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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
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253話

 一回の裏の隆誠大平安の攻撃を前に投球練習をこなす。

 体の状態は良くないが、投じるボールは相変わらず球威の乗ったボールを投げれている。

 哲也のミットを何度も低い轟音を響かせ、状態の良さを実感する。

 最後の一球も投げ終えて準備完了。隆誠大平安の最初の攻撃が始まる。


 ≪一回の裏、龍星大平安高校の攻撃は、一番センター大河原君≫

 場内アナウンスがバッターの紹介を終えると、相手スタンドから応援歌が奏で始めた。数年前流行った曲だ。さすが伝統校だけあって綺麗な応援歌を流してくれる。

 打席に入る打者は、左バッターの大河原。打率は府大会も通じて2割前後と先頭バッターとしては幾分低い成績だが、足が速く盗塁成功率は9割を越している。

 得意コースはアウトコース。変化球打ちも得意としている。

 頭の中に朝聞いた情報を浮かべる。哲也のサインはインコース。俺は小さくうなずいた。アウトコースが好きなバッターならとことんインコースを攻めるまでよ。


 体は疲れを残しているが、体の動きは悪くない。

 左腕を強く振るい、まず一球目を投じた。

 厳しいコースへと投じたストレートはバットを振らせることなくミットを響かせた。判定はストライク、まず一個目のストライクだ。

 球速は149キロ。疲れてはいるが良いボールを投げれているな。

 だが昨日の今日だ。無理はしない。大輔が2点取ってくれたし、俺は1点やるぐらいの気持ちで楽に投げるまでだ。


 二球目、今度もインコースへのストレート。

 左腕が唸り厳しく大河原のインコースを貫く。大河原は表情を歪めた。心底嫌そうな顔だ。

 続く三球目もインコース。今度は外れてボールとなり、カウントはワンボールツーストライクとなった。

 バットを構えなおす大河原。哲也のサインを確認して小さくうなずく。息を吐き投球モーションに入った。

 四球目、投じたのはアウトコースへのカットボール。

 得意コースに投じられたボールにまんまと食らいつく大河原。そしてボールは手元で小さく変化した。

 鈍い音共に打球はサード正面のゴロとなった。これを中村っちが軽快にさばき、ファーストへと転送。秀平がしっかりとキャッチしてアウト。

 まず一つ目のアウト。



 続く二番バッターの柿本(かきもと)が右打席へと入る。

 小技を得意とする典型的な二番バッターだ。打率は大河原と同様2割前後のバッター。

 こちらも容赦なくインコースで攻めていく。ボールは多少荒れ気味だが、力で押していく。

 ストレート、ストレート、ストレートと三球続けてインコースに投げ込む。三球目をファールにされて、カウントはノーボールツーストライク。

 四球目、俺と哲也が選んだのはアウトローへのチェンジアップ。これに柿本が手を出した。

 打ち抜いた打球はセカンド右へと飛ぶライナー。これを誉が横っ飛びでキャッチした。

 スタンドから歓声が起きる。誉は何事もなかったように起き上がり、さも当然といった表情で俺へとボールを投げ返してくる。


 「サンキュー誉!」

 「気にすんな! バンバカ打たせてけ!」

 頼れるバックだ。本当ありがとう。

 今日は本当気持ち楽に投げれそうだ。



 ツーアウトとなり、打席に入るのは三番の梅垣(うめがき)

 選抜甲子園では四番を任されていたバッター。今大会は奈川に繋げるバッターとして、この打順に定着している。

 打率は三割後半。今大会は一本もホームランを打っていないが、選抜甲子園では二本ホームランを打っており、パワーは十分にある。

 前二人以上に厳しいコースに投げなければ抑えるのは難しいだろう。

 哲也はインコースのストレートを要求してくる。今日も強気のリードをしてくるが、それでこそ俺の相棒だ。

 一球目、インコースに一杯にストレートを決めた。まずはワンストライク

 二球目、今度もインコースにストレートを決める。追い込んだ。

 迎えた三球目、選んだのは低めへのストレート。

 哲也のミットが唸る。判定は…ストライク。

 低めいっぱいに決まったストレートに、梅垣のバットは出てこなかった。三球ともコースギリギリに決まるボールだった。選抜優勝校の四番だった男でもこのコースのボールは打てなかったようだ。


 三者凡退。上々の立ち上がりだ。

 この状態を最終回まで維持できれば良いんだがな。


 「ナイスピッチ英雄! 気持ちの乗った良いストレートだったよ」

 「おぅ!」

 「これなら…優勝できるかもね」

 そういって笑う哲也。お前、そういうフラグが立つような事を言うのやめろよな。

 それにまだ相手の四番とも対決していないんだ。そんな事考えるのは早計だろう。

 奈川英雄。一年で四番を任される男。そいつの実力を測らずして甲子園優勝なんて口にできないわ。



 二回の表の山田高校の攻撃は六番中村っちの空振り三振に始まった。

 先ほどの大輔のツーランホームランで、楠木は案外簡単に攻略できるのでは? という空気が流れたが、それはあっという間にかき消された。

 マウンド上の楠木はまごうことなき今大会ナンバー1ピッチャーだ。投じるボールはどれも高校生離れしていて、むしろあのボールをホームランにした大輔を褒めるべきだ。

 七番秀平、八番哲也も連続で三振に打ち取られスリーアウト。

 2点先制したが、厳しい戦いになることは変わりない。



 ≪二回の裏、隆誠大平安高校の攻撃は、四番ファースト奈川君≫

 さぁ二回の裏の守りだ。この回の先頭バッターは奈川英雄。

 右打席へと入り、ゆっくりとバットを構える奈川。

 まだ幼さを残し、中学生の雰囲気も感じさせるバッター。打席での構えを見る限り、四番を任されるような男には見えない。少なくとも園田ほどの怖さはない。

 まずは前三人と同じくインコースへのストレート。もちろん油断はしない。胸元をえぐるような厳しいコースで様子を見る。

 左腕をうならせストレートを投じる。インコース、胸元を突くストレートに奈川のバットが火を吹いた。

 金属バットの轟音。思わず俺は目を疑い、背筋に悪寒が走った。

 たった一振り。その一瞬だけの光景にデジャブを感じた。

 打ち抜かれた打球は殺人的なスピードを出して、三塁ベンチ上のフェンスに直撃した。金網が揺れる音とフェンス近くにいた観客の悲鳴。

 だがそれすらも気にならないぐらいに俺は奈川を凝視していた。冷や汗が流れる。先ほどのスイング、それとまったく同じものを、俺は朝見ていた。


 「おいおい、なんだそのスイングは…」

 美しいと形容することは不可能。むしろ美しいと言う言葉すらも破壊する一振り。

 乱暴で、凶暴で、凶悪なその一振りは、人間の本性を表したようなスイング。

 そんなスイングをする馬鹿を俺は一人知っている。そう大輔だ。だが、奈川のスイングはまだまだ幼い。雰囲気もまだまだ。生まれたての怪物というべきか。入部テストの時に戦った大輔と似ているか。

 まだまだ経験が足りない。修羅場を乗り越えてきていない。高いレベルのピッチャーとの戦闘経験が足りない。だから恐るるに足りず。


 乱暴な一振りをするのならば、こちらも乱暴な一球を投じるまでよ。

 目には目を、歯には歯を、凶暴なスイングには凶暴な一球を。

 その金属バットをへし折るつもりで、インコースにストレートを投げ込んでやる。

 奈川英雄。今日はしっかりと俺と大輔を見ておけ、これがお前が乗り越えるべき怪物だ。


 先ほど打たれたコースと同じところに、先ほど以上のストレートを投げ込む。

 奈川のバットは出てこない。乾いたミットの音だけが響いた。

 審判の右手が高々と上がった。奈川は表情を変えずこちらを見てくる。だが俺はそんなの気にも留めない。球速表示が152キロに達したと伝える。

 早くも追い込んだ。


 一球ボール球を投げ込み、ワンボールツーストライク。

 哲也のサインを確認する。フォークボール。あぁもうこの球も出し惜しむ必要はない。しっかりと俺の決め球として機能してもらう。

 奈川はバットを構えなおす。鋭い視線で俺を睨みつけているが、怖くもなんともない。もうちょいお前は経験を積んで来い。


 四球目を投じる。

 奈川は打ちに来た。しっかりと踏み込み、バットが振られる。

 凶暴な一撃。だが奈川は本能的に察したのか、スイングを途中で止めた。ボールはすとんと落ちる。中途半端なスイングとなった奈川。

 球審がストライクの判定を出した。奈川は悔しそうに天を仰ぐ。そうして忌々しそうに俺を見てきた。

 息を吐く。まず一つ目のアウトだ。


 スタンドからは拍手が起きた。

 それを耳にしながらホッと安堵の息を吐いて、肩の力を抜いた。

 奈川を三振に打ち取り調子が出てきたのか続く五番羽尻(はじり)、六番由利(ゆり)を共に内野ゴロに仕留めてスリーアウト。

 気持ちよく俺はマウンドを下りた。

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