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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
282/324

281話

 ドラフト会議前日、三年生の元野球部員の間で不思議と緊張感がただよっている。

 我が校からプロ志願届を出したのは俺と龍ヶ崎のみ。大輔や恭平は出していない。

 さて、部員たちの話題は俺と龍ヶ崎がどこに指名されるかだ。龍ヶ崎自身は半ばあきらめているようで、すでに就職に向けて準備をしている。諦めたらそこで試合終了ですよ。

 一方、俺のほうはどこの球団が指名するのかと盛り上がっている。


 「まず指名は確実だろう。甲子園優勝してるしノーヒットノーランと完全試合成し遂げてるし、こんなピッチャー、なかなかいないぜ。しかも左腕で150キロ越え、調子によって、球速の差が激しいわけでもないしな」

 そう口にするのは佐倉英雄、俺だ。

 熱い自画自賛を口にしてはにやりと笑う。


 「分かんねーぞ英雄。英雄はエロすぎるからな。球団のイメージダウンに繋がるからって指名回避する可能性もあるぞ」

 そう語るのは恭平。そんな理由で指名回避されたらさすがにぶちギレる。大体、お前にはそんな事言われたくない。


 「英雄は、どこに指名してもらいたい?」

 今度は哲也が聞いてきた。

 俺は一度「うーん」と唸ってから答える。


 「どこでも良いけど、選べって言われたら広島シャークスかな? 一番ここから近いし、最初に俺に興味を持ってくれたのはシャークスだしな」

 広島シャークスは去年の広島東商業との練習試合の時から注目してくれていた。

 長い付き合い、というほど長いわけではないけど、最初に目をかけてくれた球団に指名されるのも悪くない。

 もちろん他11球団でもオールオーケーだ。球団の選り好みはしないが、一年目から先発起用してくれるチームを期待する。


 「シャークスかぁ。でもあそこって、ピッチャーが潰されるイメージあるけどなぁ…」

 誉がシャークスの話題をあげる。

 確かにあそこはピッチャーの故障が多い。先発を早めに下ろしてリリーフ陣を酷使しているからだろう。毎年終盤戦になるとリリーフがシーズンの疲れから故障しリリーフ陣が壊滅するというのを見ている。


 「潰されたピッチャーは自己管理が出来てないだけだ。監督の命令だろうが、コーチの命令だろうが、自分のやりたくない事は、素直に断るつもりだ。クビになったら、単身メジャーに行って入団テスト受ければ良いだけだし」

 「あはは…相変わらずだね英雄」

 呆れ笑いをする哲也。

 そう、俺はいつも通りだ。プロに行くからと考え方を変えるつもりはない。俺は、俺らしく、俺の求める野球選手像を追いかけるだけだ。


 「まぁなんにしても、英雄ならプロ入りは確定だろう」

 笑顔で言う鉄平。

 何を当たり前な事を言っているんだ。


 ふと大輔へと視線を向ける。

 この話題には一切かかわらず一人弁当をほおばっている。普段なら食事中はどこか嬉しそうに微笑んでいるのだが、今日は表情が暗い。

 …まだ、プロ志願届を出さなかったことを悩んでいるのだろうか? プロ志願届を提出期限は過ぎた。いまさらプロに行きたいなどと言っても遅い。

 だからこそ、俺はあえて大輔には何も言わない。ここで何かを言った所でどうする事もできないしな。


 「龍ヶ崎は、どこ志望?」

 「俺は別にどこでもいい。ただでさえ指名されるか怪しいしな」

 ぶっきらぼうに語り弁当を食べる龍ヶ崎。

 実績自体は悪くない。甲子園優勝校の三番バッター。強肩の外野手。肩だけ見ればプロでも即戦力だろう。問題は木製バットに慣れるかどう、スカウトたちが龍ヶ崎の将来性を期待するかどうかといった所か。


 「東京とか大阪の球団に指名されたら岡倉と離れ離れになるな」

 「はぁ!? 何言ってんだよ!?」

 俺の冗談交じりの言葉に大袈裟に驚く龍ヶ崎。顔は真っ赤だ。龍ヶ崎の口から「岡倉の事が好き」と聞かされていない部員たちも、ここ数か月の龍ヶ崎と岡倉の様子を見て、だいぶ察しているようで、俺の言葉にニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。


 「えー! 達也君と離れ離れになるの嫌!」

 「ばっ! 何言ってんだよ岡倉!」

 そんな俺の言葉に岡倉が声をあげて、龍ヶ崎がさらに驚く。普段は出さない大声をあげて顔は今にも火が噴きだしそうなぐらい真っ赤だ。

 岡倉と龍ヶ崎の様子を見て、周りの部員たちが「ヒューヒュー!」とか指笛を吹いて煽り立てる。龍ヶ崎は顔を真っ赤にして一同を睨みつけているが逆効果だ。


 「だって達也君、英ちゃんにフラれてから、ずっと私の事励ましてくれて…達也君から元気もらってるし、頼りになるし、そばにいると安心するし…」

 ぽつぽつと龍ヶ崎への思いを吐露する岡倉。お前さ、振った本人が目の前によくそんな事を口にできるな。相変わらずの天然っぷりに呆れてしまう。

 当の本人の龍ヶ崎は顔を赤くし挙動不審になってる。うわ、見てて面白いぞ。


 「…トイレ行ってくる!」

 「龍ヶ崎! 一発済ませてくるのか!?」 

 「んなわけねぇだろ!」

 耐えきれずその場を立ち去ろうとする龍ヶ崎にふざけた事を言う恭平。案の定龍ヶ崎がぶちギレて声を荒げて否定し、教室を後にする。


 「やべー岡倉と龍ヶ崎めっちゃ仲良いな」

 「もちろん! 私、達也君の事好きだよ!」

 そういって笑顔を浮かべる岡倉。お前、相変わらず素直だな。


 「そんなに好きならYOUコクっちゃいなよ!」

 岡倉を煽り立てる恭平。

 その言葉に岡倉はどこか寂しそうな笑顔を浮かべる。


 「えぇ…でも……また断られたら嫌だし」

 そういって寂しそうな顔を浮かべて俯く岡倉。

 だからお前さ、目の前に断った男がいるんだぞ。そういう言葉口にしないでくれるかな? なんで俺にまで飛び火するんだよ。俺も龍ヶ崎に倣ってこの場を離れるぞ?


 「安心しろ岡倉。俺と龍ヶ崎は違う。あいつならお前の想いをしっかり受け止めてくれるはずだ。不安になるな」

 だけど、彼女を断ったのは事実。だから断った男としてアドバイスを送っておく。

 俺の言葉に岡倉が顔をあげて俺を見てきた。


 「あいつは俺よりも誠実な男だ。お前の想いを断る事はないだろう。それにお前とあいつはお似合いだ。俺がお前の隣に立つより、何倍も何十倍もお似合いだ」

 「英ちゃん…」

 「お前の想いには応えられなかったが、悩み事くらいなら相談に乗ってやる」

 …なんで俺は、部員たちに見られながらこんなことを言っているのだろうか?

 こらお前ら、ニヤニヤとこっちを見るな。分かってる。自分でもクサい台詞を吐いているぐらい理解している。でもこれぐらい言わないと岡倉には伝わらない。


 「英ちゃん…ありがとう!」

 そういって笑顔を浮かべる岡倉。 

 その笑顔を見て、俺も頬を緩ませるのだった。



 放課後、俺は屋上に来ていた。

 ドラフト前日、緊張に耐え切れず、少し心を落ち着けようと思い、来たのである。

 西の空は美しい紅で染まり、見るものの目を奪った。

 明日で俺の進路が決まる。これから何十年と続くプロ野球生活の命運を握る大事な一日を迎える。

 指名される球団次第で俺の人生は大きく変わる事だろう。そう考えれば考えるほどに緊張は増していく。


 「あれ? 英雄君?」

 一人、屋上でただずんでいると後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、案の定鵡川が立っていた。


 「よぉ鵡川」

 「うん、こんにちわ」

 鵡川の笑顔は西日で陰のある笑顔になった。


 「英雄君、こんなところでどうしたの?」

 「ちょっと気晴らしにな。そっちは?」

 「私もそんなところ」

 短いやり取りをかわしながら、鵡川はこっちへと近づいていき、そうして隣に立った。

 彼女と並んで茜色の空を見つめる。


 「夕日、綺麗だね」

 「まったくだ。ここまで綺麗な夕日も珍しい。THE秋って感じだな」

 「そうだね」

 二人して西の空を見つめながら、感想を口にして笑いあう。


 「英雄君、明日ドラフトだよね?」

 「そうだ。どこに指名されるか分からんが、今から楽しみ…いやちょっと緊張してる」

 鵡川相手だと自然と本心を口にしてしまう。

 それぐらい俺は彼女を信頼しているという事だろうか。彼女からしたらいい迷惑なのかもしれないけど。


 「そういや、良ちんは志願届出したのか?」

 俺はふと思った疑問を、鵡川にぶつける。

 鵡川は無言で首を横に振った。


 「良平は、プロ志願届け出してない。最後の夏、甲子園に行けなかったのが相当悔しかったらしくて、自分はまだプロは遠いって、大学野球で鍛えなおすって言ってた。東京六大学のほうで野球やる予定」

 「そうか」

 生真面目な良ちんらしい選択と言うべきなのだろうか。

 大学野球で鍛えなおすか。今でも十分プロに行くだけの素質はあるだろう。現に甲子園も戦い終えた今の俺でも、良ちんは屈指の好敵手だった。もし良ちんが、斎京学館が甲子園に出場していたら、甲子園優勝とは言わずともベスト4ぐらいには名を残していただろう。

 きっと良ちんは大学野球を経て、プロの世界に踏み込んでくるだろう。次の勝負は五年後か。プロで対決するのが今から楽しみだ。


 「英雄君」

 「うん?」

 「もしさ、もしだよ…」

 そう前置きして鵡川は数度大きく深呼吸をしてから、次の言葉を口にした。


 「プロ野球選手になっても、私と…友達でいてくれる?」

 …なんだ。もっと重大な事を言われるのかと思ったら、存外どうでもいい質問だった。

 なんでそんな質問をするんだ。思わず俺は笑っていた。


 「当たり前だろ。プロ野球選手だからって友人関係一新しねーって。これからもよろしくな」

 これは沙希にも言える事だ。

 俺が甲子園優勝投手になろうと、プロ野球選手になろうと、メジャーリーガーになろうと、友達を、仲間を捨てることは無い。


 「良かった」

 そう言って安堵の笑顔を浮かべる鵡川。

 あざとい笑顔だ。だがそれがいい。


 「それじゃあ俺は帰るわ」

 「あ! じゃあ途中まで一緒に帰らない?」

 「おぅ、…せっかくだし、帰りにどこか寄ってくか」

 「うん!」

 という事で鵡川と一緒に帰る事になった。

 彼女と話しているうちに、胸の内にあった緊張がほぐれていく。明日は十全な状態で迎えられそうだ。

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