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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
278/324

277話

 翌日、国体最終日。今日は準決勝と決勝のダブルヘッダーとなり、優勝校が決まる。

 天気は見事な秋晴れ。晴れていても日陰に入ると肌寒さを感じる今日この頃。


 「今日で最後か」

 ぼんやりとそんなことを口にしていた。

 周囲にいた連中には聞こえなかったらしい。良かった。聞かれていたら、どこかしんみりとした空気になっていただろうから。


 これが終われば、本当に俺の高校野球は終わる。

 ここにいる仲間とこうして同じユニフォームをまとい、同じグラウンドに立つ事もなくなるだろう。

 …妥協はしない。自分の出しうる全力をもって俺の高校野球の集大成とする。

 帽子を深くかぶり直し、息を吐く。妙な緊張感を覚えた。



 準決勝第一試合、我が校と千葉の海藤大浦安高校の一戦。

 海藤大浦安は夏の甲子園で豪打を見せつけた強力打線。「重量打線、東の海藤大浦安、西の弁天学園紀州」と言われるほどには、注目を集めていた打線。

 その打撃力で二回戦、三回戦共に6得点あげて勝ち上がり、準々決勝は隆誠大平安から4点をあげる猛攻を見せた。

 そんな強力打線を任されたのは松見。この後決勝戦があるから俺の登板は控えた感じだ。

 松見にとっても良い経験となるだろう。弁天学園紀州の時のように新しい何かを掴めることを期待しよう。

 打線のほうは初戦と同様、三年メイン。今日で最後と誰もが分かっているからだろうか。みな、いつも以上に真剣な面持ちで試合を待ち望む。

 …本当に、彼と野球をするのはこれが最後なんだな。なんだか本当、不思議な気分だ。



 試合は海藤大浦安との打ち合いとなった。

 とにかく松見のボールは面白いように打たれていく。

 さすがは甲子園にその名を響かせた強力打線、弁天学園紀州と双璧をなすと言われた打撃力だ。松見も決して手を抜いているわけではないのだが、まるでバッティングピッチャーのように打ち込まれる。


 初回に3点、二回に2点を取られる。

 三回の海藤大浦安の攻撃。依然鋭いスイングで松見の精神を追いつめていくが、それでも松見は辛抱強く投げ込んでいく。それに応えるのは後ろを守る甲子園優勝メンバー。

 難しい打球をさも簡単にさばき一つ目のアウトを奪う誉。

 続くアウトはライト龍ヶ崎、ボールが落ちる瞬間飛び込んでキャッチを決めてみせる。

 最後のアウトは恭平、普通のショートなら反応できないほど鋭く強烈なライナーを横っ飛びでキャッチした。

 三回は無失点。バックに助けられながらも粘り強いピッチングを見せる松見。入部したころの松見だったらとっくのとうに崩れていただろう。後輩の成長を感じて、俺まで嬉しくなってくる。


 「ナイスピッチング松見! 四回も頼むぞ!」

 「はい!」

 「バックもナイスだ! 後輩の援護を頼むぞ!」

 「はい!」

 佐和ちゃんが選手たちを賞賛し鼓舞していく。

 今日の試合、守備の方はずっとこんな感じになるだろう。

 一方で打線は相変わらず好調だ。


 海藤大浦安のエース長田(ながた)は、それほど好投手とはいえない。そんなピッチャーから打線は得点を重ねていく。

 初回に3点、二回に1点、三回に2点、そして四回の表の攻撃へと移る。

 この回の先頭バッターは龍ヶ崎。マウンド上の長田、早くも疲れの色が見える。長田は昨日の試合、郁栄学院相手に九回完投しているはずだ。疲れは早々抜けないだろう。

 制球は乱れ、スリーボールワンストライクから低めにボールが外れフォアボール。

 ノーアウト一塁、打席に入るのは大輔。

 一球、二球と外れて迎える三球目。ストライクを入れに来た甘いボールを大輔は打ち抜いた。

 見慣れた景色をまた見た。打球はピンボールのように吹っ飛んでいく。


 「またかー!」

 「いつもの来ちゃうか!」

 もうベンチにいる選手たちも慣れきってしまった様子。呆れ笑いを浮かべるものもいる。

 打球は悠々と外野を越えて、センターフェンスの向こう、電光掲示板に直撃した。

 三試合連続となるホームラン。

 大輔は夏の甲子園、アジア大会の木製バットの経験もして、怪物に大成した。まるで呼吸をするようにホームランを打っている。プロ野球選手に金属バットを持たせているようなものだ。そりゃ抑えられるピッチャーは限られてくるさ。

 長田はどことなく嬉しそう。昨日の神田もそうだが、お前ら打たれて興奮する変態なのかよ。


 エース長田もここで降板し、試合は完全にこちらが流れを掌握した。

 松見は四回、五回共に無失点。続く亮輔は六回、七回にそれぞれ1失点し計2失点。

 それでも打線は八回の表までに11点をあげる猛攻を見せた。


 11対7と4点リードの中、八回の裏からマウンドに上がるのは俺だ。

 佐和ちゃんからは「決勝戦の肩慣らし」と言われて送り出されたわけだが、肩慣らしではなく全力で挑むつもりだ。

 今日一日は俺の高校野球の集大成だ。天才から怪物へと生まれ変わらせてくれた高校野球に、佐和ちゃんに、恩を返す一日にする。

 全身全霊、怪物らしいピッチングで相手打線を圧倒する。



 初対決となる海藤大浦安打線。だが俺が思った以上ではなかった。これなら弁天学園紀州のほうが怖かった。

 一人目、二人目を三振に打ち取る。

 ちょっと前の俺だったらこの打線の凄みに恐れを覚えていたかもしれない。

 だが大輔があの夏怪物に至ったように、俺もまたあの夏怪物に至った。怪物となった俺の相手じゃない。


 ツーアウトランナー無し、打席に入るのは四番の浜田。高校通算本塁打は43本。強力打線海藤大浦安を導いたキャプテン。

 さてお手並み拝見だ。園田に負けず劣らずの打撃センスと謳われたその実力を見せてみろ。


 初球、低めいっぱいに決まるストレート。浜田のバットは出てこない。今のは150キロ出ていただろうか。我ながら納得した一球だ。

 続く二球目も低めへのスライダー。浜田のバットは出るがボールを掠める事無く空を切った。早くも追い込んだ。

 一球アウトローに外れるチェンジアップを投じて迎えるワンボールツーストライク。

 哲也のアウトハイへのサインにうなずき、投球動作へと入る。

 これで終わりだ。無様に空を切れ。


 左腕を振るう。投じた指先にわずかな違和感。

 わずかばかりリリースのタイミングがずれた。ボールはわずかに低めへと飛んでいく。

 そのわずかなズレを狙われた。


 浜田の力強い一振りはわずかに低めに入ったストレートを確実に捉えた。

 鼓膜に反響する快音は、大輔の打席の時に何度もネクストバッターサークルで聞かされた音。


 「やべぇ」

 決められた。あっという間に視界から消えた打球を追うように振り返る。

 レフトへと高々と上がった打球は、予想通り高々と飛んでいき、まもなくスタンドに飛び込んだ。

 ソロホームラン。反撃ののろしだとばかりに吠える浜田。相手ベンチもここぞとばかりに大盛り上がりしている。


 苦笑い。思い返すとさっきの俺、油断と慢心しまくってたな。

 少しばかり調子に乗っていた。恥ずかしくて帽子を目深にかぶりなおす。

 やっぱり俺もまだまだだな。あの夏、確かに怪物に至ったと確信したのだが、どうやら俺はまだ怪物の領域には到達していないようだ。


 「怪物は一日にして成らず」

 ぼそりと呟き、その言葉を胸に刻み込む。

 怪物への道はまだ遙か。甲子園優勝程度でうぬぼれてはいけない。

 気持ちを入れなおし、意識を研ぎ澄ます。


 高校野球の集大成ってのはやっぱり無しだ。

 まだまだ俺は成長段階、これは高校野球の集大成ではない。プロへと踏み込む一歩目だ。

 意味合いは似ているかもしれないが、こういうのは気持ちの持ちようだ。

 さぁここからは心機一転、魅せるのではなく挑むつもりで残りの試合に臨む。


 左腕を唸らせて一投一投に気持ちを乗せる。

 さっきのような醜態は見せない。相手は常に俺の想定を越える力を持つ相手と仮定し、打たれる覚悟で投げていく。

 八回の裏は1失点に抑え、九回も意識を研ぎ澄ませて抑えていく。

 そうして最後のバッターを空振り三振に打ち取り試合終了。


 結果は11対8。

 我が校が勝利し、決勝戦へと駒を進める。

 試合後、長田がベンチに近づいてきたので、俺と大輔と一言二言やり取りをする。


 「そういえば長田、お前大輔にホームラン打たれたとき笑顔浮かべてただろう。変態かよ」

 「変態じゃねぇ! だってお前、あの三村にホームランを打たれたんだぜ? なんかの記念になるだろう?」

 …はぁ?


 「ホームラン打たれて記念とか、やっぱりお前変態じゃねーか」

 「だから変態じゃねぇって! …俺はさ、高校で野球やめる事にしたんだ」

 からかっていると、長田が急に真面目なトーンで話し始めたので、からかうのをやめて口を閉じる。


 「将来子供作ってさ、プロで活躍している三村を指差してさ、俺はあいつと投げ合った事あるんだぜって、ホームラン打たれたけど、三村のホームランを間近で見れたんだぜって言えたらさ、ちょっと格好良くないか?」

 「…格好良くはないけど、お前の言いたいことは分かった」

 なるほど、その記念か。

 どうやら同世代のピッチャーの間で、大輔にホームランを打たれるのがトレンドらしい。

 確かに将来、野球から遠ざかって子供ができた時、プロの第一線で活躍するであろう大輔と戦ったと言ったら、ちょっとした自慢になるのかもしれないな。


 「だからさ、今日は負けたけど満足できたよ。昨日の試合で俺は郁栄学院相手に納得できるピッチングできたし、心残りはない。…三村、プロ行っても打ちまくれよ」

 満足そうな笑顔を浮かべた長田が、大輔へとこぶしを差し出した。しかし大輔はそのこぶしをただ見つめるだけ。

 思わず大輔を見る。どこか気まずそうに表情を曇らせている。


 …大輔、お前やっぱり。


 「三村?」

 「…うん? あぁ、うん。ありがとう。とりあえずはこの後の決勝戦頑張るよ」

 そういって大輔は少し遅れて、長田が差し出したこぶしを自らのこぶしで軽く小突いた。



 「大輔、お前」

 自軍のベンチへと戻っていく長田の後姿を一瞥してから大輔へと視線を向ける。

 昨日の神田の時もそうだ。お前は、プロ野球に…。


 「英雄、その話はまた今度にしよう。今見るべきはこの後の決勝戦だ。隆誠大平安が勝ち上がっても、帝光大三が勝ち上がっても勝てるよう、気持ちを整えておこう」

 話をそらすように大輔は早口にまくしたてて、その場を立ち去る。

 大輔の背中を見つめる。

 …聞きたいことはある。言いたいこともある。だけどまずは大輔の言う通り、この後の決勝戦だ。

 本当の最後、勝っても負けても納得できるピッチングをしよう。

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