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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
273/324

272話

 楽しい楽しい体育祭が始まった。

 高校最後の体育祭。開会式が始まる前からクラスメイト達の熱気が凄い。


 「英雄! 絶対優勝すんぞ!」

 「当たり前だ」

 友人下山(しもやま)が熱く声を張り上げる。

 その言葉に俺はにやりと笑いながら左手拳を自身右手の平に叩きつける。

 山田高校はクラス対抗、アルファベット対抗、学年対抗の三つの優勝がある。

 クラス対抗は各クラス事で優勝を争う。アルファベット対抗は各学年の同じアルファベットのクラスが手を組み合計得点で競う。学年対抗はそのまま各学年事の合計得点で競う。

 やるからには優勝だ。最後の体育祭、優勝以外ありえない。


 ちなみに恭平は本日も大忙しだ。

 体育委員会本部のほうで雑務を任されているらしい。参加種目も多いのに大変だな恭平の奴も。



 開会式も終わり、開幕戦は100m走。

 我がクラスは元サッカー部キャプテン兼エースストライカーの須田が出場。

 自慢の足を見せて、女の子の黄色い声援に後押しされながらトップでゴールイン。三年の部1位となり、午後の100m走決勝戦への出場を決めた。

 二年の部では、耕平君の足の速さが目立つ。

 他のランナーに何mも差をつけてのゴール。正直足の速さなら学年どころか学校一だろう。確実に須田よりも速いその足に、魅了される二年の女子たち。心なしか須田が走った時よりも黄色い声援が大きかった気がする。

 さすが耕平君。マジパネェっす。



 そして俺の最初の種目へと向かう。

 最初の種目は、パン食い騎馬競争と言う奴だ。

 まぁ簡単に言うと、騎馬戦のように騎馬を作って、それでパン食い競争をするというもの。

 まず100m走ってから、吊るされたパンをくわえるという感じだ。


 俺が組む奴は、俺と恭平と、同じクラスの友人中本と友人細川(ほそかわ)の二人。


 「あぁーパン食いじゃなくて、パンツ食いなら、誰にも負ける自信はないんだけどなー」

 順番を待ちながら、そんな危険な発言をする恭平。

 虚空を見上げながら呟く恭平。体育委員会の仕事で疲れているからだろうか? 少なくとも冗談で言っているようには聞こえない。


 「恭平、お疲れだな」

 「何言ってる英雄! 今からパンツ食うんだから屁でもないぜ!」

 そういって虚ろな目で笑う恭平。やっぱり恭平はもう駄目かもしれんな。

 とりあえず恭平は無視して対戦相手を確認する。


 「俺らの対戦相手は…結構厳しいかな」

 順番待ちの他のクラスの列を見る。意外に厳しい戦いになりそうな予感だ。

 A組は、哲也と鉄平、それと元バスケ部幽霊キャプテンの石川と、元陸上部幽霊キャプテンの成田の二人。どちらも幽霊部員のくせに、無駄に身体能力が高い。

 B組は、誉のほかに、サッカー部で三年間活動をしていた高木、加藤、屋敷の3名。彼らも十分足が速いし、体力もある。

 怖いのはこの二クラスだけか、CとEは、そこまでぱっとした奴らはいない。


 そしてついに、俺らのグループへと回る。

 上に乗るのは恭平、先頭は俺が立ち、後ろは中本と細川が立つ。


 「はっはっはっ! 下僕ども! 俺を落とすなよ!」

 「うるせぇ! 気が散る! 黙ってろ!」

 俺達四人の中で一番恭平が軽いとはいえ、なんでこいつを持ち上げなくちゃならない!

 バシバシ俺の頭を叩く恭平。うぜぇ、今すぐ突き落として関節技を決めたい。


 「まぁ任せとけ! 俺のストロンガーお口キャッチで、パンどころか、あの吊らしている棒すらも、パクリンチョだぜ!」

 なんて大口発言をする恭平。文句一つ言おうとした瞬間、スタートの合図の火薬の爆ぜる音。

 恭平に集中していた俺は、思わず、他のクラスよりも出遅れてしまった。


 「ほら! 早く走れよ! 英雄! 元気なのは下の息子だけか!」

 クソつまらない下ネタを言いながら俺に命令をする恭平。

 完全に気分は王様らしい。


 「てめぇ! 覚えてろよぉ!」

 今は恭平に関節技を決める時間じゃない。文句は後回し、今は走る事に集中する。


 「おらぁぁぁぁ!」

 思わず唸り声をあげながら、前にいる奴らを追い上げる。

 少し離れた観客席へと視線を向ける。クラスメイトからの声援を耳にする。あの中には鵡川がいる。そして…担任の佐和ちゃんも…。

 ここで負けたら佐和ちゃんになんて嫌味を言われるだろうか…。クソ、負けられない! 負けられないぞ!


 E組、C組と追い抜き、50m辺りでA組の騎馬と並走する。

 上に乗っているのは哲也のようだ。


 「英雄はやっ!」

 「英雄てめぇ! なに意外に足早い所見せてんだよ!」

 俺と同じく騎馬の先頭を任されている鉄平が、走りながら俺に文句を言う。


 「うるせぇ! 早く終わらせて、恭平に一発殴らなきゃいけねぇんだよ!」

 「そうだぜ鉄平! 俺と英雄の以心伝心の動きに驚け!」

 うるせぇ! てめぇは上に乗ってるだけだろうが! 黙ってろ。

 ぐちぐち文句を言いつつも、さらに加速する。後ろを走る友人中本と友人細川も俺の走るペースにしっかりと合わせてくれている。


 A組を追い抜き、続いてB組の一団へと向かおうとする。

 しかしすでにB組はゴールしていた。なんていう速さだ。驚きながらもパンが吊るされている下へ。


 「ほら恭平! はやくてめぇのストロンガーお口キャッチとやらで、くわえやがれ!」

 「ひ、英雄! くわえやがれなんて、卑猥な事を俺に言うなんて、お前、結構大胆なんだな…」

 「そういう冗談いいから! 早くパン食ってくれ!」

 こういう時にそういう冗談はいらねぇ!

 いい加減、恭平を持つ腕がやばい。

 こいつ、細身のくせに意外に体重があるせいで、後ろにいる友人中本と友人細川も「早くしてくれぇ!」と悲鳴をあげている。


 「分かったよ! まぁみてろ、嘉村家に江戸から伝わる4452年の秘儀、今こそ見せてやる!」

 「そういう御託はいいから、とっとと食え!」

 ちなみに騎手を落としたら失格となる。

 まだビリでもゴールしたら得点は入るが、失格だと得点は入らない。

 失格になったら、やる気満々の佐和ちゃんに何を言われるか。想像しただけでも恐ろしい。


 「嘉村流奥義…ファイナルリミテッドアタックストロンガルブレイドファイヤーチェッカーザ…」

 「長い! 長いから!」

 俺の上で両腕を交差させながら意味の分からない発言をする恭平。

 そんな俺の悲鳴混じりの発言に恭平はどこか嬉しそうにニヤニヤ笑っている。


 「あっれぇ? 英雄さんもう限界なんすか? やめてくださいよぉ! 甲子園優勝ピッチャーの肩書きが泣いてますよぉ?」

 もしかしてこいつ、俺が苦しんでるの楽しんでるのか?

 なんて野郎だ。今すぐ叩き落して腕一本関節外したい…。

 そうこうしているうちにA組とC組が俺らを追い抜き、ゴールインしていく。


 もちろんパンの所で行き詰る俺らに、声援は届いているが、恭平と俺の口論のせいで、一向に進まない。

 やっとこさ恭平が、くわえようと動くも、あの馬鹿、大口叩いてたわりに全然上手くねぇ。

 「あれあれ?」と言いながら、左右にゆれるパンを加えようと必死に動いている。


 「なにやってんだよ馬鹿!」

 「大口叩いてそれか!」

 「甲子園優勝チームの切り込み隊長の肩書が泣いてるぞ!」

 俺、中本、細川が罵倒する。

 恭平は「うるさい! バカ!」なんて言いながらもパンをくわえようとするが、全然くわえられない。下手くそか。

 そうしているとE組にも追い抜かれ、その1分ほどあとでゴールイン。


 競技の後、俺はすぐさま恭平を下ろすと、素早く恭平を引き倒し、関節技の一つ腕ひしぎ十字固めを決める。


 「痛い! 英雄痛い! ごめん! ホントごめん! だから関節技決めるだけは勘弁して!」

 「うるせぇ! てめぇよくも散々馬鹿にしてくれたなこの野郎!」

 いつもよりも力強く関節技を決める。

 バシバシ地面を叩き「ごめん!」と謝る恭平だが、今日ばかりは許さないぞ。


 「おぅおぅお前ら楽しそうだな」

 っと、ここで冷たくも楽しげな佐和ちゃんの声が耳に入る。

 思わず血の気が引き、関節技を決めていた力が抜ける。

 視線を声の方へと向ける。恭平も暴れる動きが止まった。おそらく彼も声の方へと視線を向けたのだろう。

 声の方には案の定、ニコニコ笑う佐和ちゃんが立っている。


 「そんなに元気なら二人とも明日、俺とワンツーマン練習しよう。きっと楽しくなるぞ」

 「あ、あはは…」

 優しい声で楽しい練習という何かを誘ってくる佐和ちゃん。

 もう乾いた笑いしか出てこない。怖い。怖いよ。



 体育祭の種目はつつがなく進行していき、午前の部も最後の競技を迎えた。

 最後の競技は綱引き。俺と恭平はクラス選抜に選ばれている。

 初戦の相手は、いきなり大輔率いるA組だった。


 「おらお前ら! 帰るぞー」

 初戦の相手を知った時点で、俺と恭平は自軍の席へと戻ろうする。

 ダメです。大輔が相手にいるとか勝てません。あいつ一人でうちのクラス選抜倒せるんじゃね? それぐらい勝てる気がしない。


 「おい待てよ英雄! 戦う前から帰るなんて情けないぞ!」

 そんな俺達を呼び止めたのはクラスメイトの松中だ。


 「いやだって相手に大輔いるじゃん」

 「なー、勝てっこないよなー」

 同じ部で共に過ごしてきたから分かる。

 大輔を相手にしてはいけない。大体A組には大輔以外にも力自慢の連中が揃っている。

 対してうちのクラスの綱引き代表は松中ぐらい力自慢という力自慢はいない。俺や恭平も力はあるほうだが、大輔が相手にいる時点で勝てる気がしない。


 「三村がなんだよ! 所詮ちょっと力が強いだけだろう!」

 どうやら松中は大輔の事が嫌いらしい。

 あーそういえば前に聞いたが松中は大輔の彼女である三浦さんの事が好きだったらしい。

 もしかしてこの前の体育祭練習の時に見かけたあれは、松中が三浦さんにアプローチをかけていたのか?


 「いやでも大輔は強いぞ?」

 「大したことねーよ! 俺に任せろ!」

 そういって大袈裟に力こぶを見せる松中。

 しょぼい力こぶだ。という言葉を堪えて「分かったよ」と小さくうなずく。


 「おい英雄、大輔が相手とか勝ち目ねーよ」

 「まぁ待て恭平。冷静に考えろ。今は昼前だ」

 「あっ!」

 俺の言葉に恭平は口を押さえて驚く。

 そう今は昼直前、大輔も腹をすかせているタイミングだろう。

 もしかしたら今の大輔なら、腹減って面倒くさくなって手を抜く可能性がある。それなら俺達でも勝てる可能性は出てくる。


 「それに大輔が本気を出すならそれで構わない。松中の馬鹿にお前が敵にする相手がどれほど強大か見せつけられるしな」

 そういって俺は前の方で意気揚々と綱を掴む松中を見る。

 正直松中は嫌いではないが、大輔の彼女さんを奪おうというなら容赦しないぞ。



 手では収まりきらないほど、大きな綱を持つ。

 正面には面倒くさそうな顔をしている大輔。案の定、腹を空かせているようだ。大輔が手を抜くのならば勝機は十分ある。

 松中も中々体格はいいし、恭平や俺もいる。全力で挑めば勝てるかもしれない。

 そう思っていた時期が私にもありました。


 「大輔! 頑張って!」

 大輔の彼女が大輔に手を振って応援している。それを見て松中は舌打ちをした。

 大輔は彼女に手を振りかえしてこちらを向いた瞬間、空気が変わった。

 あいつ、目がマジになってやがる。


 開始の合図である「パァン!」と言う爆発音と同時に、俺たちは一気に体を持ってかれた。

 瞬殺とは、まさにこの事である。


 体勢を崩された俺たちは、一斉に倒れる。

 地面に横たわりながら、大輔の顔を見る。


 「ありえねぇーって」

 俺だって適当だったわけじゃない。

 本気で勝つつもりで思いっきり引っ張ったはずだ。

 それなのに、A組の連中と大輔の前に為すすべなく吹っ飛ばされた。強すぎだろ。


 「わりぃな英雄! 怪我はなかったか?」

 「あぁ平気平気」

 手を差し出す大輔に俺は意地を張らず彼の手を受け取り、体を起こす。

 そして体育着についた服をはたく。


 「しっかし、無駄に気合が入ってたなぁ」

 「当然だ。俺の彼女に今でもちょっかい出してるアホが、お前のクラスにいるからな」

 声色が変わった。低く鋭い声でしゃべる大輔は、ちらりと地面にあぐらを掻いて、悔しそうに座っていた松中へと視線を向ける。


 「ひえっ…」

 松中は、その声と殺意のこもった睨みに耐え切れず、情けない声をあげる。


 「松中…だっけ? 次、俺の彼女に話しかけたら容赦しねーからな」

 腰を下ろし、松中と同じ目線にした大輔は、鋭い声で脅迫する。いやこれは脅迫ではなく警告だ。

 マジで大輔は彼女に関しては容赦しないだろう。


 そんな大輔を見て俺は思わず「おー怖い怖い」と呟いた。

 さすが大輔である。彼女思いなのは変わってなくてよかったよ。


 「そうだ英雄、昼は彼女と食うんだけど、お前も来るか?」

 「いや、遠慮しとくよ。さすがに彼女さんとの仲に割り込めるほど、俺は無神経じゃねぇし」

 大輔の誘いを断る。大輔は「そうか」とだけ言って笑うと、次の対戦会場へと向かう。

 俺はいまだに寝そべる恭平を起こし、自軍の席へと戻る。


 結局綱引きの優勝は大輔のいるA組だった。

 全戦圧勝と言う、圧倒的な成績だった。

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