294話
今日から12月。9日には俺の入団発表が広島市内のホテルで行われる。
そんな折、野球部の同期たちの進路が次々と決まっていった。
龍ヶ崎、恭平はカードリーム丘城の内定が決まり、中村っちも市内の工場に内定が決まった。
進学組ではスポーツ推薦の哲也はすでに合格が決まっている。ちなみに酒敷美大だ。よくまぁ美術大学でスポーツ推薦しているななんて思ったりした。まぁなにはともあれ、沙希の目指す大学に入学出来て良かったな哲也。
指定校推薦で山田大学を目指す鉄平、岡倉、大輔、大輔の彼女は俺の入団発表会当日に知らせが届く。全員合格していると嬉しいな。
誉が目指す伊原大学は、我が校から指定校推薦がないのでセンター入試からの入学を目指す。誉は頭良いし、きっと大丈夫だろう。
野球部の同期以外にも友人たちも順調に進路が決まっている。みな無事に卒業出来る事を期待しよう。
さて、今年も残すところあと一ヶ月。
二学期の終わりには球技大会が待っている。
男子はサッカーか野球のどちらか、女子はサッカーかソフトボールのどちらかを選ぶ事となる。
原則として野球部及び元野球部は、野球を選択する事を禁じられている。
まぁそれも当然だ。野球部は甲子園優勝してるもんな。
なので、俺や恭平は自動的にサッカーの選手となる。ちなみにサッカー部はサッカー出場を禁じられていないので、須田もサッカーに配属された。
男女総合一位のクラスには、そのクラスの生徒全員に食堂で「特上セット」と呼ばれる定食の無料券を一枚づつ渡される。
特上セットは一食1500円以上する学食に不釣り合いなほど高い値段の定食だ。だが味は値段相応、入学してから一度しか食べた事がないが、今でもあの素晴らしい味は覚えている。
なので卒業前にもう一度食べる為に、この総合一位を目指す事にする。
昼休み。今日も今日とて教室内は騒がしい。
だがこの喧噪もあと一ヶ月ちょっとすれば自由登校期間に入り、三年生は卒業式前日まで登校しなくて良くなるので、こうして目にする事もできなくなる。
そう考えるとわずかばかり寂しくなって、忘れるために中村っちや鉄平と馬鹿話に花を咲かせる。
「どいつもこいつもイチャイチャしやがって、クソ」
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、中村っちは弁当から少量のごはんをつまんで口に入れた。
ここ最近、中村っちがこれでもかと色恋沙汰の話題をあげている。鉄平へと視線を向けた。目が合った。そしてお互い「またか」と言わんばかりのため息を吐いた。
「そんなにイチャイチャしたいんなら、誰かに告白しろよ。中村っちの美貌なら一発で女は股開くぜ?」
「俺の面構えで女が股開くわけねーだろ! 逆にビビられるわ!」
俺の軽い言葉に中村っちがカッと憤った表情を浮かべて反論する。
その様子を見て大袈裟に笑う鉄平。
「そうかい? 正直俺は誉よりお前のほうがイケメンだと思うぜ。頑張れよ中村っち。誉に続け」
「そうだそうだ!」
見え透いたお世辞を言う俺に追従する鉄平。
中村っちは機嫌悪そうに弁当の白米をかき込んでいる。
そういえば誉に彼女が出来た。
文化祭が終わった後、後夜祭で同じクラスの女子と付き合う事になったらしい。
最近では誉もそいつと毎日イチャイチャしている。中村っちが発情期の飢えた獣のように「彼女欲しい彼女欲しい」と呟いているのもそれが原因の一つだろう。
正直、沙希と哲也の一件で在学中は彼女なんていらないと思っている俺は、この中村っちにいい加減うんざりしていた。
大体、彼女欲しいなら行動に移せ。口にしただけじゃ彼女は出来ねーぞ。
「どいつもこいつも簡単に彼女作りやがって…今度はどーせ龍ヶ崎と岡倉だろ? あいつら最近めっちゃ仲良いし」
機嫌悪そうに中村っちがそんなことを口にした。確かに野球部員同期で次の恋人持ちはあの二人になりそうだな。
龍ヶ崎と岡倉はまだ交際していないらしいが、最近前以上に仲良くなっている気がする。
今朝も昇降口でイチャイチャとしていた所を見かけた。龍ヶ崎の腑抜けた顔を見たときは、さすがに後ろから蹴り飛ばしてやろうかとも思ったがな。
「いやまだ分からんぞ。鉄平が二人の間に割って入って泥沼化するかもしれんしな」
「いやいやいや、あいつらの間には入れねぇよ。大体、今はそこまで岡倉好きじゃねぇって」
俺の軽い発言に鉄平が笑いながら否定する。
そういえば鉄平は岡倉の壊滅的な料理の腕で恋の熱が冷めたんだっけか。マジで岡倉さんデビル。
ともかく大輔、恭平、誉、龍ヶ崎、岡倉と次々とカップルが生まれ、哲也も沙希と付き合えば、余り物はここにいる三人のみだ。
という事で、こうして三人で机を囲んでいるわけだ。
「大体さ、ここに英雄がいる時点でおかしいよな」
「分かるわ」
「うん?」
二人をからかっていたせいか、今度は俺が標的となった。
呆れる中村っちとニヤニヤ笑う鉄平を交互に見つめながら、すっとぼけたように首をかしげる。
「何言ってんだよ。むしろ野球部一ブサイクの俺が売れ残ってるのは当然の結果だろう?」
「嘘つけよ。お前ほど女子とイチャイチャしてた奴いたかよ」
「文化祭で鵡川とデートしてたの知ってんだからな」
すっとぼける俺に中村っちと鉄平から厳しい指摘がなされた。
その言葉を聞いて、俺は遠い目で窓へと視線を向けながら「そういえば、そういう事もあったなー」などと口にしておく。
「藤川とも前話してたよな。あと後輩にも声かけられてたよな。この前は三宅さんに告白されたんだろう?」
鉄平が次々と女の名前を口にしていく。
いざ他人から言われると、いかに俺が異性関連でだらしなかったのかが浮き彫りになって、我ながら屑野郎だなという言葉が浮かんだ。
「あと山口。めっちゃ仲良いじゃん」
「沙希か? 確かに仲は良いが、別段恋愛感情はない。女友達って奴だ」
沙希の名前を聞いて一瞬焦った。
わずかな焦りを表情に出すことなく、平常通りの応対を心がけながら中村っちに返答する。
「とか言いつつ、本当は好きなんだろう?」
「実はあれだろう? 山口が好きなんだけど、哲也と被ったから、仕方なく手を引いたんだろ?」
「はぁ!?」
中村っちと鉄平が鋭い推測を口にする。お見事、正解です。
さすがにこればかりは動揺を隠しきれなかった。だが、ここで否定するのもアホらしいのでここは冷静さを取り戻しつつ答えておこう。
「スゲェなお前ら。正解だ」
「え!? マジ!?」
「嘘だろ!?」
俺が本当の事を口にすると、大袈裟に驚く中村っちと鉄平。お前ら当てたくせになんだその態度は。
なんだかそれを見て動揺は収まった。一口お茶を飲んでから話を続ける。
「と言ってもそれは中学までの話だ。別段今はあいつのことは好きじゃない」
「マジかー。じゃあ今は鵡川が好きなのか?」
「なんでそうなる」
急な鵡川の名前をあげる中村っちに呆れる俺。
「いやだって文化祭一緒に回ったんだろ?」
「もう付き合ってんじゃんなぁ」
ニヤニヤ笑う鉄平と下卑た笑いを浮かべる中村っち。
お前らな、同じクラスに鵡川いるんだぞ? 軽率に名前を出すんじゃない。ほら、鵡川がこっちの事チラチラ見てんじゃねーか。気まずいわボケ。
「んなわけあるかよ。あいつは友達だ」
「とか言いつつも~?」
なんだその振りは。乗るつもりは一切ないぞ。
「だからねーっての。大体、鵡川が俺の事好きなはずないだろう? あいつは山田高校最強の男キラーだぜ? 俺をその次の犠牲者にする気かよ。こういうのはな、手の上で転がされて調子に乗った結果、伝家の宝刀ごめんなさいで終わりになるんだよ」
理由をまくしたてて、俺はお茶を一口飲み喉を潤す。
負ける戦には挑まないのが俺の性分だ。鵡川が俺の事好き? 絶対にありえない。俺はこう見えて女子の好意に敏感なタイプだ。その俺だから言える。鵡川は俺の事好きじゃない。
「そうかな? 正直、俺は鵡川と英雄お似合いだぜ?」
「俺もだ。英雄、コクっちまえよ」
ニヤニヤ笑う中村っちと鉄平。
こいつら、さっき俺が見え透いた世辞を言いまくったからその仕返しか。
「ははは、そんな事よりもこのお茶について話さないか? このお茶は日本で最初に生み出されたペットボトルのお茶らしくてな」
「英雄、その話題の逸らし方は露骨すぎるぜ?」
「らしくないねぇ」
二人の下卑た笑顔は崩れない。
あー面倒くさい。今は色恋沙汰の話はしたくないんだけど…。
「あの、さっきから私の話してるみたいだけど、なに?」
っと思ってたら、ついに鵡川が訪れた。
だから鵡川の名前を口にするなって言っただろうが。
「いや、別になんでもない」
「なぁ鵡川。鵡川的に英雄どう思うよ? 彼女になってもいい感じか?」
俺がとっさに鵡川に答えると、鉄平の馬鹿野郎が余計な質問をしてきた。あの野郎、あとで関節技決めてやる。
さて、そんな面倒くさい質問をされた鵡川はキョトンとした顔をして鉄平を見た後、こちらへと視線を向けてきた。
「英雄君は大切な友達だから」
しばらく俺の顔を見た後、再び鉄平を見て笑いながら答える鵡川。
はい、脈無し確定ですねこれは。女の子が大切な友達っていうときは脈無しだって自称恋愛の達人のクソ兄貴が言っていた。
さて鵡川も友人たちの席へと戻り、ひと悶着は落ち着いた…。
「それで英雄、あれは脈ありだぜ」
って事にはならず中村っちがゲスイ笑顔を浮かべながら聞いてくる。
「またその話かーもういいじゃん。やめようよその話。それより僕、ちょうちょの話したいなー」
「話逸らすなよ英雄」
いい加減鬱陶しくなってきた。恭平もよく色恋沙汰でからかってきたが、面倒くさいと思う手前ぐらいであいつは話を切り上げてくれていた。
中村っちに彼女できなくて、恭平に彼女できたの、きっとこういう所なんだろうな。
さて、ここで話を逸らし続けても恋愛事に飢えた中村っちは延々と話してくるだろう。それは俺の残り少ない高校生活をつまらなくさせてしまうだろう。
…それならいっそ、俺も中村っち側に堕ちるべきなのではないだろうか? 例えばそう、俺も失恋するとか。
「なるほど」
一つ妙案が浮かんだ。正直あまりやりたくない手段だが致し方ない。
中村っちから距離を置くのも考えたが、それもそれで嫌なものだ。中村っちは今はあれだが、普段は一緒に馬鹿やってくれるノリの良い面白い男だ。
「分かった。お前らが鵡川に約束を取り付ける事が出来たら、告白してやる」
「おっ!」
「言ったな英雄!」
という事で腕を組み堂々と答える。そんな俺の様子に嬉しそうに笑う中村っちと鉄平。
浮かんだ妙案はこれだ。このままのらりくらりとかわしてても、話は終わらない。それならさっさと鵡川に告白して玉砕し、彼女の男キラーの異名の肥やしになろう。
正直鵡川とは友達の関係でいたい。先日の沙希のように告白から今までの関係が崩れてしまうのが嫌だ。今のままつかず離れずの関係を崩したくない。
でもまぁ、こればかりは仕方がない。女との関係よりも男の友情を大事にしていきたい。
ここは覚悟を決めて玉砕してしまおう。
それに鵡川なら付き合っても良いと思ったんだ。もし仮に、ほんの数%に満たない可能性でも、彼女が俺の告白に応えてくれたのなら、きっと残りの学生生活は俺が考えていた以上に彩られた楽しい日々になる気がするんだ。
「それじゃあ英雄、俺が約束取り付けてくるぜ。本当に良いだな?」
「男に二言はない。さっさといけ」
腕を組んだまま中村っちの最後の確認に答える。それを聞いた中村っちはどこか楽しそうにニヤニヤ笑いながら鵡川のほうへと向かう。
あの笑い、俺が玉砕する事を期待していた笑いだったな。
「思い切った事したな英雄」
「こうでもしなきゃ中村っちの奴が満足しなかっただろう」
「まぁそうだな」
残った俺は鉄平と短いやり取りを交わしながら、中村っちの様子を見る。
鵡川は不思議そうに中村っちの話を聞いた後、こちらへと視線を向けてきた。思わず視線を逸らし、窓の外を見る。
今日は綺麗な青空が広がっている。風は冷たいがここまで晴れていると屋上に出たらさぞ気持ちが良いんだろうな。




