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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
287/324

286話

 11月、待ちに待った文化祭が始まった。

 高校最後となる文化祭。大学進学ではなくプロへと進む俺にとっては人生最後の文化祭となる。 

 絶対に後悔なんて残さない。最後まで楽しみつくしたい。


 「やるぜ」

 入場開始時間まであと数分、たこ焼き台の前に立ちながら俺はにやりと笑った。

 無駄に気合いが入っている自分に呆れ笑いが出てくる。だが、こんなこと出来るのも限られてる。なら遊びつくさないとつまらない。


 我がクラスの出し物は教室の他、校門から昇降口へと続く道にも露店という形で出店している。

 たこ焼き、明石焼き、お好み焼き、団子と四つの店が露店を出しているが、全て我がクラスの出し物だ。

 どんだけ出店してんだうちのクラス。


 ちなみに俺は今日の午前中はたこ焼き作りを任された。

 隣には大阪出身で物心つく前からたこ焼きを作っていたと豪語する木下(きのした)がいる。最強の相棒がいるし、気合い入れて作るぞ。

 


 初日は一般人も来れる文化祭。

 今年の文化祭も例年にもれずにぎやかな祭りとなっている。

 他校の生徒やOBなんかも遊びに来ている。

 その中で俺は黙々とたこ焼き作りにいそしむ。鉄板で焼かれるたこ焼きを見つめるその瞳はまさに職人。熱気で流れる汗も拭うことなく、ジッと鉄板を見つめ、絶妙なタイミングでたこ焼きをクルクル回す。


 「英雄、お前たこ焼き作るの下手くそだな」

 隣で木下がなんか言っているが無視だ。今の俺は堅物な職人。他人の言葉に耳を貸してやるものか。


 「よぉ佐倉!」

 そんな感じで職人の技を披露しているとたこ焼き台を挟んで向こうから声をかけられた。

 顔をあげると、そこにはどこか垢ぬけた松下先輩が立っていた。隣には結構美人な女性。


 「あ、松下先輩じゃないですか! お久しぶりです!」

 「久しぶり! 元気そうだな」

 「もちろんっすよ! で、その隣のかたは彼女さんですか?」

 そういって隣の女性へと視線を向ける。

 松下先輩は照れた表情を浮かべたながら「あぁこいつはな…」ともったいぶる。


 「俺の嫁さんだ」

 「はぁ?」

 衝撃の発言に思わず耳を疑った。

 ちょっと松下先輩、いくら社会人になったからって、あんたまだ19歳でしょ。


 「こいつのお腹には俺の子供もいる。来年出産予定だ」

 「はぁ?」

 これまた衝撃の発言。何照れ臭そうに爆弾のような発言してんだよ松下先輩。あんたまさか出来ちゃった結婚したのか? なんて人だ。しかもこんな美人と。…羨ましい。


 「今日はついでに佐和先生にその報告してきたんだ」

 「そうっすか。なんて言われました」

 「父という重責から逃げるなってのと俺より先に子供作ってんじゃねーと冗談交じりに言われた」

 そういって笑顔を浮かべる松下先輩。あー佐和ちゃんなら言いそうな気がする。


 「恭平には会いました?」

 「いや…」

 「あいつ、うちのクラスの出し物でウエイターやってるんで、会いに行ってみてはどうですか?」

 「ははは、やめとくよ」

 乾いた笑いの松下先輩。良い選択だ。

 出来ちゃった結婚した状態で恭平のもとに言ったら何を言われるか。安易に想像できる。


 「そうだ松下先輩、結婚祝いにたこ焼き2パックおごりますよ」

 「え、いやいいよ! 俺社会人なんだぜ、学生に奢られるわけにはいかねぇよ」

 そういって尻のポケットから財布を取り出そうとする松下先輩。それを俺は左手を出して制した。


 「安心してください。俺は来年プロ野球選手なんで」

 そういってにやりと笑ってみせると、松下先輩は少し呆気にとられたようにポカンとした後、呆れたように笑った。


 「そういえばそうだったな。あぁそうだ。甲子園優勝おめでとう。あとプロ入りもおめでとう」

 「ありがとうございます。プロ野球選手からおごってもらうなんてめったに無いですからね。ありがたく受け取ってくださいよ」

 そう言いながら俺はパックにたこ焼きを入れて松下先輩に手渡す。


 「悪いな。…それにしてもこれ…たこ焼きか?」

 松下先輩がなんか言っているが無視だ。たとえぐしゃぐしゃになっていようと、たこが入っていればたこ焼き。それぐらいの強引さが無ければ職人は務まらないのである。


 この後も次々と見知った顔が会いに来てくれた。

 山田東に行った中学時代の野球仲間の享、浩哉、侑平の三人も遊びに来てくれた。どうやら浩哉と侑平はどちらも大学進学組だが高校で野球を辞めるらしい。一方の享は野球を続けていくらしい。思い切って四国の独立リーグに挑戦するとか。思い切ったことするなぁ。


 「プロ入りは諦められない。だけど普通の奴らと同じ道のりじゃ到底辿り着かない。だからいばらの道を俺は進む」

 「かっけぇな」

 「だろ?」

 真顔で持論を語る享にニヤニヤ笑う浩哉と侑平。二人は冗談交じりのようだ。

 だが俺は笑わない。夢を諦めず自ら苦難の道を選んだ享を笑う事など出来ない。その道の末に夢が叶わないとしても俺は笑う事はないだろう。 

 チャレンジャーは嫌いじゃない。俺はたこ焼きをパックに入れて享に手渡す。


 「頑張れよ享。俺からのプレゼントだ」

 「ありがとう英雄。…お前、もうちょいまともに作れなかったのか?」

 「気にするな。それより俺のたこ焼きがまともじゃないと言ってるみたいじゃないか享」

 俺はたこ焼き作りの職人だ。客の言葉に惑わされるつもりはない。



 このあとは龍獄の久遠もやってきた。相変わらず人を馬鹿にした笑顔だが、あの夏に比べてどこかすっきりしているように思える。

 こいつはこいつで自分の野球へ思うところがあったらしい。


 「大学で自分を見つめなおす」

 俺がたこ焼きをパックに入れている途中、久遠がそんなことを口にした。


 「俺は、お前に野球選手としても人間としても負けていた。だから大学でもう一度自分を鍛えなおすつもりだ」

 「そうか」

 パックに入れ終えて、輪ゴムでパックを閉じて手渡す。


 「…山口の事は諦められない。だから今度は本気で彼女と挑みたい。だから俺は酒敷美大進学希望だ」

 「そうか」

 真っ直ぐに俺を見ながら語る久遠。

 なんで俺に向かってそれを語るんだお前は。語るなら沙希にしろよ。


 「俺が言っても嫌味になるかもしれんが、頑張れよ」

 「あぁ、あと佐倉。プロ入りおめでとう。……たこ焼きかこれ?」

 「どういたしまして、あとそれたこ焼きに決まってんだろよく見ろや」

 久遠も頑張れ。チャレンジャーはいつだって俺は応援してやる。

 そして俺のたこ焼きを認めない奴らを俺は絶対に認めない。



 この後も次々と見知った顔が会いに来てくれた。

 それこそ野球でつながった知り合いや、中学時代の友人、同期の野球部員の家族、みなが俺に会いに来てはプロ入りを祝ってくれたり、それぞれの進路の話を聞く。

 野球で知り合った連中の中には野球を辞めるものもいたいし、逆に野球を続けるものもいた。

 みながみな、それぞれの進路を選び進もうとしているようだ。

 チャレンジャーには俺は無償でたこ焼きをプレゼントしてやる。難題に挑もうとする姿は見ている俺にも良い刺激になっているからな。



 業務ももうすぐで終わろうかというところで、聞き慣れた声が聞こえた。

 視線を声のほうへと向ける。案の定、恭平と大輔と哲也の三人が来ている。


 「おい英雄! 松下先輩来てたらしいな!」

 で俺のもとに来たかと思うと、開口一番に恭平が効いてきた。


 「あぁ」

 「話だと美人妻を連れていたらしいな。しかもはらませていたと」

 「そうだ」

 どうやら松下先輩の噂は恭平の耳にまで届いていたらしい。

 松下先輩、恭平に会いに行かなくて正解でしたね。


 「松下の野郎、あんな顔してやる時はやる男だったみたいだな。羨ましいぜ!」

 そういって鼻の下を指でこすりながら下卑た笑いを浮かべる恭平。


 「なに羨ましがってんだ。千春と出来ちゃった結婚するってなったら、マジでお前を半殺しにするからな」

 「するわけねぇだろ。何言ってんだお前、頭大丈夫か?」

 こいつ…。

 相も変わらない俺と恭平のやり取りに哲也は呆れ笑い、大輔はじっとたこ焼きが舞う鉄板の上を見ている。


 「英雄、お前たこ焼き作るの下手くそだな」

 「余計なお世話だ大輔。たこ焼きは丸くなくちゃいけないって固定観念にとらわれていると新しい時代は切り開けねぇぞ」

 そういって渾身の出来のたこ焼きをパックに詰めて三人に手渡す。


 「東京のもんじゃ焼きみたいだね」

 「たこ焼きだ。二度と間違えるな哲也」

 哲也にもなんか言われたが、すぐさま否定しておく。

 俺はたこ焼き作りも天才。それでこの話は終わりだ。


 「そういえば英雄、もうそろそろ業務終わりだろ? この後四人で回ろうぜ!」

 「あぁ俺は構わないが。大輔とてめぇは彼女と回らなくて良いのか?」

 校舎のほうから交代の友人中本が歩いてきている。

 もうそろそろ俺の業務も終了か。頭にまいていた手拭いをほどいた。


 「ふふっ千春とは明日回る約束してるんだ。今日はせっかく最後の文化祭だし、いつものメンツで回ろうと思ってな」

 にやりと笑う恭平。

 …そうだな。せっかく最後の文化祭だ。こいつらとも回りたい。


 「そういう事なら一緒に回ろう」

 「おぅ!」

 という事で、今日の文化祭は愉快な仲間たちと回る事となった。 

 訪れた友人中本とバトンタッチして、俺は三人と賑わう校舎へと歩きだした。



 学生の出来うる装飾と黄色い声でにぎわう校舎。

 生徒の多くが笑顔を浮かべ、奇声を発し、盛り上がる祭り。

 生徒、一般客の合間を縫い、友人たちと馬鹿話で盛り上がりながら校舎をうろうろしていく。

 生徒が作り上げた完成度の低いお化け屋敷を楽しみ、生徒が作る大して美味くもない料理も食べて笑う。

 今まではなんて事のない日々の1ページに過ぎなかった。だけどあと数か月すればそれも遠い思い出となるだろう。

 楽しいこの日々ももう少しで終わる。そう考えるたびにどこか寂しさにかられる。

 だけど、悲観にくれる暇はない。残り少ないなら楽しく過ごすのみだ。

 馬鹿みたいな冗談を話して、馬鹿みたいに笑おう。この楽しい日々が楽しい記憶になるように。


 こうして楽しい文化祭初日はあっという間に終わりをつげた。

 一日目の売り上げトップは案の定我がクラス。他のクラスが出し物一つなのに対し、我がクラスは教室に加えて露店4つも運営してるからな。そら売り上げトップになるわ。


 さて明日は文化祭二日目であり最終日。

 今日は一般客も来ていたが、明日は生徒たちのみ。

 今日ほど賑わいはないだろうが、生徒のみだしそれはそれで楽しい。

 最後の最後まで遊びつくすぞ!

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