297話
12月9日。広島市内某ホテル。
そこにはたくさんの記者とカメラマンが駆けつけていた。
今日は、広島シャークスにドラフト会議で指名された支配下6選手と育成2選手、合計8選手の入団会見がおこなわれる。
結局のところ、シャークスが指名した選手はみな入団拒否することなく契約に合意しており、本日初めて顔を合わせる事となった。
「よぉ佐倉」
「うん? おぉエノッキーか。久々」
制服姿で会見が始まるのを待ちわびていると、一番最後に現れたドラフト選手が声をかけてきた。
そいつは榎木毅一という。そう、夏の終わりにおこなわれたアジア大会で日本代表として共に戦った選手の一人だ。あの中で特に仲良かった一人でもある。同じくシャークスに指名されていたのは知っていたが、こうして顔を合わせたのは、ドラフト会議がおこなわれてから初だ。
ブレザー姿の俺に対し、榎木は学ラン。頭は綺麗に丸刈りになっている。
「お前、だいぶ髪伸びたな」
「もう野球部引退したしな。染めてないだけマシだろう?」
髪を染めるつもりはない。
「一応高校球児だったんだし、坊主頭にすりゃよかったのに」
「元高校球児だろう? プロ野球は髪型でとやかく言われねぇし、髪を丸めるつもりはねぇよ」
「…相変わらずだな」
呆れ笑いを浮かべる榎木。
そうして俺から辺りを見渡す。それにつられて俺も辺りを見渡した。
周りには俺と榎木を除いたドラフトに指名された6選手と球団のお偉いさんが並ぶ。
その中で一人一人、これから共に戦う同期へと視線を向けていく。
まず最初に視界に入ったのはドラフト二位の川村将文さんだ。ポジションは俺と同じピッチャー。
新潟の藤見大学に所属しエースとして活躍した川村さんは、去年の秋には神宮大会に出場しベスト4も経験している。
右の上手投げで、最速149キロのストレートが魅力的だが、速球派と言う訳ではなく変化球も駆使して凡打で抑える技巧派、あるいは本格派の選手。
ドラフト一位候補とされていたが、結局二位でうちに指名されている。掘り出し物というか豪運に恵まれた感じだろうか。
次に目に入ったのはドラフト四位の永井文弥さん。
静岡県の社会人野球チームである東海ベースボールクラブのリリーフを務めていた人だ。年齢は今年で25だったか? 右投げで恰幅が良い。背も高く180前半だろうか? 大柄な体格だ。
どっしりとした体格から投じられるストレートは、最速147キロにも達する重いストレート。それに加えて切れのあるスライダーで、打たせて取るピッチングで何度もチームを救い、都市対抗出場まで貢献していたはずだ。
この次はドラフト三位。こちらも社会人野球出身の志村正治さん。
山口県の社会人野球チームの岩国コーマラントのエースだった。俺と同じサウスポーで速球派。身長187cmと長身で、最速149キロのストレートを武器にしている。
フォアボールは多いものの、そのストレートは認められたようだ。
あとは六位の藤嶌秀弥さんか。
アメリカの大学出身の逆輸入選手である。ポジションは投手で右投げ。
武器はあっちの大学野球の公式戦で出したという最速158キロのストレートらしい。主にクローザーとして活躍。
今年隠し玉として選ばれた選手だ。
正直野球関連の情報は収集していると自負している俺ですらまったく情報が無い。果たしてこっちでどう活躍するのか。注目だな。
そうしてドラフト支配下登録選手はこいつでラストだ。
俺は隣に立っている榎木へと視線を向けた。
大分由布商業で四番ショートで活躍した榎木毅一。
高校時代は左の中距離打者として活躍。高校通算21本のホームランを打っている。守備でも幅広い守備範囲と的確なスローイング、また足も速く、盗塁、走塁も上手なので、走攻守の三拍子を揃えた将来性の高い選手だ。
弁天学園紀州のショート西川が何かと注目を浴びているが、下手すれば同期のショートならこいつが一番かもしれない。
これで支配下登録されるドラフト選手は終了。
残りの育成ドラフトで選ばれた選手は、東名大学出身の投手である宮嶋雅夫さんと、東京の長谷田実業高校の外野手だった川井勇吾の二名となっている。
「改めて見ると、シャークスのドラフトって成功だよな。お前らから藤嶌さんまで実力と実績が申し分ないし」
「実力も実績もプロで通用するかなんてあやふやなものだ。でもまぁ俺を指名したんだし、大成功と言わざるを得ないか」
「そこらへんも相変わらずだな」
そういって呆れ笑いを浮かべる榎木。この程度で呆れるなよ。そんなんだとこれから俺の相手するのが疲れるぜ?
そうして、会見が始まった。
横に長いテーブルに一列にすわり、中央に監督が座り、そのすぐ隣に俺。そこからドラフトの順位をもとに選手たちが座っていく。
正面にはたくさんの記者達がざわめいている。俺らに向けられるライトで思わず目がくらんだ。
≪ただいまより、2011年度新人選手入団会見を開始します≫
場内アナウンスが鳴り響くと同時に、騒然としていた会場はシーンと静まり返った。
こうして新人選手の入団会見が始まった。
最初、入団する選手の紹介があり、続いて監督さんの話がされて、ついに記者達からの質問が始まる。
「えぇーまず、今日と言う日の感想、それから広島シャークスという球団イメージを教えてください」
最前列に座っていた記者が立ち上がり、マイクを持って質問をしてくる。
一位である俺は、すぐさまテーブルに置かれたマイクを取り、スイッチをオンにして思いを語る。
「やっと、ここまで来たなって思いです。えっと、それから、シャークスはそうですね。自分はシャークスの本拠地の隣の県で住んでいて比較的身近にあった印象です」
思いを語り、マイクを切る。続いて二位の川村さんが思いを語り始める。
育成枠も含めた全8名が、記者の質問に答えたところで続いての質問がされる。
「今日この日、みなさんはプロ野球選手になりました。プロ野球選手になった感想をお願いします」
今度は別の場所で記者が立ち上がり、質問をしてくる。
再び俺から、記者の質問に答える事となった。
「実感がまだ沸かないです。でもこれからプロ野球選手としての自覚が芽生えてくると思います。そう言った事も楽しんでいきたいです」
模範的な回答をしていく。まだだ。まだ化けの皮ははぐな。ここに集まる記者に、そしてその記者が書く記事を見た人々に、あるいはこの記者会見の映像を見る人々にインパクトを与えるタイミングはまだじゃない。
マイクのスイッチを切り、テーブルに置いた。
「これから、対戦したい選手、また目標の選手がいらっしゃったらお願いします」
また別の記者が質問をする。フラッシュがたかれる中で、俺は再びマイクを持って喋る。
「対戦したい選手はそうですね。プロ入りしたからには球界を各球団を代表する一流の選手たち全員と対決したいです。目標の選手はいません。目標にされるような選手になりたいです」
これからの目標をを口にするのは、少し気恥ずかしいが、ここはドラフト一位、しっかりとしなければな。
続いての質問は監督の印象と、どんなプレーでアピールするかと言う質問。
下らない質問だが、面倒くさがっては駄目だ。もう俺は言わばアイドルだもんな。こういう記者たちにもサービスしていかないといけない。まぁ別にいい。そこらへんは佐和ちゃんからの徹底的に鍛えられている。俺に隙は無い。
「監督は、熱血と言う印象を持っていましたが、初めて会った時、落ち着いていてとても優しく接してくれました。自分の全力プレーを見てもらって評価してもらいたいと思います」
しっかりと回答して、マイクをテーブルに置く。
同期の奴らも自分の思いを言葉にしていく。
「それでは来年の一年間の目標をお願いします」
全員が言い終わった所で、別の記者が新しい質問をしてくる。
いうならここだろう。ニヤリと口元がゆがむのを自覚する。
俺はマイクを取って、マイクをオンにする。
これからいう言葉は敵を増やしそうな発言だが、ここは自分の本当の言葉を口にする。
いつだって俺は、自分で自分の首を絞めてきたじゃないか。
「もちろん新人王と、最多勝は絶対に取ります! あと沢村賞も獲れたら良いかなって思います」
この発言で、一瞬場内がざわめいた。
本当は最後まで言うつもりはなかったのだが、どうもこれは俺の性分らしい。性分というか呪いだなこれは。でもまぁ構わない。いつだって俺はこうして自分の首を絞めて生き残ってきたんじゃないか。
俺にフラッシュがたくさんたかれている中、不敵な笑みを浮かべないよう押さえる。だが口元のゆがみは収まらない。
「佐倉君が新人王と言っていましたが、自分も新人王を狙います!」
っと思ってたら続いて発言した川村さんの挑発するような発言を耳にした。
最高ですね川村さん。やっぱり同期ってのは、こういう煽りあいで高めないとですよね。
監督を挟んで、俺と川村さんは、数秒の間、見つめ合う。
両者とも不敵な笑みを浮かべていただろうか。
「じゃあ僕も新人王目指します」
不穏な空気になりかけたところで、三位指名の志村さんが軽い調子の声をあげた。
記者やカメラマンのほうか笑い声が聞こえて、志村さんの温和な笑顔が、会場に満たしていた不穏な空気をかき消された。
「えー僕は前二人と違い社会人野球出身者なので、当然高いハードルを課せられています。それを飛び越えられるように一年目から最前線で活躍したいと思います。その結果の末に新人王などのタイトルが取れたらと思います」
場を和ませたうえで自身の抱負を語る志村さん。
なんだろう。俺や川村さんよりも大人っぽい。これが社会人か。
…俺もこういう感じの大人になれればいいな。
この後、数個質問されて、最後に真新しいシャークスのユニフォームを着て、その姿を撮られて終了。
来年1月11日には、広島シャークスの選手寮である野口寮に入寮する事となる。
それまではプロ入りの準備をこなしながら、学生生活を楽しみつくすのみだ。




