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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
267/324

266話

 予選ラウンド最終戦、台湾との一戦。

 台湾もここまで全勝しており、この試合の勝者が予選一位となる大事な一戦だ。

 そんな大事な試合は、先攻台湾、後攻日本で始まった。


 一回の表、マウンドに上がった楠木。

 球場は今日も多くの野球ファンがかけつけ、ホーム球場での試合のような空気に包まれている。

 その中でも楠木のピッチングは淡々としていて、あの夏を思い出した。


 あの夏の決勝戦で楠木という男がどれほどまで完成されているかは嫌でも思い知らされた。あいつはどこで投げようとピッチングにずれが生じる事はない。

 機械のように淡々と投げ込んでいく。ヒットを打たれようと失点をしようとピッチングに影響はないんだ。

 マウンドの楠木はすでにピッチャーとしてのスイッチが入っているらしい。昨夜まで見せていた穏やかな笑顔はそこにはない。感情がない機械のように無表情で投球練習をしている。



 そして投球練習も終わり、台湾のバッターが打席へと入る。

 スタンドからは楠木への声援が聞こえた。スタンドから、ベンチから期待される中で、楠木は期待通りのピッチングをしてみせた。


 一番バッターをまず空振り三振。続く二番バッターを見逃し三振。

 空振りを奪っていくたびに、ストライクを重ねるたびに、相手バッターを三振に打ち取るたびに、スタンドが熱を帯びていくのを感じる。

 球場の空気感すらも掌握するピッチング。一球投じるごとに相手チームの意欲を削ぎ、アウトを重ねるたびに自チームの士気を高める。楠木はエースピッチャーとしての資質を持ち合わせている。

 神田も高校生離れした技術を持ったピッチャーだが、まだ楠木の域には到達していない。俺も到達しているのかといわれると怪しい。夏の決勝戦はなんとかなったが、楠木のように毎回のようにあのピッチングを出来るかといわれたら怪しい。

 結局のところ俺も神田も、楠木という男に勝てないのかもしれない。


 まったく、なんであんなのと同じ世代で生まれてしまったのか。あれがいるせいで中途半端な結果では一位にはなれない。

 あいつとはプロ野球選手になった後も、良きライバルとして、最大の壁として、野球を辞めるその時まで立ちはだかりそうな予感がする。俺はとんでもない奴と同年代になってしまったな。



 三番バッターも三振に打ち取り、初回の守りを三者連続三振で終えた。

 スタンドからは盛大な拍手と歓声が起きた。これじゃあ台湾の選手もやりづらいだろう。

 楠木はガッツポーズをすることなく淡々とした面持ちでマウンドを駆け降りベンチへと走ってきた。

 試合していないときはあんなに穏やかな笑顔を浮かべているのに、いざ試合になると無表情で淡々と投げ続ける。ほんとまぁ、よく俺はあんな怪物に投げ勝ったものだ。



 日本と台湾、アジア三強同士、ここまで全勝同士の戦いは、こちら側が有利のまま進んだ。

 四回に門馬のヒット、盗塁、榎木の送りバント、園田の犠牲フライで先制点を獲得。

 その後も得点を重ね、六回を終わって5対0でリードする展開となった。


 楠木は五回を投げて無失点、先ほどマウンドに上がった二番手の箕輪も相手打線を寄せ付けない。

 箕輪も箕輪も良いピッチャーだ。いや、日本代表に選ばれるからにはそれだけの実力と実績を兼ね揃えている必要があるから当然なのだけども。

 ボールが荒れ気味だから、調子悪いときはストライクは決まらないが、調子がいいときはバッターにコースを予測させないピッチングをしてみせる。

 今日もフォアボールこそ出したが後続をしっかりと抑えているし、調子はまずまずといったところか。

 この箕輪も2イニングを投げて無失点と好投を演じてマウンドを下りた。

 次の回からは畑中がマウンドに上がるし、この様子だと今日の試合も俺は登板する事がなさそうだ。台湾の選手に投げられるのではと期待していたからちょっと残念だ。この悶々としたピッチング欲は、おそらく別組から勝ち上がってくるであろう韓国相手にぶつけるとしよう。



 七回の裏、先頭の九番本庄が早速ヒットで出塁した。

 走攻守三拍子兼ね揃えた選手として注目を浴びているが、同じく走攻守三拍子を揃えている門馬には勝てないだろう。それでもその技術は同学年トップクラスなのは間違いない。十分プロ入りも望める実力者だ。


 続く一番門馬はボールを選んでフォアボール。次の二番榎木がセカンドフライに倒れるも、ワンアウト一二塁でクリーンナップに回るチャンスを迎えた。

 5点リードはしているが、得点は取れるだけとっておいたほうがいい。野球は何が起きるか分からないしな。


 台湾はすでに三番手ピッチャーがマウンドに上がっている。

 右のサイドハンド。球速は大して速くないが、大きく横滑りするスライダーは目を見張るものがある。

 打席に入るのは三番園田。今大会俺が唯一怖いと思ったバッターだ。今でも園田を見ると、あの日の敗北感を思い出して悔しさではらわたが煮えくり返る。


 この園田は初球から打ちに行った。

 木製バットの音が球場にこだまし、スタンドからは歓声が起きた。打ちあがった打球は勢いよく高度を上げていくも、最後はレフトポール左へと大きく逸れながらスタンドの外に消えていった。自然とスタンドからは残念そうに落胆する声が聞こえてきた。

 一方の俺は安堵の息。別に園田と今は敵対関係ではないのだが、あいつのスイングを見るとどうしても体が強張ってしまう。これはもう一種のトラウマなのかもしれないな。我ながら恥ずかしい。

 場外に消える特大ファール、この一発で相手ピッチャーのペースが崩れたのか、この後一球もストライクが決まらずフォアボールとなった。

 四つ目のボールを宣告されたとき、マウンド上のピッチャーが露骨に嫌な顔をしていた。そりゃそうだ。次のバッターは今歩かせたバッター以上の化け物だからな。


 ワンアウト満塁。この大チャンスで打席に入るのは、我らが日本の四番大輔だ。

 前2試合は9打数8安打でうち4本がホームランという、マジで大輔は人間じゃないのではないかと疑うぐらいの奇々怪々な結果を残している。

 確かに前2試合の相手はこれまで戦ってきた好投手と比べると攻略は容易なピッチャーではあったが、それでもこの打撃成績は以上だ。しかもバットは金属から木製になっている。

 ただ大輔曰く「金属バットより木製バットの方がグリップが手とがっしりはまって振り心地が良い。金属バットよりもコントロールしやすい」との事。ほんまもんのバケモンかあいつは。

 今日もツーベースヒットを1本放っており、この打席でも期待がかかる。

 日本代表の選手たちが注目する中で、大輔は落ち着いた様子でバットを構えた。


 一、二、三とボールを続けて見送ってからの四球目。

 マウンド上で大きく肩を上下に揺らすピッチャーとまったく焦りのない様子の大輔。

 相手ピッチャーが選んだのは外へと逃げていく横滑りするスライダー。大輔はそれを打ち抜いた。


 打ち抜かれた打球はライト方向へと一直線へと飛んでいく。そうして相手に有無を言わせる間を置くことなくスタンドに軽々と飛び込んだ。


 「おいおいおい」

 あまりの強烈な打球に、スタンドからは歓声よりも驚きの声のほうが大きかった。ベンチも歓声が沸くのに数秒かかった。

 流し方向にあんな強烈な打球を放つのか。逆方向に引っ張るバッティングとはあのことを言うのだろうか。大輔の野郎、まだまだ成長しているな。

 マウンド上のピッチャーを見る。呆れ笑いを浮かべていた。そりゃそうだ。決め球であんな打球を打たれたらもうお手上げだろう。俺だってきっとあんな顔をするはずだ。

 ベンチへと戻ってきた大輔に選手たちが次々と祝福していく。もちろん俺も大輔に声をかけた。


 「ナイスバッティング大輔。相変わらずとんでもないバッティングだな」

 「ありがとう」

 そういって笑う大輔。だがどこか嬉しくなさそうだ。

 今の一撃は納得がいかなかったのだろうか? いや、今大会中の大輔はどこか楽しくなさそうというか、夏の大会の頃に比べて笑顔が少ない気がする。


 「嬉しくなさそうだな」

 気になったので一言言っておく。

 大輔はこの一言を聞いて苦笑いを浮かべた。


 「なぁ英雄。台湾ってアジアの中じゃ強いんだろう?」

 「え? あぁそうだな。強いよ」

 「そうか」

 そういってグラウンドへと視線を向ける大輔。

 どこか悲しそうな目をしている。


 「なんだか天井を見た気がするよ」

 残念そうに大輔は呟くと、守備の準備を始めた。

 その言葉に俺は唇を固く結んだ。



 八回の表、マウンドを任されたのは畑中。

 これまでの現役高校生が出した甲子園最速記録を軽々と越して、158キロという当分抜かれそうもない記録を打ち立てた同期最速右腕の彼のピッチングにベンチにいる俺達も熱視線を送る。

 スタンドにいる観客も畑中の剛速球にどこか期待しているように見えた。

 そんな中で投じた畑中の一球目。


 球場に鳴り響くミットの乾いた音。

 バッターは反応することが出来ずただただ見送るのみ。センター後方の電光掲示板に設けられた球速表示には158キロと計測結果が出る。

 期待通りの結果だが、いつ見てもあの記録は見ている側も興奮してしまう。ため息をしつつも畑中を見る。あの野郎、今日は最高の状態のようだ。それに加えて夏の甲子園の時とは違い、九回完投するためのペース配分をする必要もない。全力投球を投げ込んでいる。

 続く二球目も157キロ。バッターは打ちに来るが明らかにタイミングが遅い。

 マウンド以外、宿舎とかではどこか弱々しい雰囲気をまとってるくせに、マウンドにいる時だけは堂々としたピッチングをするんだよなあいつ。


 あぁ今日の試合もらったな。



 試合はこの後、八回の裏に日本が1点を入れたところでコールドゲームが成立。

 三強である台湾をサヨナラコールド勝利の10対0で下し、俺達は全勝で決勝トーナメントへと進出を決めた。

 別ブロックからは韓国とフィリピンが上がってきた。

 明日にはもう決勝トーナメント、準決勝だ。明日の相手はフィリピン。先発ピッチャーは神田。

 これに勝てば、明後日決勝戦。韓国と台湾の勝者と戦う事になる。

 とにかくまずは明日。おそらく俺は登板しないだろうが、いつでも投げれるよう準備しておこう。

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