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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
289/324

288話

 「鵡川、次どこ行く?」

 クレープ片手に、俺と鵡川は人々で賑わう廊下を歩く。

 鵡川は「うーん」と小さく唸りながら、手元にあるパンフレットで行きたい所を探していた。


 「射的屋も良いし、お化け屋敷も良いかも…」

 呟きながら悩む鵡川に、俺は気長に待つ。

 まだ時刻は12時前、終了は16時、まだまだ終了時刻まで時間はある。


 「時間も気長にあるし、のんびりと回るか」

 結局決められなかった鵡川に、俺は落ち着いた口調で言う。

 鵡川は笑顔で「そうだね」とうなずく。相変わらず可愛い笑顔だ。でも彼女にとってはこの笑顔もジャブ程度なのだろう。さすが男キラー。

 とにかく順に回って行けばいいか。


 射的屋、お化け屋敷に始まり、フリーマーケット、ライブ、演劇…様々な出し物を見て回る。

 どれも生徒がやっているだけあり、どこか陳腐な感じではあったが、それでも鵡川と一緒に回ると不思議と楽しかった。これが男キラー鵡川の持つ天賦の才能なのかもしれない。


 「え、お兄ちゃん!?」

 そうしてボチボチ廊下を歩いていると千春と恭平のカップルに見つかってしまった。


 「よぉ、ちは…」

 挨拶をしようとして、二人の腕へと視線を向ける。腕を組んでやがる。まるで恋人のように腕を組んでやがる。いやこいつら恋人同士だから腕組んでもなんでも問題ないんだけども…。

 しばし硬直し、その後視線を二人の顔へと向ける。驚く千春と、アホ面を浮かべている恭平。その表情が癪に障ったので思わず恭平に膝に軽く蹴りを入れていた。


 「おわぉ!」

 変な奇声をあげながら体勢を崩し倒れる恭平。

 なんてアホっぽい声をあげてんだてめぇは。


 「千春の隣に立つ男ならもうちょいマシな顔をしやがれクソ野郎!」

 「な、なんだよ英雄! 急に現れたと思ったら膝蹴りしやがって! バイオレンスはウケねぇぞ!」

 「うるせぇ! 俺は今、妹がイチャイチャしてる所見てめちゃくちゃムカムカしてんだよ!」

 八つ当たりなのは分かるが、それでも千春が恭平とイチャイチャしているのが許せないし、恭平が千春とイチャイチャしているのが許せない。 

 思わず関節技の追撃をしてしまう。しばらく廊下で暴れる俺と恭平。

 結局、鵡川に止められる形で俺は恭平から関節技をほどいた。


 「はぁ…はぁ…。悪い恭平、ムカついたからってお前の腕に関節技かけちまってすまない」

 許してはいないが、鵡川の手前表面上は謝っておく。


 「気にするな英雄。お前がカッとなって攻撃的になる性格は熟知してるさ。親友だからな」

 そういってにやりと笑う恭平。千春を見る。なんかウットリと恭平を見ている。

 なんだろう。この恭平のにやり顔に一発こぶしを入れてやりたい。


 「それより英雄、今日は鵡川と遊んでるんだな」

 「え? あぁ」

 「ふふっ英雄も隅に置けない男だぜ。まぁお互い楽しもうぜ! 残り少ない文化祭をな! そんじゃ行こう千春」

 そういって恭平と千春は後にする。また腕を組み始めた。あいつら…。

 なんだろうこのやるせない気持ちは。深いため息を吐いて鵡川を見ると、クスクス笑っていた。


 「どうした?」

 「ごめん、妹さんを心配する英雄君を見てると面白くてつい」

 …そんなに面白いか?


 「本当英雄君って妹思いなんだね」

 「…そうかもしれないな」

 鵡川の言う通り、俺は軽度のシスコンなのかもしれない。 

 でも千春や恵那には立派な男と付き合ってほしい。それこそ俺が認めた男だ。…それだと恭平も当てはまってしまうか。でも俺は絶対に恭平は千春の彼氏に認めない。 

 きっとこれから先、二人が結婚して子宝に恵まれ、幸せな家庭を築いたとしても、俺は認めないんだろうな。我ながら情けない男だ。


 「でも千春さんと嘉村君って結構お似合いだと思うよ?」

 「そんなわけあるものか。俺は認めんぞ」

 きっぱりとそこだけは否定しておいた。



 そうしてボチボチと校舎を歩いて回る。

 生徒しかいない文化祭はやはり色んな人と出会う。

 知り合いや、野球部の仲間、見知った教職員とも。その中には岡倉と一緒に文化祭を回る龍ヶ崎の姿もあった。

 あとは美咲ちゃんや百合とも出会った。どちらも気まずそうにこちらを見てスッと立ち去っていく。

 彼女たちとこんな感じで文化祭を回る未来もあったのだろうか? そう少しだけ考えて、すぐさまその考えを否定した。いまさらそんなことを考えてもしょうがないか。俺は鵡川と一緒に文化祭を回る選択をした。それでいいじゃないか。

 未来は決まってはいないが、一つしか選べない。なら俺が最善だと思う未来を選択していくまでだ。


 そしてあの乙女ちゃんに遭遇した。


 「英雄先輩、なんでその女といるんですか?」

 乙女ちゃんは俺と鵡川を見かけるなり、開口一番に凄い不機嫌そうな声で聞いてきた。顔も凄い不機嫌そうで普段よりも何倍も酷い顔をしている。

 凄いちょうどいいタイミングで現れたな君は。

 さすがに乙女ちゃんとは付き合う自信はない。その未来は選択する度胸はない。なのでここは嘘をついてでも諦めらさせる。

 一度鵡川を見る。彼女もこっちを見てきた。かなり戸惑っている。俺は彼女に一度目配せしてから、乙女ちゃんへと視線を向ける。


 「なんでって決まってるだろう?」

 そういって俺は鵡川の手を強引につなぐ。

 手を伝って、彼女がびくりと体を震わせたのを感じた。どうやら俺の目配せは上手くいかなかったらしい。だがここで細かなやり取りをしては嘘だと見透かされてしまう。


 「俺と鵡川は付き合ってるんだ」

 そう嘘を吐き捨てた。…鵡川にはあとでしっかりと詫びないとなぁ。

 驚いて目を見開く乙女ちゃんと「えぇ!?」と大袈裟に驚く鵡川。今は鵡川の顔は見ない。凄く嫌な顔をしてたら俺が傷つくしな。


 「は、え? 何を言ってんですか英雄先輩?」

 乙女ちゃんは俺の発言に凄い動揺をしているようだ。

 よし、今のは良い一発になった。ここでもう一発決める。


 「何って、だから俺と鵡川は付き合ってるんだ。すまないな乙女ちゃん。俺はもう彼女持ちだ。他を当たってくれ」

 饒舌に嘘を繋いでいく俺。たこ焼き作りはおろか、嘘を吐く事すらも天才だったとはな。

 明らかに動揺している乙女ちゃんに俺は深く頭を下げた。


 「俺は周りの女の子を勘違いさせるような悪い男らしい。もし勘違いさせてしまったなら申し訳ない。君にはもっと良い男がいるはずだ。だから、ここは諦めてくれ」

 嘘を嘘で塗り固めて諦めさせる。

 ここまで好きな男に言われたら、彼女も諦めざるを得ないだろう。


 「うぐっ…ぐぐっ…」

 くぐもった乙女ちゃんの声が聞こえる。

 顔をあげて彼女を見た。泣いていた。その泣き顔は相も変わらず女子とは程遠いものではあったが、胸が痛んだ。


 「…それじゃあ、俺はもう行くから」

 ぼそりと呟いて、俺は手を繋いだまま彼女のもとを後にした。



 「ごめん鵡川」

 人通りの少ない場所まで来たところで、彼女の手を離す。

 そうして俺は深いため息を吐いた。


 「う、うん…私は大丈夫だけど…」

 鵡川の戸惑う声。俺はもう一度深いため息。


 「色々と…恋愛事から避けてきたから、ここにきて一気にそのしっぺ返しを食らっている気分だ。相手の想いを断るってのは中々に良くない気分だな」

 そういって三度目のため息を吐いた。

 ここまでで俺は多くの女子からの想いを断ち切ってきた。岡倉、百合、美咲ちゃん、そして乙女ちゃんも追加だ。男を含めるなら須田もか。 

 やはり相手の告白を断るというのは気分の良いものではない。こればかりはいくらやっても慣れない。


 「そうだね。…私も、色んな男の子から告白されてるから、気持ちは分かる」

 俺の弱音を彼女は同調してくれた。

 それだけでも少し嬉しかった。


 「やっぱり相手の想いを断ち切るって気分良くないよね。…でも私は、自分の想いに嘘はつけない。英雄君もそうだと思うけど」

 そういって鵡川は俺を見て優しく微笑んだ。その笑顔は今まで見たどの鵡川の笑顔よりも俺の心を癒した。…やっぱり彼女は俺の勝利の女神、いや全能の女神なのかもしれないな。


 「そうだな。俺は俺の想いを裏切れない。いや、中途半端に受け入れたくないんだ。俺は俺が認めた相手にしか告白しないし告白も受け入れない」

 「…そっか」

 彼女の言葉を聞いて、見失いかけた自分の信念を思い出す。

 そうだ。俺は俺の想いを裏切れない。認めた相手にしか告白しない。高校卒業までの繋ぎ程度の遊びで付き合う真似はしたくない。

 付き合いたいと認めた相手に告白したい。…例えば。


 チラリと鵡川を見る。鵡川と目が合って、慌てて視線を逸らした。

 なんだか頬が熱い。何を考えているんだ俺は…。

 鵡川なら付き合いたいと思ってしまった。我ながら情けない。本当に好きだった奴は他にいるというのにな。


 「なんにせよありがとう鵡川。男キラーのお前に励まされて少し気分が落ち着いた」

 「そっか。それなら良かった。あ、でも、男キラーって呼び名やめてほしいかな。好きで男の子の告白断ってるわけじゃないし」

 そういって笑う鵡川。そうか。彼女も彼女なりの信念をもって断ってるんだったな。 

 …待てよ、じゃあ俺に対するあの露骨な態度は…。


 「英雄…?」

 ここで耳慣れた声が聞こえた。今、一番出会いたくない女の声だ。

 俯いていた視線を声のほうへと向ける。案の定、そこには沙希の姿があった。

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