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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
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271話

 体育祭もあと一週間となり、午後の授業の時間を使い、各クラスで体育祭の練習が始まった。

 今日は五時間目が一年生、六時間目が二三年生という形でグラウンドを使っていく。


 「宮田(みやた)!」

 「おう来い!」

 リレーのバトンパスの練習をするクラスメイトをぼんやりと見つつ、俺は別の友人たちと雑談に花を咲かせる。

 それにしてもどいつもこいつも練習頑張っているな。

 まぁ山田高校の連中はこういう祭り事を張り切る奴が多い。そしてこの体育祭が高校最後だ。そりゃ張り切るか。

 練習している連中を一通り見ていると、見知った顔を見かけた。あれは大輔の彼女さん? っと隣にいるのは同じクラスの松中(まつなか)じゃないか。

 なんか松中が彼女さんに話しかけているようだが、彼女さんは凄い迷惑そうにしている。何やってんだあいつら?


 「あれ? あれってさ、英雄の妹じゃね?」

 ぼんやりと様子をうかがっていると、友人中本(なかもと)が人混みのほうへと指を差した。

 思わず指し示すほうへと視線を向ける。確かに千春がいた。……ボブもいる。反射的に視線を逸らす。背筋に冷たい汗がつたう。

 え? 何してんのあいつら? …恭平か? …恭平だな。恭平なんだろ? そうだよな、俺なんか眼中にないよな。そうだよ。そうであってくれ頼む。


 「悪い中本。俺ちょっとトイレ行ってくるわ」

 千春とボブに背を向け、友人中本の肩を軽くたたく。


 「え? 別に良いけど、あの子ってお前の妹じゃないの?」

 「知らん。俺に妹なんかいない。いや一年に恵那っていう可愛い妹はいるぞ。お前には絶対くれてやらんがな」

 饒舌に嘘を語る。これぐらい造作もない。なんといっても天才だからな。

 それよりも早くこの場を去りたい。千春だけならウェルカムだが、ボブとは絶対会いたくない。


 「あ! いた!」

 だが、そんな俺の想いは無情にも消え去った。

 千春の声が耳に入り、思わず肩がびくりと震えた。

 クソが、なんでこんなに早く見つかるんだ。今日は厄日なのかもしれない。舌打ちを漏らし深いため息を吐く。

 友人中本へと視線を向ける。不思議そうに俺を見ながらも千春達のほうへと指をさしている。

 …これはもう逃げられないか。もう一度深くため息を吐いた。


 「どうしたんだ英雄? 妹と喧嘩か?」

 「まーそんなところだな…」

 適当にはぐらかし振り返る。先ほどよりも千春とボブが近づいてきている。相変わらずデカいなボブは。


 「いたいた! お兄ちゃんどこにいるか分からなくて探したんだからね!」

 「そうか。そのまま見つけられなかったらお兄ちゃん嬉しかったのに」

 思った事をそのまま口にする。

 ボブを一瞥する。めっちゃニコニコしてる。凄い嬉しそう。嬉しそうなのは伝わるけど笑顔が凄い怖い。


 「そういえばあいつは?」

 「あいつって誰?」

 「あいつはあいつでしょ」

 どのあいつだよ。

 いや見当はついている。あいつだろ? あの友人の妹に手を出そうとしているド変態野郎。


 「……嘉村先輩」

 頬を赤くしながらそいつの名前を口にする千春。思わずここにはいない恭平に舌打ちしかけた。

 俺の妹にこんな顔をさせやがってあの野郎。脳内で恭平をぼこぼこにするイメージをする。


 「なんだ恭平か。恭平なら体育委員の仕事でいないぞ」

 すっとぼけつつも恭平の居場所を伝えておく。

 恭平は今体育委員で馬車馬のごとく働かされている。

 元々サボる気満々だったらしいが、それが佐和ちゃんにバレた事で、晴れて馬車馬となった感じだ。


 「そうなんだ。最近あいつ来ないから何かあったのかなって思って」

 「心配なのか?」

 「は、はぁ! 別に心配なわけないでしょ! ただちょっとだけ心配しているだけだし…」

 いや心配してるのかしてないのかどっちだよ。

 顔を赤くさせる千春は、まるで気を引き締めるように数度自分の両頬を両手で叩く。なんだその乙女みたいな行動は。お兄ちゃんにそんなの見せて、お兄ちゃんを泣かせたいのか?


 「それで要件はそれだけか? それだけなら帰ってくれ。俺は今高校最後の体育祭に情熱を注いでいる。お前と話している余裕がないぐらいにな」

 「私の要件はそれだけだけど…」

 そういって千春が隣のボブに目配せをする。ボブは千春の目配せに気づき数度うなずいている。

 やはりか。俺は大袈裟に大きなため息を吐いた。


 「実は私、英雄先輩とお話ししたくて」

 俺のわざとらしいため息をかわして、ボブが話しかけてくる。なんて図太い神経なんだ。その恵まれた体格だけじゃなく神経も太かったようだ。

 ってか英雄先輩ってなんだその呼び方は。


 「英雄先輩か。その呼び方は照れるからやめてくれ」

 マジでやめてくれ。もっとこう可愛い後輩とかにその呼び方されたかったわ。

 乙女ちゃんはなんか嬉しそうにしている。俺が照れてるのが嬉しいのか? 照れてねぇよ! 言葉を真に受けるな!

 ふと周囲の視線を感じて周りを見る。クラスメイトや近くにいた男どもが薄ら笑いを浮かべている。


 「さすが甲子園優勝ピッチャーは違うな! 羨ましいぜ!」

 「英雄はモテモテだなーこんな子に好かれるなんてな」

 「こんな可愛い子に惚れられるなんて、英雄も罪な男だぜ!」

 お前らゼッテー本心から言ってねーだろ。もう一度胸に手を当てて考えてみろ。お前らボブに好かれて羨ましいのか? ボブの目を見て同じ事言ってみろ。


 「えぇー照れるぅー」

 間延びした声を出しつつ、赤面しながらうねうねと体を動かすボブ。

 やめろ。そんな可愛い動作するな。ボブがしてもあまり可愛くないからな。大体、今の言葉はどう考えても世辞だろ。真に受けるな!

 そして声をあげた奴らは作り笑いを崩すな。嘘だとしても可愛い言ったんだから覚悟決めろ。


 「それでなんですけどぉ、英雄先輩今度お昼一緒にどうですか?」

 顔を赤くし、目を潤ませながら聞いてくるボブ。なんて顔してるんだお前。そういうのはかわいい子がだな…。


 っと文句を胸の内で呟いていると、彼女の肩が震えているのを確認した。

 もう一度彼女の顔を見る。潤んだ目からは不安な感情を読み取った。


 …あぁ、なるほど。ボブも見た目はあれだが、乙女なんだな。女子高生というわずかな青春を楽しもうとしている恋多き乙女。前は恭平、今は俺。好きな人を思う気持ちは一途なのだろう。

 だが、ごめん。俺には君の想いは受け取れない。内心グチグチと悪口を重ねる俺では彼女の隣には立てないさ。

 ただこんな事を言うと、彼女も傷つくかもしれない。遠回しに断って引き離していこう。


 「ごめんな乙女ちゃん、昼休みは恭平とか他の友人と雑談で盛り上がりたいんだ」

 「えー! じゃあそこに私も参加しますぅ!」

 「でも他の奴らが迷惑かもしれんしなー」

 「私が説得しますぅ!」

 俺が断ろうとするたびにボブが一歩、一歩と近づいてくる。こいつは中々手ごわいぞ…。ってか、近づくな。一歩近づくたびに圧が凄い。圧が凄まじい勢いで高まっていく。

 何故だ。何故この子は俺に興味をもった? ずっと恭平を思い続けていたらみんな幸せだったのではないだろうか…。


 「あーでもそれが迷惑な気がするしなー」

 なんとか断る口述を考える。だが決してブスだと好みの顔じゃないと口を滑らせるな。頭をフル回転させて最善の回答を選び続けろ。天才の片鱗を発揮するんだ佐倉英雄!


 「英雄君! ちょっと来て!」

 そうして頭をフル回転させながら断る口述を考えていると、天使の声が聞こえた。

 この声は…鵡川?

 声のほうへと視線を向ける。体操着姿の鵡川が手を振っていた。


 「あ、おぅ! ごめんな乙女ちゃん!」

 「あ! 待って!」

 待ちません。すっと二人から離れ鵡川のもとへと走っていく。

 あのタイミングで声をかけてくるとか鵡川は天使かよ。

 駆け足気味で30mほど離れた彼女のもとへと向かう。


 「なに?」

 「あ、ごめん。実はなんも用はないんだ…」

 そうして俺が声をかけると、彼女は申し訳なさそうに表情を変えた。


 「え?」

 「英雄君が困ってたように見えたから…勘違いだったら…ごめん」

 申し訳なさそうにしている鵡川を見る。

 お前…天使かよ。鵡川、本当に天使だった。


 「いやそんな事はない! 本当に困ってたから助かった。ありがとう!」

 「本当? 良かった」

 そういってホッと安堵の笑みを浮かべる鵡川。可愛い。

 だが俺と鵡川のもとにドシドシとボブと千春がやってくる。


 「こんにちは鵡川先輩!」

 「あ、英雄君の妹の…千春さんだっけ? こんにちは」

 千春が鵡川へと話しかける。鵡川もニッコリと笑顔を見せて応対する。


 「そっちの子は…?」

 「椎名乙女です。覚えなくて結構です。私もあなたの名前は覚えてないので」

 普段間延びしたしゃべりかたをするボブが、キリキリした声でしゃべる。どこか言葉にもトゲがある。

 まさかボブの奴、鵡川を敵視しているのか? やめとけ、君じゃどう頑張っても物理的にしか勝てない。


 「それより鵡川先輩。なんで英雄先輩と仲良くしているんですか?」

 今、名前覚えてない発言したばかりなのに名前を出すボブ。なんだろう。彼女から恭平と同じ臭いを感じる。やっぱり恭平と結ばれるべきなんだよ君は。


 「なんでって、仲良くするのに理由なんているかな?」

 「大体、英雄先輩の事好きなんですか?」

 ドシッと踏み込むなボブの奴。でも俺もちょっと気になった。

 鵡川を見る。表情は変わっておらず微笑を浮かべている。彼女は今何を考えているのだろうか?


 「英雄君は友達だから恋愛感情はないよ?」

 そういって鵡川は首をかしげる。…やはり恋愛感情はないか。そりゃそうだ。鵡川が俺のことを好きになるはずがない。ちょっと安心したような。ちょっと残念のような。

 その回答にボブがにやりと笑う。いや、なんだそのお前が恋敵じゃなきゃ英雄先輩は一瞬で落とせるみたいな不敵な笑いは。


 「そうですかぁー! 良かったですぅ! 私のせいで泣いてしまう女子が増えなくてぇ!」

 そうして嬉しそうに浮ついた声で話すボブ。なんだ、その勝ち確定みたいな発言は。言っとくが俺はお前とは絶対に交際しないかならな。お前と交際するならまだ須田のほうが良い…いや良くないな。

 どうやら鵡川の発言で気分が良くなったようで、ボブはそのまま去っていく。千春も戸惑いつつもボブの後ろをついていく。

 嵐は去った。残された俺達は嵐をやりすごしたことへの安堵の息を吐く。心なしか吐息に疲れが乗っている気がする。


 「英雄君…大変だね…」

 鵡川もお疲れの様子。お疲れ様です。


 「まったくだ。これなら本当に彼女の一人でも作らないといけないかもな」

 「彼女!?」

 冗談半分本気半分の事を口にする鵡川は大袈裟に驚いた。

 なんだその、お前には絶対無理だろみたいな驚き方は。


 「あぁそうだ。俺は天才だからな。彼女の一人や二人ぐらい余裕で作れるだろうさ」

 「え、えっと…確かに英雄君なら彼女ぐらいすぐ作れそうだけど…」

 お世辞が中々口から出てこなかったのか、戸惑いながら答えているようだ。そんなに驚く事だったか?


 まぁいい。彼女を作るにしてもとりあえず国体だ。それよりも先に体育祭だ。

 今俺にできる、残り僅かの青春を楽しもう。

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