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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
277/324

276話

 翌日、10月4日。本日も国体が行われる。

 昨日は一回戦4試合がおこなわれ、今日から準々決勝が行われる。

 本日の相手は一度は戦ってみたかった浜野高校。


 「英雄、明日は頼むぞ」

 球場入りしながら昨日、柳田学園との試合の後言われた言葉を思い出す。

 相手はプロ注目ピッチャー。世代ナンバー1左腕ともいわれている好投手。だからこそ佐和ちゃんも俺をぶつけるのだろう。


 「英雄、頼むぞ」

 改めて佐和ちゃんに頼まれた。

 俺は小さくうなずき笑って見せる。


 「任された」

 俺の自信満々な一言に佐和ちゃんはにやりと笑う。



 アップを終えて、ベンチから相手チームをうかがう。

 神田と目が合った。彼と会うのはアジア大会以来だろうか。

 浜野の神田淳司。去年から高校野球界を騒がしていたサウスポー。夏が始まる前は世代ナンバー1左腕なんて言われていた。それも俺の登場で呼ばれる事はなくなったがな。

 プロ注目左腕同士の対決。いっちょスタンドを盛り上げちゃいますか。


 浜野高校で怖いのは神田だけだ。

 守備こそ堅いが、打線は貧弱。夏の甲子園でも49代表中49番目の打線などとバカにされていたものだ。それぐらいの打線でも甲子園に来れる。それは神田の好投が他ならない。

 ずっと、投げ合ってみたかった相手だ。俺も全力でこの試合を楽しもう。



 さて、試合が始まった。先攻浜野、後攻山田高校。

 マウンドに上がった俺は、一球一球投球練習でボールを確認しながら確実にギアを入れていく。今日の試合は投手戦必至だろう。そうなったら、俺のピッチングが物をいう。

 俺が打たれない限り、試合には負けない。


 投球練習も終わり、一番バッターが打席に入る。

 この時点で俺の意識は鋭利に研ぎ澄まされており、哲也のミットだけを見つめている。

 夏の決勝戦の時よりかはまだまだ気が引き締まっていないが、それでも浜野の打線を抑えるには十分すぎる。

 一度相手ベンチを一瞥する。ベンチ近くでキャッチボールをする神田を見つけて、彼の表情をうかがう。

 そこで見ていろ神田。これがあの夏、全国の頂に至ったサウスポーのピッチングだ。


 左腕を唸らせて一球一球ボールを投じていく。

 投じるボールは全て最高の一球。バッターに手を出す隙も与えないぐらいの完全な一球。

 打線は大した事がないが相手のピッチャーは大した事ある。それだけで俺が全力を出すに足る相手だ。


 一人目、二人目と空振り三振に打ち取り、最後は三球続けてストレートをコーナー一杯に決めてバットすら振らせない。見逃し三振。球審が三度右手を挙げたのを確認して俺はマウンドを駆け下りた。

 初回、三者三振。これはジャブ程度だ。神田、お前は俺のピッチングを見てどんなピッチングをしてくる?

 もう一度相手ベンチへと視線を向ける。神田はマウンドへと駆けていく。その表情は真剣な面持ち。ゾクリと背筋が震える。良い顔をしている。今日は間違いなく投手戦になるな。



 一回の裏、山田高校の攻撃はあっという間に終わった。

 一番恭平、二番耕平君、三番龍ヶ崎からさも簡単に三振に打ち取っていく。

 投じるボールはどれも一級品。ストレート、スライダー、カーブ、フォーク。あらゆる球種を用いて三人から三振を奪っていく。


 「いいねぇ…」

 ベンチでその様子を見て、俺は興奮に震える声で呟いた。

 なんだろう、この胸の興奮は。楠木とかと投げ合っていた時よりも楽しい。あの夏に比べて勝利への執着心が薄らいでいるからこそ、試合を楽しめているのかもしれない。

 勝ちたいという思いはあるが、それよりもこのチームで出来る試合を楽しみたいという思いが強いのかもしれない。だから俺は、今この時、この試合を、この投げ合いを楽しんでいる。



 二回の表も三振、ゴロ、三振で抑え込む。

 浜野の打線、噂以上にしょぼいぞ。よくまぁこんな打線で浜野は春夏連続甲子園出場を果たしたな。

 それだけ神田が優れたピッチャーだったという事だろうけど。


 さて二回の裏、神田と大輔の対決が始まる。

 場内アナウンスが大輔の名前を告げると、スタンドにいる観客がここぞとばかりに沸いた。

 今日の試合、二人の一騎打ちを見に来た高校野球ファンも多いだろう。

 あの夏甲子園を沸かした高校野球の怪物同士の対決。こればかりは俺達ベンチにいる選手たちも息をのんで見守る。


 神田は失点を恐れず、直球勝負をしかけてきた。

 初球は低めいっぱいに決まるストレート。続く二球目は高めいっぱいへのストレート。

 初球は見逃した大輔も二球目は打ちに行く。

 暴風のような凶悪なスイングは高めのボールをかすめ、わずかに軌道をずらし、バックネットへと直撃させる。

 神田が一球投じ、大輔がそれに応じるたびに、スタンドから「おぉ!」という驚きの声と歓声があがる。


 迎えた三球目、神田が選んだのはストレート。

 アウトロー一杯に決まるストレート。乾いたミットの音が球場に鳴り響き、大輔のバットは動かない。

 コーナーギリギリのボール、判定は神田に傾いた。


 「ストライィィィィxクゥ!」

 ここぞとばかりに声を荒げて右手を突き上げる球審。

 その瞬間、スタンドから歓声と拍手が起きた。大輔は何も言わず軽く一礼して打席からベンチへと戻ってきた。


 「ドンマイ大輔!」

 「悪い英雄。あいつ、スゲーわ」

 大輔と入れ替わる形で打席に向かう俺は、やってきた大輔に声をかけるが、彼はどこか嬉しそうに話しながらヘルメットを脱いだ。


 「次は負けねーから」

 「おぅ頼む」

 短いやり取りのあと、俺は打席へと向かい左打席へと入る。

 さて大輔をストレートだけで三振に打ち取った神田。お手並み拝見といこうか。…っと、そんな軽い調子でバットを構えたが、初球のストレートを見て、俺は表情を歪めた。

 やばい。ボールが浮きあがるように見えた。

 あのストレート、相当伸びてくるな。俺もストレートに自信あるが、神田の投げるストレートも相当なボールだぞ。

 なるほど、これなら大輔をストレート一本で三振を奪えるだけあるな。

 このストレートに加えて、一級品のスライダー、カーブ、フォークを投げ分けてくる。

 世代最強左腕なんて言われていただけある。チームがもう少し良ければ余裕で甲子園優勝できたんじゃないかこいつ?


 あっという間に俺も追い込まれ、最後はなんとかスライダーに食らいつくもショートゴロ。

 六番中村っちも空振り三振に終わる。


 神田のボールを見て確信した。これは間違いなく投手戦になるな。

 だが両エースの心持ちは違う。

 俺はあの貧弱打線を相手にするだけだ。一方の神田は甲子園優勝もした強力打線を相手にする。投手戦でもこっちが有利なのは確かだろう。



 両投手同士の投げ合いは息をのんで見守るものとなった。

 六回までどちらも一人もランナーを出さない展開。

 俺は六回を投げて被安打0で奪三振は11。対する神田は六回を投げて被安打0で奪三振は6。

 神田は二度目の大輔との対戦では変化球を織り交ぜつつ、最後はフォークボールで空振りを奪い三振に切って落としている。


 それにしても神田の奴、力配分が絶妙だ。三振にしないといけない相手には全力で挑み、それ以外には必要なだけの力を入れて打たせて取っていく。

 長年打線の弱いチーム、毎試合投手戦になるようなチームで投げてきたからこそ手に入れた省エネピッチングなのかもしれない。

 ゲームを掌握する力。エースとしての資質は神田も持ち合わせているようだ。



 さて七回、ついにヒットを許してしまった俺だが動じる事はない。

 後続をバシッと抑えてマウンドを下りる。

 一方の神田はこの回も完全試合を継続。一番恭平をショートフライ、二番耕平君を三振、三番龍ヶ崎をショートゴロと完璧なピッチングをこなしていく。

 八回、この回もヒットを許してしまう俺。それでも後続はしっかりと抑えこむ。


 そして八回の裏、神田と大輔の今日三度目の対決だ。

 ここまで二打席共に神田に軍配が上がっている。

 さて三度目の対決。大輔の今日の様子を見る限り調子が悪いようには見えない。


 「大輔、あんまり気負うなよ。俺は得点をあげてくれるまで無失点で投げ続けるからさ」

 「おぅ」

 打席へと向かう大輔に一声かけておく。 

 その俺の言葉に大輔は微笑みながら答えた。

 気負っている様子はない。むしろどこか楽しんでいるようにも見える。

 相変わらず打席に向かう大輔の背中は、頼りになる背中だった。



 さて神田と大輔の三度目の対決。

 打席でバットを構える大輔もマウンド上の神田も、緊張していたり気負ている様子はない。どちらも十全な状態。この打席でも息をのむ対決が期待できそうだ。

 だが勝負は一球目で決まった。


 神田の投じたストレート。俺も唸るほどの良質なスピンがかかっているストレートは、待っていたとばかりに振りぬかれた大輔の暴風に飲み込まれた。

 鳴り響く金属バットの快音が球場に反響し、球場全体を支配した。

 快音の後、球場を支配したのは大歓声。スタンド、ベンチから起きた歓声に後押しされるように、打ちあがった打球はグングンと伸びていく。


 空を駆ける白球から神田へと視線を下ろす。

 マウンドで空を見上げる神田。口元はどこか嬉しそうに笑っていた。

 それだけを見て再び白球の行方を追う。一度見失ったが、次に見つけた時、打球はレフトスタンドの向こう、場外へと消え去っていった。

 場外弾。推定飛距離は140mぐらいだろうか? 特大のソロホームラン。

 納得したバッティングをした大輔はどこか満足そうにグラウンドを回る。マウンド上の神田の顔には先ほど浮かべていた笑みはなく、口元を堅く閉じ神妙な顔をしていた。


 これで1点。試合は決まったな。


 「英雄、あとは頼んだぞ」

 ホームベースを踏みしめた大輔が笑いながら答える。

 野球部に入部してから何度も見てきた笑顔、何度も言われてきた言葉。


 「あぁ、任せろ」

 そして俺も、いつも通り不敵に笑いながら答えた。



 試合はこのまま覆る事はなかった。1対0で我が校の勝利。

 俺が九回被安打2の15奪三振で完封。

 得点は大輔のホームランでの勝利。完勝とは言い難いだろう。事実大輔もあのホームランのみで、それ以外は神田に抑え込まれている。


 試合後、ベンチに神田がやってきた。大輔は神田の姿に気づくとベンチから出て彼のもとへと向かう。


 「ナイスバッティング。完敗だよ」

 そういって大輔に手を差し出す神田。


 「いや、俺の方こそ完敗だった。俺はたまたま山張ったのが当たった。あそこで変化球投げられてたら、その後打てたか怪しい」

 差し出された手を大輔は握り返しながら笑顔で答える。

 怪物大輔をここまで言わしめた神田。怪物同士の対決は大輔に軍配が上がった感じか。


 「次はプロで戦おう」

 握手しながら笑う神田。

 その言葉に大輔は表情が一瞬曇ったような気がした。うん? 大輔、どうしたんだ?


 「あぁ、そうだな」

 返答する大輔の言葉もどこかぎこちない。

 …お前、もしかして。


 国体準々決勝も勝ち上がり、明日は準決勝と決勝のダブルヘッダー。

 大輔のあの表情が気がかりだが、とにかくまずは優勝しよう。

 明日の準決勝の相手は…千葉の海藤大浦安(かいどうだいうらやす)。反対ブロックで生き残っているのは隆誠大平安と帝光大三(ていこうだいさん)か。

 どちらが来ても相手に不足なし。まずは海藤大浦安をぶっ潰す!

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