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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
296/324

295話

 放課後の屋上。中央に立ち空を見上げる。 

 空はすでに西に傾きだしていた。今日も赤い夕焼けが見れそうだ。ここからだとさぞ良い夕焼けが見れるのだろうけど、その時間になる前に屋上は教師によって鍵をかけられてしまう。

 鍵をかけられてしまう前、事を済ませておかねば

 日も西に傾いて、だいぶ太陽の熱が和らいでいる気がした。それはつまり寒風吹く屋上に身を投じる事となる。

 さて、そんな場所でボケッと突っ立っているのは理由がある。昼休みの一件だ。

 俺はここで鵡川梓に愛の告白をしなくてはいけない。


 「落ち着け」

 昼休み、あんな躍起になっていたのに、間近になると凄く緊張してきた。

 思えば俺が誰かに愛の告白なんかをするのは初めてだ。そう考えると余計に緊張してきた。

 口元に手を当てて、大きな深呼吸を繰り返す。左足は無意識のうちに貧乏ゆすりのように小刻みに動き、寒さと緊張が相まって体は強張っていく。


 「なんだかなー」

 そう呟く声も震えていた。これも寒さと緊張が原因だ。

 いかんいかん、鵡川の前にして声が震えていては情けない。いつものように自信満々な態度で接しないと呆れられてしまう。 



 ガチャリとドアノブを回す音が響いた。

 思わず肩をびくつかせて振り返る。校舎内から屋上へと続くドアがゆっくりと開いた。

 そしてドアの向こうから現れたのは……鵡川だ。


 「あれ? 英雄君?」

 「よ、よぉ鵡川!」

 俺を見るなり不思議そうに首をかしげる鵡川。

 彼女と対面し、より一層緊張感が高まった。彼女にあいさつする声も震えていて情けない。寒さと緊張から早くこの場から立ち去りたくなったが、何も言わず出ていくのも情けないし、絶対に中村っちや鉄平、ひいては野球部員たちに笑われてしまう。

 ふと、鵡川がやってきたドアの向こうへと視線を向ける。中村っちと鉄平がこちらをうかがっている。顔はニヤニヤと笑っていて思わずイラッときた。


 「こんなところでどうしたの?」

 「い、いやぁ…ちょっと…な」

 やばいやばいやばい。鵡川が近づいてくるたびに胸の鼓動が早くなってる。凄い、緊張って凄い。そんな感想しか出てこないぐらいに俺の体は緊張していて、震えていて、今すぐにでも逃げたくなる。

 あぁ…沙希や岡倉も、俺に告白する時こんな感情だったのだろうか。なるほど、する側になってから分かるものもあるんだな。


 「そうだ。中村君見なかった? 昼休みに放課後屋上に来いって言われたんだけど…」

 そう心配そうな顔を浮かべる鵡川。

 …切り出すならここだろうな。


 「そうなんだ」

 って、なにしり込みしてんだ俺! バカ!

 せっかく切り出すのには絶妙なタイミングだったのに、ビビッて話きり出せなかった。馬鹿か俺は!


 「なんか…また告白されそうな気がする…」

 ぽつりと鵡川がつぶやいた。正解です。相手は中村っちじゃないがな。


 「中村っちが仮に告白したとして、鵡川はその想いに応えるのか?」

 「…ううん。私、中村君の事良く知らないし、それに…私には好きな人がいるから」

 「そうか…」

 鵡川の想いを聞き取る。うん、これ俺が告白しても絶対に断られるな。鵡川の好きな人が誰かは知らないが、少なくとも俺じゃない。もし仮に俺だったら、告白するタイミングはたくさんあったはずだ。そこで告白してこなかったという事は脈無し。昼休みの件もあるし、俺はあくまで仲のいい男友達なのだろう。

 それは好都合な気がする。ここの告白成功率は0%と言っても過言ではない。 

 …なんだ。そう思うとすっと緊張がほぐれた。気持ちにも余裕が生まれる。

 よし、さっさとコクッて撃沈して、中村っちや鉄平に慰めてくれと称してラーメンの一つや二つおごってもらおう。


 「…実は、用件があるの、俺なんだ」

 「えっ?」

 俺の一言に驚いた表情を浮かべる鵡川。

 そんな彼女を見て、俺の心が揺らいだ。

 ここで告白すれば、鵡川とはもう今までの関係には戻れないだろう。夜眠くなるまでメールや電話をする事もできないだろう。教室や廊下で会えば挨拶の一つもかわせなくなるだろう。

 …なんだかそれはとても嫌な気がした。


 「お前に言いたいことがあって、中村っちに呼んでもらったんだ」

 嫌な気がしたけど、口からは饒舌に言葉がこぼれていく。

 感情を押し殺す。俺は哲也みたいに女との関係の為に男友達との関係を悪くするなんてしたくない。だから俺はここで玉砕し鵡川との関係を断ち切る。


 「えっ? えぇ!? そ、それって!?」

 俺からこんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。

 大慌ての鵡川。歴戦の男キラーをもってしても、この搦め手のような告白方法は初めてだったか。

 よしよし、これで最後だ。俺の出来うる最大限の演技で彼女に告白しよう。


 「俺は、ずっと前から…鵡川の事が…」

 一度、間を置く。そうして深呼吸をする演技派の英ちゃん。こんなことまでしてしまうとは、さすがの天才と言わざるを得ない。

 鵡川をじっと見つめる。顔が真っ赤にしながら俺の言葉を待ちわびている。


 …本当、可愛いな。出来る事ならこのままずっと仲良しでいたかった。


 「好きだったんだ。だから、どうか俺と、付き合ってください!」

 そう言って頭を下げる俺。

 これで終わりだ。ここで鵡川が断り、彼女との関係も途切れる。鵡川、お前と遊んだ日々は楽しかった。出来る事ならこのまま、卒業式までずっと仲良しでいたかった。

 さぁ今が好機だ! 行け鵡川! 「無理です。好きな人がいるんです」と言って断るんだ! 俺はもう覚悟が出来ている。一思いにやってくれ。



 しかし、いつまで経っても鵡川の断りの返事は来ない。

 心なしか嗚咽する声すらも聞こえる。

 不安になって顔を上げる。

 そこには、泣き顔を隠さずド派手に泣いている鵡川がいた。


 えっ? もしかして、告白されて泣いちゃうぐらいに嫌われてたの?

 表面上は仲良くしてたけど、裏では毎日のように、俺の写真を貼ったわら人形を叩いてたりするの?

 なにそれ怖い。


 「む、鵡川?」

 不安になって、泣いている鵡川を見ながら、彼女の名前を呼ぶ。

 鵡川は涙を袖口で拭いながら「ご、ごめん」と謝った。お、これはついに断られるか。よし、覚悟を決めなおす。ズバッと断ってくれ。


 「その…わたし…嬉しくて…つい…」

 …えっ?


 「わたしも、英雄君のこと、ずっと、ずっと好きだったから、告白されて、いま、凄く…嬉しい」

 えっ? えっ?


 「わたしも、ずっと前から、英雄君のこと好きでした。その…よろしくお願いします」

 そう言って頭を深々と下げる鵡川。

 えっ? ちょっと…待て。


 「…マジか」

 驚いた。いや驚いて頭が真っ白になっている。

 頭をフル回転させようにも、機能が停止していて何も考えられない。

 えっと…つまりどういうことだ?


 一、鉄平と中村っちに勢いで鵡川に告白するといってしまう。

 二、中村っちに舞台を用意される。

 三、鵡川は好きじゃないと思い、演技をして告白する。

 四、鵡川から許可される。


 …これってもしかして、カップル成立じゃね?


 ………


 おい、ちょっと待てよ。ちょっと待てよ。

 どういうことだ? どういうことなんだよこれ。

 え、だって鵡川って好きな人いるんじゃないの? いいのか鵡川、好きな人に想いを告げず俺なんかの告白を受けて良いのか? え、待て。もしかして鵡川の好きな人って俺なのか?


 深々と頭を下げたままの鵡川を見る。

 今さら「嘘ぴょーん!」とか言ったら、死刑レベルの問題発言だよな。


 …いや、よく考えろ。

 鵡川と付き合えるんだぞ? 鵡川とカップルになれるんだぞ? それって…告白断られるよりは良い事じゃないか?

 それに俺が鵡川と付き合えば、沙希も素直に諦めるんじゃないか?

 哲也だって俺に頼む事はなくなり、沙希に対して積極的になるよな。

 悪い事なんて一切ないじゃん。なんで嫌がってたんだ俺。もっと喜べよ俺。


 「まさか、鵡川が俺の告白をオッケーするとは思わなかった」

 「え、そ、そうかな…わたし…ずっと英雄君にアピールしてたんだけど」

 顔をあげた鵡川の目には涙はもうないが、目元が赤い。心なしか頬も紅潮していて、その状態でふくれっ面するもんだから、可愛さが脳天を突き抜けた。

 あーやっぱり鵡川可愛いな。それにあざとい。…まさかこのあざとさ、俺を落とすためのアピールだったのか? もしそうなら、なんで気づかなかったんだ俺。さすがに鈍感すぎるだろう。


 「悪いな、肝心な所で鈍いんだ俺は。だてに甲斐性無しと馬鹿にされてねぇよ」

 そう言いながら俺はポケットからハンカチを取り出して彼女に差し出す。


 「これで目元を拭いてくださいなレディ」

 「あ、うん。ありがとう」

 そういってやんわりと笑う鵡川。

 改めて彼女の顔を見る。…これから鵡川は俺の彼女になるのか。

 なんだろう。凄く実感は湧かない。湧かないけど、とても嬉しい。


 「えっと、それじゃあ改めてよろしくな鵡川」

 「うん、こちらこそよろしくね英雄君」

 ニコッと笑う鵡川。相変わらずまぶしい笑顔だ。天使かな?


 「あぁ、そうだ。一応付き合うし、これからは梓って呼んでいいか?」

 ふと思い立ち、彼女に聞いてみる。

 彼女はきょとんとした顔を俺に見せた後、ボッと火が付いたように赤くなった。可愛すぎる。天使か。


 「ご、ごめん…う、うん。いいよ」

 顔を手で覆う鵡川。そうして手の位置を下ろし、鼻と口元を押さえる鵡川。頬は今にも火が尽きそうなぐらいに赤い。そうして最後にパタパタと手で顔を仰いでいる。なんだその挙動、天使かよお前。


 「よし。それじゃあよろしくな、あ、梓」

 「う、うん」

 自分から提案しておいて、いざ口にすると凄く気恥ずかしい。

 でもまぁ、これから口にして慣れていこう。


 さてさて、ひょんな思い違いから俺にも彼女が出来てしまった。

 という事で残りわずかな学生生活、鵡川…じゃなかった、梓と一緒に楽しんでいこうと思う。

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