270話
体育祭の準備が始まった。
ロングホームルームでは出場する種目を選んだり、体育祭のスローガンを決めたりする。
「英雄と恭平は野球部引退したから暇だろう。たくさん種目入れよな」
佐和ちゃんが悪い笑みを浮かべる。
言っておくが俺は引退していないし、恭平も引退していない。
正直体育祭は複数種類の種目に出るつもりではあったが、たくさんやるつもりはなかった。
「体育祭は運動部の華だ。ましてや全国優勝を果たした野球部の二人が大した競技に出ないとなると、これは大問題だなぁ。そう思わないか英雄?」
煽るな佐和ちゃん。そしてそれを聞きながらニヤニヤと笑うなクラスメイトども。
「分かったやりますよ。誰も入らないところに恭平の名前を書いておいてください」
「佐和先生。任せてください! 誰も入りたがらないところに英雄の名前を書いておいてください!」
俺と恭平が同タイミングで口を開き、お互い相手に役割をなすりつける。
そうして前の座席に座る恭平がこっちに振り返った。
「英雄、完全試合を成し遂げた体が泣いてるぜ。体育祭で活躍したいよぉってな」
「何を言ってんだ恭平。体育祭で活躍すれば女の子にモテモテだぜ? 俺はお前にそのチャンスを与えてやってるんだが?」
「ふふっ俺には千春ちゃんさえいれば問題ない」
「あ? てめぇ、人の妹に手を出したらぶっ飛ばすぞ?」
俺と恭平がガンを飛ばしあう。
そうしている間に黒板にはどんどん俺と恭平の名前が書かれていった。
結果、俺はパン食い騎馬競争、綱引き、大縄跳び、大玉転がし、800m走、障害物二人三脚、借り物競争ととにかく種目を入れられた。
恭平も俺と同じくらい種目を入れられた。
「英雄と恭平、あんなに出るんだ」
ロングホームルームのあとの昼休み。飯を食いに来た哲也が黒板に書かれた体育祭の種目を見ながら口にする。
黒板には俺と恭平の名前がかなりの数書かれている。元々山田高校の体育祭は種目が比較的多いが、それでも俺達の出場数はめっちゃ多い。
「体育祭は運動部の華だからな。俺達が頑張らなくてどうすんだよって話だ」
少し格好良く語る恭平だが、先ほどまで俺になすりつけようとしていたからまったく格好良くないぞ。
「哲也は何に出るんだ?」
「とりあえず100m走と綱引き、あとは大縄跳びだね。他にも2、3種目出るよ」
種目について話す哲也。
「ちなみに大輔と鉄平は何出るんだ?」
哲也と同じクラスの大輔と鉄平の動向もうかがう。
「鉄平は800m走、大輔は綱引き、あと…なに出るっけかな」
おいおい大輔が綱引きとか勝てる気がしないんですけど、鉄平も800m走か。あいつは野球やる前は陸上部の中距離走のランナーだったからな。あいつもあいつで手ごわそうだ。
「体育祭終わったらすぐ国体だし、怪我しない程度に頑張ろうね」
「そうだな」
哲也の言う通り怪我しない程度には体育祭頑張るか。
「あれ? 千春ちゃん?」
っと野郎三人で雑談しつつ飯を食ってると哲也が声をあげた。
哲也の視線を追う。そうして振り向いたところで千春がいた。
「おぉ! 千春ちゃん! 相変わらず可愛いね!」
恭平がふざけた事を言ったので、思いっきり恭平の足を踏みつけた。奇声をあげて大袈裟に跳ねる恭平。その様子を見て少し胸のむかむかが収まった。
そうして千春を見る。千春の顔が赤い。なんだ? その好きな子に褒められて照れてるみたいな態度は? お兄ちゃんは絶対に許さないからな?
「何の用だ千春? まさか寂しくてお兄ちゃんのところにきちゃったのか?」
「は?」
冗談半分に行ったらめっちゃ冷たい声で返された。お兄ちゃん悲しい。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「何用だ?」
「ちょっといい?」
「何の用だ?」
「ちょっといい?」
聞き返す事に語気を強めながらも同じ言葉を繰り返す千春。RPGゲームの選択肢か貴様は。
まぁいい。可愛い妹の頼みだ。ここはお兄ちゃんらしいところを見せてやらねばな。
教室を出て少し人がいない辺りまで来たところで千春が話を始めた。
「お兄ちゃん、ちょっと話があるんだけど?」
「恭平の事か?」
おそらくこれだろうなと絶望しつつも口にする。
すると千春が顔を真っ赤にさせた。あぁそうなんだ…そうなんだな…。今にもこの場にぶっ倒れそうになったがなんとか堪える。
「は、はぁ!? な、なんであいつの名前が出るのよ!!」
やめろ…やめてくれ…そのツンデレのテンプレみたいな発言やめてくれ。
頭を押さえてため息をはく。その様子を見て千春は「べ、別に好きなんかじゃないんだから!」などとツンデレのテンプレを続ける。
「そうじゃなくて、美咲ちゃんの事!」
「美咲ちゃん? 彼女がどうしたんだ?」
美咲ちゃんは千春の友人であり、同時に俺のことが好きな女の子らしい。
何度か彼女と遊ぶように言われていたが、野球が忙しくてまったく遊べなかったな。
「美咲ちゃん、お兄ちゃんの諦めたから」
「そうか」
別段驚きはしなかった。
むしろ今でも片想いされていたほうが驚きだ。
「それでなんだけど、乙女ちゃんって覚えてるよね?」
「いや」
「嘉村先輩の事好きだった子なんだけど」
「そうか」
やめろ千春。ボブの名前は出すな。
分かってる。お前の言いたいことは分かってる。みなまで言うな。そして何も言うな。
「移り気が激しいと思うかもしれないけど、乙女ちゃんがお兄ちゃんの事好きらしいの」
「いや、たぶんそれは勘違いだと思う。彼女に言ってくれ。もう一度胸に手を当てて考えてほしい。俺と恭平、どっちが格好いいか、そしてどっちが自分にふさわしいかをな」
千春が言った瞬間、俺の口からは無意識にそんな言葉が饒舌に出てきた。
そうして俺は首を左右に振るう。
「恭平好きな千春的にはライバルが減ってほしいと思うが、彼女にはしっかり伝えてくれ。俺よりも恭平のほうが良いぞとな」
「な、なんで私の名前が出るのよ! 別にそんなんじゃないって!」
口では強がっているが、お前の内心は丸わかりだからな? むしろこんな露骨な態度をとられて分からない奴はいないだろう。
「とにかく! 乙女ちゃんはもう嘉村先輩よりもお兄ちゃんの事が気になってるの! だから今度一緒に遊んでほしいんだけど!」
「断固拒否する。俺は今野球が忙しい。甲子園こそ終わったがまだ国体がある。それが終わればあっという間にドラフト会議、プロから指名されればプロに向けた準備がある。もし仮に指名されなくても、大学社会人の選択を強いられ、その後は次のステージへの準備がある。つまりだ千春。乙女ちゃんには無理だと伝えてくれ」
「は? なんで?」
今超早口で理由を話しただろうが。
なぜか苛立つ千春。悪いが俺にはボブは手に負えん。
「とにかく諦めろと言ってくれ。そして美咲ちゃんにはすまないとだけ伝えてくれ」
「…美咲ちゃんには伝えておくから」
ボブにも伝えておけや。
どこか不満げに帰っていく千春。その姿を見て俺は深いため息を吐いた。ボブが俺の事を好きという情報は本当らしい。嫌だなぁ、怖いなぁ。さて…どうしたものか…。
「おかえり英雄。千春ちゃんなんだって?」
「色々とな…」
「奴関連か?」
ニヤニヤ笑いながら聞いてくる恭平。
こいつがいう奴とはまぎれもなくボブの事だろう。俺は小さくうなずいた。それを見て「へっへっへっ」と悪い笑みを浮かべている。
「どうするんだ英雄? 彼女の好意までむげにするのか?」
「なに? どういうこと英雄?」
ボブの名前を口にしようとしない恭平に首をかしげる哲也。
その中で俺は黙々と箸を進める。面倒くさい事になってきた。あの恭平ですら苦戦した相手だ。俺も勝てるか怪しい。…いっそのこと彼女でも作って今俺の周りに絡まっている色恋沙汰を一掃してしまうか?
深いため息が漏れる。
これが今まで問題を先送りにしてきたツケなのだろうか? そんなことを考えては陰鬱になるのだった。




