24話 VS丸野港南
9月5日、日曜日。
丸原球場で行われている山田高校 対 丸野港南高校の試合は延長戦に突入していた。
両者のスコアボードには0の文字が刻まれ続けている。
現在試合は0対0で九回を迎え延長戦へと突入していた。
さすがは県内三強に数えられる丸野港南。こちらの打線を寄せ付けず、逆に俺という怪腕を追い詰めてくる。
新チーム最初の大会だけあって、まだまだ打線に稚拙なところが目立つから気を抜かなければ十分に抑えられているが、もしチームが完成された状態である夏にぶつかっていたら、見事にボコボコにされていたことだろう。
十一回の裏、丸野港南の攻撃。
ツーアウトながらランナーを二塁に置いて、左の二番バッターに代わり右の代打が打席へと入っている。
「英雄! 気張れぇ!」
「あと一つだぞ!」
恭平、大輔が俺に声かけをしてくれるが、俺はまったく疲れていない。
いや、疲れてはいるけど、打ち込まれるほど疲労は溜まっていない。
連日の猛暑の中試合になる夏の大会ならまだしも、毎週土日で日差しも気温も夏に比べて落ち着いている秋の地区予選なら、十一回だろうが延長再試合だろうが、余裕でこなせる。
相手打線も県内屈指の強豪だけあって気が抜けないが、まだまだ新チームになりたてなのもあって未熟なところがある。そこを的確につけば、なんとか抑えられる。
初球、インコースへのストレート。
入部テストで大輔に決めたクロスファイヤーは、現状俺の武器のひとつとなっている。
鋭く食い込んでいくストレートに、右バッターは手を出せず見逃す。
「ストライク!」
審判の判定はストライク。
まずは一球目、哲也からの返球を受け取り、軽くロジンバックに指先を触れた。
続く二球目は外いっぱいへのストレート。
バッターは打ちに来るが、打球はファールゾーンへと転がっていく。
さて追い込んだ。ここは一球外すか? いや、球数が増えるのは面倒だ。
哲也もいつこちらの得点が入るか分からない状況を踏まえたうえで、三球勝負を選んだ。
低めへのスライダー。俺は小さく頷いた。
俺の最大の武器はこのスライダー。中学の頃から多投していた事もあり、制球にはストレートの次に自信がある。
なにより手元で鋭く、そして大きく曲がるこのスライダーを初見で打てるバッターは早々いない。
クイックモーションからスライダーを投じる。指先の感覚を研ぎ澄ませて、ボールをリリースした。
腕の振りはストレートと全く同じ、中学の頃にそれはもう自分のこと好きになっちゃうぐらい鏡の前でフォームのチェックをしたほどだ。
故に、スライダーを投じるフォームとストレートを投げるフォームは重ねあわせても、きっと寸分狂わないフォームとなるだろう。
放たれたボールを打ちに行くバッター。瞬間、ボールは大きくスライドした。
バットは豪快に空を切り裂いた。哲也もしっかりとボールをキャッチし、空振り三振。
スリーアウト。俺はホッと安堵の息を漏らしてマウンドからベンチへと戻る。
ここまで俺は十一回を投げて被安打7の無失点。
対する丸野港南のエース阿部隆昌は2回途中から投げて被安打1の無失点。
相手チームも、まさか夏の大会初戦敗退のチームとこんな試合になるとは思わなかっただろう。
エースが途中登板なのも、前回の試合で投げた事もあり、温存とかあったのだろうが、二回に先発の一年ピッチャーが大輔、俺に連打を食らい急遽エースを投入した形となっている。
さすが強豪校、判断の早さはさすがと言わざるを得ない。
急遽登板した阿部は、県内の三強と言われている強豪校の一角のエースを任されるだけはあった。
ろくな準備もできず登板したようだが、後続をしっかりとシャットアウトし、龍ヶ崎、大輔、俺3人を無安打。
唯一のヒットは、哲也の詰まった当たりがポテンヒットになったのみ。
夏の大会で酒敷商業を最後まで追い詰めたピッチャーだけある。
俺は俺で被安打7だが、ヒット全部が先頭バッターへの甘く入ったストレートを痛打されている。なので、後続はしっかりと断ち切っているから、今のところ三塁まで進まれていない。
延長十二回の表、我が校の攻撃。打順は一番の耕平君から始まる好打順。
その耕平も阿部に対して3打数無安打と良い所が無い。
初球はアウトコース低めへのストレート。これに対し耕平君はセーフティバントを試みた。
打球の勢いが殺された絶妙なバントが、三塁線近くを転がる。阿部はすぐさまマウンドを駆け下りて、ボールを掴みファーストへ投げようとするも、すでに耕平君は一塁ベースを踏んでいた。
さすがは部内一の快足。大輔と兄弟なのに、まったく選手のタイプが違うな。
阿部は予期していなかったのか、それとも油断していたのか分からないが、これでノーアウト一塁のチャンスだ。
相手チームはバント警戒の守備。
それもそのはずだ。現状我が校の打線は阿部を攻略できずに延長戦に突入している。ここでヒットエンドランやヒッティングなどの強気な采配はしづらいと、丸野港南は読むだろう。よほど自信がない限り、ここは十中八九送りバントの場面だ。
だがバッターは、基本サインを一切覚えていないミスター馬鹿様の恭平だ。それも佐和ちゃんは承知しているので、特にサインは出していない。適当にボディサインを送る。
初球はアウトコースへのカーブ。それを打ちに行く恭平。が、空振りでワンストライク。
二球目はインコースのストレート。恭平はこれを打ちぬいた。
快音と同時に打球はバント警戒の守備をしていた三遊間を抜くレフト前ヒット。
これでノーアウト一二塁。一打併殺の恐れもあった打席でのヒットは、かなりのラッキーだろう。
続く龍ヶ崎は、送りバントのサインを無視して打ちにいくも、セカンド正面の併殺打。
それにしても恭平も龍ヶ崎も、サインを無視する生意気な奴ばかりだな、うちのチームは。
「佐和ちゃん、ちょっと監督としての人望ないんちゃいます?」
「確かに恭平といい、龍ヶ崎といい、お前といい、どいつもこいつも俺の言うことを聞かない奴ばかりだしな。困ったものだ」
何故俺も含めた。いや、含められても仕方がないとは自覚してるけどさ。
ため息をつく佐和ちゃん。普段なら冗談っぽく笑って返すのだが、今日は笑みはない。チャンスもなく0対0という試合展開だっただけに、この場面はとにかく集中しているのだろう。
ノーアウト一二塁から一転して、ツーアウト三塁の場面で迎えるは、四番の大輔。
阿部相手に3打数無安打の2三振と、完璧に抑え込まれている。
打席へと入る大輔の顔は、いつもは見せないような真剣な表情だった。
その表情を見て、思わず俺は大輔にエールを送る。
「大輔! 一本頼むぞ!」
打席に入る直前、英雄からそんなエールが俺へと送られた。
二死三塁で四番バッターである俺の打席。四番としてなんとか結果を残さないといけない場面だ。
英雄だってここまで強豪の港南打線を無失点で抑えて頑張ってるんだ。いい加減あいつを楽にしてやりたい。
バッターボックスに一歩一歩と踏み入れる。
マウンド上には俺を抑え込んでいる同い年の阿部隆昌。
バッターボックスに入り、一度息を吐くと同時に、力を抜く。
この場面、長打はいらない。低く強い打球をセンター返し。
足場を固めながら、呪文のように心の中で唱える。
阿部の球種はストレートとスライダーとカーブ、チェンジアップ。
多投するのはチェンジアップとスライダー。狙うのは、カウントを稼ぐアウトコースに逃げるカーブ。このボールが一番甘いコースに入りやすい。
同時に前3打席の阿部の球筋を思い出す。そのボールを打ち崩すイメージはすでに出来上がっている。
構え、ジッと阿部を睨みつける。
阿部はキャッチャーのサインに頷き、そして三塁ランナーである耕平を一度見てから、クイックモーションで投じた。
アウトコース低めから外に逃げるスライダー。俺はそのまま見送る。
「ボール!」
ストレート狙いだと思ったのだろうか?
なんにしても初球ボールは、相手としてもマズいと思ってるのだろう。
二球目、今度はインコースへのストレートが投じられた。
最速134キロのストレートが、俺の胸元をえぐりながらミットに収まった。
「ストライク!」
ギリギリのコースだったが、ストライクか……。これで1ボール1ストライク。
あのコースを投じてくるピッチャーは初めて見た。やはり強豪校でエースナンバーをつけているだけある。
俺の始めたばかりの野球人生の中でもトップクラスのピッチャーだ。それだけに気合が充填されていく。
三球目は低めに外れるチェンジアップ。
これを見送り、カウントは2ボール1ストライクになった。
さっきから慎重なリードだな? フォアボールになっても良いから、厳しいコースを投げてるのかもしれない。
俺と英雄をフォアボールで歩かせても、後続の打線を抑える自信があるのかもしれない。
バッティングカウント。
慎重なリードをする相手バッテリーの選ぶボールを予測しようとして、俺はため息をついた。
ここ最近野球に熱を入れすぎて、読み打ちなんてテクニックをついつい活用しようとしてしまう。
だけど経験も知識も浅い今の俺では意味がない。あまり深く考えるな。
グリップを軽く握り、ボールを待ち望む。
俺ができることはただ一つ。来たボールをとっさに打ち抜くのみ。
そうして四球目、放たれたのはアウトコースへのカーブ。
おそらく見送ればボールになるだろう。だがこの打席で俺が狙っている球。
案の定、コースは甘い。
バットが届かなくなる前に打ちぬく!!
前足を踏み込み、バットを振るう。
一瞬感じるバットへの重みは無くなり、気持ちの良い打った感覚が手に残る。
打球はショート頭上を越す、レフト前へのヒット。
俺はゆっくりと一塁ベースを踏み、オーバーランする。このヒットで三塁ランナーの耕平は無事ホームインしたようだ。
ベンチからの歓声を耳にしながら、打席に入る英雄を見る。
自分でも完璧なスイングだった。
英雄との対決以来始めた、毎夜の素振りが功をを奏したのかもしれない。
これでやっとゲームが動いた。この1点があれば、我が校は勝てるだろう。
英雄、あとは頼むぞ。
試合はその裏、英雄がきっちりと三人でピシャリと抑え、1対0で勝利したのだった。




