252話
≪一回の表、山田高校の攻撃は一番ショート嘉村君≫
アナウンスが先頭バッターの名前を告げる。
我らが切り込み隊長恭平は足場を固め終えてから「しゃあぁぁぁ!」と雄叫びをあげて、バットの先を楠木へと向けて威嚇する。
それを俺はベンチから見ていた。
さぁ試合開始だ。
山田高校応援団の応援が始まった。昨日の熱戦の疲れもあるだろうが、今日も相変わらず声を張り上げて応援歌を口にしている。
この夏、ずっと応援をしてくれた応援団には感謝をしてもしつくせない。
相手バッテリーは最初の一球を決める。決勝戦の火蓋を切る第一球、同時に今日の試合の命運を決める大事な一球。
試合開始のサイレンがけたたましく鳴り響く中、楠木は投球動作へと移る。
降りあがる腕はトップに到達する一度停止し、そこからら腕を下げながら、腰を回転させ左足を上げていく。ゆったりとした投球モーションだ。
左足と左腕は前へ。右腕は風車のように回っていく。そこから右腕はしなり白球が放たれる。
初球打ちを得意とする恭平。
ストレートだったが、恭平はタイミングを大きく外しての空振りだった。
完璧な振り遅れ。予想以上に速いのか、それとも減速しないのか。打席に入らないと分からないな。
球速は145キロ。悪くないスピードだが、恭平が振り遅れるほどのスピードでもない。
ここから見た限り、打ちづらそうな投球フォームにも見えない。オーソドックスで基本に忠実な上手投げ。独自のアレンジを加えていないからこそ教科書にしたいピッチングフォーム。
恭平は結局、二球続けてのカーブを捉えきれず空振り三振で倒れる。
「恭平、どうだった?」
ベンチに戻ってきた恭平に楠木の情報を聞いてみる。
正直、こいつからまともな情報を聞けるとは思わないが一応聞いておく。
「彼女がいそうな面だな。めっちゃ顔面に一発食らわせてやりてぇ」
案の定いらない情報をくれた。
俺が聞きたいのは投げるボールの話だ。
「そうじゃなくてストレートはどうだった?」
「そうだな。確かにあれはストレートに想いを伝えそうなタイプだな。それだけに余計に腹が立つ。あぁ言うのは王道にホテルで初めてを済ませるタイプだな」
いらない情報を重ねるな。やっぱりこいつに期待した俺が間違いだった。
呆れてため息をついていると、背中を叩かれた。叩いたのは大輔だった。
「いつも通りの恭平でよかったじゃないか」
「いいや、奴の彼女のイメージが沸かないから今日は不調だ」
笑う大輔と意味不明な事を口にする恭平。
良かった。二人とも決勝戦だが気負っている様子はない。それだけは救いか。
恭平が三振に終わり、続く二番の耕平君も、初球のストレートにタイミングを外した。
郁栄学院の畑中が投げる155キロ越えのストレートよりも打ちづらいのだろうか。まぁ畑中の場合は、ただ速いだけのストレートだったからな。
楠木のストレートは違うのだろうか。ストレートの平均球速は140キロ中盤か。伸びや切れがあるストレートなのかもしれない。
結局、耕平君も二球目のスライダーを空振りした後に、三球目のカーブに付いていけず三振。
完璧なピッチングだ。やはり楠木は前評判通りのピッチャーらしい。
今日は投手戦になるか。
耕平君と入れ替わる形で龍ヶ崎が打席へと入る。
一方で俺は戻ってきた耕平君から情報を聞き出す。
「ストレートが凄い伸びがありますね。想像以上に早く感じます。こう…手元で伸びてくるイメージですね」
相変わらず耕平君の感想は凄い参考になる。どっかのアホ野郎と違ってな。
さらに耕平君は投じられた変化球の感想も口にする。
スライダーとカーブ。どちらも今まで見てきた変化球の中で一番と言っても良いほどに打ちづらいらしい。
三番龍ヶ崎の打席。
初球、二球目と見送りワンボールワンストライク。
様子を見る限り、落ち着いているように見えるが。
迎えた三球目のストレートだった。
龍ヶ崎のバットが動く。鋭いスイングでボールを捉えた。金属バットの轟音を残して、打球は一二塁間へと飛んでいき、そのままライト前へと転がっていく。
龍ヶ崎は悠々と一塁に到達。初回からのチーム初ヒットに大いにスタンドが沸いた。
まさか初回からヒットが出るとはな。ヒット出るだけでも上々な結果だ。
ツーアウト一塁、打席に入るのは四番大輔。
初球、高めのストレートを大輔は打つもボールは打ちあがり、バックネット裏のスタンドへと飛び込むファールとなった。今のコース、見逃していたらボールになっていたな。
続く二球目、今度は大きく曲がるカーブ。これは見送ってボール。
三球目は高めに外れるストレート。
相手バッテリーも大輔を警戒しているようで、ボール先行の配球となっている。
迎えた四球目、楠木が投じたのはアウトローへのストレート。
それを大輔はぶち抜いた。
爆音が球場に轟いた。誰もが驚きの声を上げるような爆裂したような音。
常人離れしたパワーから振りぬかれたバットは、とんでもない速さで楠木の投じたストレートを捉えていた。
ライト方向へと飛びあがった打球は、グングンと勢いを増してスタンドへと飛んでいく。見る者すべてが確信する一撃。センター大河原とライトの丸岡は一歩動いたところで打球を追うのを諦めた。
俺は立ち上がり、自然と右手を突き上げていた。
背の方の三塁側ベンチ、スタンドの歓声が高まっていく。
もうまもなく、ボールはライトスタンドに突き刺さるように飛び込んだ。
初回の攻撃がこんなことになるとは思わなかった。
一塁ランナー龍ヶ崎が悠々と三塁ベースを蹴飛ばす。バッターランナー大輔も二塁ベースを蹴飛ばした。
大歓声の三塁側スタンド、言葉を失う一塁側スタンド。マウンド上で楠木は渋い表情を浮かべている。
「すげぇよ大輔…」
バッターボックス近くで二人のランナーを帰りを待ちながら、俺はぽつりとつぶやいた。
ツーランホームラン。
正直、今日は楠木から点を取るのが難しい試合展開になるものだと思っていたから、こんな結果になるとは思いもよらなかった。
「ナイスバッチ」
「それは三村に言え」
ホームベースを踏みしめた龍ヶ崎とハイタッチをする。
呆れ笑いを浮かべる龍ヶ崎。俺も呆れ笑いを浮かべている事だろう。
三塁ベースを蹴飛ばしホームへと走ってくる大輔。
今大会六本目となるホームラン。
大会記録を簡単に塗り替えやがって、怪物かお前は。
あぁまったく、俺も負けてられないな。だがこの怪物と並ぶ記録とはいったいなんだ? 正直、完全試合の一つでも成し遂げないと無理な話だ。
やっぱり、叶わねぇなぁ。
「やったぜ英雄」
「おぉナイスバッチ」
ホームベースを踏みしめた大輔とハイタッチを交わす。
初回から2得点ありがとう。これでかなり投げやすくなった。
大輔のホームランでランナーが消えて、ツーアウトランナー無し。続くバッターは俺だ。
楠木はもしかして、案外大したことないのか?
それなら大量得点も期待できるか?
そう思ったのは束の間、初球のボールを見た瞬間、そんな考えは木っ端微塵に吹き飛んだ。
投じられたストレートにまったく対応できなかった。
球速は143キロだが、体感的に150キロ以上に感じた。耕平君言う通り、手元でグイッと伸びてくるイメージだ。
続く二球目、今度はスライダー。こちらも手元でキュッと鋭く深く曲がってくる。これまた打ちづらいボールだ。
三球目、今度はカーブ。大きくゆっくりと曲がるカーブは、初見で軌道を読むのは難しい。振り出したバットはボールを捉える事無く空を切った。
あっという間の空振り三振。これはダメだ。大輔の奴、よくこんなピッチャーからホームランを打ったな。
マウンドの楠木を見る。無表情だ。まぁホームラン打たれてるし、笑顔を見せる事はないか。
三振になったのは仕方ない。俺の本職はピッチャーだ。そちらで結果を残せばいいだけの話だ。




