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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
245/324

244話

 鉄平と中村っち。これまで俺達三年生の中では実力が足りないと俺が勝手に思っていた二人のおかげで1点が入った。

 4対4。試合終了を前にしてまた振り出しに戻った。

 大歓声に沸く一塁側の山田高校応援団と、悲鳴と落胆に包まれる三塁側の横浜翔星高校応援団。

 このまま一気に逆転したいところだったが…。

 続く秀平はボールを確実にとらえたが、打球はセカンド正面のゴロ。これがゲッツーとなりスリーアウト。

 同点に追いついたまま、九回の裏の横浜翔星の攻撃へと移る。


 「英雄頼むぞ」

 一言佐和ちゃんが言ってきた。 

 前まで見せていた心配そうな顔はしていない。

 今日の試合は最後まで俺に任せると言っていたし、佐和ちゃんも覚悟を決めているようだ。


 「任せてください」

 俺も一言佐和ちゃんに返答したマウンドへと走る。

 中村っちと鉄平が頑張って同点にしてくれたんだ。その結果を無駄にはしたくない…!



 九回の裏、俺はいつも以上に躍動する。

 疲れはある。だがここで打たれるわけにはいかない。

 八番長塚を三振。九番鴨志田をサードゴロにして、ツーアウト一番吉沢。

 カウントワンボールツーストライクからの四球目。アウトロー一杯にストレートを決めた。吉沢のバットは動かない。


 「ストライクゥ!」

 「しゃあ!」

 ここぞとばかりに球審は声を張り上げ、力強く右手を突き上げた。思わず吠えながら、小さくガッツポーズを浮かべた。

 がっくりとうなだれる吉沢。この回、三者凡退で抑えてマウンドを駆け降りる。

 4対4。試合は延長戦へと突入した。



 十回の表、横浜翔星のマウンドには依然エースの箕輪がある。

 あちらも疲れで、体も限界にきているだろう。だがピッチングの精彩は欠いていない。

 八番哲也を三振に打ち取った後、九番誉をセカンドゴロに仕留め、一番恭平も追い込み、最後はストレートで空振り三振に仕留めた。


 「しゃあぁ!」

 俺と同様、箕輪も雄叫びをあげてマウンドを駆け降りる。

 闘志のこもった良い雄叫びだ。あちらもまだ気持ちは途切れていない。

 そうして箕輪はこちらのベンチを見る。そうして俺と目が合った気がした。良い目をしている。あんな目で見られたら、こちらも闘志をむき出しにさせられてしまう。


 「上等だ」

 一言呟いて俺はマウンドへと走り出す。

 疲れもそろそろ限界だが、まだ気持ちは折れていない。

 ここからは我慢比べ。どっちが先に気持ちが途切れるか。勝負だ箕輪。



 十回の裏、俺はこの回もマウンドで好投を演じる。

 明日決勝戦だというのに、俺はもう明日のことなど眼中になかった。とにかく今を勝ち取る。

 満身創痍の体に鞭を打ち、余力を全て使い果たすつもりで一球一球を投じていく。

 その姿は観客から息を吹き返したように見えるだろう。

 二番岡を三振に仕留めた。続く三番児玉も空振り三振に仕留める。

 悔しげに天を仰ぐ児玉。ここまでは前座、本番はここからだ。

 右打席へと入るバッターは四番の園田。


 「来たか」

 先ほどの勝負は逃げたが、ここでは勝負を選択する。今度は打たれねぇぞ。

 グラブの中のボールを掴む左手に力がこもる。

 一日で一番暑い時間帯を乗り越えた甲子園だが、これまで沸き起こった熱気は未だ引かず球場にまとまわり続けている。熱く、熱く、どこまでも熱い甲子園の中心で俺と園田の一騎打ちが始まる。


 心臓が早い鼓動を刻んでいく。荒い呼吸を整える。

 バットを構える園田を真っすぐにとらえ、俺は深く息を吐いた。

 初球はインコースへのストレート。小さくうなずく。


 体は疲れ切っている。腕も重い。

 だけど、園田の姿を見たら軽くなった気がする。いや違う。疲れも感じないぐらいに集中しているんだろう。体がどれくらい保つか分からない。いつ疲れが爆発して激痛に顔を歪ませるか分からない。

 それでも、あいつだけは俺の全てをもってねじ伏せる。


 疲労で重くなっていた両腕をゆっくりと振り上げた。

 視界は一点、哲也のミットのみ。そのミットを刺すつもりで投じた。

 真っすぐに向かう白球。園田のバットは出ず、そのまま哲也のミットが声を上げた。

 インコースを貫くようなストレート。文句なしの完璧の一球。球審も唸るようにストライク宣告をしながら右手を突き上げる。

 バックネット裏に設けられたサブのスコアボードの球速表示は148キロを記録する。すでに球数は100球を大幅に越えているが、まだこんな球速が出せたか。自分でも驚きだ。


 打席上の園田に表情の変化はない。

 じっと俺を睨みつけている。その表情を見てさらに抑えたいというピッチャーとしての本能が熱を高めた。


 二球目、今度はアウトロー一杯へのストレート。

 多少外れるぐらいの気持ちで投じる。

 放たれた一球は思いのほか内の方へと入ってしまった。しまったと思った瞬間には園田のバットに捉えられていた。

 一瞬のうちに視界からボールが消え去った。慌てて振り返る。打球はライト方向へと飛んでいき、もうまもなくファールゾーンへと切れていき、フェンスに直撃した。

 一塁審判からファールの判定。それを見て安堵のため息を吐いた。すぐさま新しいボールが受け渡される。

 すこしでも気を抜いたら打たれる。それを再確認する。そうしてさらに自身の残す力をこめていく。こいつにだけはもう打たれたくない。


 三球目、低めへのスライダー。

 空振り目的で投げたが園田のバットは出てこない。完璧に見切られていた。ボールの判定を聞いて舌打ちを一つこぼした。

 ダメだ。園田に投げるボールが見つからない。何を投げても打たれてしまいそうな気がする。

 こうなれば、伝家の宝刀行くか。

 帽子のつばをつまんだ。今大会、数度強打者、好打者を空振りにさせてきた俺にとって最高の決め球。フォークボール。

 哲也からの意義はない。ゆっくりとミットを構えて俺のサインに応じた。

 これをもって園田をねじ伏せる。


 「行け! 押せ! 打て打て!」

 相手のコーチャーがうるさい。黙ってろ。

 こめかみが汗をつたう。応援がうるさい。

 集中し切れていない意識は小さな呼吸を繰り返すたびに整っていく。そうして最後は哲也のミットのみを睨みつけて投球モーションに入った。

 失投をしないよう細心の注意を払いながらも、左腕を振るい投じた。


 これまで幾度となくバッターから空振りを奪った絶対的自信のある決め球。

 園田、お前からもこれで空振りを奪う。


 園田の動き出す。そしてバットを振るすんでのところで止まった。


 「え…」

 そのままストンとボールは落ちていく。

 バットを振りぬかれる事なく見送られた。ボールの判定。

 まるで分かっていたかのような見送り方だった。…あぁそうか、そりゃそうだよな。俺達のサインを読むようなチームだ。つばをつまめばフォークなんて分かりやすいサインにすぐ気づくか。


 なら次は…。

 哲也がサインを出してきた。サインはフォークボール。今度は俺からではなく哲也からのサイン。

 いずれこの安直なサインが読まれることは想定していた。だから、もし読まれていると判断した時は、哲也にフォークのサインを出すよう指示している。

 二球続けてのフォークボール。大会も終盤、今まで伝家の宝刀としてちょいだししかしてこなかったが、もう出し惜しみはしない。

 こいつを抑えるためなら、フォークボールでもなんでも投げてやる。


 人差し指と中指の間に挟んだ白球を投じる。

 今度は先ほどより若干高めに浮いた。園田もフォークが来るとは予想していなかったか、それとも先ほど読み通りにフォークを見逃せて気が緩んだか、今度は打ちに来た。

 とんでもない早さで振りぬかれるバット。だがボールはそれをかすめる事無く、ストンと落下した。


 バットが空を切る音は喧騒に包まれた球場の中で、マウンドにいる俺の耳にまで届いた。

 急降下し地面にワンバウンドしたボールは、砂をまき散らしながら哲也のミットに収まり、哲也はそのままスイングしたまま硬直していた園田にボールを当てた。


 「アウト!」

 空振り三振。俺は思わずグラブを一度叩き、力強くガッツポーズをして吠える。

 打席に立つ園田を見る。苦笑いを浮かべている。

 落ち込むなよ園田。お前は今の俺では正攻法では勝てないと判断したから、こんな騙し討ちをしたんだぜ。お前は十分、高校1位2位を争うスラッガーだ。



 「ナイスピッチ英雄!」

 暑さで顔を真っ赤にさせながら哲也は笑顔で俺に話しかける。


 「あぁ、それよりしっかり水分補給な」

 「うん。そっちこそ」

 そういってお互い笑顔を見せあう。

 これまで面白いように打たれていた園田を空振りに仕留められた。それは確かな充実感と興奮で胸を満たした。

 


 延長十一回の表、先頭は耕平君からだ。


 「英雄、大丈夫か?」

 大輔がベンチで疲れの色を見せる俺にスポーツ飲料の入った紙コップを渡してくる。

 俺は大輔から、その紙コップを貰い一気に中身を飲み干した。


 「大丈夫じゃないとは思うが、俺がベンチに下がったらチームが大丈夫じゃなくなるからな。それに佐和ちゃんが最後まで投げろっと言ってくれた。監督にそんな事言われたらエースとして最後まで投げるしかねぇだろ」

 「無理はするなよ」

 「あぁ、そっちこそ明日の試合に備えてイメトレ忘れるなよ」

 そういって格好良くウインク一つしてみせた。別に大輔を落とすつもりはない。余裕綽々という姿を見せたかったのだ。

 俺の様子を見て大輔は微笑みながら「あぁ」と小さく返事を返してなずいた。



 マウンドに上がるのは依然、箕輪。相手のブルペンでは控えピッチャーが投球練習を先ほどからしているが交代の様子はない。打たれるまで箕輪で行くのだろうか?

 疲れ切っている様子の箕輪だが、まだまだ威力のあるストレートを投じる。

 それでも耕平君は必死に食らいつく。


 そうしてフルカウントとなり、耕平君に投じた7球目、ついにボールが高めに外れフォアボールの宣告された。

 早速出塁だノーアウト一塁。しかもランナーはチーム1の俊足の耕平君。

 耕平君はさっそく初球で盗塁を成功させた。相手チームも予想はしていたが対応しきれなかったようだ。相変わらずの俊足ぶりに俺達も驚き歓声をあげる。

 ノーアウト一塁からノーアウト二塁へのチャンス。迎えるは三番の龍ヶ崎。

 今日は4打数無安打とヒットが出ていない龍ヶ崎。だが彼の表情に焦りはない。

 続く二球目、龍ヶ崎が容赦なくバットを振りぬいた。

 打ち抜かれた打球は一二塁間のちょうど真ん中を切り裂くような強烈なゴロ。あの打球なら耕平君は帰れる。


 「行け行け行け!!」

 「耕平帰ってこい!」

 「耕平必死に走れ行けるぞ!」

 「来い来い来い来い来い!!」

 ベンチにいる選手たちがそれぞれ声を張り上げて耕平君に声援を送る。

 代走で出た鉄平と入れ替わる形で三塁コーチャーに入った石村も右手をぐるぐると大きく回している。

 三塁ベースを蹴飛ばしホームへと爆走する耕平君。

 ライト児玉からの返球。矢のような送球だ。そして寸分狂うことなくキャッチャーボックスで待つ長塚のミットへと収まる。その長塚から避けるようにホームベースに滑り込む耕平君。それを素早くミットでタッチする長塚。

 ホームベース付近に砂煙が舞った。大の字にうつぶせになりながらも、左手はホームベースに触れる耕平君とその耕平君の左腕にミットを置く長塚。

 判定は…。


 「セーフ!」 

 球審の裏返るほど張り上げた声に俺達は一斉にガッツポーズをして雄叫びのような歓声をあげる。

 そうして隣に立つ仲間と抱き合ったりハイタッチをしてみせた。

 得点を決めた龍ヶ崎は二塁まで進む、ベース上でこちらに向けてガッツポーズを浮かべた。あいつらしくない。らしくないがここでは許してしまう。

 そうして得点のランナーとなった耕平君が雄叫びをあげガッツポーズをしながらベンチへと戻ってきた。こっちも普段では考えられない喜び方だ。だが今回ばかりは許してしまう。

 耕平君を手厚く迎え入れる。


 ついに勝ち越した。延長十一回、5対4。

 今まで追いつめられていた俺達が、逆に横浜翔星を追いつめた。

 次のイニング。次のイニングさえ抑えれば、俺達は決勝戦に駒を進められる。

 …最後まで気を抜かないよう全力をもって投げる。


 ここで箕輪が降板した。悔しげにこちらのベンチを一瞥してから、自軍のベンチへと走っていく。

 ナイスピッチングだった箕輪。敵ながらあっぱれ。手放しでほめたい内容だった。

 そして彼の代わりにマウンドに上がるのはサウスポーの清水。三年生だ。

 箕輪の陰に隠れがちだが、清水も中々の好投手だ。主にリリーフピッチャーとして登板しているが、投球内容は安定している。


 その清水と最初に対峙するのは代走で出場しそのままレフトについていた鉄平に代わって代打の西岡。

 これまできっちりと代打として結果を残してきた西岡、この打席も期待していたが、結局サードゴロに倒れてワンアウト。

 続くバッターは俺。なんとか龍ヶ崎をホームに返してもう1点と行きたいところだったが、サウスポーの清水のピッチングフォームは左バッターの俺には打ちづらいものだった。結局ボール捉えるもファーストフライ。

 そうして最後は六番の中村っち。先ほどの同点タイムリーに続いて追加点も期待したが、ここでは清水のボールに対応できず空振り三振に終わった。


 ノーアウト二塁のチャンスから1点は取ったが、そこから続けられなかった。

 あまりいい流れとは言えないが、勝ち越しはしている。この1点を守り抜けば、俺達の勝利だ。


 「しゃあ! しまってこーぜー!」

 「おっしゃ!」

 元気良くベンチから飛び出していく恭平とそれに呼応する誉。

 俺も息を吐きながらマウンドへと走り出す。



 十一回の裏開始前、最後の投球練習を終える。

 内野でボール回しがされ、俺のもとへとボールが返ってきた所で哲也が声を張り上げた。


 「最終回! しまってこぉ!」

 哲也の声に各ポジションから呼応する返事が返される。

 その中で俺は帽子の位置を調整しながら大きく息を吐いた。

 これが最終回だ。これ以上、点を許すか。

 横浜翔星の事だから、最後の最後まで粘ってくるだろうが、この回で終わらせてやる…。

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