27話 佐倉英雄誕生祭①
9月21日は俺の誕生日である。
と言っても、俺も朝登校して初めて気付いた。
昇降口で出会った哲也からの「誕生日おめでとう」と言う言葉で気付いたのだった。
「俺、誕生日だったんだ」
「英雄、もしかして忘れてたの?」
哲也が困ったような表情を浮かべているので、俺は小さく頷いた。
それを見て哲也は朝からため息をつく。
「英雄、自分の誕生日を忘れるのは、さすがにどうかと思うよ」
「だって、しょーがねぇだろう。覚えてるのなんて、面倒くせーし」
本当に誕生日だからどうしたんだって話だよ。
ガキの頃は、誕生日プレゼントも貰えず、親から誕生日にプレゼントもらったり、誕生日会なんか開く周りの奴らが羨ましかったって事しか覚えていない。
俺にとってみれば、誕生日は年に一度のイベントには含まれちゃいないのさ。
なんて話をしながら、俺は教室へと入室する。
「英雄! 誕生日おめでとう!」
沙希が会うなり開口一番に、そんな事を言う。なんでそんなに祝う必要があるのだろうか?
「お前もよく覚えてたな。それで誕生日プレゼントはなんなんだ? 一つぐらいあるんだろう?」
「まぁ、そりゃあ、あるけど……」
そこで頬を紅潮させて、モジモジしている沙希。
「その……えっと……」
照れている沙希。とっとと誕生日プレゼントをくれればいいのに。焦らしプレイか。
「佐倉! おはー!」
「お前今日誕生日らしいな! なんか奢ってくれよ!」
そうこうしているうちに別の友人がやってきて、俺の誕生日を祝ってきた。
というか、なんで俺の誕生日にお前に奢らないといけないんだ。
モジモジしてなにも言わなくなった沙希の横を通って、友人と話しながら自分の席へと座る。
「よぉ英雄! 今日誕生日らしいなぁ!」
誉も俺の生誕17周年を祝いに来やがった。
どんだけ俺の生誕が喜ばしい事なんだよ。俺はキリストかなにかか?
「俺からの誕生日は、飲み物をおごってやる! まぁ学校の自販のみだがな!」
「飲み物はいらないから、試合でいい加減ヒット打てよ」
この前みたいに誉に要求する。
同じ助っ人の須田ですら一度だけヒットを打っていると言うのに……。
「HAHAHA! おっと急用を思い出した! じゃあなブラザー!」
アメリカのホームドラマ風な笑いをしてから、誉はそそくさと立ち去る。逃げやがったなあいつ。
「ねぇ英雄。沙希が睨んでるよ」
誉が消えてすぐに哲也が俺に耳打ちする。
チラッと沙希を見ると、確かに殺意のこもった目で見られておられる。
「目を合わせるな哲也。奴の眼力で石にされるぞ……」
「いつから沙希はメドゥーサになったんだ……」
などと、耳打ちごっこで哲也と遊んでいた。
その後、移動教室に移動中に、廊下で友人からお祝いの言葉を貰う。
何故、俺の誕生日でここまで祝福されないといけないのだ?
「あ! いた! お兄ちゃん!」
そうして千春も現れた。
そばには美咲ちゃんもおられる。
「よぉマイシスター。廊下で会うなんて偶然だな。なんかの運命か?」
ちなみにここ、二年生教室が立ち並ぶ廊下だ。
用がなきゃ一年生が来ることはない。
「今日お兄ちゃん誕生日だったよね?」
「そうだが? まさかお前が祝ってくれるのか?」
「祝うわけないでしょ。美咲ちゃんが誕生日プレゼントあるんだって」
待て千春。祝うわけないってどういうことだ。
色々と問い詰めたいところではあるが、美咲ちゃんが千春に押されるように俺の目の前にやってきたため口を閉じる。
「あの、お誕生日おめでとうございます……」
「ありがとう」
美咲ちゃん相手には良き先輩ぶっておく。普段は見せないような爽やかな笑顔を一つ見せておく。
さすがに酷い対応をしたら、妹である千春の面子を潰しかねないしな。優しいお兄ちゃんだから、ここはイケてる先輩ぶりを発揮してやろう。
「その、プレゼントです」
そういって渡されたのは透明な袋に包まれたクッキー。
受け取り、まじまじと見る。形が整っておらず、どこか手作り臭がするクッキーだ。
「もしかして手作り?」
「は、はい!」
「そっか。ありがとう。味わって食べるよ」
そういってイケメンスマイルを見せてみる。
近くの窓に若干反射されている俺を見る。対してイケメンじゃなかった。
だけど美咲ちゃんには効果抜群らしい。顔を真っ赤にさせて、千春の後ろに隠れてしまった。なんだこの小動物。可愛すぎか。
「それじゃあ私たちもう行くから」
「あぁ、二年生教室まで来てくれてありがとな」
最後まで良いお兄ちゃんぶってみる。
俺の本性を知る千春は「うわっ」と言いたそうな顔を浮かべながら、二人はこの場から立ち去った。
残された俺は視線に気づく。さすがに二年生教室前の廊下なので、観客がいっぱいいたようだ。
皆が先ほどの一件から、めっちゃヒソヒソ話している。
「佐倉ぁ! 見せつけてくれるなぁ!」
「ヒューヒュー!」
中には茶化すような輩もいるが、ここで照れたり恥ずかしく思わないのが俺だ。
「お前らもイケメンの俺を見習って、とっとと彼女の一人や二人作れよな!」
左手を軽く上げながら声援に応える。
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「バカ佐倉! もうちょっと自重しろぉ!」
「ぶっとばすぞ!」
なんか先程よりも声援がトゲトゲしくなった気がするが、無視だ無視。
迎えた昼休み、案の定、大輔達からも祝福される。
「英雄、俺からのプレゼントだ」
そういって大輔が唐揚げ1つプレゼントしてくる。
「出来ればもうちょいくれると嬉しいんだけど」
「それは無理な話だ」
そういって大輔は、俺の弁当箱から卵焼きを一つ取る。
「大輔、この行動はどういうことだ?」
「唐揚げやったんだから、卵焼きの一つぐらいくれよな」
お前、それじゃあプレゼントじゃなくてトレードじゃねぇか。
まぁ良い。大輔からもらった唐揚げをむしゃむしゃする。美味かった。
「英雄! 俺からのプレゼントは、兄貴と一緒に選んだ、特上最高級のエロ本だ!! これは、俺と同じエロの同志であり、共にエロを極めようとする親友のお前だからこそ渡せるエロい代物であってな!!」
「うるせぇ騒ぐな」
エロと言う言葉を連呼する恭平に文句を言う俺。
ってか、なんでエロ本ごときで熱く語るんだお前。それから兄貴とそういうのを選ぶな。
「はっはっはっ! 照れるな英雄! 俺たちは共にエロとは何かを探求しようと誓い合っただろう?」
誓い合った覚えはない。
無理やり恭平から手渡される。本の表紙は肌色たっぷり。女性の裸体が描かれている。これだけは言わせてくれ。渡すにしても袋かなんかに包んで欲しかった。
「恭平君。英ちゃんがそういうの読むわけ無いでしょ? そういうの渡しちゃ駄目だよ」
気分悪そうに表情を歪めた岡倉が、俺の手から嘉村兄弟厳選のエロ本を奪うと、ゴミ箱に捨てに行った。
「岡倉! てめぇ! 馬鹿野郎!」
叫びながら、ゴミ箱へと走る恭平。
「英ちゃんは、あぁいうの興味ないもんね!」
そう天使のような笑顔を向ける岡倉。
つらい。そんな眩しい笑顔で俺を見ないでくれ。
「ごめんな岡倉。俺は恭平よりかはマシだが、あぁいうの好きなんだ」なんて事実を口にすることができなかった。
「当たり前だろ! 恭平と一緒にすんなよ!」
嘘をつくなんて最低だ。小心者の俺はここで本当のことを言えなかった。
ごめんな恭平。だけどお前と一緒にされたくないのは本心だ。
この後、岡倉が一瞬目を離したすきに、恭平から俺、俺から俺の鞄へと6-4-3のプレーで、岡倉にバレずに、エロ本を手に入れ返した。
「イエーイ!」と言いながらハイタッチをする俺と恭平を見て、岡倉は首を傾げるのだった。
ここでも沙希からの視線を感じる。朝から依然、彼女からの殺意のある視線がぶつけられている。
俺が一体何をしたって言うのだろうか?
「英ちゃん、私からもプレゼントします!」
「おぉそうか」
岡倉は何をくれるんだろうか。
「はい! 英ちゃん!」
そういって渡されたのは紙切れ。
それは現在上映中の「夢と共に去りぬ」と言う恋愛映画のチケットだった。
二人まで無料チケット。ただし男女限定のペアチケットでもあった。
「……なんだこれ?」
「私からのプレゼントだよ! 一緒に行こうよ!」
「そうか、うん」
ごめん岡倉。これいらない。
恋愛映画とか俺の一番苦手なジャンルじゃねぇか。
男の子喜ばしたいなら、アクション映画とかそういう血が熱くたぎるシーンがある奴が良かった。
「哲也、いるか?」
「え!? 何言ってるの!?」
急に俺に話を振られて驚く哲也。
「英ちゃん、嫌なの?」
「うん。恋愛映画は苦手なんだ」
「……そっか」
そういってしょんぼりする岡倉。
なんか凄い酷いことしてしまった気がする。
「英雄、行ってやれよ。お前も男だろう?」
そんな岡倉を見かねて恭平が俺に言った。
「恭平の言う通りだ。英雄男なんだから覚悟決めろ」
珍しく大輔が追い打ちをかけてきた。
うーん、大輔にまで言われると断りづらいぞこれ。
「そして映画後の情事を後日で詳しく聞かせてもらうからな」
恭平、お前それが聞きたいだけだろ。
ってか、俺が岡倉とそんな事するはずないだろうが。
「……分かったよ。一緒に行こう」
「本当英ちゃん?」
「俺は嘘はつかねぇよ」
やけくそになりつつも、岡倉と映画を行くことを決める。
「ありがとう英ちゃん!」
そうして彼女最大の武器であるスマイルを浮かべる。
本当、ふわふわしてなきゃ普通に可愛げのある女の子なんだけどなぁこいつ。
「英雄! 楽しませてこいよ!」
そういってVサインをする恭平。
お前が言うと卑猥な意味でしか取れないんだが。
「それで英ちゃん、そのチケット明後日までだから、明日の練習終わりに行こう?」
「随分と急だな。まぁ良い分かった。そうしよう」
ってことで、明日は岡倉と恋愛映画を見ることになった。




