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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
268/324

267話

 8月最終日、今日はアジア大会準決勝だ。

 会場は今日から神奈川県の県庁所在地、横浜にあるスタジアムで試合する事となる。

 プロ野球チームの本拠地にもなっているだけあり、球場の設備はしっかりとしている。グラウンドの土も外野の芝生も綺麗だし、青を基調としたスタンドも見ていて綺麗だ。

 甲子園球場とはまた違った趣で試合が楽しめそうだ。


 相手はフィリピン。別ブロックの予選では、韓国には大差で敗れたが、他の2チーム香港とパキスタン相手には僅差で勝利し、2勝1敗で決勝トーナメントへとやってきた。

 正直、俺達の敵にはならないだろう。それでも決勝トーナメントにやってきた相手だ。油断すれば足をすくわれる。出場する皆々さまには頑張ってもらいたいところだ。



 試合は二回に大輔のフォアボールの後、連打で2点を先制し、現在三回の裏の日本の攻撃。

 ノーアウト一二塁で打席に入るのは三番の園田。

 勝負は初球で決まった。

 木製バットの快音が球場にこだまする。

 日本の応援に駆け付けていた観客から歓声が起きた。


 左中間へと飛んでいく打球は角度も勢いも十分。誰もがホームランと確信する一発を放った園田も確かな手ごたえを感じているのか、ゆっくりと走り出した。

 打球はまもなくレフトスタンドへと飛び込みスタンドからは拍手が起きる。フィリピンの先発ピッチャーはがっくりとうなだれている。


 「神田、調子はどうだ?」

 「問題ない」

 神田の状態も悪くないようだ。これはもう勝負ついたな。この神田の様子じゃピッチングが崩れる心配もないだろう。とりあえず決勝戦には無事進出できるだろう。

 

 「監督、ブルペンの方で軽く調整してきていいですか?」

 「あぁ構わん」

 さらに監督に一言声をかける。

 今日の試合俺に登板予定はない。だが明日の試合に向けて軽く投げ込みをしておこう。



 室内ブルペン場へと向かう。ブルペンでは越阪部が望月にボールを投げ込み、隣のマウンドでは畑中が石田にボールを投げ込んでいる。


 「おっ佐倉か。試合どうだ?」

 額に汗をほんのりとにじませた越阪部が爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら聞いてきた。 


 「園田のスリーランホームランで5点差だ」

 「おぉ! さすが園田! これは今日も楽に投げれそうだ」

 嬉しそうに笑う越阪部。彼は六回から登板予定、畑中のほうも登板予定で、いつでも投げれるよう準備をしている。

 

 「うおぉ、今日も勝てそうだな」

 「勝てそうじゃなくて勝てるんだよ。そうじゃなきゃ困る」

 明日の試合、俺が登板予定だからな。

 三位決定戦で登板するより、優勝決定戦で登板したほうが気合いの入り方が違うからな。



 日本は五回にも中村のホームランなどで4点をあげた。

 神田は五回で降板、六回からは越阪部がマウンドに上がる。越阪部の次は畑中。

 先ほどまでブルペンにいた二人が引っ込み、ブルペンでは神田がダウンがてら望月にボールを投げ込んでいる。


 「なぁ佐倉」

 「なんだ?」

 ブルペンで七割ほどの力でボールを投げ込んでいた神田が俺に話しかけてきた。


 「世界大会のほうに出たかったな」

 そうして神田が残念そうに口にした。

 その言葉に「まったくだ」と同意する。


 「アメリカやキューバと試合したかったよ」

 「まったくだ」

 野球の本場はあくまで北アメリカ大陸、南アメリカ大陸周辺だ。

 アメリカ、キューバ、メキシコ、カナダ、ベネズエラ、パナマ、ドミニカ、プエルトリコ。

 決してアジアの国々が弱いわけではないが、強い所と弱い所の差が激しすぎる。常に紙一重、息をのむ試合をしたかったものだ。


 「なんにせよ、これも明日で終了だ。せっかくここまで来たんだし、勝とうぜ佐倉」

 そういって神田は俺を見てきた。にやりと笑う彼の笑顔。なんだか神田の笑顔は初めて見た気がする。俺達馬鹿どもの談笑にも参加してこなかったし、いつも堅い表情していたからだろう。


 「任せろ」

 だからと言って驚くこともない。俺も不敵に笑って返答する。

 世界の強豪と熱戦を繰り広げる事もできなかったし、正直このアジア大会も試合を楽しめた気はしないが、それでもこうして今まで敵だった奴の素の姿を見られただけでも参加した価値あったのかもしれないな。


 試合はこの後、六回の裏にも4点をあげた日本代表、七回の表にマウンドに上がった畑中が三者凡退に終わらせて試合終了。

 13対0の七回コールド勝ちで俺達は決勝戦へと進むこととなった。

 決勝の相手は韓国。準決勝で台湾を3対1で下している。



 9月1日、今日から山田高校では二学期が始まる。

 そんな中、日本代表に選ばれ横浜に来ている俺と大輔は始業式に参加できるはずもなく、今日も今日とてアジア一を目指して試合をおこなう。


 決勝戦の相手は韓国。満を持してマウンドに上がるのは俺だ。

 今大会全勝で勝ち上がった我がチーム。最後の試合は俺と望月のバッテリーをで締める事となる。一番センター門馬、二番セカンド榎木、三番ファースト園田、四番レフト大輔、五番サード吉井、六番指名打者中村、七番ショート西川、八番キャッチャー望月、九番ライト本庄。この大会では決まったオーダーだ。今日もこのオーダーで挑むこととなる。


 対する韓国もここまで全勝で勝ち上がってきている。今日の先発ピッチャーは背番号1番をつけるイ・ギョング。やはりエースピッチャー投入か。

 今大会は予選ラウンドで二試合先発し、共に勝ち星をあげている。悪くないピッチャーだろう。

 日本と韓国といえばスポーツにおいても古くから因縁深い相手でもある。特に野球はアジア最強を決めるにあたって常に日本の壁になりうる国だ。もちろん相手にとって同じ。

 そんな相手とアジア一番を決めるわけだ。中々に気合いが入る試合だ。



 さて試合が始まった。一番バッターの門馬が打席へと入る。

 今日で夏休みも明けた事もあってか、今日のスタジアムの観客は心なしか少なく感じる。それでもこれまで通り、俺達日本の選手へと声援を送ってくれている。

 ホームゲームのこの試合、負けるわけにはいかないな。


 一方でマウンド上のピッチャーはこの状態でも動じる事はない。

 右のサイドハンドから投じられるボールは130キロ後半のボールだが、丁寧に内外を投げ分けており門馬もどこか打ちづらそうだ。

 結果、門馬はセカンドゴロ、二番榎木はサードフライ、三番園田はレフトフライに倒れた。 

 相手の先発も悪くない状態らしい。良いね、せっかくの決勝だ。こうじゃなきゃつまらない。

 ベンチを飛び出し、マウンドへと走り出す。その過程だ体のギアが一つ上の目盛りに動いた気がした。



 アジアの一番を決める今日のマウンド。緊張はない。むしろいつも以上にリラックスできている。

 投じるボールの状態も悪くない。初戦しか登板していないから体は嫌なぐらいに軽い。

 なんだろう。打たれる気がまったく起きない。


 投球練習も終わり、韓国代表のバッターが打席へと入った。

 体のギアを一つ、また一つとあげていく。イメージは自転車のギアをあげていく感じ。一つギアが上がっていくたびに意識を研ぎ澄ましていく。

 勝てるかどうかは分からない。だが俺が完璧なピッチングを続ければ負ける事はない……!


 一人目、三振。

 二人目、三振。

 三人目、三振。


 最後のバッターも三振に終わり、スタンドからは拍手と歓声が起きた。

 打席で悔しそうに天を仰ぐバッター。それを横目に俺はマウンドを駆け降りた。

 ギアを下げるように体の力を抜いた。


 「ナイスピッチング佐倉!」

 ベンチに戻ると選手たちが俺を誉めたてる。

 その言葉に笑みを浮かべつつも、打席へと向かう大輔へと声援を送る。

 初回を投げてみて、今日の調子は良い事が分かった。この状態なら打たれる事はそうそうないだろう。あとは打線がいつも通り繋がって得点を重ねてくれる事を期待するしかない。



 だが、俺の期待とは裏腹に今日の打線は湿っていた。

 というより、相手のエースピッチャーが一枚上手だったというべきだろうか。マウンドのイ・ギョングはコーナーに集めるピッチングに加え、小さく変化するボールでこちらの打線を打たせてアウトを重ねていく。

 ヒットも出るし、チャンスも作っているのだが、そのたびに相手に抑えられ得点までつながらない。気づけば六回まで無得点。

 大輔も調子が悪いのか、一打席目はサードゴロに倒れ、二打席目はレフトフライとヒットが出ない。

 そうして七回の表の三打席目もショートゴロに倒れた。


 「三村、不調だな」

 ベンチに戻ってきた大輔に園田が声をかける。

 だが大輔は表情一つ変えず「そうだな」と答える。


 「まぁ毎日試合してればこういう日もあるだろう。園田、俺の代わりに頼む」

 「お、おぉ」

 三打席続けてノーヒットだというのに大輔はまったく気にしていないし、焦りや動揺もない。むしろ声をかけた園田のほうが大輔の様子を見て動揺している。

 大輔は相変わらずの図太い神経をしているようだ。


 「英雄、今日は調子いいな」

 そうして大輔は俺へと近づいてきた。


 「今日はじゃなくて今日もだよ大輔」

 「そうだったな。すまん」

 そういって笑う大輔。先日、どこかつまらなさそうにしていたから少しだけ心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。一過性のものだったのだろうか。


 「今日で大会も終わりだな」

 「そうだな」

 「早く里奈に会いたいものだ」

 流れるようにのろけんじゃねぇよ大輔。お前さ、そういう事言って俺の調子に影響出たらどうするわけ? いや、これぐらいでピッチングに影響出るはずないけども。


 「……なんだか早く帰りたい」

 「里奈ちゃんに会いたいからだろう」

 「それもあるけど……そうだなぁ」

 そういって黙る大輔。思わず彼の方へと視線を向けた。神妙な面持ちでグラウンドを見つめる大輔。首をかしげる。どうしたんだろうか?

 この前の一件もあるし、やっぱり心配だな。


 「これが終わったら次は国体か」

 「そうなるな」

 国民体育大会、それが俺達3年生にとって高校野球最後の大会だ。

 およそ一か月後、山口でおこなわれる。

 最後の大会。そう考えると今から物悲しくなってくる。


 「体育祭に文化祭。まだまだ楽しい事がいっぱいだな」

 「そうだな」

 学生最後の体育祭、学生最後の文化祭。野球だけじゃない。俺達の高校生活も刻一刻と終わりに近づいているんだ。

 ……やばいな。なんだか本当に悲しくなってくる。


 「なんにせよ、まずは今日の試合だ。大輔いい加減点を頼むぞ」

 「得点が入るか入らないかはチームプレーだ。俺一人じゃ何とも言えないところだ」

 パカスカとホームラン打って奴が何を言うか。

 こういう所も相変わらずだな大輔は。



 試合が動いたのは七回からだった。

 この回先頭の門馬がヒット、続く二番榎木がボールを選んでフォアボール、三番園田の打席ではストライク一つ入らずフォアボール。

 ここまで丁寧なピッチングを続けてきた相手エースのイ・ギョングだが、ここにきてボールがわずかに乱れだした。

 ノーアウト満塁。打席に入るのは今日3打数ノーヒットの大輔。

 勝負は初球で決まった。

 甘く入ったストレート。それを大輔が上手く打ち返したのだ。打ち抜かれた打球は目にもとまらぬ速さで一二塁間を破りライト前へと転がっていく。

 三塁ランナー門馬が悠々とホームインし、二塁ランナー榎木も快足を飛ばしてホームまで帰った。

 大輔の2点先制タイムリー。さっき打てるか分からないと言っていたのに簡単に打ってきたな。


 主砲の先制タイムリーで、やっとこそ湿っていた打線に火が付いた。

 続く五番吉井の走者一掃のタイムリーツーベースヒットで2点をあげると、ワンアウトから七番西川がヒットを放ってさらに1点。

 八回にも四番大輔から続く連打で2点をあげた。



 打線が得点を重ねてくれたおかげで、俺も投手戦と化していた序盤中盤よりも投げやすくなった。

 八回の裏、まず先頭の五番バッターを三振に打ち取る。

 ここまでヒットは1本のみ。九番バッターの打ち損じた当たりが不運にも守備と守備の間に落ちたのみだ。それ以外は一個のフォアボールしか出していない。


 六番バッターが打席に入る。すでにスコアは7対0とこちらが大幅リードしている。バッターもどこか打つ気を無くしているようだ。

 そりゃここまでヒット1本に抑え込まれていたピッチャーから、残り2イニングで最低7点取らないといけないと考えたら打つ気も無くすだろうよ。

 体に疲れはあるが、まだまだ全然いける。これぐらいの疲労なら15回投げるだけの余裕はある。

 そうしてこの回も三者三振に打ち取ってマウンドを下りた。



 九回の表、日本代表は先頭バッターの望月のヒットから攻撃が始まる。

 続く九番本庄がフォアボール。ノーアウト一塁二塁となったが、この後一番門馬、二番榎木と凡退に倒れた。

 それでも三番園田が粘りフォアボールを選ぶと打席には四番大輔。


 またも満塁で大輔だ。マウンドには三番手ピッチャーが上がっている。心なしか相手ピッチャーの表情が曇っているように見える。

 大輔は特に緊張している様子はない。いつも通りに構えている。そしていつも通りに決めてきた。


 カウントワンボールワンストライクからの三球目、球場に木製バットの快音が轟いた。

 観客からは驚嘆の声が漏れた後、それはすぐさま歓声へと変わる。

 打ち抜かれた打球は軽々とレフトスタンドに飛び込んだ。ホームラン、この一年間で大輔の打席で何度も見た景色だがいつ見ても目を奪われてしまう。

 三塁ランナー望月、二塁ランナー本庄、一塁ランナー園田とホームに帰り、最後はバッターランナー大輔がホームベースを踏みしめた。

 11点目。ゲームはこれで決まったも同然だ。


 「佐倉、最終回も頼むぞ」

 「もちろんです監督」

 さぁアジア大会を締めにいきますか。



 最終回のマウンド。正直甲子園決勝の時のような興奮はなかった。

 もっと厳しい戦いになるだろうと予想していたが、振り返ってみれば全試合二桁得点勝ちだった。きっと俺達が強すぎたのだろう。

 強すぎるのも考え物だなこれは。


 一人目をサードフライに打ち取る。

 また一歩優勝に近づいたがそういう感慨はない。

 さっさとゲームを終わらせてしまおう。大輔とあんな話をしたせいだろうか、俺も早く地元に帰りたくなっていた。

 哲也は元気にしているだろうか? 恭平の奴は相変わらずだろうか、俺のいない間に千春に手を出していないだろうか。鵡川の奴も元気にしているだろうか? 沙希は…立ち直っているのかな…。

 まぁそこらへんは帰ってから考えますか。


 二人目を三振に打ち取る。

 ボールに乱れはない。さて最後のバッターも終わらせるか。



 ツーアウト、最後のバッターも三振に打ち取ったところで、選手たちがマウンドへと集まってきた。

 アジア大会優勝を大いに喜んでいたのは榎木。誰もより嬉しそうに雄叫びをあげている。次いで望月か。園田や西川はどこか落ち着いたようにだけど笑顔を浮かべている。

 もちろん冷静に選手たちの様子を見ている俺だって笑みの一つは浮かべていた。

 だけど、やっぱり甲子園優勝の時のような興奮はなかった。


 決勝戦も11対0と大差での勝利。

 勝てればいいのだが、もっとこう勝つか負けるか分からないような接戦で投げたかったなという欲はある。まぁそこらへんは国体のほうで期待しますか。


 こうしてなんだか不完全燃焼のような状態のままアジア大会は閉幕するのだった。

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