273話
昼休み、誰と弁当を食うかと言う事になった。
いつも通りの面子の予定だったが、大きく予定が狂わされた次第である。
恭平は千春と一緒に食べるとか言っていた。道理で今日千春が早く起きていたわけである。正直な話、どうしてこうなったって言いたいぐらいだよ。
哲也もクラスの男子たちと一緒に食うらしい。最悪そっちに行って一緒に食べるのも悪くない。A組の知り合い少ないけど。
岡倉は龍ヶ崎と食事するらしい。話だと龍ヶ崎から誘ったとか。龍ヶ崎め、意外に一歩前進してるじゃないか。
さて、どうしたものか。これなら哲也や誉がいるA組集団の輪にまざるのが一興か。
「あれ英雄どうしたの?」
「ん? おぉ沙希」
弁当箱が入った手提げ袋を持った沙希が、俺の存在に気付き話しかけてくる。
「いやぁ誰と食おうかと悩んでいただけだよ」
「あれ? いつもの人たちとは食べないの?」
いつもの人たちとは、恭平、哲也、大輔、岡倉の事である。
俺は「Yes」とイングリッシュで返答する。
「そうなんだ…じゃ、じゃあさ。私と食べる?」
「お前と? 他の奴らと約束してるんじゃないのか?」
モジモジし始めた沙希に俺が質問をする。
沙希の答えは「約束してるけど、大丈夫!」との事。なにが大丈夫なのか。
「約束してるなら大丈夫じゃないじゃん」
「大丈夫だって! 二人なら理由話せばきっと許してくれるから!」
顔を赤くしながら早口で答える沙希。
本当に大丈夫なのだろうか?
「…まぁお前が大丈夫なら、別に良いけどさ」
例の一件もあるから気まずくなるかと思ったがそうでもなさそうだ。
これなら沙希と食事しても問題ないかもしれない。
「あっ! 英雄君いた! って沙希ちゃんも…」
ここで弁当袋を持った鵡川が、俺と沙希の前に現れる。
「よぉ鵡川」
「これから二人でお昼ごはん?」
「そうだよ」
「へ、へぇ…」
短いやり取りを鵡川とかわす。
鵡川は笑っているが、どこか目が笑っていない。
「じゃあさ、私も一緒に食べていい?」
笑顔でお願いしてくる鵡川。別段俺は平気だが、沙希はオッケーだろうか?
「俺は別に構わないけど、沙希は大丈夫か?」
「私は…。英雄が大丈夫なら構わないけど…」
どこか不満げな沙希の返事。
とはいえ俺が大丈夫と言った以上、三人で弁当タイムだ。
「今日から私は、沙希ちゃんと敵同士だからね」
俺の前を歩く鵡川と沙希が小声でぼそぼそと話している。
なんか物騒な話をしている。鵡川、もしかして沙希の事嫌いなのだろうか? 友達同士だと思っていたのだがな。
「今日はね。英雄君のために弁当作ってきたんだ」
「ほぉーそりゃあ楽しみだな」
沙希が持ってきたというシートに座りながら、水筒に入ったお茶を飲む俺に、鵡川がお弁当を差し出してくる。
ピンクの弁当箱袋から取り出した弁当箱。女子高生が入れそうな綺麗な外装が施された小さな弁当箱だ。
「英雄。私も、今日は珍しく弁当作ってきたんだから、感謝しなさいよ」
「お前、今日友達と食べる約束だったのに作ってきたのか」
「え、あ、それは! 友達とは食べる用だったから…」
大慌てで理由を語る沙希。顔が赤いぞ。
もしかしてこいつ、最初から俺と食べる気だったのだろうか?
とにかく頬を紅くしながらぶっきらぼうに弁当を突き出された。
俺はそれを受け取る。俺の手には、鵡川の作った弁当と、沙希の作った弁当と、母上の作った弁当の計3つ。
「………」
ちょっと多いかな。
「英雄、私が作ったんだから、残さず食べなさいよ」
「英雄君。その…全部食べてくれると、嬉しい、かな」
鵡川と沙希からの願い。次いで出てくるのは母上の言葉。
「英雄! 弁当残したら、晩飯抜きだからね」
昼の第一種目はクラス対抗の大縄跳び。もちろん俺も飛ぶのだが。
佐倉英雄、本日最大のピンチを迎えたわけだが。
マジでどうしよう。
「どうしたの英雄君? お腹の調子悪い?」
「英雄、どうしたの? 早く食べなさいよ」
心配する鵡川と急かす沙希。
俺はひたすら、この状況の打開策を考える。
このまま食ったら、午後の大縄跳びで俺が死ぬ。さすがにこの量食べた後に大縄跳びとかお腹が死んじゃう。
男、佐倉英雄。まさかこの場面で窮地に立たされるとは。
「そうだ! 食べきれないから、大輔に少しあげ…「ダメ!」…ですよねー」
言い終わる前に、沙希と鵡川が同時に声を出した。
考えろ男英雄! 俺が今すべき事を選ぶんだ。
俺は甲子園優勝投手だぞ! その意地を発揮するんだ!
額に左手を当てて俺は必死に打開策を求める。
結論はすぐさま訪れた。
俺は悟りを開いたかのような微笑を浮かべて、まず初めに鵡川の弁当から口にした。
「ひ、英雄君。おいしい?」
「おぅ美味いよ」
さすがは鵡川、しっかりと味付けがされている。
どっかの岡倉みたいに分量おかしいわけでもなく、おいしくなる分量で味付けがされていて本当美味しい。
続いて沙希の弁当を食べる。
「それで英雄。その、おいしい?」
「あぁ美味いさ」
今度は沙希に感想を言う。
こちらは中学の頃からよく食べている慣れ親しんだ味だ。俺の舌も慣れきっていて美味しい。
さてこの状況を打開する方法は一つ。
諦める事だ。もう諦めて全部食べよう。午後の第一種目が大縄跳び? そんなの知らんな。俺はもう先の事を考えるのを諦めて食べる事に集中する。
なんだろう全てを諦めたら笑えてきた。
「それで英雄」「それで英雄君」
「どっちのお弁当が美味しい?」
仲良く二人で、声を合わせて聞いてくる沙希と鵡川。
ですよねー。こういう展開になる気がしたよ。ってか、なんで二人とも対抗意識を持ってるんですかね。二人とも仲良しなんだよね? なんで張り合うんですかね。意味が分からん。
「どっちも美味かったよ」
「どっちもじゃなくて、出来れば、どっちのほうが美味しかったか教えてくれない? 英雄君」
俺の中立な意見に対し、否定的な鵡川。
なに、勝って優越感にも浸りたいの? 鵡川って実は負けず嫌いだったりするの? いや確かに俺も野球では誰にも負けたくない。鵡川も料理では誰にも負けたくないのかもしれない。
「どっちもしっかりとした味付けで、食べて欲しいって言う気持ちがこもった、とっても…そうとても素晴らしい味だったよ。そんな料理に、優劣は決められない。どっちもナンバー1だ!」
「なに綺麗事でまとめてんのよ英雄。どっちが美味かったか言いなさいよ!」
俺の美しい言葉は響かなかったのに驚きだけど、もっと驚きなのは、沙希が不機嫌なこと。
なに、もしかして鵡川と沙希。どっちが美味いって言うか対決してんの? マジで? 俺知らない間に審査員に選ばれてたの? 何それ怖い。
「二人とも料理が美味すぎてな。優劣をつけがたい。ここまでくるとどっちが美味いかなんて些末な事だと思うな俺は」
「英雄にとっては些末な事でも、私には些末な事じゃないの!」
「沙希ちゃんの言うとおり。英雄君にはささいな事でも、私たちには結構重要なの」
お前ら敵対したり意見一致したり、どっちなんだよ。
確かに女の子からしたらどっちの料理が美味しいかは重要なものなのかもしれない。
それでも俺にどっちが美味いかなんて決めるのは無理な話だ。
「分かった。答えよう」
ここは素直に諦めて男らしく答えよう。
「それで英雄、どっちが美味いしかった?」
「英雄君、どっちが良かった?」
俺の答えを待つガール二人。
なんとか二人が納得いくような答えを模索する。
「味的に言って、美味しかったのは鵡川の弁当だ。綺麗にまとまってたって言うか、普通に美味かった」
「本当! ありがとう!」
俺の答えを聞いて花が咲いたように満面の笑顔を浮かべる鵡川。
そうして小さくガッツポーズしている。可愛い行動だな。
「だけど、慣れ親しんでるっていうか、俺の舌に合ってるのはやっぱり沙希かな…」
「でしょう! 私、何度も英雄にご飯作ってるしね!」
続く俺の答えを聞いて喜ぶ沙希。
そうして大きくガッツポーズをしている。沙希らしい行動だ。
こういう答えで、納得していただけないでしょうか?
「でも私のほうが美味しかったんだよね?」
鵡川さん、ここは変にほじくらないでください。
本当にどっちも美味しくて甲乙つけられないんですよ。とりあえずその作ったような満面の笑みやめてくれませんかね? 怖い、怖いよ。
「いや、英雄は私の料理のほうが慣れ親しんでるっていってるし」
こらこら二人とも口論はやめなさい。
クソ、なんでこんな事になったんだ。
鵡川と沙希の間でバチバチと火花が見えそうだ。
「とにかく俺はどっちも好きだ。それにさ食事のときぐらい競うのは止めね? 競うのは運動会の種目だけにしろって」
結局のところどっちが良いかなんて決められない俺を見て、沙希と鵡川は言いあうのをやめた。というより諦めたっぽい。
二人とも諦めたようにため息を吐いた。一応、俺は答えを出したわけだし、これ以上の優劣を決めるのは不毛な争いと判断したようだ。
そもそも俺に、判定してもらう事自体間違っている。
俺や大輔にとって料理は「美味いか」「不味いか」の二択であって、「どっちが美味い」とか「どっちが不味い」なんていう言葉は、俺と大輔の辞書には存在しないのである。
まぁなにはともあれ、食事は進む。
男子生徒から羨望のまなざしで見られていたが無視をする。
こんな状況に羨ましがられるとは驚きだ。
だってここかなり居づらいぜ。
なんか、目には見えないレーザー光線が、沙希と鵡川の目から飛び出て、俺の正面でぶつかり合ってる気分だもん。
なんか、食事の空気から大きく外れた緊迫した空気なんだぜ。
いつからこいつら、こんなに仲悪くなったんだ? これは俺が仲を取り持つべきなのか?
そんな居辛い空気のまま、昼飯が終わる。
沙希の弁当、鵡川の弁当、母上の弁当が入った腹。凄く重くて、厳しい状況。
この後、大縄跳び→大玉転がし→800m走→障害物二人三脚と連続して続く事を想像するだけで俺の腹がクラッシュしそうだ。




