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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
249/324

248話

 十三回の裏。ツーアウト一三塁。カウントはツーボールツーストライク。

 俺は一度溜め息を吐いてから、プレートから足を外してロージンバッグに指先を触れた。

 秀平のスリーランホームで勝ち越し、その裏の攻撃。横浜翔星は3点取られてもなお粘り強く執念深いバッティングで俺を追いつめる。

 先頭の五番西田のヒットを打たれ、その後後続の二人を抑えたが、次の八番長塚にライト前ヒットを打たれて、気づけば一三塁のピンチだ。

 でも前のイニングまでとは違う。9対6でこっちが3点のリードをしている。この場面で1点取られたところでまだ2点差だ。

 やはり秀平のホームランが大きかった。3点という点差は疲れ切った俺でも非常に安心して投げ込める。

 横浜翔星の粘り強さは未だ続いているが、ここまでだろう。むしろここまでであってください。


 プレートを踏みなおす。

 打席には九番鴨志田に代わって代打の金城(きんじょう)が入る。だがこのバッターは良い具合に俺のボールに合っていない。

 哲也が五球目のサインを送る。アウトローへのストレート。俺は小さくうなずいた。


 試合開始当初はあんなに暑かった太陽もだいぶ西に傾いた。

 気持ち涼しく感じるほどには暑さも落ち着いた。だけど球場にまとわりつく熱気は未だ消えず、俺達にまとわりつく。

 長かった戦いもこれで終わりだ。残った僅かばかりの力を振り絞って投球動作へと入る。

 今日百数十球目のボールは、アウトロー一杯、狙い通りのコースへと向かう。金城のバットが動き出す。だがそのバットでは絶対に届かない距離だ。

 バットをは空を切り、虚しくスイング音を響かせるだけだった。

 スタンドからの大歓声と大喝采。それは試合終了を告げるには十分だった。


 長い、長い長い長い試合の終止符がここに打たれた。



 「しゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 心の奥底から沸き上がる興奮と喜びは雄叫びとなって俺の体が溢れ出した。

 ここまで胸の底から試合が終わった事を喜んだことはなかった。

 疲労困憊、今すぐにでもぶっ倒れてしまいたいぐらいに、俺に残った力はわずかなものとなっていた。整列するために駆け足で向かうのもしんどい。だがもう少し頑張ろう。もう少し頑張ればゆっくりと休める。

 

 ホームベースを挟んで両者は整列する。横浜翔星の選手たちの顔に涙はない。いや泣く余裕もないといった所か。

 夏の暑さよりも熱く、球場をこれでも熱くさせた熱戦。追いつき追い越し追いすがり、両者が最後まで執念深く勝ちにこだわり、粘り強い野球をし続けた総力戦。死闘ともいえる試合が終わる。


 「両者、礼!」 

 最後の球審の号令に俺達は力強く頭を下げ、そうして力強く顔を上げ、大きな声で「ありがとうございました!!」と試合終了の挨拶をした。

 試合時間は4時間を越えた。長い激闘はここに幕が下ろされた。

 熾烈を極めた戦いを続けた両者に、スタンドからは惜しみない拍手と激励が送られる。

 その中で俺達は相手チームの選手と握手し、健闘を讃え労いあう。


 試合終了後の校旗掲揚と校歌演奏。

 選手も観客も疲れ切った甲子園球場に山田高校のありふれた校歌が流れる。

 もう俺達も大口開けて歌う余裕はない。それほどまでに勝負は紙一重だった。

 横浜翔星は強かった。いや強すぎた。むしろ良く俺達は勝てたと思うほどに。きっと隆誠大平安も苦戦を強いられていただろう。あの楠木ですら抑えるのには四苦八苦するはずだ。

 だからか、勝利の充実感は野球をやってきて今日が一番だ。

 越えられるか分からない壁を乗り越えたときの達成感。だが、満足はしていない。


 目に映るのはバックスクリーンの第一試合の結果に書かれた隆誠大平安の名前。

 今日の試合はあくまで前哨戦に過ぎない。本番は明日だ。明日、全国の頂点をかけて隆誠大平安と戦う。

 すでに俺達は満身創痍だが、果たして隆誠大平安に勝てるのだろうか…?


 「行くぞぉ!」

 なんてことを考えていると校歌の演奏も終わり、次は応援団の前まで向かう為、哲也が声をあげた。

 選手たちは声を張り上げて応援団の前へと走る。



 フェンスを挟んで、応援団の前に一列に整列した。 

 応援団からは祝福の言葉と労いの言葉が送られる。


 「応援、ありがとうございました!」

 「ありがとうございました!」

 哲也が声を張り上げ、その声を会津に俺達は深く頭を下げて声をそろえて感謝の言葉を続ける。

 拍手と歓声。顔を上げた頃にはサポーター全員が拍手をし明日に向けてエールを送る。

 今日はお疲れ様だ。明日も頼みますよ応援団の皆さん



 試合終了後の通用口での記者会見。今日も今日とて大勢の記者がやってきていて、俺と秀平、佐和ちゃんはいつものように壇上へとあげられる。

 疲れでいっぱいいっぱいだが、記者の質問にはしっかりと受け応えする。

 だいぶ俺も記者の応対に慣れてきた。だが初めて壇上に上がった秀平は緊張しているようで、所々噛んでいる。そんな初々しい姿を記者たちはどこかほほえましそうに見ている。


 「佐倉君、明日は決勝戦。相手は選抜優勝校の隆誠大平安君だけど、勝つ自信はある?」

 記者が俺に対して愚問を聞いてきた。

 思わず鼻で笑いそうになったが、さすがに失礼なので止めておく。


 「もちろんです。相手は選抜優勝校ですので、胸を借りるつもりで挑むつもりです」

 ハツラツした好青年をイメージしつつ、記者が喜びそうな発言をしておく。

 そう、どんな死闘を繰り広げようとも、明日には決勝戦が待っているんだ。いつまでも勝利の余韻に浸ってるわけにはいかない。


 記者会見も終わり、通用口を通ってバスまで向かう。

 警備員によってつくられた道を歩く。左右にはファンの皆様方が俺や大輔を始めとした選手の名前を叫び、応援や労いの言葉を投げかけてくる。

 もういい加減疲れも限界だから、応対するのも面倒くさい。だがここは勝利のヒーローらしく笑顔を作って応援に応える。


 「英雄! 哲也! 明日も頑張れ!」

 「英雄君! 頑張ってー!」

 雑多する人混みの中から聞きなれた声が耳に入った。

 声の主の姿は見つからなかったが、その声は確かに俺の知っている人物の声だ。

 その声を聞いて、俺は作り笑いでもない笑顔が自然と浮かんだ。



 「まずはお疲れ様。次にお疲れ様。最後にお疲れ様」

 バスの車内にて佐和ちゃんの演説が始まる。

 早速選手たちの笑わせに来ているな。


 「俺もお前らも応援団もお疲れだ。横浜翔星は掛け値無しに強かった。これまで戦ってきたどのチームよりも強かっただろう」

 佐和ちゃんの言葉に俺達は強くうなずいた。 

 あぁまったくもって横浜翔星は強かった。俺をあそこまで追いつめられるのはきっと横浜翔星ぐらいだろう。

 結局俺は園田良太に勝った気がしない。一個三振を取ったがそれ以外はまったくと言っていいほど打たれていた。

 あいつと次に戦うのはいつになるだろうか? 九月におこなわれる国体か、それともプロ入りしてからか。


 「厳しい戦いの勝利ほど美味いものはない。俺も今日ばかりはビールを飲もうと思う。風呂上りのビールは確実美味いなこれは」

 高校生に酒の話題を出すとかこいつ本当に教師か?

 正直このネタは笑うに笑えん。佐伯っちだけ笑っている。


 「…だが、いつまでも勝利の余韻を噛みしめている暇はない。明日は全国大会決勝戦だ」

 佐和ちゃんの表情が変わり、車内の雰囲気も変わった。

 誰もが口を閉じ、佐和ちゃんの言葉を待ち望む。


 「相手は隆誠大平安、春を制した…言ってしまえば全国の頂を見たことがある選手ばかりで構成された唯一の学校だ。そんな相手にお疲れモードで挑むんだ。明日も厳しい戦いになるだろう。」

 佐和ちゃんの言葉。相手がいかに強敵であるかが身に染みて伝わる。


 「疲れがピークに達し限界を迎えた時こそ、これまでの練習の積み重ねが顕著に表れる。お前たちの真価が試される。良いな!」

 「はい!」

 「明日はお前たちの全てを注ぎ込んで戦え。決して最後まで諦めるな。心が折れた時点で負けだ。気持ちを途切れる事無く挑み続けろ。そして…勝とう。優勝旗を学校に持ち帰ろう。俺もお前たちも見たことがない全国の頂とやらの景色を見に行くぞ!」

 「はい!!」

 佐和ちゃんの言葉に選手一同が声をそろえて力強く返事を返した。

 明日に向けて、気持ちが一気に切り替わった。

 あぁ、明日も勝って優勝旗を学校に持ち帰ってやる。明日も頑張ろう。

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