269話
週も明けて月曜日、俺と大輔も二学期が始まった。
夏の立役者でありアジア大会優勝の貢献者でもある二人が学校に舞い降りた事で、校内での野球部ブームはさらに激化したそうな。
朝、学校に来るなり教室は大盛況だ。友人や知り合いが改めて祝ってくれる上に見知らぬ生徒も俺を見に来ては一言二言祝いの言葉を投げてくる。
教室の出入り口には休み時間ごとに見知らぬ女子生徒が俺を見に来てはキャーキャー言っている。
「英雄、いっぺん死んでくれ」
「なんだよ急に」
昼休み、ここでも名も知らぬ女子生徒が教室の出入り口で俺を見てはキャーキャー言っている。そんな様子をチラリと見ていると恭平からなんか言われた。
「なんでさ、お前だけキャーキャー言われるわけ? 俺もさ、あの夏活躍したんだけど?」
憤りながら恭平が俺に問うてきた。
その恭平を一瞥してから弁当の飯を食らう。
「顔の偏差値の違いだろう」
「顔面偏差値1のお前が何言ってんだよ!」
それいったらお前も1程度だからな? いや、恭平は顔だけは良いんだった…。黙ってればまともな男だからなこいつは。
大体、俺はそこまで酷くねぇぞ。
「くそっ! くそっ! なんで英雄だけ!!」
「まぁそう怒るなよ。乙女ちゃんがいるだろう?」
久しぶりにボブの名前を告げると恭平はにやりと笑った。どうやら彼女を克服したらしい。
「あいつはもう別の男に走ってるよ」
「そうなのか?」
「あぁ、千春ちゃん情報だがな」
「は?」
今度は俺が憤りのこもった声を発していた。
なんでこいつは千春と親しげなんだ?
「恭平、どういうことだ?」
「なんだよ急に」
そういって無い前髪を掻き上げる恭平。凄い頭が悪い行動だ。
「あと英雄、奴の狙いはお前だからな」
「…は?」
今度こそ恭平の言ってる意味が分からなかった。
「椎名乙女は佐倉英雄のことを愛してます…ってな」
にやりと笑う恭平。え? 嘘? マジ?
「参ったな。女のみならず怪獣すらも射止めてしまうなんてな。我ながらこの美貌が憎いぜ」
「英雄、声が震えてるぜ」
災厄から逃れたからだろうか、恭平がどこか余裕の笑みを浮かべている。殴りたい。
「それにしてもよぉ、寂しくなったな」
浮ついた笑みを浮かべる恭平に一言文句を言おうと思った所で、どこか寂しそうにつぶやいたので俺は開きかけた口を閉じ表情も変えた。
「大輔は女の所だし、哲也も来ないし、岡倉の奴も龍ヶ崎とイチャイチャだし、結局俺と英雄だけか」
恭平の言う通り、今日の昼休みは俺とこいつの二人きりだ。
大輔は彼女さんと、岡倉の奴は龍ヶ崎と昼飯を食べている。哲也は本日沙希と昼食とりながら話があるとかでこれなくて、余り物の俺達が残ったわけだ。
「時の流れだな」
「まったくだ」
この後、どこかしんみりしつつ昼飯を食べた。
放課後、久しぶりの野球部の練習だ。
と言っても練習の主役は一二年生だ。すでに高校野球は新チームの時代に突入している。そもそも俺達は12校しか参加できない国体に出場するからまだ野球をしているわけで、多くの三年生はすでに野球部を引退し、これからの進路に頭を悩ませている頃だ。
もちろん山田高校も例外ではない。新キャプテンの亮輔のもと選抜甲子園出場に向けて邁進中である。
そうそう、野球部人気にあやかり途中入部希望者が続出したらしい。
ただし佐和ちゃん曰く、光る素材がいなかったから全員入部させなかったらしい。そりゃそうだ。こっちは甲子園目指して頑張ってるんだ。この時期に素人を入部させても指導に手間取るだけだろう。
新生山田高校は、秋のブロック予選を現在進行中だ。ブロック予選3試合のうち、すでに2試合がおこなわれ共に勝利を収めている。今週の土曜日にも試合が行われる。
新エースはなんと松見。どうやら亮輔は自分からエースナンバーを辞退したらしい。確かに松見の成長は著しいし、亮輔はリリーフ経験が豊富だ。亮輔が後ろにいたほうが松見も投げやすいだろう。
恭平の抜けた一番には耕平君が任された。といっても去年までは耕平君が一番だったわけだし、元に戻ったといった所か。二番はショートにコンバートした片井。共に脚力が売りに俊足コンビだ。恭平、耕平君のコンビに引けを取らない火力を誇るだろう。
さらに三番バッターはサードにコンバートした西岡。四番バッターは甲子園でもホームランを放った秀平。この三番四番コンビが結構強力という話だ。
五番からは石村、里田、松見、永島、内谷と一年生が連なる。松見までは多少は打てるが、八番九番には期待はできないだろう。
いざ選手を見てみると、酷い状態だ。夏の優勝は三年生の俺達のおかげと言っても過言ではなかっただろう。
それでもここまで2連勝なのは、さすが佐和ちゃんと言わざるを得ない。
さてそんな野球部だが、甲子園優勝を皮切りに人気が絶賛爆発中だ。
それはもう生徒や近隣住民だけではない。
練習中、夏の大会前では想像がつかないほどのスカウトが、俺らを見に来ている。もちろん狙いは俺と大輔がメインだ。
特に大輔は、四打席連続本塁打と、大会本塁打記録更新をした化け物なので、スカウトから熱い視線を受けている。アジア大会で木製バットでも打てることを証明したしな。
だからと言って、俺を見に来るスカウトの数が少ないわけではない。
左の150キロ越えは、やはりスカウトから見たら有望な逸材ではなかろうか?
ここ十年ぐらいだけ見ても、150キロを越したサウスポーはわずか3人程度。これだけでも左の速球派は珍しいはずだ。
なおかつ、俺には高速スライダーやフォーク、チェンジアップと、実戦で使える球がたくさんある。
特に俺は奪三振率がとても高い。郁栄学院戦では一試合の奪三振記録を更新したわけだからな。なにより甲子園でノーヒットノーランと完全試合。
正直大輔に負けず劣らずの記録だ。お互いプロ野球のスカウトの視線が熱い。
もちろん俺と大輔だけじゃない。
龍ヶ崎は強肩強打の外野手。バッティングはプロで通用するかは分からないが、少なくともあの強肩はプロでも十分通用するだろう。
恭平もそうだ。あの超積極打法は良い意味でスカウトから注目を集めた。常に初球打ちでもしっかりと結果を残してくるバッティング技術、そして身体能力の高さは無限の可能性を秘めている。
誉もなんだかんだ注目されている。バッティング結果はいまいちだが守備技術の高さは夏の甲子園屈指の腕前だ。いやセカンドの守備なら今年の甲子園で右に出る者はいないだろう。それぐらいの守備の上手さだ。
この三人は俺と大輔に次いでプロから注目されているだろう。
一方で哲也と中村っち、鉄平はプロからの指名は厳しいだろうな。
俺達三年生は一二年生よりも早く練習を切り上げる。
あくまでもメインは一二年生だ。俺達三年生は国体に向けて軽い調整をしていくだけだ。
「国体ってどこが出場するんだっけ?」
三年生しかいない部室では国体での話題となっていた。
「うちと隆誠大平安、横浜翔星、帝光大三、弁天学園紀州、承徳、海藤大浦安、由布商業、郁栄学院、浜野、北九州短大付属、肥後学院、あとは開催県である山口の柳田学園だね」
哲也が出場校を口にする。
当然のことながら出場校はどれも全国クラスだな。と言ってもどの学校も三年生主体で挑むだろう。この大会はあくまで夏の甲子園の延長戦に過ぎない。
どの学校もすでに意識は春の選抜、来年の夏の甲子園に向いているのだからな。
「まぁやるからには優勝しかねぇな」
「そりゃそうだ。優勝しかないだろう」
中村っちの言葉に龍ヶ崎はさも当然といわんばかりにうなずいた。
「それよりももうすぐで体育祭だな」
「そうだな」
話題は切り替わり体育祭。
今月の下旬におこなわれる体育祭は俺達三年生にとって高校生最後の体育祭となる。そしてプロ志望の俺にとっては学生最後となるわけだ。
今週から本格的に体育祭の準備が始まる。放課後には体育祭優勝に向けて練習するクラスも現れるだろう。
「なにやる? 棒倒し?」
「あれはまずいだろう」
残り少ない学生生活、残り少ない学校行事。楽しめるなら楽しまないとな。




