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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
2章 天才、七転八起する
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26話 VS荒城館

 9月12日、日曜日。

 荒城館と我が山田高校の試合は、八回の裏、荒城館の攻撃。

 現状スコアは6対4でこちらが2点リードしていた。


 さっさと言っておこう。俺が4失点した。

 別に油断はしてなかったが、初回に三者連続ヒットの後、四番にホームランをぶち込まれた。

 打ったバッターはどいつもこいつも徹底して変化球狙いだった。甘く入った変化球を狙われたのだ。

 ことストレートに関しては自信のある俺だが、カットボールやチェンジアップの変化球となると、つい甘いコースに入ってしまう事がある。


 こればかりはすぐさま修正が効くものでもない。

 打たれた後からはストレート中心に配球にはしたが、それでもちょくちょくヒットを打たれた。ここまで幾度と無くピンチを招いてしまっているが、後続をピシッとシャットアウトして現在に至る。


 打線に関して当たってる。初回にツーアウトから龍ヶ崎、大輔の連続ヒットの後に、俺のライトへのホームランで3点返すと、三回には二番恭平のヒットから、龍ヶ崎、大輔、俺と四連打で2点奪い逆転。さらに六番亮輔のスクイズ成功で、2点にリードを広げたわけだ。



 現在八回の裏、ワンアウト一三塁のピンチを俺は招いてしまった。

 先頭バッターに甘く入ったカットボールを打たれ、レフト前ヒットにされてしまい、続くバッターはサードフライ。その次のバッターにライト前ヒットを打たれ、一塁ランナーは三塁まで進んだ。

 と言う事で、こんなピンチを招いたわけだが……。


 「おっしゃあ! 楽しんでこう!」

 一度振り返り、ナインに叫ぶ。そう、かなり楽しい。

 別にマゾヒストだからと言うわけではない。俺は極度のピンチフェチなんだ。


 中学の頃も練習試合とかで、わざとフォアボールでピンチを招いたりしていた。

 とにかく、打たれるか抑えるかと言う勝負で、堪らなく興奮する。もうこれ恭平とあんま変わんない変態だな俺。

 それでもピンチという場面は本当楽しい。抑えるか打たれるかという紙一重の場面、相手バッターにも感情が現れ、お互いの感情がしのぎを削りあう。

 たった一度のミスで打たれる。それがよりゾクゾクと興奮させた。

 まるで足を踏み外したら真っ逆さまとなりそうなつり橋を渡っているような恐怖と興奮。そしてそれを抑えた時の喜び。



 哲也の初球のサインは、アウトコース低めにカットボール。

 このバッターは前の打席でアウトコース低めへのストレートをセンターに弾いている。

 そのイメージがあるなら、ストレートと同じ腕の振りで小さな変化のカットボールで詰まらせてしまおうと言う作戦だ。


 俺はうなずき、一塁ランナーを一度目で牽制し、クイックモーションで投げた。

 案の定バッターは打ちに来る。しかしボールは、微妙に曲がるカットボール。

 投じられたカットボールは甘いコースには向かわず、しっかりと狙い通りのコースへと向かった。ピンチになり集中力が増したおかげだろうか。

 バットから快音を響かせるも、打球は俺の正面。冷静に捕球し、素早いフィールディングで二塁へと送球。まずはアウト1つ。

 続いて、二塁ベースに入っていた恭平が、素早い動きでファーストへ。

 ファーストミットにボールが入ったと同時に、ランナーも一塁ベースを踏む。

 ギリギリの判定……一塁審判は少し間を取り、


 「アウトォ!」

 ここぞとばかりに声を張り上げ、右手を高々とあげて宣言する。


 「しゃあぁぁ!!」

 打つか抑えるかの勝負に勝てた事への快感と喜びで、思わずガッツポーズをして叫ぶ。

 やばい、ピンチが楽しい。なんて思っちゃ駄目だけど思ってしまう。



 試合は九回に、哲也が奇跡的にツーベースヒットを放ち、ベンチがどよめいた。

 八番誉のファーストゴロで哲也は三塁へ、九番須田の三振後、耕平君のセンター前に抜けるヒットで7点目を挙げ、これが勝負を決める一打となった。

 その裏、俺は最後までランナーを出しながらも、追加点は許さず、試合は7対4で勝利した。


 そして予選3連勝で、俺たちは県大会出場を果たした。

 やべぇな! 俺達ぱねぇ! もう向かうとこ敵無しってレベルじゃねぇか!

 二位は兼光学園に5対0で勝利し、2勝1敗となった丸野港南になった。


 「凄いなお前ら! まさか強豪校に3連勝とはなぁ~」

 他人事のように感心する佐和ちゃんだが、なんだかんだ言って、一ヵ月程度で強豪相手と試合ができるだけのチームを作り上げたのはこの人だ。

 もちろん指導のみならず、試合中だって相手の意表を突く采配などをする等、監督としての手腕を存分に発揮している。

 と言っても言う事を聞かない恭平(アホ)龍ヶ崎(バカ)が居るけどな。


 「まぁ丸野港南は、夏の主力選手がエースの阿部と四番の中島だけだったし、兼光学園と荒城館に至っては、夏はレギュラー全員が三年生だったからな。見ていてもまだまだ攻撃は稚拙だったし、守備もツギハギだった。勝てるかは分からなかったが、勝つ可能性は高い相手だった」

 手放しで褒めた佐和ちゃんだが、すぐに釘を刺すように言葉を続ける。


 「県大会に行けば二年生主体で夏を乗り切ったチームとかも相手にするだろうし、斎京学館や酒敷商業クラスになると、新チーム始動が遅くなっても、しっかりと秋の大会に合わせてチームを作り上げてくるからな。この程度で油断はするなよー」

 佐和ちゃんは陽気な調子で言う。

 確かに、今までの3チームは三年生主体で夏の県大会の結果を残していた。

 なので、勝ったからと言って大喜びは出来ない。本当の勝負は、二年生主体で夏を乗り切ったチームとの試合にある。

 いうなればエースと四番を残した斎京学館とか、レギュラーの大半が二年生だった理大付属なんかがそうだろう。


 「とりあえず英雄は、変化球が甘いコースに行きやすいのを直さねぇとな」

 最後に佐和ちゃんは、悪魔のような笑みを浮かべて言った。

 やはり佐和ちゃんには気付かれていたか。何にも言われなかったので、気付いていないと思ったんだが……。


 まぁ県大会は26日からだし、それまでには直せればいいか。

 しばらくはゆっくりできそうだ。



 県大会にも出場を決めて、幾分の暇がある中で、俺達のクラスでは修学旅行に向けての準備が始まった。

 10月10日から二泊三日、沖縄へ向かう予定。

 美ら海水族館や首里城など、沖縄の観光名所を巡るスケジュールとなっている。


 「それでは5人ひと組に分かれて班を決めてください」

 修学旅行実行委員がそう告げた瞬間、俺はスバッと動き出す。


 「哲也、誉ぇ! 行くぞ!」

 「あ、うん」「お、おう」

 まず二人を確保。あと二人か。


 「あ! 佐倉君!」

 須田が声をかけてくるが無視だ。


 「前田、高山! 行くぞぉ!」

 「おう?」「あ、あぁ」

 よし! これで5人決まりだ。

 前田は野球部の助っ人にも選ばれているテニス部のキャプテン。高山は帰宅部員。どちらもクラスでは仲が良い部類に入る。


 「おや、そういえば須田。さっき俺のこと呼んだか?」

 額の汗を腕でぬぐうふりをしつつ、爽やかな笑顔を浮かべながら須田を見る。

 須田は悲しそうな表情を浮かべて俺を見ている。


 「英雄君……ヒドい……」

 ボソリと呟く須田。だからお前とは組みたくなかったんだよ。

 こいつと同じ班になったら、なにをされるか分からん。


 続いて部屋分け、部屋は4人1組になるので、班とは別に決めるらしい。

 こちらも須田がなんか言ってくる前に哲也、誉と前田の三人で組む。

 これだけは言える。部屋は絶対に須田から離れた方が良い。


 こらこら須田、そんな寂しそうな顔で俺を見続けるんじゃない。怖い、怖いから!



 高校最大のイベント修学旅行について、徐々に生徒たちの興奮も高まっている。

 特に海水浴という言葉が男子の興奮を高めているようだ。


 「哲也、沙希の水着見れるぞ」

 「な、なんだよ英雄。急にそんな事言って」

 顔を真っ赤にする哲也。ふふ、こいつ本当わかりやすいな。


 「照れるな照れるな。女子の水着は男のロマンだぞ?」

 「なに恭平みたいなこと言ってるんだよ」

 呆れている哲也。

 いや、でも男のロマンじゃないか。


 「そういや海水浴ってさ、クラス関係ないの?」

 ここで誉が話しかけてくる。


 「知らね。でもクラス関係ないんじゃね」

 「じゃあ鵡川の水着楽しみだ!」

 誉は相変わらず鵡川の事が好きみたいだ。


 「まぁまずは県大会だな。誉もいい加減ヒット打てよ」

 「ははは、俺助っ人だしな。それじゃあ!」

 ここまでノーヒットの誉に言うと、彼は逃げるように笑って別のグループへと向かった。



 まぁ修学旅行も楽しみだが、まずは県大会に集中しよう。

 県大会三位までが次の地方大会に出場できる。この地方大会の結果がセンバツ出場の選定基準とされている。

 センバツ甲子園に出場するためには、まずは県大会を勝ち上がらないといけない。

 修学旅行というイベントも楽しみにしつつも、気を抜かず油断せず、県大会に挑もう。

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