262話
初日の夜。夕飯時を迎えた。夕飯はビュッフェ形式となる。いわゆる食べ放題だ。
そんな場所であの男が黙っているはずがない。
「やべぇ、マジでそんなに食うのか三村……」
「あぁ」
驚いて言葉を失う園田を気にする様子もなく大輔は大皿に料理をがっつり積んでいく。その様に近くにいた選手たちは唖然としている。
山田高校の連中は大輔の大食いに慣れきっていたから、久しぶりに良い反応を見れて俺もちょっと満足だ。
それにしても今日一日、皆さん大輔に驚かされっぱなしだな。規格外とはまさにこの事だろう。
「さすがに俺でもそんなに食えんわ」
そういう中村も結構な量だ。
あの岩みたいな体格にするために相当食っていたらしい。それでも大輔に叶わないとはな。
代表選手に選ばれるだけあり、どの選手もがっつり食っているが、大輔に叶う奴は一人もいないようだ。良かった。大輔以上の奴が現れたらどうしようかと思ったわ。
夕飯後は寝床となる部屋へと戻る。
部屋は20人全員同じ部屋となる。
「しっかし、いくら仲良くなろうって言われても大部屋はねぇよな」
そう呆れたような声をあげたのは楠木だった。
監督の方針で俺達18名は大部屋で共同生活する事となる。
確かに即席のチームだから、親睦を深めるには良いと思うが、やはりこうプライベートな時間が欲しい時もある。
「まぁ良いじゃん良いじゃん! こっちのほうが楽しいだろう!」
そういって本庄が楠木の肩を抱いた。
まぁこれからわずかながらも共に戦う仲間だ。どういう人間か知っておくのは悪くないだろう。
「佐倉君だっけ! 俺本庄なよろしく!」
「あぁよろしく」
本庄は明るく陽気な性格らしい。というよりも落ち着きがなく子供っぽいところがある。
恭平とは違うタイプの陽気な男だ。本庄は爽やかな感じだが、恭平はもっとこうドロドロしたところがあるからな。
「楠木と本庄って仲良いのか?」
「いや? 今日初めて会った!」
そういって笑う本庄。お前、初対面の相手だろうとボディタッチしてくるのか。警戒心がないというか、傍若無人というか、まぁこいつはこいつで面白そうだ。
大輔の方へと視線を向ける。
大輔は園田や吉井、中村などの強打者の面々と話している。バッティングについての話でもしているのかもしれない。他のバッターから見れば大輔は興味の対象だろうしな。だが、園田たちの様子を見る限り大輔の会話についていけていないらしい。
あいつの理論は曖昧過ぎるんだよ。大輔はそれで理解しているつもりなんだろうけど、他の奴らが理解するのは難しいだろう。
その中の一人、望月がこっちに近づいてきた。
「よぉ大河。三村どうだった?」
「いやぁ何言ってるかさっぱりわからん。あれが天才って奴か……」
楠木と望月がやり取りしている。
確か望月の下の名前は大河だったか。下の名前でやり取りするほどの仲か。
「お前ら仲良いのな」
「え? あぁ大河とはシニアの時バッテリーを組んでたからな」
「佐倉君さぁ、三村君ってあんな感じなの?」
望月が疲れた表情を浮かべながら俺へと聞いてきた。
「あんな感じだ。大輔とはバッティング理論で話すより、食い物について話したほうが盛り上がるぞ」
「食い物について?」
「あぁ、あいつは四六時中、なんか食ってるからな」
そういって大輔を見る。彼の手には朝来るときに買った惣菜パンがあった。
その様子を見て、望月も何か納得したようだ。
18人全員同じ部屋という事で、気分はどこか修学旅行のような楽しい雰囲気だ。
今年を代表する高校球児たちばかりだが、球児という皮をぬげば、どこにでもいる高校生だ。
新たに仲間になった連中を見ているが陽気な奴が多い事多い事。
もっとこう求道者タイプの奴が多いのかと思ったがそうでもないらしい。
先ほどまで打撃理論についていた連中も今では馬鹿話で盛り上がっているようだ。園田も結構明るい性格で大輔となんか話しては爆笑している。その隣では榎木や中村もいて、こっちも大笑いしている。
彼らだけじゃない。長塚や石田なんかも笑顔で談笑している。
ここにいる何人かとは試合をしてきたが、試合中では見せない顔を見ていて不思議な気分になる。
もちろん試合中に感じた印象とまったく同じタイプの奴もいる。
吉井や西川はその典型。どこか生真面目で求道者のような雰囲気を身にまとい、人を遠ざけるようなオーラすらも感じる。
そんな連中にも本庄は明るく陽気に話しかけている。あそこまで空気を読まないと逆に尊敬できる。
穏やかな雰囲気をまとっているのも多い。
楠木はその典型。試合中はあんなに淡々と投げていたのに、今は穏やかな笑顔を浮かべて望月と雑談をしている。
18名の中で一番イケメンなのは越阪部。こいつも穏やかな笑顔が似合うイケメンだ。イケメンは爆ぜてしまえばいいのに……。
次いでイケメンなのは与那城。こっちは南国系の彫の深い色黒のイケメンだ。そんな二人がイケメンスマイルを浮かべながら談笑しているわけだ。あの場に恭平を投げ込んで混沌に巻き込んでもらいたい所だ。
俺はなんとなく園田や大輔たちがいる一団へと向かう。
「おぉ英雄! 中村の奴、恭平だぞ!」
で俺がやってくるなり、大輔が爆笑しながら中村を指差して良く分かんない事を言っている。
中村が恭平ってどういうことだ。さすがに意味が分からん。
「佐倉か。好きなパンツは何色だ?」
そうして神妙な顔をしてアホみたいな事を聞いてくる中村。あぁなるほど、確かに大輔の言う通り、中村は恭平だ。
まさか知り合い程度の人間にそんなことを口にする人間がこの世に二人といたとはな。
「なんだよその質問、意味わかんねーよ!」
「意味はある! 好きなパンツの色で、そいつの性格は良く分かる。俺に任せとけ」
榎木がツッコミを入れると神妙な顔をしたまま意味わかんない事を口にする中村。良かった。恭平みたいなノリに飢えていたんだ。こういう奴が一人いて少し助かった。恭平を恋しくなるなんて事は絶対にしたくなかったからな。
「意味わかんねー!」
そういってゲラゲラと腹抱えて大笑いする園田。さっきから見ていると園田は笑ってばかりだ。もしかして園田は笑い上戸なのだろうか?
「それで佐倉、好きなパンツは何色だ?」
そしてまた意味わからん事を決め顔をして聞いてくる中村。
その表情だけでブハハと大笑いする園田と大輔。
「ピンクだな」
「佐倉ぁ!?」
俺が答えると榎木が大げさに驚いた。こいつはこいつでリアクションが上手いな。
中村がにやりと笑った。
「なるほどね。お前の性格は分かった」
そういって腕を組みうんうんとうなずく中村だが、俺の性格はどんなものなのかは口にせず一人で納得しているようだ。意味が分からん。だがこういう奴が一人いないと個人的に寂しいからありがたかった。
「佐倉ってそんな奴だったんだな……」
「ふふっ凄いだろう?」
「凄くはねぇ!」
呆れる榎木に俺は自慢げに笑ってみせた。
それに大袈裟にリアクションを入れる榎木。なんていうかこいつはまた面白い奴だな。からかい甲斐がありそうだ。
この後は下ネタや普通の話題を混ぜつつ今日出会った仲間たちと談笑する。
「そういやこの中で彼女いる奴いる?」
一通り盛り上がった後、笑いつかれたように目元をぬぐう園田が聞いてきた。
「いねー。うち恋愛禁止だったしな」
最初に答えたのは中村。
どうやら城南高校野球部は恋愛禁止らしい。
「なんだよ、お前アイドルだったのか」
「んなわけねーだろ!」
俺のボケにツッコミを入れる中村。それを見て笑う園田。
さっきから園田は笑いっぱなしだし、こいつは笑い上戸らしい。試合中はみじんも感じなかったが。
「アントニオ榎木はどうなん?」
「んだよそのあだ名! いるわけねーだろ! ずっと野球が忙しくて作る余裕ねーよ!」
俺の呼びかけにすぐさま返答する榎木。良い反応だ。
そして榎木も彼女持ちではないようだ。そりゃ甲子園出るために頑張ってきた連中だ。いるのは稀といった所か。
「佐倉と三村は? 正直お前ら異常だからどっちかぐらいいるだろ」
「意外かもしれないが俺はいない。意外かもしれんが」
「いうほど意外でもないけどな」
笑いながら答える園田。言っとくが俺は園田だろうと容赦しないぞ?
「だが大輔はいるぞ」
「マジかよ!」
「あぁ」
途中から話に参加していた石田が驚いている一方で、話の渦中の主である大輔は気にすることなく手に持っている惣菜パンをほおばる。
動揺する一同と、まったく動揺していない大輔。これが彼女を持たざる者と持つ者の違いか。
「マジかぁ……彼女持ちだったのかぁ……」
榎木も驚いているようだ。
そんなに彼女がいるのが驚きか?
「もしかして大輔を狙ってたのか? やめとけ、こいつの彼女にはお前は勝てない」
「狙ってねぇよ!」
榎木のキレの良いツッコミが決まった。
園田がまた大笑いをする。お前はどんだけ笑い上戸なんだ。
「やっぱり山田高校は異常だな!」
そうして最後に園田が結論を口にした。
正直、山田高校は異常な奴らが多いからその言葉にいい返しがが出てこない。
こんな感じで初日の夜はゆっくりと過ぎていく。




