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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
261/324

260話

 最後のバッターは空振り、球場に鳴り響くのは乾いたキャッチャーミットの音。

 続いて爆発したかのように一気に沸き起こる大歓声。

 地鳴りのような歓声は球場を揺らし、その中心であるマウンドに立つ俺は両手を高く突き上げていた。


 「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 だがその雄叫びすらも耳に入らないぐらいにスタンドからの歓声が騒がしい。

 でもそんなの気にならないぐらい、俺の胸は狂喜にあふれていた。

 哲也がマスクを投げ捨て、満面の笑みで走ってくる。そうして勢いよくとびかかってくる哲也をマウンド上で抱きしめた。

 まもなく各ポジションからやってきた仲間たちが同様にとびかかり、もみくちゃになりながら、俺達は人差し指を立てた手を空高く突き上げて勝利の雄叫びをあげる。

 酸欠でぶっ倒れてしまいそうなぐらい叫んだと思う。

 興奮と歓喜に俺達は狂い乱れる。


 俺達は今、夏の甲子園を制したのだ。

 誰もが夢を見て、憧れ、そして叶わないと諦めた全国の頂点。四千数百校の頂に、今俺達はいる……!

 そのことを理解すればするほどに興奮と喜びがあふれて俺の体は今にも破裂しそうだ。それぐらいどうしようもなく気分が高ぶっており、とにかく雄叫びをあげるしかなかった。


 声にもならない叫びはスタンドの歓声と喝采に混じりながら夏の空へと消えていく。

 俺達は今、この夏の中心にいるのだ。



 この夏、最後の試合終了の一礼。

 対面する隆誠大平安の選手たちはみな涙をこらえている。

 3対0。点差だけ見れば存外ありふれた結果ではある。だが彼らは今日の試合、俺からヒットはおろか四死球、さらにはエラーでの出塁され許されなかったのだ。

 完全試合、パーフェクトゲーム。夏の甲子園で投げた大投手達ですら果たせなかった偉業は俺の手によって打ち立てられた。

 大輔の四打席連続ホームラン、一大会7本塁打という記録に並ぶ伝説を俺は為し得たのだ。それも甲子園決勝戦、相手は選抜優勝校という状況でだ。


 「礼!」

 「ありがとうございましたぁ!」

 球審の声に両チームが頭を下げて、最後の挨拶を済ませる。

 この後、楠木が俺に近づいてきた。顔にはやりきったような晴れ晴れした笑顔。


 「ナイスピッチ、完敗だ」

 そういって差し出された楠木の右手を俺はがっちりと掴んだ。


 「そっちこそナイスピッチング。うちに大輔がいなかったら延長戦突入されてたわ」

 俺の言葉に楠木は呆れたように笑う。

 俺は楠木に投げ勝ったのだ。小学生の頃、勝てないと思わされた相手に投げ勝った。確かな充足感を覚えた。



 バックネット前に整列する18人の山田高校野球部員。

 甲子園球場バックスクリーン上部に掲げられた山田高校の校旗。

 そして球場に流れ始める山田高校の校歌。

 これまで勝利するたびにやっていた動作だが、今日は特に勝利の余韻に包まれている。誰もが誇らしげに胸を張り、流れる校歌を口ずさむ。


 「気をつけ! 礼!」

 校歌終了と同時に、哲也が声を張り上げて号令を口にする。それにつられるように18人の戦士たちは力いっぱい頭を下げた。

 そして頭を上げると同時に、自軍のスタンドへと駆け出す。


 スタンドの前に整列した戦士たちは、いまだに隠せない笑みを浮かべながら、横一列に整列した。

 俺はジッとスタンドを見つめる。見知った顔はたくさんあった。その中には沙希と鵡川が笑顔で手を振っているのが見えた。

 やっぱり応援に来ていたのか。最高の瞬間を見せられてよかった。


 「今日まで応援いただき、ありがとうございました!!」

 哲也がこれでもかと大声を出して、スタンドにいる応援団の人々に感謝の言葉を叫ぶ。

 続いて俺たちも「ありがとうございました!」と声を張り上げて一礼。スタンドからは拍手と歓声が沸き起こった。



 試合終了後のグラウンドにて優勝監督とキャプテンの哲也、俺と大輔がインタビューを受ける。

 緊張こそしていたが、口は思った以上に回り、いつも通りの回答が出来た。

 哲也は緊張のあまり何度か噛んでいたが、大輔は俺と同じくいつも通りの応対を返していた。


 この後、閉会式が行われる。

 優勝校である山田高校には深紅の大優勝旗と優勝盾が送られ、準優勝校の隆誠大平安には準優勝盾が送られる。

 さらに両チームには、高野連のお偉いさんから一人づつメダルをかけてもらう。

 こうして最後はグラウンドを一周して閉会式は終了だ。


 だが俺達の仕事はまだ終わらない。

 この後、記念撮影などをおこなう。

 先に俺達、続いて隆誠大平安、最後に両チームといった流れだ。

 それが終わり、やっと開放された。


 「佐倉、今日はお疲れ」

 「あぁお疲れ様」

 俺と楠木は握手を一つして別れを告げる。

 大輔は奈川となにか話している。奈川は将来、大輔を越えるバッターに成長してくれれば良いな。


 これで終わりかと思えば、今度は、カメラマンから佐和ちゃんを胴上げするところの撮影したいとの事。という事でベンチ前で佐和ちゃんを囲み、胴上げをすることになった。


 「お前ら、俺を落とすなよ」

 「それは振りですかね?」

 ニヤニヤ笑う恭平と誉と俺。

 その悪い笑みに苦笑いを浮かべる佐和ちゃん。

 カメラマンはニコニコと笑いながら写真撮影の瞬間を待ち望んでいる。


 「俺を落としたら今日の祝勝会は連帯責任で全員無しだからな。美味い飯が食えるのになぁ」

 「恭平、絶対に落とすなよ。落としたら覚悟しろよ」

 佐和ちゃんの脅しに反応したのは俺達ではなく大輔だった。佐和ちゃんめ大輔を味方に引き込んだか。

 さすがにここで落としたら大輔に張り手をもらいそうなので、ここは何事もなく胴上げをおこなう。

 俺達は掛け声を合わせて佐和ちゃんを空へと飛ばす。甲子園球場で佐和ちゃんは三度宙を舞った。

 周りの記者たちが拍手がおこり、スタンドにまだいた観客からも拍手がおきた。

 最後にグラウンドで土をスパイク袋に入れていく。その様子をカメラマンが写真に収める。


 「これ、やってみたかったんだ」

 そういって哲也は嬉しそうに笑いながら土を集めていく。

 球児たちの多くは涙を流しながら土を集めている中、俺達は笑顔で土を集められた。とりあえずは良かったな。


 試合終了後、長々と記者やカメラマンに囲まれていたが、これで終わりだ。 

 球場を出る直前、俺達は最後に一列に整列した。

 観客もいなくなった甲子園球場、日も気づけば西に傾き始めていた。

 49の代表校のうち、俺達が最後に甲子園球場を後にする。戦い続けた甲子園球場、思い返せば色々とあったな。

 次にここに戻ってくるのはプロ野球選手になってからだろうか。あぁ、その時が楽しみだ。



 帰りのバスの車内はいつも以上に陽気な空気にあふれていた。

 誰もが勝利の余韻を噛みしめている。もう明日からは甲子園で戦う必要もない。本当の意味での勝利を俺達は手にしている。

 だからだろうか、後ろのほうで恭平や誉、西岡なんかが肩を組み流行りの曲をアカペラで熱唱している。その様子を俺達は笑いながら見つつ、俺や大輔が茶々を入れる。

 龍ヶ崎は岡倉と隣同士になりワイワイと笑顔で盛り上がっている。龍ヶ崎も気づけば表情豊かになったな。

 程よい疲労感に眠気を誘われた。この後は宿舎で祝勝会がおこなわれるから寝ちゃまずいが。

 今日一日、俺達は笑顔で過ごせそうだ。



 宿舎到着した際には、宿舎にしていたホテルの一同に拍手と歓声で迎え入れられた。

 こっちにきてからずっとお世話になっていた人達の手厚い歓迎に俺達は心温まった。明日はしっかりと感謝の挨拶をしよう。

 そうしてその夜、祝勝会がおこなわれる。

 どこか夢見心地になりながらも、俺達は祝勝会を楽しむ。美味い飯に騒がしい仲間たちと優勝の喜びを分かち合う。

 疲れと喜びから佐和ちゃんが珍しく涙を流している。

 それを笑ってみる俺達。そんな俺達の視線に気づいたのか、佐和ちゃんは笑いながら目元をぬぐう。


 「まったく、お前ら最高だぁ! ありがとな!」

 そうしてやけくそのように大声をあげた。

 それに俺達は笑顔で拍手をする。

 恭平や誉、西岡たちはまた肩を組んで流行曲を熱唱する。今度は中村っちや鉄平、大輔、さらには珍しく哲也や龍ヶ崎なんかも肩を組んでいる。思わず俺も参加してしまった。

 流行曲から学校歌、さらにはプロ野球球団の応援歌なんかも歌い始め、もうめちゃくちゃだ。

 誰もが笑い、誰もが叫び、誰もが喜ぶ。まるで祭りだ。いや祝勝会なんだから祭りでもおかしくないか。俺達は優勝という美酒に酔いしれていた。今日ぐらいはこれぐらい羽目を外してもいいだろう。

 きっとこれは、俺達が追い求めた全国の頂からの景色なんだからな。



 祝勝会も終わり、それぞれがそれぞれ部屋へと戻っていく。

 俺も哲也と一緒に部屋へと戻り、祭りの後の寂しさを感じつつ、就寝の準備をする。


 「終わったね」

 「あぁ終わったな」

 寂しさが室内に充満した。

 まだ俺達の野球が終わったわけではない。十月には12校による国体が待っている。まだ出場が決まったわけではないが、甲子園優勝校である俺達はほぼ確実に出場するだろう。

 それが俺達にとって最後の野球となるわけだ。

 だが、甲子園での激闘はこれで終わりだ。それはやはり寂しい。


 それにまだ甲子園優勝の事後処理は待っている。

 明日は地元に帰った後、高校にて優勝報告をおこなう事になっている。

 明後日は県庁や市役所に訪問し優勝報告、さらにローカルテレビへの出演も決まっている。

 まだまだ俺達の忙しい日々は続きそうだ。


 「英雄、ありがとう」

 「あぁ、こっちこそ、ありがとう哲也」

 一言哲也に感謝された。昨日はまだ言うべきじゃないと答えた俺も今日ばかりは哲也に感謝をした。

 今までありがとう哲也。去年の夏、お前が佐和ちゃんに俺を助っ人として推薦しなければ俺はここにいなかった。この場所にたどり着くことはできなかった。

 何度哲也に救われただろうか、きっとこいつとは生涯ずっと仲がいい親友であり続けるのだろう。いやあり続けたい。


 「じゃあそろそろ寝ようか」

 「あぁこれ以上起きてても蛇足にしかならないしな」

 そういって俺達は笑いあう。

 甲子園優勝という美酒はしっかりと味わった。勝利の余韻をかみしめて俺達は就寝につく。


 暗くなった部屋で、俺はベッドにくるまりながら天井を睨む。


 夏の終わりを実感する。

 興奮と歓喜と辛苦が入り混じり、長く熱い夏が終わりを告げる。

 俺は、いや俺達は、この夏を、熱くどこまでも熱かったこの夏を最後まで走り切ったんだ。

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