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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
247/324

246話

 十二回の表、この回の先頭バッター秀平は空振り三振に終わった。


 「ドンマイ秀平」

 「すいません…あのピッチャーめっちゃ打ちづらいです」

 ベンチに戻ってきた秀平を迎え入れる。彼は申し訳なさそうに表情を変えながら軽く頭を下げた。


 「だよなー。俺もそう思った」

 秀平の言葉にうなずく。今マウンドにいる清水と左バッターの相性は良くない。立ち位置を一塁ベース寄りにし、そこからサイドスロー気味のスリークォーターの投球モーションは、左バッターだと出所が見づらく対処がしづらい。

 左バッターの俺、秀平、耕平君は苦戦を強いられることだろう。


 「本当すいません先輩。もっと俺が打ててれば、今日の試合ももっと楽に終わってたのに…」

 凄く落ち込んでいる秀平。

 何を言っているんだこいつは?


 「一年坊主のお前がそこまで気にすることはねーよ。お前にはまだまだチャンスがあるんだ。今回打てなくても気にすることないさ」

 「俺じゃなく英雄先輩はこれが最後の大会じゃないですか。中学の時もそうでしたけど、俺、まったく先輩の役に立てなくて、本当すいません」

 そうして頭を下げて謝る秀平。思わずその差し出された頭をひっぱたいていた。パシンッと良い音が鳴り響く。我ながらなかなかいいビンタだった。

 叩かれた秀平は「いたっ!」と驚きつつ頭を押さえる。


 「一年坊主がいっちょ前に責任感じるな。お前は十分役に立ってる。だから責任を感じる必要はないさ」

 「でも…」

 「これで負けたとしても、それはお前のせいじゃない。相手が強かっただけだ」

 頭を押さえながら未だ落ち込んでいる秀平に俺は言葉を続ける。

 これ以上一年生に心配されると、俺のピッチングの不甲斐なさを痛感してこっちまで落ち込んでしまう。


 「俺達三年の事は深く考えるな。お前はお前のバッティングをしろ。ここで結果が出なくてもお前にはまだ未来がある」

 少し早口になりながら秀平に伝えたいことを伝えて、彼の肩を軽くたたいた。


 「先輩…」

 「中学の時もそうだけど、お前には相当助けられてるから、そこんところは安心しろ」

 さらに励ましの言葉もかける。

 秀平は今にも泣きそうな顔をしている。感極まるのは試合が終わってからにしてくれ。



 さてワンアウトになって、次のバッターは八番の哲也。

 清水のピッチングスタイルは左バッターと相性が良いが、右バッターは逆に相性が悪い。

 哲也は追い込まれてからの変化球を捉え、一二塁間を破るライト前ヒットで出塁する。

 ワンアウト一塁。打席には九番誉が入る。

 佐和ちゃんからバントのサインは送られない。ヒッティングか。ここは強気に行くようだ。これまでの誉なら確実に送りバントだっただろうが、今日は高校初ヒットを放ったし、佐和ちゃんも期待しているのだろう。

 清水のピッチングスタイルは左バッターは相性は悪いが、右バッターは出所が分かりやすい。ここはチャンスを広げて上位打線に回したいところだ。


 一球目、二球目と外れて続く三球目、誉のバットが火を吹いた。

 快音を残して打球はセカンド頭上を越してライト前へと落ちる。今日二本目となるヒットだ。今までは結果が伴わなかったが、バッティング技術はもともと高い。ここでも上手いバッティングを披露した誉は一塁まで進み、一塁ランナーの哲也も二塁まで進んだ。

 ワンアウト一二塁、打席には一番の恭平が入る。

 相手チームもここはタイムをかけて、内野手がマウンドへと集まり作戦会議がおこなわれている。



 試合が再開すると同時にキャッチャーが立ち上がる。

 ここでの恭平との勝負は避けて満塁策を選ぶらしい。次の耕平君は左バッター。清水的に恭平よりも耕平君のほうが相性がいいのだろう。

 恭平は愕然としている。

 恭平の事だから罵詈雑言をピッチャーに言いそうだ。でもこれ以上審判に注意されたら、下手したら退場処分になりかねん。何も言うなよ恭平。と思って心配していたが、何も言わない。

 彼を見るに、めっちゃ堪えているようだ。なんか変顔をして堪えている。今日は審判に注意されすぎた事を自覚しているらしい。その変顔が大輔にめっちゃツボに入ったらしく、今隣で大笑いしている。


 一球、二球、三球、四球とボールが外れてフォアボール。

 ワンアウト満塁。ここで迎えるは二番の耕平君。

 相手のブルペンを見る。すでに投球練習がされている。ここまで清水で、次のバッターからは違うピッチャーを投入するようだ。


 ワンアウト満塁。一打勝ち越しのチャンスではあるが、逆に言えばここで1点も入らなければ相手に一気に流れを持っていかれる。 

 かといって、ここから1点取るのも難しい。

 安易にゴロを打てばゲッツーになる確率も高い。だからといってスクイズをするのも賭けだ。

 清水と耕平君の相性は良くない。同じ左バッターだから分かるが、清水のピッチングフォームは左バッターが打つには酷だ。

 耕平君に代わってピンチヒッターを出すにも、今使える控えで耕平君と同等クラスの右バッターがいるかといわれると微妙だ。

 ここは耕平君に賭けるしかない。


 スタンドもこの試合を決める場面を盛り上げるためにチャンステーマの応援歌を流しているがどこか勢いが足りない。

 今日の試合はプレイヤーのみならず見ている観客すらも疲れさせている熱戦。

 頼むぞ耕平君。ゲッツーだけは避けてくれよ。


 初球、耕平君は打ちづらそうに見送る。ボールはストライクの判定となった。

 一塁側ベンチからだと彼の背中しか見えないが、動作一つ一つがどこか打ちづらそうにしている。


 「耕平君! 気負うなよ!」

 声援を送る選手たちに交じり、俺も彼にエールを送る。

 最悪、耕平君が打ち取られても、ツーアウト満塁で龍ヶ崎だ。こちらでも十分期待できる。ここでやっちゃいけないのはゲッツーだ。無理して打つくらいなら無理をしないほうがありがたい。

 二球目、またも耕平君のバットは出ず、こちらもストライクであっという間に追い込まれた。

 やはり左バッターでは難しいか。


 そうして迎えた三球目、耕平君のバットが振りぬかれた。

 打ち抜かれた打球はショート正面のゴロとなった。

 各塁のランナーは耕平君が打ったとほぼ同時に走り出している。

 ショートは先ほどのイニングで代打出場した笠井。難しい位置で笠井はボールを捕球する。


 「ショート二つ!」

 「ホーム!」

 相手選手の間で指示が分かれた。笠井も投げる方向を迷い、ホーム、二塁と見比べた末に二塁へと慌てて投げる。この一瞬の迷いが勝負を分けた。

 二塁はアウトになったが、一塁はアウトにならず、耕平君の足が勝った形となった。

 そしてこのゲッツー崩れの間に三塁ランナー哲也がホームに生還する。

 大歓声に包まれる球場の中で、キャッチャー長塚の怒号が耳に入る。

 横浜翔星らしくないわずかな守備の乱れ。笠井は普段控えでスタメン経験も少ない。もし普段ショートのレギュラーの山田だったら、選手の指示に迷うことなく投げるべきところを選んでいただろう。

 ともかく、これで1点追加で6対5だ。また勝ち越し成功した。


 相手チームに動きがあった。

 ピッチャーの交代、清水に代わって右投げの岩成(いわなり)がマウンドに上がる。

 岩成は二年生だったはずだ。次期エース候補として選抜甲子園でも登板経験がある。三番手ピッチャーとはいえ油断はできないだろう。


 相手の投球練習も終わり試合が再開する。

 ツーアウト一三塁、未だ相手チームのピンチは続くが、マウンド上の岩成は二年生とは思えないほど落ち着いている。

 力強いストレートを強気に投げ込んでいき追いつめると、最後は低めの変化球を打たせてサードフライに打ち取る。あっという間にスリーアウト。

 できればもう1点欲しかったが、やはり横浜翔星の選手層は厚いな。三番手ピッチャーであそこまでのピッチングが出来るとは。

 …なんにせよ、1点取ってくれたんだ。今度こそ、この1点を守り抜くぞ。

 ベンチから出た瞬間、熱にクラッとし上体が揺れた。倒れる一歩手前で堪える。やばいな。そろそろ体も限界か。あと1イニング耐えてくれれば良い。そうすれば明日までにはなんとかなるはずだ。




 十二回の裏、横浜翔星の攻撃。

 今日の試合何度目かのピンチを迎えた。

 ノーアウト二三塁。バッターは三番の児玉を迎える。


 「はぁ…はぁ…はぁ…」

 呼吸が整わない。汗はどんどん流れ落ちる。

 さっそく先頭の吉沢に内野安打を許し、続く岡にライト前ヒットを放たれ、吉沢は三塁まで進んだ。岡に代わって代走の石阪(いしざか)が入り、こいつに初球盗塁を成功させられて、気づけばこんなピンチだ。


 なんて諦めの悪い奴らだ。

 まだ粘るか、まだ追いすがるか、まだ諦められないか。

 執念深すぎる。悪あがきがすぎるぞ。潔く負けろ。いい加減諦めてしまえ。俺らもお前らも満身創痍だろうに。

 胸の内でぐちぐちと相手チームに文句を口にする。


 バットを構える児玉は獰猛な肉食獣のような眼光で俺を睨みつける。

 まったく、お前らも俺らも往生際が悪すぎるな。


 「はぁ…はぁ…」

 呼吸が整わない。体は満身創痍だ。気持ちが途切れてしまえばボールなんて投げれないぐらいに疲れている。

 すでに限界だ。だけどここは無理をしてでも投げる。

 無理はしないと度々佐和ちゃんに言っていたが、こんな状況をを迎えてしまったら、嫌でも無理をしてしまうものだ。


 ワンボールノーストライクからの二球目、インコースに渾身の一球を投げ込んだ。児玉もこれにはバットが出ない。

 球速は依然145キロ。投じるボールには力がある。だがコースが甘くなりがちだ。吉沢と岡に打たれたボールもコースが甘かった。

 疲れてきて意識が散漫になってしまっているのが原因だ。ここは一つ意識を集中させねば。


 「ふぅぅぅぅぅぅ…」

 長く息を吐きながら意識を統一させ、神経を研ぎ澄ます。

 だらんと垂らしてた左腕を動かし、グラブの中の白球を掴んだ。

 哲也のミットを睨み、クイックモーションに入る。

 今度もインコースへのストレート。コースも十分悪くない。これを児玉は打ち抜いた。


 打ちあがった打球は、最初内野フライに打ち取ったと思った。

 だが思いの外、打球が伸びていく。

 打球はレフト石村の守備範囲だ。相変わらずフラフラと落下地点へと向かう石村。そうして今回もギリギリ落下地点へと間にあい打球をキャッチする。

 浅いフライに打ち取った。だが、三塁ランナーの吉沢は走り出す。


 「レフト! 来い!」

 恭平が吠える。ボールをキャッチした石村は慌てて恭平へと投げる。

 キャッチした恭平が素早い動作で送球体勢に入りホームへ。だがこの初動の遅さが勝負を分けた。

 哲也と吉沢がホームでクロスプレーとなる。土煙が舞う中、球審の判定を待ち望む。

 しばらくの沈黙の後、球審は両腕を左右に力強く広げた。


 「セーフ!!!!」

 力強く確固たる意志の下、大きな声で判定を口にする球審。

 何度目かの歓声とため息が入り混じる。6対6…また追いつかれた…。

 結果を聞いて、俺は目を瞑り大きくうなだれた。


 またか。またか。またか。またかまたかまたか…。疲れる。いやもう疲れた。もうだめだ。もう投げる気力が沸かない。

 心が折れる。いつになった勝てる? いつになったら横浜翔星の奴らは諦めてくれる? いつになったら…終わるんだ?

 …いい加減にしてくれ。いい加減にしてくれよ本当…。


 俺は左手で顔を覆い、深いため息を吐いた。

 ここで守備のタイムがかかった。マウンドに内野手が集まった。


 「英雄、ドンマイ。まだ同点だ。切り替えていこうぜ」

 「あぁ…」

 恭平に励まされる。それを俺は空返事で答えていた。

 マウンドではこれからの守備について話がされる。石阪はちゃっかりと三塁まで進み、ワンアウト三塁。打席には四番の園田。

 伝令にやってきた鉄平は、園田と勝負を避けて五番の西田と対決するよう佐和ちゃんからの言伝を伝える。

 選手たちがやり取りをするなか、それを俺はぼんやりとした頭で聞いていた。


 「西田もカウントが悪くなったら歩かせても良いってさ」

 「分かった。ありがとう鉄平」

 「おぉ! 頑張れよみんな!」

 鉄平は一言選手たちを励ましてからベンチへと走っていく。

 残った選手たちで一言二言話してから、それぞれが各ポジションへと戻っていく。


 「英雄先輩、頑張ってください」

 「あぁ…」

 秀平からのエールも、俺は空返事で答える。

 ダメだ。気持ちが乗らない。意識がまとまらない。やる気が沸かない。



 「英雄、大丈夫…?」

 最後に哲也が俺を心配してきた。

 その言葉に俺は首を左右に振った。


 「大丈夫なわけねぇだろ。もう心も体もお疲れモードだ。早く宿舎に帰って風呂入りてーよ」

 普段なら口にしない本心を吐露する。

 心はもう折れ、体は限界を迎えている。だけど、マウンドからは下りたくはなかった。まだ勝ちたいという執念だけが残っているからだろうか。それともどうせ負けるなら、その瞬間はマウンドにいたいと言う思いからだろうか

 流れる汗を吸い重たくなったユニフォーム、疲れと痛みで動かす事すら億劫になった体、諦めてしまえばもう戦う必要もない。マウンドを亮輔や松見に譲ってしまえばもうこんな辛い思いをしなくても済む。


 「監督に頼んで亮輔や松見と交代する?」

 哲也の問い。心配してこんな提案をしたのだろう。

 その言葉に俺はすぐさま首を左右に振った。

 横浜翔星を抑えられるのは俺しかいない。


 「いや、俺がやる」

 哲也を見据えて答える。エースとして、試合の勝敗をここで見たい。

 そして俺の答えを聞いた哲也は俺を睨みつけた。


 「分かった。なら、これ以上甘いボールを投げないでくれ」

 氷のように冷たく鋭い声。冷酷な声ともいえる。普段聞かない彼のそんな声に思わず背筋に悪寒が走った。

 口元をきつく閉じて、哲也を見据える。


 「前三人に投じたボールが酷すぎだ。あんなボールなら亮輔や松見をあげたほうがマシだ。君が疲れてるのも限界なのも分かってる。だけど、投げ続けるなら、もっとしっかりと投げてくれ。僕は…君と心中するつもりはない」

 きっぱりと哲也は断言した。

 その一言に思わず頬が緩んだ。

 なんだよお前、俺にそこまで言うようになったのか。普段なら俺を心配して労いの言葉をかける哲也がこんな一言を言うとはな。こんな事言われるとも思ってなかったから、逆に嬉しかった。


 「あぁ、分かってる」

 きっと哲也は俺の心を折れたのを見抜いたのだろう。だからキャプテンとして、ずっとバッテリーを組んできた幼馴染として、らしくない一言を言ったのだろう。

 おかげで目が覚めた。こいつの言う通りだ。投げ続けると決めた以上、これ以上失投はしない。



 試合が再開し、哲也は立ち上がった。

 園田に対して今日二度目の敬遠だ。

 悔しさはある。だがここは勝つ為に勝負を避ける。

 あっという間にフォアボールとなって、ワンアウト一三塁。


 打席には五番の西田を迎える。

 先ほどの哲也の言葉を思い出す。折れていた心が、消沈していた闘志が息を吹き返す。ここにいる以上、俺は最高の一球を投げ続ける必要がある。

 クイックモーションに入る。自分の投げれる渾身の一球。


 金属バットの嫌な音が耳に入る。打球の飛んで行ったほうへと慌てて振り返る。

 打球はライト、浅い。正直犠牲フライするには微妙な位置。良い感じに打ち取れたか。

 龍ヶ崎は落下地点へと助走をつけながら入り、落ちてくるボールをキャッチする。同時に三塁ランナー石阪が走り出した。

 ここでタッチアップするか。代走の石阪は勢いよくホームへとひた走る。なんて速さだ。さすがは代走で出場するだけはある。

 一方でライト龍ヶ崎も勢いをつけてボールが投擲する。ボールは矢となり、真っすぐに哲也のミットめがけて飛んでいく。

 その返球はスタンドの観客も驚くほどの低く早いボール。レーザービームと形容してもおかしくないほどの一球だった。

 そうしてボールはノーバウンドで哲也のミットに突き刺さり、滑り込んできた石阪をタッチした。

 土煙が舞う。クロスプレー、微妙な判定だ。どっちだ? 息をのむ。結果は…。

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