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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
244/324

243話

 九回の表、俺達の攻撃が始まった。

 ネクストバッターサークルで腰を下ろし、試合の行方を見守る。

 打席には我らが四番の大輔。マウンド上にはエースの箕輪。


 頼む大輔。ホームランを打ってくれよ。


 そう思っていたのは束の間だった。まもなくキャッチャー長塚が立ち上がった。



 「これは……」

 恐れていた自体が起きてしまった。

 初球、ボールは大きく高めに外れた。大輔も何かを悟ったらしく、こちらを見てきた。思わず俺は苦笑いを浮かべてしまう。


 野球の神様にここで見捨てられたか。

 きっと野球の神様はここで大輔に打たれるのが嫌なのだろう。微笑んだのは横浜翔星という事か。


 「……ふざけんな」

 諦めかけた自分を奮い立たせる。

 まだ見捨てられたわけじゃない。ここから奇想天外なドラマが待っていてもおかしくない。

 ただ大輔が勝負を避けられたというだけじゃないか。


 先ほどの大輔を思い出す。

 あれほど打ってくれそうな大輔はいなかった。だからこそ相手バッテリーもこの打席の大輔の雰囲気の違い感じ取って逃げたのかもしれない。

 大輔の今大会の成績を鑑みれば、ここでの勝負を避けるという選択は上策だろう。

 勝つ為なら手段を選ばない。今日の試合、ずっと感じていた横浜翔星への感想が、またしても浮かんできた。最後の最後まで手を抜くつもりはないという事か。

 二球目も外れて、大輔がまたもこちらを見てくる。苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて首を左右に振った。


 三球目も外れる。すでに大輔は打つ気がなくなっていた。

 そうして迎えた四球目、ボールは大きく高めに外れた。

 大輔はボール宣告を受ける前からバットの構えを解いていた。

 判定は当然のごとくボール。ゆっくりとこっちに近づいてきた。


 「すまん」

 「お前が謝る事じゃないさ! 相手チームが臆病だっただけだ! 気にすんな!」

 あえて大声で言った。キャッチャーがこちらを見てくる。それを睨み返してから大輔へと視線を向ける。


 「あとは俺に任せろ」

 「頼む」

 小さくうなずく大輔。そうしてバッティング装備をバットボーイを務めている田中に手渡して一塁へと走っていく。

 そうして一塁ベースを踏んだところでこちらのベンチからタイムがかかった。ここで代走だ。大輔と代わって鉄平が一塁ランナーとなった。

 大輔をベンチに引っ込めるなんて佐和ちゃんも大胆な事をするなと思ったが、ここで1点を取らなきゃ負けなんだ。


 ≪五番ピッチャー佐倉君≫

 左打席へと俺が入る。キャッチャーを一瞥する。こちらを睨んでいる。先ほどの一言が癪に障ったか?

 さて俺に与えられたサインは、送りバント。佐和ちゃんもここは確実にランナーを進めたいところか。

 大輔の代わりに俺が決めてやろうと思っていたが仕方ない。下手に打ってゲッツーなんかするのもあれだしな。

 ゆっくりとバントの構えをする。箕輪のボールはどこに来るか分からないが、確実に前に転がす。

 初球のストレート。それを当てた。

 勢いは殺しきれなかったが、三塁側へと転がっていく。あの打球なら鉄平はまずセーフだろう。

 一塁線の右側を疾走する。だがまもなくファーストにボールが到達し、アウトの宣告がされた。そうしてファールゾーンを駆け抜けたところで、二塁へと視線を向ける。二塁ベース上には鉄平がいる。無事送りバントは成功だ。


 ワンアウト二塁。打席には六番の中村っちが入る。



 「お互い決めきれなかったな」

 ベンチに戻ったところで、大輔が苦笑いを浮かべながら迎え入れてくれた。

 その笑顔を見て、俺も苦笑いを一つした。


 「まったくだ」

 「ここは修一に一本期待するしかないか」

 「あぁ」

 結局俺達でゲームを決められなかったが、まだチャンスは続いている。後続のバッターを信じて待つしかない。

 右打席に入る中村っちを見る。どこか緊張しているようにも見える。

 もし中村っちが打ち損じたら、次は七番の秀平。一年生にこの場面で結果を出せというのは酷な話だ。

 ベンチに西岡の姿が無いし、西岡は今頃ダグアウトの奥で素振りをして準備をしているのかもしれない。だが西岡も二年生だ。これまで大事な場面で結果を残してきたあいつでも、この場面はさすがに緊張するだろう。


 ここにきて、うちのチームの層の薄さが露見している。

 一部の選手こそ全国レベルの力を持っているが、それ以外の選手はまだまだ全国レベルには至っていない。


 中村っちは初球の変化球に盛大な空振りをした。

 がちがちに緊張しているようだが、大丈夫だろうか?


 「大丈夫かよあいつ…」

 「頼むぜ修一…」

 龍ヶ崎と大輔も不安そうに見ている。

 俺も不安になっている。中村っちと秀平で1点か。…やっぱり俺がサイン無視してでも打ちに行くべきだったんじゃないか?

 不安になったので佐和ちゃんのもとへと向かう。


 「佐和ちゃん、先ほどの俺へのサインは間違いだと思うか?」

 佐和ちゃんのもとへと向かい、すぐさま本題に入る。

 それを聞いた佐和ちゃんは不思議そうに俺を見てきた。


 「急になんだ英雄? 俺のサインに文句があるのか?」

 「好きに打たせてくれても良かったんじゃないか?」

 「つまり、修一は信頼できないと」

 「……まぁ率直に言うと」

 俺が本心を答えると佐和ちゃんに鼻で笑われた。

 そうして佐和ちゃんは打席に立つ中村っちへと視線を向ける。


 「同じ釜の飯を食った相手を信頼できないとな」

 「中村っちにはこの場面は荷が重すぎますよ。あいつを見てください。がちがちに緊張しているじゃないですか」

 打席でバットを構える中村っち。目に見えて緊張している。

 でも、佐和ちゃんはどこか自信があるように見える。中村っちが打ってくれると信じているのか。

 二球目、ボール球となりワンボールワンストライクになった。


 「お前や大輔が甲子園に来て大きく成長しているように、あいつも確実に成長している。いつまでもあいつを低評価してやるな」

 そう佐和ちゃんが言った瞬間だった。

 快音が轟いた。思わずグラウンドへと視線を向けた。

 中村っちがバットを振り切り、打球は大きくレフト方向へと飛んでいく。そうして左へと逸れていき、レフトのファールゾーンのフェンスへと直撃した。


 「確かにあいつは、お前や大輔、龍ヶ崎に恭平、そういう面々に比べればバッティング技術も大きく劣っている。それでもあいつだってお前らと一緒に熱戦を乗り越えてきた。あいつならきっと決めてくれる」

 そういって佐和ちゃんはこっちを見てきた。

 したり顔を浮かべている。なんだかむかつく顔だ。


 「もっとチームメイトを信じろ英雄。まだ自分一人で何とかしようとしているように見えるぞ」

 そんな佐和ちゃんからの言葉。

 妙にその言葉が胸に沁みて、何も言い返せなかった。

 別に信じていないわけではない。わけではないのだが……。どうやら無意識のうちに俺は、中村っちを信頼していなかったのかもしれない。

 確かにそうだ。中村っちだって俺達と共に勝ち進んできた。ここで信じなくてどうするんだ。



 三球目が外れてボール球となり、カウントはワンボールツーストライク。ベンチから中村っちの様子を見守る。

 今俺に出来る事は、中村っちを信じて応援する事しかない。不安になる必要はないんだ。


 「中村っち! 頼むぞ!」

 そうして声を枯らして応援する選手たちと混じり声援を送る。

 迎えた四球目。

 投じたボールは変化球。中村っちの体勢は崩された。だけど最後まで耐えきり、バットを振り切った。

 前までの中村っちなら、そのまま三振に終わっていただろう。だが今回は必死に食らいついて当ててきた。

 ……確かに佐和ちゃんの言う通り、中村っちも成長していたようだ。


 だがしかし、打ち上げられた打球はレフト、センター、ショートのちょうど中間地点辺りに浮かぶフライ。ポテンヒットになるかならないかの微妙な打球。


 「落ちろぉ!」

 声を張り上げていた。ショート山田、センター鴨志田、そしてこの回からレフトに入った三島が打球を追う。

 その中で鉄平は何かを察したのか、急に走り出した。もしフライを捕られたらそのままセカンドに投げられて終わりだ。

 もしかしてあいつ、ツーアウトと勘違いしてるのか? 何やってるんだマジで!?


 「鉄平! 戻れ!」

 誰かの声が聞こえた。その通りだ。さすがに早計すぎる。

 だが鉄平の読みは当たっていた。

 打球はもうまもなく、レフト、センター、ショートの間にポトンと落っこちた。すでに鉄平は三塁ベースを蹴飛ばしホームへと走っている。

 急いでセンター鴨志田がボールを掴み、ホームへと投じるが遅い。もうまもなく鉄平は歓声起きる球場の中、ホームベースに滑り込んだ。


 ベンチに雄叫びのような歓声が反響する。

 嘘だろ。鉄平は落ちるのがのが予想できていたのか? それとも賭け?


 「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 興奮が胸の奥底から沸き上がる。

 そうしてそれは声にもならない声となって口からあふれ出る。

 鉄平は力強く右手を突き上げてベンチへと戻ってきた。それを俺達は手荒く迎え入れた。


 「鉄平お前! 無茶しやがって!」

 「暴走してんじゃねぇよタコ!」

 なんて感じで鉄平の走塁を批判しつつ笑顔で鉄平の体をバシバシ叩く。

 鉄平も笑いながら「いってー! 叩くな!」なんて叫ぶ。


 「無茶したわけじゃねーよ。落ちると思ったんだ。俺は三塁コーチャーやってたんだぞ? 相手選手の守備能力ぐらいしっかり見てるっての」

 そういってどや顔一つ浮かべる鉄平。

 入部当初から走塁のスペシャリストとして佐和ちゃんに鍛え上げられた鉄平。

 確かに俺達他のスタメンで活躍する三年生には、バッティングや守備は勝てないだろう。だが走塁だけなら鉄平は俺達を凌駕する経験と知識、技術がある。そしてそこからくる判断能力の高さ。まさか鉄平がここまで頼りになる選手に成長していたとは…。

 …なるほど、佐和ちゃんの言う通りだ。俺はやっぱり仲間を信じきれていないのかもしれない。


 「さすが鉄平だ。お前を代走にして正解だった」

 「ありがとうございます!」

 佐和ちゃんも笑顔で鉄平を迎え入れた。


 4対4、試合は振り出しに戻った。

 先ほどまで悲壮感漂った山田高校が息を吹き返した。

 スタンドは大いに盛り上がり、ベンチも一気に熱を増した。

 打席には七番の秀平が入る。まだ負けてない。さぁ試合はここらだ。

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