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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 Extra Inning
265/324

264話

 8月28日、神奈川県の市営球場。曇天の空の下、高校野球のアジア大会が開幕した。

 その初日、俺達はスリランカ代表との開幕ゲームをこなす。

 今日から5日間かけてアジア一を決める。休養日は一切なく決勝まで五連戦だ。少しばかりハードな日程だろう。 



 試合直前の三塁側ベンチ。

 一度俺は自分の着るユニフォームへと視線を落とす。

 日本代表のユニフォーム。左胸には「JAPAN」のロゴと日本の国旗が縫い付けられている。そこに右手で触れる。俺が日本代表だという事を再度実感すると、闘争心が否が応でも沸き上がってしまう。

 スタンドにはたくさんの観客が詰めかけている。今年の開催国は日本。故に俺達はホームグラウンドで戦う事となる。甲子園の時のような熱気とは違う空気感が球場を満たす。


 反対側、一塁側ベンチにはスリランカ代表が陣取っている。

 体格は俺達と同じか、それよりも少し大柄なぐらいか。そこまで違いはない。

 あちらがどんな野球スタイルで来るかは分からない分、普段とは違った野球ができそうで楽しみだ。



 ベンチ前に整列し、試合前のスタメン発表がおこなわれる。 

 高校野球の公式戦とは少し勝手が違い、スタメンの順に名前を呼ばれ、呼ばれた選手は三塁線そばへと走っていくという形だ。

 先に先攻の日本代表のスタメンが発表されている。

 一番センター門馬、二番セカンド榎木、三番ファースト園田、四番レフト大輔、五番サード吉井、六番指名打者中村、七番ショート西川、八番キャッチャー望月、九番ライト本庄。そしてピッチャーの俺が向かい、次に控え選手たちの名前が告げられていく。

 これが終われば、次にスリランカの選手たちが同じように一塁線へと走っていく。当たり前のことだが、相手選手みんな外国語名だ。いかん、名前が頭に入ってこない。

 スリランカの選手の名前が発表された後は、握手して審判の指示で一礼する。

 公式戦と勝手が違うから、色々と慣れないが、これも徐々に慣れていかないとな。


 さてこれで試合開始だ。

 先攻はスリランカ、後攻は日本代表となる。

 まずは俺達が守り。マウンドに上がりながら静かな闘志を燃やす。まずは三者連続三振でもしてみせて相手の出鼻でもくじいてやるか。

 投球練習を開始する。投じるボールは相変わらず良い状態を保っている。左打席近くでボールを見ているバッターを見る。身長は180をゆうに越している。肩幅も広く、ガタイが良い。

 彫の深い顔立ちは生粋の日本人ではまず見ない顔立ちだ。それが余計に国の代表同士の試合だと実感し、投じるボールにも力がこもる。

 最後の一球を投げ終えて、俺はすっと望月の二塁までの射線からどく。帽子を一度脱いで深くかぶりなおした。


 一回の表、スリランカ代表の攻撃が始まった。

 左打席でバットを構える一番バッター。名前はなんだったか?


 「まぁいいや」

 名前なんて些末な事だ。大事なのはこのバッターが左打席にいるという事だけ。それだけしか今わかる情報はないんだ。俺は意識を研ぎ澄ます。

 望月のサインはインコースへのストレート。オーケー、俺は小さくうなずくとゆっくりと投球動作へと移る。

 アジアという舞台で、まず記念すべき第一投。俺は自身の持てる全力でボールを投じる。


 左腕は唸り、望月のミットから乾いた音が静かな球場にこだまする。

 バッターは手を出せずただただ見送る。

 その様子を見て、俺はにやりと笑った。



 球審が右手をあげてアウト宣告をする。今日三度目のアウト宣告だ。

 スリランカ代表の三番バッターは何もできずベンチへと戻っていく。

 それを見て、俺は一つため息を吐いてからマウンドを駆け降りる。

 初回はあっという間に三者連続三振に終わった。どのバッターも俺のボールを捉える事が出来ず、空振り三振、見逃し三振、見逃し三振で初回のスリランカの攻撃を終えた。

 まずは上々の立ち上がりだな。



 さて、一回の裏の攻撃へと移ろう。

 マウンドにはスリランカの先発ピッチャーが投球練習を始めた。ラナシンハ・アムヌガマという名前だったか? うん、周りにスリランカ人がいないから聞きなれない名前だ。

 身長190cmの右投げ。ほっそりとしているからマッチ棒のように見える。投じるボールはそれほど速くない。

 次にバックの選手の確認をする。動きにどこか切れを感じない。相手から強さは感じないな。


 投球練習も終わり、最後にボール回しがされたが、サードの選手は弾くし、セカンドの選手はボールを高めに投げてしまうし、技術がどこか稚拙だ。これは負ける気がしないな。

 さて、試合が始まった。一番バッターは門馬。甲子園ではトップクラスの好打者としての評価がなされていた安打製造機。

 果たしてそのバッティング技術は、アジアでも通用するのか。ピッチャーがセットポジションに入った。相手先発ラナシンハのつける背番号1が目に入る。

 そうしてピッチングモーションへと入り、まず一球目が投じられた。


 乾いたミットの音は鳴り響いた。

 門馬はタイミングを取って見逃すのみ。一度バックスクリーンの球速表示を確認する。

 球速表示のところには「140」という数字が表示されていた。


 「140キロか」

 なんとも評価しづらい球速だ。

 正直、スリランカの野球事情は大して詳しくないからこれが速いのか遅いのか分からない。でもこれぐらいなら十分うちの打線は攻略できる。

 門馬の表情を確認する。変化ない。うん、あれなら大丈夫だろう。

 二球目、三球目と見送り、カウントはツーボールワンストライクとなった。そうして迎えた四球目。ピッチャーが投じたのはストレート。それを門馬は確実に合わせてきた。

 木製バットが芯でボールを捉えたときの小気味よい音が球場に鳴り響き、スタンドからは歓声が起きた。

 打ち抜かれた打球は綺麗なライナーとなって、三遊間を切り裂きレフト前でワンバウンドした。

 鮮やかなレフト前ヒット。門馬は悠々と一塁まで進んだ。


 「ナイスバッチ!」

 「良いぞ!」

 門馬らしい鮮やかなヒットにベンチは大いに沸いた。

 早速の出塁にチームの意気は揚がっていく。


 初ヒットも出たし、このまま先取点につなげたいところだ。

 続く二番は榎木。気づけばチームのいじり役になっているが、あれでも由布商業のキャプテンとしてチームをけん引してチーム初の甲子園出場、ベスト8進出に貢献している。

 甲子園の申し子と謳われた西川と野球スタイルが似ているから、度々西川と比べられるが、十分西川に引けを取らない選手だと思う。

 その榎木は初球からボールを打ちに行く。打球は一二塁間を抜けてライト前へと転がっていく。


 これでノーアウト一塁二塁。次に打席に入るのは三番園田。

 あの夏、俺を一番苦しめたバッターがここでどういう活躍をするのか期待しながら見守る。

 初球、二球目とボール球となり、三球目、ボールが園田に直撃した。

 デッドボールでまさかの出塁。ノーアウト満塁になった。そして迎えるは四番の大輔。


 「大輔ぇ! 山高魂見せてやれ!」

 「三村! 一本行け!」

 日本代表ベンチにいる誰もが大輔のバッティングに期待をかける。

 大輔の背には16番の番号。あの夏とは違う背番号だが、相変わらずその背中は頼りになる背中だ。


 勝負は初球で決まった。


 木製バットの快音が市営球場を支配した。

 スタンドに詰めかけた観客からは自然と驚嘆と歓声があがり、相手ベンチからも驚きの声が漏れた。

 力強く暴風と呼ぶにふさわしいその一撃に捉えられたボールは、とんでもないスピードで曇り空へと飛んでいき、まもなくレフトのフェンスを飛び越えて、そのままスタンドの向こうへと消えていく。

 場外まで飛んでいくグランドスラム。ベンチから歓声が沸き起こり、スタンドからは拍手が起きる。マウンド上のラナシンハは呆気にとられる中、大輔は悠々とダイヤモンドを駆ける。

 大輔の奴、相変わらずだな。たとえ舞台が日本からアジアに変わっても、そのバッティングは精彩を欠くことはないってか。まったくあいつがそばにいるせいで、俺も頑張らなくてとは躍起になってしまう。


 門馬、榎木、園田と共にベンチへと戻ってきた大輔とハイタッチを交わす。


 「英雄、あとは任せた」

 大輔からの一言に俺は「あぁ!」と力強く答える。

 さぁ、次は俺の番だ。

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