287話
文化祭二日目であり最終日。今日は生徒のみで行われる。
さてさて、私佐倉英雄の本日は教室のほうで行われている店に出品する用に、調理室でたこ焼きを焼いている。
「佐倉、お前本当たこ焼き作るの下手くそだな」
「何を言う。よく見ろ木下、たこはしっかり入っているだろう? ならたこ焼きだ。大体たこ焼きは丸くなきゃいけないと誰が決めた? 俺はいつだって時代の先を読む。これからの時代は丸くないたこ焼きが流行るだろう。そう思わないか木下?」
「屁理屈ばかり言うな。大体丸くないたこ焼きなんてたこ焼きじゃねぇ」
俺の理論を生粋の大阪人木下は一蹴する。
今に見ていろ木下。あと少しすれば俺のたこ焼きがスタンダードになるはずだ。きっと…きっとなるはず…。
「佐倉って器用なように見えて、案外不器用だよな」
「天才にも限界があるという事だ。よく覚えとけ」
木下にそんなことを言いつつ、俺はたこ焼きを作る。
今日もこうしてたこ焼きを作っているのには理由がある。
それは単純なもので、見て回る相手がいないんだ。
大輔は彼女さんと、恭平は千春と、それぞれがそれぞれの奴らと遊びに行ったせいで、残ってるのは哲也だけ。
哲也は、A組の出し物である射的屋の店番しているし、他の連中もそれぞれで回る相手がおり、俺は遊ぶ相手がいなかった。
いや、確かに引く手数多でしたけどね、恭平曰く飢えた獣の目をしているらしい女子から誘われまくったが、知らない女の子となんか見て回りたくない。
のでこうして、高校最後の文化祭はたこ焼き班に回ったわけです。それも別に構わない。今日の俺も生粋のたこ焼き職人だ。渾身のたこ焼きを作る事に執着すればいいだけさ。
「英雄! ここはいいから、もう遊んで来い!」
そうして昼頃を迎えた時、一緒に朝からたこ焼きを作っていた木下が、俺に休暇命令を与えた。
「おいおい、俺を追い出すとは売り上げ落ちるぜ?」
「落ちねぇよ。大体たこ焼き作れないのがいても邪魔だ」
きっぱりと木下に言われてしまった。
その言葉に俺は鼻で笑って見せる。
「適材適所ってあんだろ。佐倉は野球上手いけどたこ焼き作れない。俺は美味いたこ焼き作れるけど野球できない。そういう事だ。ここはお前の居場所じゃねぇ」
そういってにやりと笑う木下。
なんだこいつ、格好いい事言ったつもりか?
「大体楽しい学園生活最後の文化祭! それを、たこ臭い一日で終わらせるつもりかよお前!」
たこじゃなくて、いかだったら、完璧に問題発言になる木下の言葉。
だからなんだそのどや顔は、格好いいセリフ吐いたつもりなのかそれで?
「任せろ佐倉。俺はたこ焼きに命をかけてる! お前程度の穴、あっという間に埋めてやるぜ。むしろお前の存在がハンデだったぜ!」
何気に傷つく事を口にする木下。
だが否定できない。ここは木下に任せても良いのかもしれない。
「そうか。じゃあ後は任せた!」
「あぁ! 行ってこい! 俺は水口との戦いがあるからな」
そうして隣で明石焼きの鉄板にいる水口を睨む木下。二人は我がクラスの出し物を決める際、大阪たこ焼きか明石たこ焼きかで口論になった仲だ。
水口も思うところがあるらしい、木下を睨み返している。
きっとこれも一つの青春なのだろう。ならば邪魔しちゃまずい。俺は二人に胸の内でエールを送りながら、調理室を後にした。
調理室を後にした所で、俺に行くところがないことに気付く。
「さて、どうしたものか…」
調理室の入り口で、口元に右手をあて考え込む。
中村っちか鉄平、誉のどこかのグループに混ざろうか。それとも恭平と千春のところに行って混沌を巻き起こすべきか。それとも哲也のところに行ってクソどうでもいい事にいちゃもんつけて遊ぼうか…。
「あれ? 英雄君?」
ここで声をかけられた。声のほうへとゆっくりと視線を向ける。
そこには不思議そうに俺を見つめる鵡川が立っていた。
「あぁ鵡川か」
「どうしたの? こんな所で?」
「どうしてこんなところにいるんだろうな」
鵡川に質問されたので、遠い目をしながら哲学めいたことを口にしてみる。
「大丈夫、英雄君?」
なんか普通に心配された。
少し気恥ずかしくなったので、すぐさま我に返り理由を話す。
「いや、店の作業がひと段落ついてな。暇をもらったんでどうしようかと悩んでたんだ」
「あ、そうなんだ。良かった」
そして一安心とばかりにホッとしている鵡川。
まさか本当に俺がどうしてこんなところにいるのかも分からない状態になってると思ってたのか。冗談を真に受けるとは、可愛い奴め。
「それより鵡川のほうこそどうしたんだ? 友達とかと遊んでるんじゃないのか?」
「え? あぁ、一緒に回ってた子が店のほうに戻ってちょうど一人になったの。英雄君と同じで暇人かな」
そういって「えへへ」と照れたように笑う鵡川。可愛い笑い方をするな、可愛いだろうが。
「そうか、お前も大変だな」
「え、あぁうん…」
ここで沈黙が訪れる。何故ここで沈黙を置くんだ鵡川。
どうしようこの空気、離れようにも離れにくい空気だ。
「あ、あのさ、英雄君」
「どうした?」
っと思ったら鵡川が慌てたように口を開けた。
そんな鵡川に次の言葉を待つ俺。
「もし英雄君が良かったら、一緒に見て回らない?」
頬を赤く染めた鵡川が、決心したかのように聞いてくる。
「え」
そんな言葉が口からこぼれた。
まさか鵡川から文化祭一緒に回ろうと誘われるとは思わなかった。
思わず頭の中が真っ白になった。
「あ、ごめん…やっぱり…ダメだよ…ね」
こらこら鵡川、そんな悲しい顔をするんじゃない。
なるほど分かったぞ。そういう事か。お前あれだろ。俺をその気にさせて告白させたところで「好きな人がいるんです」とズバッと断り傷を植え付けさせる気だろう。さすが男キラー鵡川だ。恐るべし。
「そんな事ねぇよ。一緒に回ろうぜ」
だが俺はあえてお前の術中にはまってやろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず。何を得るかは知らんが、せっかく最後の文化祭だ。学校一の美少女と回ってやろうじゃあないか。
俺の返答に鵡川は驚いたように顔をあげてこちらを見る。驚いた顔も可愛いなちくしょう。
「ほ、本当に良いの!?」
なんだその言葉は。可愛いじゃねぇかちくしょう。
本当露骨に男を落としに来ているな鵡川は。これは近々俺もズバッと切り伏せられてしまうな。
「もちろんだ。俺もお前と一緒に回りたかったしな」
そういってイケメンスマイルを浮かべてみる。やられたらやりかえすのが俺の流儀だ。鵡川、お前が俺を落とそうというのなら、俺はお前を落とすまでだ。これは恋愛じゃない。男と女による異種格闘技だ。
俺のイケメンスマイルに、鵡川はスッと視線を逸らしてかわす。やめろ、今のは地味に傷ついたぞ。さすが歴戦の男キラーだ。自分からはズバズバ攻撃する癖に男の攻撃は柔よくかわしおる。
「あ、ありがとう…」
そうして頬を赤くしながら横目で俺を見てくる鵡川。はい可愛い。今のは100可愛いだな。本当男を落とす技に長けてるね君は。これは厳しい戦いになりそうだ。
と言うことで、俺は鵡川と文化祭を回る事となった。
廊下を歩きながら、鵡川と回りたいクラスを話す。
鵡川は2年E組でやっているというクレープ屋に行きたいそうなので、二人並んで歩く。
ねたましい男子学生からの視線が俺に向けられたが、そこはイケメン佐倉君。クールに無視する。
時折、羨望のまなざしや、諦めにも似た悔し紛れの視線もぶつけられた。
「な、なんかみられるね…」
「そうだな。鵡川が可愛いからかもしれないな」
「えぇ!? そんなことないよ! それ言ったら英雄君だって…格好いいと思う…」
最後の方は照れたようにぼそりと口にする鵡川。お前、強いな。本当強い。今の一撃はやばい。1000可愛い級の一発だ。
表面上は文化祭を一緒に回る男女だが、その裏ではどちらが先に相手を落とすかという恋の異種格闘技戦がおこなわれている。
俺は歯の浮くような発言をし、鵡川は男を引きずり落とす仕草で攻めてくる。両者一歩も引かない苛烈な戦いとなっている。
「いらっしゃいませー…って、英雄先輩じゃないですか!」
「よぉ西岡。お前、E組だったんだな」
クレープ屋をやっているE組のクラスに入った所で、長机の上に純白のテーブルクロスをかけただけのカウンターの前に立つ西岡が俺に声をかけてきた。
「あれ? 隣のお方は、鵡川先輩ですよね?」
「そうだよ」
驚いた顔を浮かべている西岡に俺は普通に対応する。
「マジですか! さっすが佐倉先輩! まさか山高のアイドルと言われる鵡川先輩と付き合っているとは! さすがです!」
「えぇ!」「はぁ?」
大袈裟なリアクションをする西岡に、これまた大袈裟なリアクションをする鵡川。
こらこらお前は何を言ってるんだ。
「そ、そそんなわけないないよ! わ、私が英雄君とつ、付き合うなんて! 絶対無理!」
凄く動揺しながらも凄く俺を拒絶する鵡川。お前そんなに俺が嫌か。今の発言は素直に1000ダメージぐらい受けたぞ。俺くらいの男じゃなかったら再起不能な一撃だったな。やるなぁ鵡川は。
一方、西岡はニヤニヤ笑っている。
「あーなるほど、まだなんですねー」
「あんまり鵡川をからかうなよ西岡。俺が回る相手がいない悲しい男だったから、鵡川様が一緒に回ろうと救済してくださったんだ。っと言うことでクレープ買うぞ」
「…英雄先輩、なんか鵡川先輩の事神格化してません?」
「ふふっ気づいたか。彼女は俺の勝利の女神だからな」
そんな冗談を呟きつつもクレープを注文する。
鵡川は動揺を落ち着かせるためか、俯き前髪を触りながらもじもじしている。なんだその動作は、可愛いぞ。
「いやでも、俺は英雄先輩と鵡川先輩、お似合いだと思いますよ」
「そうか西岡ありがとう。そんなふざけた発言するお前には今度、ノックしに行って、シェンロン打ってやる」
西岡がまたふざけた事を口にした。
ちなみにシェンロンとは内野ノック中に外野のほうまでフライを打ち捕りに行かせる行為の事である。
誕生の理由は、佐和ちゃん不在の時にノックを勤めた大輔。初めてのノックで、ショート恭平に打ったフライが外野後方まで飛んでいた失敗からだ。
以後はシェンロンと呼ばれ、誰かがそんなミスをするたびにシェンロンと言っている。
「ははは、英雄先輩でも照れるところがあるんすねー」
「ふふ、西岡も口が達者になったな。俺も文化祭が終わったらプロ入りに向けて練習に参加するからさ。その時は覚悟しとけよ?」
「じょ、冗談ですよ! あっ! 鵡川先輩は何しますか? 今なら英雄先輩の後輩として安くしますよ」
調子が良いやつめ。話を逸らしやがった。
ちなみに西岡は過去に数度、俺にシェンロンを食らっている。理由は明快、まだ千春に恋していた時、俺に「お義兄さん」と言った罰である。
それから恭平にも5回ほどシェンロンを解き放っている。理由は同じく、千春の事で「お義兄さん」だの「千春ちゃんと付き合いたい!」と叫んだからだ。しかし恭平はめげず、「愛の力は偉大だ!」なんて言ったもんだから、すぐさま関節技を決めたのはここだけの秘密だ。
「あ、えっと、じゃあイチゴクレープで」
「了解! 佐倉先輩は?」
「俺も同じ奴で頼む」
こうして、二人とも注文を終える。
西岡は何か紙に書いている。
「了解! 二つ合わせて550円です。別々にしましょうか?」
「いや、俺が全額払う」
元気の良い声で接客する西岡に俺が財布を取り出しながら返答する。
「えっ! 英雄君。私も払うよ」
「平気平気。今度プロ入りする男だぞ俺は。お前は大船に乗った気持ちでいろ」
なんて鵡川の顔を見ずに返答して、財布から500円玉1枚と50円玉1枚を取り出し、カウンターに置いた。
「ちょうどですね。ありがとうございます!」
最後までさわやかな接客態度で、俺に頭を下げる西岡。
どうやらさっき書いていた紙は、俺らの注文が書かれていた表らしい。その紙を持ってロッカーで遮られた教室の奥へと向かう。
どうやら奥は厨房らしい。どうりで甘い匂いが教室に充満していたわけだ。
「本当に良かったの英雄君?」
「別に平気だって、それにほら、去年の文化祭で代わりに払ってもらったろ」
そう鵡川の顔を見ながら、笑顔を浮かべた。
鵡川は不安そうな顔を浮かべていたが、俺が笑うなりニコリと笑顔を浮かべた。
「そういえば、そんな事もあったね」
「あぁ、そんな事もあったんだよ」
そう短いやり取りで会話は途切れた。
だがこの沈黙は悪くない沈黙だ。
「佐倉先輩! どうぞ!」
しばらくして、西岡の手からクレープが手渡される。
「悪いな」
「どうも、ありがとう」
西岡からクレープを受け取り、二人して早速一口食べる。生徒が作ってる代物にしてはなかなかどうして悪くない味だ。
「…やっぱりカップルみたいだ」
小声で西岡がなんか言っているが無視だ。
こうして俺と鵡川は2年E組を後にした。




