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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
266/324

265話

 「ありえん……」

 ぽつりと呟いた。

 先ほど俺の番だと口にしたが、はい、まだ初回の攻撃が終わってません。

 打席には一番の門馬。まだ一回の裏だというのに今日三打席目だ。

 マウンド上のピッチャーは三番手のサウスポー。先ほどまで歓声をあげていたスタンドもどこか湿っぽくなっている。もちろんベンチにいる選手たちもだ。


 現在14対0で俺達日本代表が圧倒している。

 アジアは韓国と台湾以外は日本の相手にならないとは話には聞いていたが、まさかこれほどまでとはな。

 単純に相手チームの野球のレベルが低い。捕れるボールを捕れないし、アウトにすべきボールをアウトにできない。これなら今年の甲子園の出場チームの方がレベルが高かった。

 先ほどまでマウンドに上がったいたピッチャーも三者連続でフォアボールをしていたし、全体的にこう日本の相手にもならない。

 正直点差はついているし、これ以上の得点をとってもオーバーキルにしかならないとは分かっているのだが、哀しい事に俺達は手を抜くことができない。

 少なくとも相手チームの選手たちはまだ戦意が喪失していない。マウンドにいるピッチャーもまだ力あるボールを投じている。

 相手にしてみれば、俺達日本ははるかに格上の相手だ。試合前から勝つ気も起きなかっただろう。だけど国を代表してこのグラウンドに立っている。だからこそ最後まで諦められないのだろう。

 無駄なあがきだとは思わない。最後まで頑張るのならば、こちらも最後まで全力で相手するのみだ。

 どんな相手でも全力で叩き潰す。それが全力で挑んできた相手に対する最大限の敬意だ。ここにいる選手たちはそう教えられてきただろう。だからこそ誰も手を抜こうとしない。


 一番門馬がヒットを放った。三塁ランナー、二塁ランナーが生還し16点目。

 乾いた拍手をする選手たち横目に、俺はいつでもマウンドに上がれるよう気持ちの準備をしていた。



 試合は初回から日本が圧倒し続けた。

 二回に12点、三回に4点獲得し、四回の裏も依然打ち続けた。

 相手ピッチャーもフォアボールを連発し、エラーをしてランナー出塁させては勝手に自滅していく。

 大輔はこの回、今日三本目のホームランを放った。グランドスラムは今日二本目。相手ピッチャーでは大輔を抑えられない。

 吉井、中村もホームランを放ち、この回園田のバットからもホームランが飛び出た。そのホームランが最後の一撃となった。



 五回の表、マウンドには俺があがる。

 今大会の五回コールドの規定は20点差。それはすでに済ませているし、この試合はこの回で終わりだろう。

 打席に入るのは四番バッター。悔しそうに表情を歪めているが、顔を歪めた程度で俺のボールを打てたら苦労はしない。

 ここまで俺は誰一人もランナーを出していない。それどころか、相手バッターはまだ一人もボールを前には飛ばしていない。

 現在十二者連続三振中だ。あと三人を三振に切り落とせば、全打者から三振を取ったことになる。

 だからと言って最後まで油断しない。全力のピッチングで最後までやり切るのみだ。



 試合が終わった。

 結果的に俺は十五者連続三振を成し遂げて試合は終了した。

 44対0で五回コールド。日本代表のアジア大会は圧勝から始まった。



 翌日、今日はタイとの一戦だが、相変わらず日本が終始リードした展開で進んでいく。

 初回に大輔のツーランホームランで先制した我らは、二回に連打で6点、三回にも連打と相手のミスが重なり5点と、毎回のように得点を増やしていく。

 昨日先発ピッチャーだった俺はベンチスタート。監督曰く、このまま順調に勝ち続けた場合、俺の次の登板は決勝戦になるらしい。

 今日の先発は神田。昨年の神宮大会優勝左腕であり、今年は春夏通じて甲子園にも出場している好投手。神宮大会の頃は十年に一人の逸材などと高校野球雑誌で評価を受けていた彼だが、ついぞ甲子園優勝には縁がなかったがな。同時代に俺と楠木がいた事が彼の最大の敗因だったのかもしれない。

 確かに俺や楠木に比べるとほんのわずかピッチャーとして劣っている気がする。だがそんなの些末な事だ。99点と98点ぐらいの差に過ぎない。

 ピッチャーとしての性能はほぼ互角、紙一重で楠木や俺が上回っているといった所か。

 彼が勝てなかったのは九分九厘、浜野高校自体が彼頼りの貧打線だったからだ。もう少し打てていたら十分甲子園優勝をはありえただろう。そう思えるぐらいには神田も凄いピッチャーだ。


 その神田も2イニング投げて降板だ。今日もコールド勝ちになりそうな雰囲気があったから速めの継投に切り替えたらしい。

 アジア王者まで5試合。その間に日本代表になった選手は一度くらいは出場しないといけないからな。ピッチャー7人を全員登板させるには、多少強引な継投も仕方ないといった所か。


 二番手ピッチャーとしてマウンドに上がったのは座間味高校のエース与那城。

 夏こそ県大会で敗れたが、春の甲子園では初戦で千葉の成田清々高校から15奪三振の完封勝ちを収めるなどその名を甲子園に轟かせて、選抜ベスト8になっている。

 最大の武器であるカーブは、沖縄繋がりで甲子園を一世風靡した魔球にあやかり、座間味カーブとも呼ばれている。

 その名をもじったカーブとはまったく質は異なるが、大きく深くゆっくりと曲がるカーブは、初見のバッターでは軌道を読めないといわれている程、変化量がえげつないとか。

 この与那城も2イニングを投げて被安打0。


 二投手が継投している間に打線は打ち続け、五回の表を終えて30対0と圧倒的なリードを残す。

 そうして五回の裏、最後のマウンドを任されたのは甲子園ベスト4にもなった東京の日帝大三高校のエース越阪部だ。

 例年なら甲子園ナンバー1と噂されてもおかしくない好投手だった。左腕から放たれるボールは最高球速は140キロとスピードはないが、コーナーにボールを集める制球力は、プロでも即通用するとスカウトからは高評価を得ている。

 何よりイケメンだ。弁天学園の南浦君も相当なイケメンだったが、こっちも負けていない。前に高校野球雑誌で「イケメン球児番付、東の越阪部、西の南浦」というクソしょうもない記事が書かれていたのを思い出した。


 この越阪部が五回の裏をきっちりと抑えてゲームセット。

 30対0で今日も五回コールドだ。

 ここまでは勝てたが問題は明日だ。アジア三強の一つ、台湾との一戦だ。

 先発を任されたのは楠木。昨日は選手権優勝ピッチャーの俺、今日は神宮大会優勝ピッチャーの神田、明日は選抜優勝ピッチャーの楠木というわけだ。

 だが肩書きだけなら楠木は最強だろう。選抜優勝、選手権準優勝のピッチャーなんだからな。

 アジア三強の台湾にぶつけるにはふさわしいピッチャーだろうよ。少し悔しいがな。



 その夜、俺は鵡川とメールのやり取りをしていた。

 相変わらず大部屋は騒がしい。壁際でその様子を遠目で見つつ、鵡川とのメールのやり取りも楽しむ。

 なんてことをしていると電話がかかってきた。鵡川からだ。

 通話ボタンを押して耳に携帯電話を押し当てる。


 「もしもし」

 ≪もしもし、急にごめん≫

 「別にいいけど、どうした?」

 ≪えっと……英雄君、元気かなって思って≫

 電話の向こうから聞こえる鵡川の優しい声。

 彼女は相変わらず透き通った良い声をしている。聞いているだけで心が澄み渡りそうだ。


 「そうだったか。俺は元気だぞ」

 ≪うん、元気そうな声聞けて良かった≫

 そう彼女が言うと少しの間沈黙が訪れた。

 だが気まずい空気はない。むしろ愛おしく思うような優しい沈黙だ。

 彼女と話をしていると時折こんな沈黙が訪れるが、俺はこの空気が嫌いではない。だが残念ながら今は周囲が騒がしい。心が荒みそうだ。


 ≪あれ、もしかして今誰かと話してる最中?≫

 「いや、大丈夫だ。大部屋にみんないるから騒がしいんだ」

 どうやら大部屋の喧騒は電話の向こうまで聞こえているようだ。


 ≪そっか、もしかして電話迷惑だった?≫

 「はぁ? そんなわけないだろう。むしろ鵡川からの電話はウェルカムだウェルカム」

 無意識のうちに即答していた。

 なんで即答したのかは分からない。


 ≪あ、うん……ありがとう……≫

 小声で感謝する鵡川。彼女は今、どんな顔をしていたのだろうか、少しばかり気になった。

 この後、しばしの間、彼女と何気ないやり取りを交わす。

 アジア大会の話題。明後日から九月に入り二学期が始まる事も話していく。


 ≪そうだ。こっちに戻ってきたら甲子園優勝のお祝いにどこか遊びに行かない?≫

 「あぁ良いよ。そのついでにアジア大会優勝記念もしてもらおうか」

 雑談の後、彼女がそんな提案をしてきた。

 その提案に俺は悩むことなくうなずいていた。電話の向こうから彼女の笑い声が聞こえた。

 その時、本庄や園田、榎木、中村、大輔の面々が俺に気づいて近づいてきた。あ、あいつらのことだ。こっちが通話していようと話しかけてきそうだ。


 「あ、そろそろ電話切るから。今度は俺から電話するよ」

 ≪あ、うん! 分かった! 明日も頑張ってね!≫

 「サンキュー!」

 彼女の明るい声に後押しされながら、俺は通話を切った。


 「佐倉ぁ! 誰と電話してたんだよ!」

 「友達だ」

 「怪しいな。敵チームに密告でもしていたんじゃないか」

 そういってにやりと笑う本庄。

 ここで女の話題にならないのは彼らしい。本庄はとことん子供っぽい性格のようだ。


 「いや、ここは女を疑う場面だろ」

 「女ぁ!? 佐倉にいるわけねぇだろ!」

 本庄、お前地味に俺を傷つけてくるな。言っとくが出来ないんじゃなくて作らないだけだからな?


 「それで英雄、誰からだったんだ? 山口? それとも鵡川?」

 大輔が核心を突いてきた。

 普段恋愛話に参加しねぇくせにこういう所は勘が鋭いな。


 「鵡川だ」

 「鵡川って誰? 英雄の女?」

 園田、そういう発言はやめてくれ。今ここに鵡川がいたとしたら凄い気まずくなってたからな。


 「違う。女友達だ」

 「それって実質彼女じゃん」

 中村が変な事言ってる。女友達イコール実質彼女とか、お前どういう思考してるんだ。

 恭平が日本代表に選ばれてなくて良かった。恭平と中村を引き合わせていたらとんでもない化学反応おこして、大変な事になっていただろう。


 「佐倉って彼女いるのかよ……」

 榎木は榎木でなんか元気がなくなっている。なんだ、俺に女がいる事がショックなのか?


 「悪いな榎木。鵡川は友達だがお前とは付き合えない」

 「佐倉ってたまにわけわかんない事言うよな」

 キレのいいツッコミを期待していたら、思いの外呆れられた。


 「結局英雄って、誰が好きなんだ?」

 「はぁ?」

 大輔から質問をされた。


 「英雄、色んな女子と関わり持ってるだから、いい加減決めたらどうなんだ?」

 大輔の言う通り俺は色んな女子と仲がいい。沙希、鵡川、岡倉、百合、彼女たち以外にもそれなりに話す女友達もいる。

 前にも大輔にこんな事言われた気がする。そうだな。俺ももうすぐで高校球児引退だしどうするか決めないとな。


 「俺は女には興味ないんだ」

 「お前、それ冗談だよな? マジならお前の隣で寝たくないんだが?」

 俺のジョークに榎木が鋭いツッコミを入れてくれた。良いぞ。俺は男には興味ないが、こういうキレのあるツッコミは好きだぞ。


 「まぁ、それはジョークとして好きな子ねぇ。今までずっと野球一筋だったからな」

 「英雄、野球一筋って言えるような経歴じゃねーだろ。一年の時何やってたんだよ」

 はい、一年生の頃はバトミントン部で三年の先輩と仲良くしてました。

 ここにいる大輔とここにいない恭平と毎日バカやってましたよ。オタク友達からギャルゲーを借りてギャルゲーにはまってましたとも。確かに野球一筋と言い切れるほどの経歴ではなかった。


 「山口とかどうなんだ? あいつ中学の頃からの知り合いなんだろ?」

 大輔が聞いてくる。沙希か。沙希はそうだな。


 「あいつはダメだ。俺の選考から外れる」

 「そうなのか? 俺が見ても結構可愛いと思うけど?」

 「おいおい、そんな事言ったら彼女が嫉妬するぜ」

 「里奈はこれぐらいで嫉妬しねーよ」

 呆れる大輔。からかったこっちが深刻なダメージを受けてる気がする。

 周りで見ていた連中もダメージを受けている。


 「かー! 惚気かぁ! 妬けるねぇ!」

 「英雄、なんか話なぐらかそうとしてるか?」

 キリッと大輔が俺を見据える。俺の手の内は読まれているようだ。

 正直、恋愛話とかしたくないんだけどなぁ。俺が問題を先延ばしにしていたのが原因とはいえ、胃が痛くなる。


 「そうだな。沙希はダメだ。選考条件から外れる」

 「選考条件ってなんだ?」

 「そりゃもう色々さ。エロさも重要なファクターだし、おっぱいが大きいのも重要なファクターだ」

 俺の言葉を大輔は何も言わずに見据える。

 周りの連中は呆れているが、大輔は俺が嘘をついているのを見抜いただろう。


 「そうか。卒業までには問題解消しとけよ」

 「あぁ」

 大輔も俺の内心を察したか。こういう所はよくできてるよな。

 この後は恋愛話をしつつも、明日の試合に向けて気持ちを入れなおす一同だった。

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