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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
285/324

284話

 11月に入り、高校最後の文化祭の準備が始まった。

 三年目となる今年の文化祭、我がクラスの出し物はたこ焼き屋。

 そこで少々問題が発生した。


 中学まで兵庫の明石に住んでいた奴と、小学校高学年まで大阪に住んでいた奴が、どっちのたこ焼きにするかと口論になったのである。

 おかげで我がクラスは、文化祭そっちのけで「どっちのたこ焼きが美味いか」と言うイベントを開催する事になった。まさかクラスを分断するとは思わなかった。

 さらにこれにお好み焼き派、粉ものならうどんだろ派が声をあげた末に、担任の佐和ちゃんは「それならダンゴもいれたほうがおもしろい」という始末。


 結局出し物の店名が「たこ焼き佐和ちゃん」と言うものなのに、お好み焼き、うどん、だんごも売ると言うユニークな店に早変わりしてしまった。



 さて文化祭の準備。

 俺と恭平は入り口の上に貼る看板作り作成へと取り掛かる。

 こういう文化祭の準備では往々にして男女で意見が分かれたり、あるいは真面目に働かない連中と真面目に働いている連中の間で対立したりと、険悪なムードになりがちだが、我がクラスはそんなことはなかった。

 佐和ちゃんは「中国大会も終わってひまだから」と野球部の指導そっちのけで文化祭の準備の指示を出している。

 さすが甲子園優勝の野球部監督だけあって、指示は的確、適材適所に人を投げ込む才能は野球部で度々見せらられた。


 そういえば野球部だが、無事あの後も勝ち進んだ。

 決勝戦で広島東商業に敗れ優勝こそならなかったが、無事準優勝を果たし、選抜甲子園出場はほぼ確実となった。

 あとは一月の選抜出場校発表を待つのみだろう。



 「佐倉君、わたしも手伝おうか?」

 恭平と馬鹿話をしながら作業をしているとクラスの女子が話しかけてきた。えっと…彼女は………田辺さんだったっけ? いや、田辺さんじゃなくて津島さんだったか? ……やばい、名前覚えてない。

 普段まったくかかわってない女子だから、まったく頭の片隅に入れてなかった。まさかここで声をかけられるとも思わなかった。


 手伝いはいらない。

 今は恭平にダンボールの端を押さえてもらって、俺は鉛筆で書かれた線に沿ってダンボールを切っていく。ただそれだけの簡単な仕事だ。

 むしろこれ以上手伝いがいたら、それはそれで邪魔だ。

 恭平を見る。変な顔をして女子を見ている。女子の方は俺の顔しか見ていない。


 「俺は大丈夫だけど、恭平は必要か?」

 「い、いや…俺も必要ない…」

 なんかめっちゃ動揺している恭平。なんだ?

 一昔前の恭平なら女子の手伝いに大喜びしていただろう。下ネタを重ねて「俺の息子も手伝ってほしい」とか言って彼女をドン引きさせていただろう。

 だが千春と言う彼女が出来てから、恭平はだいぶ変わった。憑き物が落ちたかの如く、どぎつい下ネタは減り、女子を性的なあれで見なくなった。

 正直予想外、でも少し安心した。千春と付き合ってもない別の女子にがっつくのなら、それこそ俺が許さなかった。別に恭平を妹の彼氏と認めたわけではないがな。絶対に認めない。


 まぁ恭平の話はおいておいて、彼女である。

 もう一度彼女を見る。じっとこっちを見ている。ちょっと怖い。


 「そういう事だから大丈夫。切るだけの簡単なお仕事だから。俺と恭平がいれば、パパッと片付くよ。ありがとう」

 「そう…。じゃ、じゃあ! なんか他に手伝う事ある?」

 なんでそうなるんだ。切るだけの作業だから手伝う事なんてもうねぇよ。


 「悪い、無いな。暇なら文化祭実行委員か佐和ちゃんに聞いてくれ?」

 「英雄! 作業戻るぞ!」

 アシストするように恭平が俺に作業を促した。

 これで話は終わり。彼女から看板用のダンボールへと視線を落とした。

 彼女はしばらくこっちをじっと見ていた後、さささっと友人の輪へと戻っていく。正直怖かった。


 「いやー英雄さん。モテモテっすねー」

 「あ?」

 彼女が立ち去った後、恭平の軽い調子の声が聞こえる。


 「だって、女の子のほうから好感度アップの為に話してきたんですよ。もぅモテモテラブラブ状態じゃないですかぁ!」

 チャラい感じで話す恭平。顔が下世話に笑っていて凄いウザい。


 「恭平、どっちにアドバンテージがあるか考えろ。俺の手にはカッターナイフ、俺の集中力を削ったら、お前の指がどうなるか分かってるな?」 

 視線をダンボールへと落とし、作業をこなしながら恭平を脅す。


 「やめとけよ。そんなことしたらお前のマイシスターが泣くぜ?」

 恭平が急に吹き替えのアメリカ映画の声優のような口ぶりで語る。

 ウザい。マジで一本ぐらい切り傷いれてやろうかこの野郎。


 「恭平、切り傷つけられるならどこの指が良い? 選んでいいぜ?」

 「照れるなって英雄! まぁお前は、鵡川一筋なんだろうけどねぇ」

 「そうか、俺が切っていい指を選んでいいわけか?」

 ちらりと恭平を一瞥する。

 すました顔を浮かべて視線を逸らした。下手くそな口笛なんか吹いている。


 「それとも山口だったかなぁ?」

 「いい加減にしろ恭平。お前が恋愛ボケしてるのは分かったから」

 呆れてため息をついてから作業を再開する。

 面倒くさいし、恭平の戯言は無視して黙々と作業をこなしていこう。


 「英雄さ、そろそろ彼女作ろうぜ?」

 まだいうか。無視だ無視。黙々と鉛筆で書かれた線を断つ職人として意識を研ぎ澄ましていく。


 「今日みたいなことずっと続くぞ」

 真面目な恭平の一言に、ぴたりと作業する手が止まった。

 思わず視線を恭平へと向けた。真面目な顔をしている。


 「さっきの女…平崎さんの顔、マジやばかったぜ。あわよくば玉の輿を狙う三十路手前の女みたいな、飢えた狼の目をしてた」

 お前、玉の輿を狙う三十路手前の女も、飢えた狼も見た事ねぇだろ絶対。

 でも恭平の言いたいことは分かる。先ほど彼女と話していた時に感じた嫌な感じ。じっとこっちを見ている彼女の目は恐怖すら覚えたほどだ。


 「お前はさ、これからプロ行って活躍するって事は、ガンガン金稼ぐんだろ? それこそ一般職について平々凡々に暮らすつもりの俺なんかと違って、さぞ立派な家建てて、毎日美味い物食えるんだと思う」

 急に真面目なトーンで話すなよ恭平。会話の温度差が激しすぎて風邪ひいちまう。


 「そんな一般人が憧れる生活をするお前に食いついてくる連中もいるわけだしさ。露払いの彼女ぐらい作ったらどうなんだ?」

 「露払いの彼女って考え最低だな恭平。千春と別れちまえ」

 「有名人ならセーフだろ。あと千春ちゃんと結婚すっからそれは無理だ」

 にやりと笑う恭平。うざい。そんな彼の顔を見てため息を吐く。

 …こいつが千春の彼氏で良かったとちょこっとだけでも思ってしまった。


 この後もちょいちょい色んな女子から声をかけられる。

 そのたびに恭平が「怖い、玉の輿を狙う女怖い」とぶつくさ小声でつぶやいていた。


 それにしても露払いの彼女か。これは俺も考えた事がある。

 だが誰が良いだろうか? まぁゆっくり考えればいいか。



 作業の合間、恭平と職員室にいる佐和ちゃんのもとへと向かう。

 少し前なら野球部の事で話をしにいっていたが、今日は文化祭関連で作業を頼まれた。


 「面倒くせぇな」

 「同意だ」

 今回の作業はうちのクラスの出し物と関係なくて、本当佐和ちゃんから雑務を押し付けられた形だ。

 佐和ちゃんに野球を教えられた元野球部員だからこそ、こんなクソ面倒くさい仕事を押し付けられるのだろうか。


 ふとA組の前を通る。開かれたドアの向こうでは、ガヤガヤと作業をしているA組の生徒たち。その中に大輔の姿を見つけた。

 窓際で彼女さんと並んで座って作業をしている。すごく楽しそうに笑っていた。

 思わず立ち止まって二人の様子を見てしまう。

 大輔の笑顔は、普段俺達に見せる笑顔よりも輝いているように見えた。それほど好きな人と一緒にいられるのが楽しいらしい。


 …彼女の為に野球を辞める。

 俺からしたらふざけた理由だと思ったが、こうして大輔の楽しそうな笑顔を見ていると、あの理由も至極当然なもののような気がしてきた。


 「どうした英雄!」

 数mほど先を進んだ恭平が声をあげる。

 恭平の声が聞こえたのか、大輔は視線をあげて廊下に立つ俺と目が合った。笑顔のまま右手をあげる。隣に座る彼女さんも俺に会釈をしてきた。

 …本当、お似合いなカップルだなお前ら。俺は右手を軽く上げてから、恭平のもとへと向かう。


 「どうした?」

 「大輔だ。彼女とイチャイチャしてた」

 「そうかぁ。ウザいだろう? 俺もひと昔前はそう思ってたぜ。けどな…恋人ができるって、最高だぜ」

 にやりと笑う恭平。その恋人が俺の妹だから凄い複雑だ。

 だがまぁ恭平の件はどうでもいい。今は大輔だ。


 「恭平は、大輔が野球を辞めるのに反対か?」

 「別に? 良いんじゃね? やりたいようにやれば」

 まだ大輔の引退に踏ん切りがつけていない俺に対し、恭平はケロッとしていた。


 「俺達、大輔の親友と言っても結局は赤の他人だしさ。そんな俺達がとやかく言うのもヤブってもんだろ?」

 そういってまた決め顔をする恭平。良い話だと思うが、最後のほうで間違えるな。ヤブじゃなくて野暮だ。

 ため息を吐いた。でも言葉を間違えている恭平のほうが正論な気がする。

 結局のところ俺は、大輔の才能にしか目が行っていないのかもしれない。恭平は大輔の才能なんか見てなくて、親友としてあいつが楽しい人生を歩んでくれることを祈っているのかもしれない。

 …でも、やっぱりさ、あんな才能をマジマジと見せられて、助けられてきた俺は、簡単に野球を辞めてほしくなかった。


 なんとか、なんとか大輔の野球への熱を取り戻せないだろうか…?

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