。


 「梓、ちょっと協力してくれるか?」

 「うん、私なら協力するよ」

 そういって微笑んでくれる梓に感謝を一つしてから、岡倉と龍ヶ崎のほうへと向いた。


 「まぁまぁお二人さん、痴話喧嘩はそこまでにしておけよ」

 「はぁ!? 痴話喧嘩なんてしてねぇよ!」

 「英ちゃん! チワワさんなんてどこにもいないじゃん!」

 龍ヶ崎の反論は分かるが、岡倉、お前の反論は意味不明すぎだ。

 痴話喧嘩の痴話をチワワと間違える上にさん付けするな。ボケを二つ重ねてくるとツッコミが追い付かねぇだろ。


 「とりあえずアレだ。岡倉、お前には今、色んな人の料理を見て吸収する必要があると思うんだがどうだろう?」

 「えっと…どういう事?」

 「つまりだ。梓の料理を見たり、梓から色々と助言もらって自分の料理のスキルをあげるのはどうだろうか?」

 「えっ、でも私、鵡川さんなんかより全然料理上手いよ?」

 は? 寝言は寝てから言えよ。

 なんて暴言はしっかりと喉元で止めておく。

 ここは岡倉を丸め込むのが重要だ。どんなに梓の料理のほうが数万倍上手いとして、ここは岡倉を納得させることを最優先する。


 「まぁまぁ、色んな人の料理を見るのは悪くないだろう? 上手い奴ほど下手くそから学ぶことは多いっていうしな」

 「うーん、まぁ英ちゃんがそこまで言うなら、見てあげてもないけど…」

 なんでお前いちいち上から目線なんだよ。そういえばこいつは前々から梓を敵視していたっけか。

 言っとくが料理の腕はお前がどう言葉をとりつくろってもボロ負けだからな。


 ともかくこれで話は取り持った。

 次の日曜日、岡倉邸で料理教室を開くことが決まった。

 そんな話の流れで龍ヶ崎と岡倉と一緒に弁当を食べる事となった。

 梓は岡倉と話し、俺は龍ヶ崎と話す。ガールズトークで盛り上がる女子組とは裏腹に、男子組はお通夜ムードだ。

 龍ヶ崎の手には例のイタリアン風もどきタバスコ弁当。隣に座る俺の鼻腔すらもタバスコに臭いを感じ取っている。岡倉の野郎、何滴タバスコかけたんだ。


 「龍ヶ崎、もしかしてお前岡倉に嫌われてるんじゃないか?」

 「…それはあるかもな」

 なんてぼやきながら龍ヶ崎が意を決して弁当からご飯をすくい一口食べる。その瞬間目を見開き弁当をそばに置くと口元を手で押さえる。なるほど、これは相当強烈な一品なんだろう。

 深淵を覗くとき深淵もまたこちらを見ている。深淵を少しでも気になってしまった俺ももう後戻りできない。

 低い唸り声をあげて苦しむ龍ヶ崎の手元から離れた弁当箱に箸を向ける。


 「一口もらうぞ」

 覚悟を決めて龍ヶ崎に言うと、壊れそうなぐらいに首を上下に振るう。目を見ると涙目になっていた。かつてクール系男子として野球部員から若干避けられていた男がこうまで醜態を振りまいてしまうなんて…。

 覚悟を入れなおし、改めて俺は箸を進める。


 「…悪いな龍ヶ崎」

 結局おじけづいた俺は、百パーセント地雷であるご飯のほうには踏みにいかず、右側のおかずのウインナーを掴んだ。

 久々の岡倉の弁当だ。まずは安全そうなウインナーから舌を慣らす。

 そのつもりで口に入れた瞬間「ぶふっ!?」と噴き出しかけた。


 か、辛い!! 辛すぎる!!! 岡倉のバカ! あいつどんだけタバスコかけたんだよ!!! ってかなんでおかずのほうまでかけてんだよ!!!!


 「こんなのイタリアンじゃねぇ…メキシカンだ…」

 的を射た発言をする龍ヶ崎。

 だいたい、この弁当のどこにイタリアン要素があるんだ。


 お互い水を飲み、一つ落ち着いたところで深いため息を吐いた。


 「それで龍ヶ崎、お前は今岡倉と付き合ってるのか?」

 「いや…こんな料理しか作れない奴と付き合えねぇよ」

 ぼそりと呟く龍ヶ崎。おっしゃる通りだ。

 ってか岡倉に恋していた鉄平や龍ヶ崎の恋の熱を冷ます料理スキルとか、岡倉さんマジデーモン。


 「それに、岡倉って本当は俺の事嫌いなんじゃないかと思ってきてるんだ」

 「はぁ?」

 「いやだって、いくら料理作るのが下手だったとしてもこの料理はねーだろ? 完全嫌がらせにしか思えない…。だから、本当は岡倉俺の事嫌いなんじゃないかと思ってるんだ」

 「なるほど」

 龍ヶ崎の言い分はよく分かる。確かにこの弁当は嫌がらせレベルだ。

 …実際のところどうなのだろうか。岡倉は龍ヶ崎の事が好きなのだろうか?

 単刀直入に聞いてみるのも良いが、ここは遠回しで聞いてみるのも良いだろう。なんにせよ次の日曜日だ。


 この後、イタリアン風弁当改めメキシカン風タバスコ弁当は、俺と龍ヶ崎の健闘によりなんとか弁当は全て食べ終えた。

 その結果、俺と龍ヶ崎の味覚がだいぶダメージを受けてしまった気がするが、とりあえず岡倉さんのご機嫌を取り持つことができたのだった。

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