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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
276/324

275話

 10月3日、山口県宇部球場。

 今日から国民体育大会、別名国体が始まる。

 夏の甲子園の結果を考慮して選ばれた12校による大会。そういった側面から夏の延長戦に近い。

 多くの高校三年生があの夏引退していった中で、12校の三年生のみがこの大会で引退となる。


 出場校は甲子園優勝校の我が校、準優勝校の隆誠大平安。

 ベスト4の横浜翔星、帝光大三。ベスト8の弁天学園紀州、承徳、海藤大浦安、由布商業。

 ベスト16からは成績などを加味した上で3校、浜野、郁栄学院、北九州短大付属。

 これら11校に加え開催県である山口の夏の代表校、柳田学園が出場する。


 そして初戦の相手は柳田学園。

 去年の秋に練習試合をしたときはエース松西が先発しなかったのもあり、こちらが紙一重で勝利した。

 だが夏の甲子園での隆誠大平安との名勝負を見るに、決して油断できる相手ではないだろう。



 グラウンドでアップをこなす。その中で俺は不満げに表情を歪ませる。

 今日の試合、俺は控えスタートだ。控えスタートは理解できるが納得は行かない。

 国体優勝まで四試合。逆に言えば高校野球引退まで残り四試合しかないのだ。

 もう少し、あともう少し山田高校の仲間たちと野球がしたい。だから出来る事なら全試合登板して投げぬきたい。


 アップをこなし終えてベンチへと戻ると、佐和ちゃんと目が合った。

 佐和ちゃんは俺の表情を見て察したらしい。ちょいちょいと手招きして来る。


 「なんですか?」

 「お前、不満そうだな」

 「そりゃ不満ですよ」

 嘘はつかず素直に答える。

 確かに控えスタートなのは理解できる。国体のスケジュールは結構強行なもので、今日、明日、明後日の三日間で優勝を決めるのだ。

 順当に勝ち進めば、明後日は準決勝と決勝のWヘッダーが待っている。出来る限りエースを温存するという作戦は納得できる。

 それでも俺は、全試合投げ抜きたかった。あの夏を共にした最高の仲間たちとこの夏の延長戦を勝ち進みたかった。


 「文句はあるかもしれんが、お前には無茶させられない。お前には未来がある。こんな大会で無駄に肩を消耗させる必要はない」

 「こんな大会って、高校野球の監督がそんな発言。高野連に怒られますよ」

 相変わらず高校野球の監督らしからぬ発言だ。

 優勝を狙っているのか、狙っていないのか、この一年間佐和ちゃんと過ごしてきたが、未だに彼の心の内は読めない。


 「今の発言は指導者としての発言じゃない。教師としての発言だ。お前の将来を考えたうえでの発言だ。お前の左腕には、プロ、メジャーで活躍するだけの資質がある。それを無為に使い潰す必要はない」

 真っすぐに俺の目を見つめながら佐和ちゃんはこたえる。

 その真摯な言葉と真っ直ぐな瞳に、俺は文句を言おうとした口を閉じる。

 まったく、監督にここまで言われてしまっては、文句など口にできないじゃないか。


 「…それに相手は軒並み全国レベルで、三年主体で組んでくるだろう。高校三年間の集大成を見せてくるだろう。その相手に松見や亮輔が投げるわけだ。経験を積ませるには十分な舞台だ」

 こっちは教師ではなく監督としての発言だろう。

 松見と亮輔の経験を積ませるか。そうだよな。俺にとってみればこれで高校野球は終わりだが、佐和ちゃんにとってはまだまだ高校野球は続いていくもんな。


 ちなみに新生山田高校の秋の県大会の結果は準優勝で終わった。

 昨日おこなわれた決勝戦で、斎京学館に4対2で敗れたからだ。

 今年の秋の中国地区大会に出場する我が県の学校は斎京学館、山田高校、そして三位の丘城城東だった。

 酒敷商業と丸野港南はどちらもベスト8に終わっている。

 今年の我が県の高校野球の結果は、長年続いた三強時代の終焉を告げるきっかけとなるだろう。そして同時に新たな時代の始まりになるかもしれない。



 先発を任されたのは松見。スタメンは一番ショート恭平、二番センター鉄平、三番ライト龍ヶ崎、四番レフト大輔、五番サード中村っち、六番ファースト秀平、七番ピッチャー松見、八番キャッチャー哲也、九番セカンド誉と三年生主体のスタメン。

 あの夏センターを任された耕平君は控えに回り、代わりに普段控えだった鉄平がセンターに入る。

 久々のスタメンに鉄平もどこか緊張気味だ。


 今日の試合は松見と亮輔の継投で勝ちに行くとの事。


 松見は一年の夏からベンチ入りし甲子園での登板、秋の大会でエースナンバーをつけてチームをけん引。そう言った経験から一回り成長したように見える。

 だがまだまだだ。それじゃまだ甲子園を勝ち上がるにはまだ足りない。


 亮輔も新チームではキャプテンを任され、松見にエースナンバーを譲った後はリリーフとしてチームを引っ張っている。

 夏の経験も経て、だいぶピッチングに安定感が出てきているようだが、こちらもまだまだ。

 全国の頂というのはそんな甘い物じゃない。頂を見てきた俺だから言える。この二人ではまだ甲子園に行けるか微妙だろう。

 今月末からは選抜甲子園へと続く秋の中国大会が始まる。

 この国体でさらに経験を積んで、次の大会に生かしていければ良いと思う。



 試合がもうまもなく始まる。

 哲也の号令でベンチ前に整列していく。

 新チームになり亮輔にキャプテンを譲った哲也だが、この大会だけはキャプテンに復帰だ。

 彼にとってもこの大会は最後のキャプテンの仕事となる。


 「達也くん! 英ちゃん! みんな頑張れ!」

 ベンチからやかましく声援を飛ばすのは岡倉。

 秋の県大会では当然だが志田がスコアラーとしてベンチ入りしていた。彼女もこれが最後のスコアラーとなる。


 最後、最後、最後。

 そうこれが俺達三年生にとって最後の高校野球の大会となる。

 グラウンドへと視線を向ける。

 あの夏感じた太陽の暑さはない。球場を覆うような熱気もない。スタンドを埋め尽くすような観客もいない。

 あくまで、あの夏の延長戦。全国から選ばれた12校のみに与えられた最後の大会。

 やるからには優勝したい。中途半端な結果では終われない。


 一列に整列する。息を吸い、大きく吐いた。

 あの夏感じた張りつめた空気感はない。どこか緩い。

 でも心持ちはあの夏よりも引き締まっている気がする。


 「集合!」

 「行くぞ!」「おぅ!」

 球審の号令に哲也が声を張り上げ、それに応じる一同。 

 そうして俺達はグラウンドへと飛び出す。


 俺達にとって最後の大会となる国体が始まった。 



 先攻柳田学園、後攻山田高校で試合が始まる。

 マウンドに上がるのは松見。心なしかマウンドでの立ち振る舞いがエースらしくなってきている。

 エースナンバーをつけての秋の大会での経験が、だいぶ彼を成長させたらしい。

 投じるボールも力強く、哲也のミットをうならせた。


 「松見の奴、悪くないですね」

 「あぁ、成長する素材だとは思っていたが予想以上に伸びている。これなら選抜も狙えるかもしれない」

 そうどこか楽しそうに話す佐和ちゃん。

 その様子を俺は横目で見る。


 「楽しそうだな佐和ちゃん」

 「ん? …あぁ、そうだな。お前ら世代は俺が何しなくても勝てるだけの選手が揃っていたからな。甲子園優勝は必然だったのかもしれない。だが、こいつらは違う。お前や大輔みたいな怪物はいない。龍ヶ崎や恭平みたいな優れた選手はいない。哲也みたいにチームを引っ張れるキャプテンもいない」

 佐和ちゃんの声が小さくなった。一二年に聞かれるのを恐れたのだろうか。

 別に恐れる事もないのに。一二年の奴らだって理解しているはずだ。俺達世代みたいに選手が揃っていないことぐらい。


 「…ないものだらけのチーム。だからこそ監督としての俺の手腕が試される。甲子園優勝も果たしてだいぶ肩の荷も下りた。本当の意味で、俺のこれまで学んできた知識、積んできた経験を試せるわけだ」

 そう嬉々として語る佐和ちゃん。

 彼女さんを失ってから、心の穴を埋めるように学んだ知識、積んできた経験か。もし仮にそれを十全に発揮して納得できる結果を残したら、佐和ちゃんはどうなるのだろうか?

 本当の意味で満たされるのだろうか? そんな疑問がわいたが口にはしない。そこらへんは佐和ちゃん個人の問題だろうしな。



 試合は初回に柳田学園に先制された。

 秋の県大会で経験を積んだ松見と言えど、相手は夏の甲子園出場校。しかもあの隆誠大平安と名勝負を繰り広げた相手だ。

 あちらも三年生主体のオーダー。先発はエースの松西だし、一番から九番まで三年生だ。

 三年生にとってはこれは高校三年間の集大成ともいえる大会。あちらも本気で挑んでいるだろう。

 そんな相手に一年坊主の松見が挑むわけだ。こりゃ相当な経験になるぞ。


 一番にヒットを打たれ、二番に送りバントを許し、三番にタイムリーを打たれてあっという間に先制点をあげられると、四番、五番と連続フォアボール。

 無死満塁。いきなりのピンチだ。

 ブルペンではいつでも行けるよう亮輔と里田が準備をしている。


 「これ初戦で終わりそうですかね?」

 「英雄、黙ってろ。今の松見はあの夏の松見じゃない」

 マウンドに集まる内野手を見ながら冗談交じりに言うと佐和ちゃんに一喝される。

 目は真剣。なんて言うか、俺達がいた頃より真剣じゃない佐和ちゃん?


 マウンドに集まった選手たちは散っていき、マウンドに一人残される松見。

 ベンチから見る限り、松見はビビっている様子はない。なるほど、確かにあの夏の松見じゃないな。



 無死満塁。ここから得点を重ねたい柳田学園だが、松見はなんとかふんばった。

 続く六番を三振、七番をサードゴロに仕留めホームゲッツーを決めてスリーアウト。あの場面で1点に抑えられたのは大きい。松見の顔にも爽やかな笑顔が浮かぶ。


 「ナイスピッチ松見! よく踏ん張ったな!」

 「ありがとうございます!」

 「ほら英雄! お前もなんか言え!」

 なんか佐和ちゃんに促される。

 まぁここはエースの俺からも何か言っておく場面か。


 「松見、だいぶエースらしくなってきたな。良く粘った。ナイスだ」

 「ありがとうございます!」

 俺の言葉に松見は満面の笑みを浮かべる。

 まだまだ笑顔には幼さは残ってるな。でもまぁ、一回り成長した後輩の姿を見れてちょっと嬉しい。



 さて柳田学園のマウンドを任されたのは松西。

 あの夏、隆誠大平安の楠木と投手戦を繰り広げたプロ注目左腕だ。

 そんな相手に、我が校の打線がさっそく火を噴いた。


 一番恭平が相変わらずの初球打ちヒットで出塁後、すぐさま盗塁を決める。

 ノーアウト二塁から、二番鉄平が送りバント決めて一死三塁。

 続く三番龍ヶ崎が初球のカーブを叩いてセンター前に弾き、あっという間に同点に追いついた。


 さらに続く四番大輔。

 カウントワンボールツーストライクからの四球目。投じられたストレートを大輔は確実に捉えた。

 金属バットの快音を耳にする。

 ここ最近、大輔のバットから快音を聞いていなかったから、この音に懐かしさを覚えた。


 「あぁ、やっぱり良いな」

 大輔が打った時に起きる歓声と金属バットの快音の余韻。

 誰もが空を見上げる。この一年間で何度も見聞きしてきた景色だ。


 打球は左中間方向にぐんぐんと伸びていく、レフトもセンターも数歩で追うのを諦めた。

 スタンドにいるわずかばかりの観客から歓声があがる。

 まもなく打球はフェンスの向こう、スタンドに飛び込んだ。


 ツーランホームランであっという間に勝ち越し。

 相変わらず大輔のバッティングは精彩を欠いていない。

 なんだろう今の一発で試合が決まった気がする。今日の試合もらったな。



 こうして試合は山田高校優勢に進んでいく。

 松見は時折ランナーを出すが、その都度粘り強いピッチングで最少失点に抑えていく。六回3分の2を投げて2失点で降板。

 夏の甲子園出場校の柳田学園相手にこのピッチングは文句なしだ。だいぶエースらしくなったじゃないか。


 引き継いでマウンドに上がったのは亮輔。

 変幻自在の変化球は健在。より切れや変化量、精度が増し、相手打線を抑えていく。

 秋の県大会でリリーフの経験を積んだおかげか。ピンチの場面でもまったく動じていない。だいぶあの夏に比べて安定感が増している。

 二人ともあの夏の甲子園で投げた経験をしっかりと生かしているようだ。

 松見と亮輔。まだまだ全国の頂に行けるレベルではないが、俺がいなくても山田高校はなんとかやっていけそうだな。



 「佐倉先輩、九回からマウンドよろしくと監督が」

 ボケッと試合を見ていると里田が声をかけてきた。

 なに? このままでも勝てるのに俺を登板させるのか?

 一度ベンチ反対側にいる佐和ちゃんに視線を向ける。佐和ちゃんは腕を組みグラウンドに視線を向けているため目は合わなかった。

 …さっきの俺の不満が聞き届いたのだろうか。それならちょっと嬉しいぞ。


 「ふふ、俺ならブルペンで肩温めずとも余裕よ。なんといっても怪物だからな俺は」

 「何言ってんですか。いくら佐倉先輩でも肩温めておかないと体壊しますよ。馬鹿言ってないでさっさと準備しましょう」

 「お、里田、いうようになったな」

 呆れる里田に不敵に笑って見せる。

 こいつもこいつで、秋の県大会から哲也に代わって正捕手としてマスクをかぶるようになった。色々と経験も積んできているだろう。

 松見と亮輔。二人のピッチャーを支えるキャッチャーとして、一歩一歩と成長を続けているようだ。



 結局、亮輔は八回まで投げ切り無安打無失点の好投。バックの守備に助けられる場面もあったが、十分安定感あるピッチングだ。

 打線は好調で、八回までに6点を奪う猛攻。

 そうして6対2で迎えた最終回、登板したのは俺。


 ブルペンで肩慣らしは十分。調子も上々。

 夏男と公言する俺、あの夏に比べたらだいぶ調子は落ちているが、それでも柳田学園打線を抑えるだけの調子は維持できている。


 すでに4点差、それでも相手打線は諦めちゃいない。いや諦めきれないだろう。

 これが最後の大会。選手たちも逆転しようと必死だ。

 だが、俺の相手じゃない。


 マスクをかぶる哲也を見る。甲子園優勝バッテリー。あの夏が思い浮かぶ。

 だがあの夏に比べたら熱気が足りないかな。

 帽子を目深にかぶり直し、気持ちのスイッチをオンにする。さぁ、ここからは本気だ。


 一人目を三振。二人目をセカンドゴロ。

 そうして最後はショートフライ。


 「オッケー! 任せろ任せろ任せろ! 俺に任せろ!」

 猛烈なアピールをする恭平。両手を大きく広げ落下地点へと入り、まもなく危なげもなくボールをキャッチし試合終了。


 国体初戦を6対2で勝利。明日の二回戦に駒を進めるのだった。

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