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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
256/324

255話

 五回の裏、隆誠大平安の先頭バッターは奈川英雄。

 今日二度目の対決だ。右打席へと意気揚々と入る奈川。表情は先ほどの打席以上に引き締まり、打つ気満々でバットを構えた。

 確かにバッティングに関しては一年生離れしていて、将来有望なスラッガーだろう。二年後下手すれば大輔を越えるバッターになるかもしれない。

 だが今はあまりにも幼すぎる。打席での立ち振る舞いがまだまだ経験不足なのを隠しきれていない。血気盛んな新兵という言葉がしっくりくるバッターだ。

 奈川はこれまで多くの好投手から土壇場でヒットやホームランを決めている。それだけに今日の試合は期待していたのだがな…。

 期待外れとまで言うつもりはないが、少々がっかりした。でも一年生では仕方がないか。



 初球、まずはアウトロー一杯へのストレート。

 それを奈川は凶暴なスイングで打ち抜いた。

 打球はとんでもない速度で一塁側のファールゾーンのフェンスに直撃する。金網の嫌な音が球場に鳴り響き、驚嘆の声がスタンドのあちらこちらから起きた。

 ファーストの秀平は、あまりの速さに反応すら出来ていなかった。


 良いスイングだ。入部テストの戦った大輔を彷彿とさせる。

 一年生ですでにこの域に達しているんだ。順調に経験と研鑽を重ねれば二年後、最後の大会では大輔を越えるバッターになっていることは間違いないだろう。

 奈川を見る。打席でジッと無表情でバットを構えている。凄い集中力だ。だが、これがお前の本気か? これが限界か? もっとだ。もっと高みを目指せ。俺という好投手を飲み込むぐらいに力を高めろ。まだまだ成長途上の一年生なんだ。試合中に成長ぐらいはできるだろう?

 俺はこの夏、奈川なんか比べ物にならないぐらい高いレベルのバッターと一騎打ちを繰り広げてきた。そして、その多くのバッターから空振りを奪った。

 今の奈川じゃ怖くないが、俺の夏の大会を締める最後の相手には物足りない。俺は高いレベルの野球をしたい。俺がまだ至っていない高みにたどり着き、そして越えたい。だから、今のお前は相手にならない。


 二球目、今度は高めへと釣り球でボール。

 三球目は低めへのチェンジアップ。奈川は果敢に打ちに来るがこれもファールボール。

 ワンボールツーストライク。迎える四球目、哲也はインコースにミットを構えた。


 体は最高の一球を投じる為に最善の投球動作をこなしていく。

 毎日欠かさずこなしてきた投げ込みとフォームチェックは、反復練習となって体に刻み込まれ、何一つミスはなく、何一つ間違いはない動きとなり、そしてその最後に、左腕が力強く振るわれる。

 真っ直ぐにボールは奈川のインハイを貫いた。奈川は動けない。もうまもなく審判の右手が高々と上がった。ため息のような吐息がこぼれていた。

 見逃し三振の宣告。バッターは俺を睨みつけてから惨めにベンチへと戻っていく。

 次は五番の羽尻だったか。こいつは選抜甲子園の時三番バッターだったからな。一打席目は打ち取っているが、こいつも油断はできない。

 気を引き締めなおす。意識は自然と哲也に集まった。



 「ストライクゥ! バッターアウトォ!」

 球審が力強く右手を突き上げ空振り三振を宣告した。

 六番由利のバットは虚しく空を切りさいた。

 五回の裏、この回も俺は三者凡退でマウンドを下りる。


 「えげつないスイングするなぁ」

 どのバッターもスイングは悪くない。当たれば良い当たりになっているだろう。

 むしろここまでノーヒットで抑えているのが不思議なくらいだ。いや、不思議ではないな。俺は確かな抑えているという実感があり、抑えるための道筋のようなものも見えている。

 抑えているイメージは沸くが、打たれるというイメージはまったく沸かない。


 「英雄! 凄いね!」

 キャッチャーの哲也は心底驚いた顔を浮かべている。

 「まったくだ」と哲也には同調しておくが、俺は凄いなんて思っちゃいない。

 六回までパーフェクトゲームなんて、甲子園の歴史の中では何度も起きている出来事だ。問題はここから、回が増す事にパーフェクトゲームの成功率が下がっていく。

 長い高校野球の全国大会の歴史の中で、パーフェクトゲームという境地に到達したピッチャーは春夏通じて二人しかいない。そのどちらもが春の甲子園。夏は未だにいない。

 それだけ難しい事なんだ。油断は最後まで出来ない。


 「英雄、油断するなよ」

 「もちろん」

 ベンチに戻り佐和ちゃんから釘を差されるが、すぐさま答える。

 油断は一切していない。むしろいつ打たれても良いぐらいだ。打たれてもバックがきっとアウトにしてくれるはずだ。

 俺の後ろにはそんな頼もしい奴らが守っている。

 この夏、俺は何度も仲間に助けられてきた。だから俺は後ろを信じて投げ込むだけだ。



 気づけば試合は後半戦、六回の表の攻撃が始まる。

 この回の先頭バッターは恭平。山田高校三巡目の攻撃へと突入していく。

 試合は淡々と進んでおり、未だに楠木の攻略の糸口はつかめていない。

 楠木からホームランとシングルヒットを放っている大輔の情報はあてにならないし、初回にヒットを放った龍ヶ崎も「次打てるから分からん」と弱気な発言をしている。

 そしてこの回先頭の恭平はさっそく空振りしてワンストライクだ。

 これまで切り込み隊長として、90%以上の確率で初球のボールを打ちに行っていた恭平が今日は初球のボールにまったく当てていない。

 続く二球目も豪快な空振り。これはこの回もヒットは望めないかな。


 それにしても楠木、本当に良いピッチャーだな。

 ピッチングにブレが無いというか、欠点が無い。どのボールをとっても超高校級、あるいは高校離れしており、それを淡々と最善のコースに決めてくる。精密機械のようなピッチングだ。あいつはもしかして機械なんじゃなかろうか?

 でも、そんなピッチングでも、今日の俺はあいつに勝っている気がする。最終的に笑うのはどっちになるかは分からないが、少なくとも今は俺のほうが笑える投球内容だろう。


 恭平は三球目のボールをファールにして、続く四球目もファールにした。

 元々器用な奴だ。粘りのバッティングをしようと思えばいくらでも粘れるだろう。そういう所は地味に上手いからなあいつは。

 だが五球目、変化球を詰まらせてしまい、打球はピッチャーゴロ。これを楠木が的確にさばき、まずワンアウトとなった。



 続く耕平君は持ち前の技術を駆使してとにかく粘る。

 難しいコースでも上手く食らいつき、ファールボールにしてカウントを稼いでいく。これまで幾度となく好投手たちを苦しめた耕平君の粘りのバッティングだ。 

 だがそんなバッティングも楠木は動じない。いつも通りのピッチングを淡々とこなし、耕平君が根を上げるまで最高の一球を投げ続けてくる。


 「やばいなあいつ、野球マシーンか」

 佐和ちゃんも呆れて笑うほどのピッチャー。

 うん、あいつは今大会ナンバー1ピッチャーで間違いないだろう。

 あれが怪物か。やはり俺は、まだ怪物という称号を口にするべきではないな。井の中の蛙大海を知らずということわざもあるし、俺はまだ井の中の蛙に過ぎないという事だろう。


 耕平君と楠木の戦いは、先に耕平君が根をあげた。最後は十三球目の大きく曲がるカーブをフェアゾーンに転がしてしまい、キャッチャーゴロに倒れてアウトとなった。 

 多くの球数を投げさせられた楠木だが動揺の色はない。無表情に淡々と次のバッターとの対峙を待つ。



 三番龍ヶ崎が打席へと入る。一打席目にヒットを放ち、1点目の得点のランナーになっているだけあり、この打席も期待がかかる。 

 龍ヶ崎が打てば後ろには大輔。得点のチャンスは大きく広がる。

 だがここでも楠木は淡々と投げ続ける。

 ストレート、スライダー、カーブ、フォーク。投じれる四つの球種を投げ分けて、あっという間に龍ヶ崎を追い込み、最後は低めいっぱいに決まるストレートを打たせてショートゴロ。

 スリーアウトだ。


 「さぁ守備だ! 後ろはあまり緊張するなよ!」

 佐和ちゃんが手を叩きながら選手たちの気持ちを切り替える。


 「英雄! この回も頼んだぞ!」

 「はい!」

 そうして佐和ちゃんは俺へとエールを送る。

 そのエールに一言返事を返して、俺はマウンドへと飛び出した。

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