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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
240/324

239話

 五回の表、我が校待望のヒットがついに出た。

 初ヒットはやはり大輔だった。この回の先頭だった大輔は、ワンボールツーストライクから、レフト前にボールはじき返すヒットで出塁し、ノーアウト一塁とさっそくチャンスを迎えた。

 で、今打席に入っている俺はバントの構えをしている。

 ここは確実に1点を狙うつもりらしいが、中村っちや秀平よりも俺のほうが打つと思うんだけど、いや打てる気はしないけどさ。

 初球、箕輪の荒れ球に上手く合わせて三塁側へとボールを転がす。ナイスバント。我ながらほれぼれする送りバントだ。普段はこんな事やらないけどこれぐらい朝飯前だ。なんといっても俺は天才だからね。

 送りバントを成功させて、ワンアウト二塁。次に入るのは六番の中村っち。


 中村っちは部内でもトップクラスに位置するぐらいストレートへの対応力が高い。畑中クラスのスピードにはついていけなかったが、箕輪クラスのスピードなら十分合わせてくるだろう。

 そうして期待通り、中村っちが決めてきた。ワンストライクからの二球目、ストレートを上手く打ち抜いたのだ。

 ライナーで二遊間を切り裂きセンター前へと転がっていく。当たりが良すぎて、大輔はホームまでは帰ってこれなかった。

 でもこれでワンアウト一三塁。打席には七番の秀平。


 この秀平はセカンドゴロに倒れた。

 だがゲッツー崩れの間に三塁ランナーの大輔が生還。

 綺麗なタイムリーにはならなかったが仕方がない。とにかくまず1点だ。これで1対3、2点のビハインドに変わった。



 その裏、俺はマウンドで躍動する。

 哲也とサインについて話し合い、イニングごとでサインを変えるという対策をした。

 サインミスは増えるかもしれないが、読まれている中投げるよりかは断然マシだ。効果はテキメンで先ほどのイニングは三者凡退。そしてこの回も一番に戻ったが、しっかりと抑えられている。

 九番鴨志田、一番吉沢、二番岡と続けざまに内野ゴロに仕留め、この回も無失点でマウンドを降りた。


 五回の裏終了後のグラウンド整備。

 グラウンドでは専門のかたたちが素早い動作でグラウンドを均していく。

 その様子を見ながら、これからの四回に向けて話し合う。


 序盤三回は悪い流れだったが、今はこっちに流れが傾いてきている。

 だが、まだ勝つには足りない。

 サインが読まれなくなって、だいぶ相手打線を抑えられるようになったが、それだけで抑え続けられるような相手じゃない。疲れが無い好調な時だったら余裕で抑えられたと思うが、今日は疲れが残ってるからな。それに明日の決勝戦もある。ペース配分はしっかりとしないとな。

 そう考えると、4点とって逆転したところで勝てるか怪しい。さらに何点かとる必要があると思うが、

箕輪が中々攻略できていない。

 大輔頼りでは絶対に勝てない。攻撃の流れを作って大輔の前にチャンスを作らなければ。


 「誉、ヒット頼むぞ」

 という事で、この回の先頭バッターである誉に冗談交じりで声をかけておく。

 正直、誉のバッティングは期待していない。これまで甲子園はおろから夏の大会、今までの対外試合で一度もヒットを打っていない男だ。貫禄の高校通算打率0割0分0厘はある意味感動的だ。

 テレビ中継の解説者ですら「ここまでヒットが出ないのも珍しい」と驚かれるほどにな。

 でも、誉は決して悪いバッターじゃない。元々ボールに合わせる技術は大輔に次ぐ力を持っている。きっかけがあれば化けるのは間違いない。


 「はっはっはっ、そういうのは神様に頼んでくれって話だ」

 軽い調子の誉。

 こいつ自身、もう諦めているのだろうか?



 グラウンド整備が終わり、試合が再開する。

 六回の表、九番誉がこの回の先頭バッターとして打席に入る。

 守備を買われ、打率0割ながら背番号4をつけている誉。だが、この打席も無理か。ワンアウトは確実。そう思っていた瞬間だった。


 初球のスライダーを狙い打つ誉。

 快音と同時に打球はサード頭上を越して、レフト線へと落ちた。判定はフェア。ヒットだ。


 きっかけはあっけなく訪れた。

 あまりにあっさりとしたヒットに、ベンチは一度驚きで静まり返った後、勢いよく歓声があげる。ベンチはもう大フィーバーだ。俺と大輔は興奮のあまり抱き合い、龍ヶ崎さえも歓声を挙げたほどだ。

 佐和ちゃんですら「うおぉぉぉぉぉ!」と素っ頓狂な驚き方をするほどに、誉のヒットは衝撃的だった。


 ベンチが驚いている中、誉は全力で走る。

 耕平君たちの陰に隠れがちだが、誉も地味に足が速い。そのうえ走塁も上手い。今まで出塁する機会が少なかったから、走塁のほうはあまり評価されていなかったが、元々誉は何をやらせても上手くこなす男だ。

 持ち前の脚力と技術を生かして、二塁ベースすらも蹴飛ばして三塁へと走る。

 レフトからの好返球はあったが、誉の足が勝りスリーベースヒットとなった。

 高校初ヒットがスリーベースヒットか。遅すぎる高校初ヒットだ。もう引退間近だぜ俺達?

 呆れ笑いが出てしまう。打った本人はまったく驚いていない様子。でも嬉しそうに笑っているのが見えた。


 「誉が打ったんだ! 俺が打たなくてどうするぅ!!」

 そう意気込んで打席へと向かう恭平。


 「ここは無理してでも恭平に作戦を与えるべきでは?」

 「その必要はない。これまであいつには作戦を無視されたうえで結果を残されてきたんだ。今ここでそのスタンスを変える必要もない」

 俺の提案は却下された。

 確かに恭平は作戦指示したところで守らないけどさ。ここは確実に1点は欲しいじゃん? 勢いも来ているし…。


 「恭平のことだ。馬鹿騒ぎしあってる誉のヒットに刺激を受けて、この打席結果を残すさ。まぁ見とけ」

 気づけばいつもの佐和ちゃんに戻っていた。

 まるで試合の先を見ているかのような言動と作戦の数々。俺達が頼りにしてきた佐和ちゃんがここにいる。それだけでだいぶ安心する。

 でもまだまだ不安だ。そう思っていた俺の行動が杞憂になったのはすぐ後だった。


 恭平はいつも通り、自慢の超積極打法で初球からボールを打ち抜いていた。

 強烈なライナーとなった打球は一二塁間へと飛んでいく。ファースト園田、セカンド岡が打球に食らいつくも届かない。まもなくライト前へと転がっていく。

 大歓声の中、誉はホームイン。恭平のタイムリーで1点差だ。


 「ナイスバッチ誉!」

 興奮するベンチの選手たちは、まず高校初ヒットを放ち意気揚々と戻ってきた誉を熱く迎え入れる。


 「チョー気持ちいいー! 何も言えねぇ!」

 破顔しながら、ひと昔前の流行語を口にする誉。

 そうして選手たちとハイタッチしていく。

 このヒットがきっかけで、誉のバッティングも開眼してくれると助かるんだがな。


 ともかくこれで1点差。しかもノーアウト一塁。

 バッターは二番の耕平君。行ける。まだ点取れるぞこれ。十分逆転できる。

 タイムリーヒットを放った恭平は間髪を入れさせない。耕平君への初球、いきなりノーサインで盗塁をしてきた。驚く横浜翔星ベンチと山田ベンチ。今の動きは誰も予想をしていなかった。

 結果、盗塁を成功させた恭平。相変わらず暴れ馬っぷりを発揮している。だが佐和ちゃんはこの行動を読んでいたのか、落ち着いた様子で耕平君に送りバントのサインを送った。


 耕平君はサイン通り送りバントを決めて、恭平は三塁まで進んだ。

 ワンアウト三塁。打席には三番の龍ヶ崎。

 相手バッテリーの様子をうかがう。どうやら恭平の動きを気にしているらしい。まぁあいつはこの大会でもさんざん暴れまわったからな。阪南学園との試合でもホームスチールを成功させている。三塁にいても油断はできないだろう。

 恭平もそれを分かってる上で、リードを大きく取っている。右投げの箕輪からしたら、三塁にいるだけで厄介なランナーだろう。


 スクイズもありうるこの場面、佐和ちゃんは好きに打たせるらしい。


 「ツーアウトになっても次は大輔だからな。龍ヶ崎と恭平を信じる」

 そう選手を信頼する佐和ちゃん。

 思えばこの夏は、ずっと信頼されっぱなしだったな俺達。

 まぁそれだけ俺達に力があったという事で。


 勢いも流れもこっちが掴んでいる状況でも、マウンド上の箕輪はぶれない。

 ここはさすがの経験値といった所か。二年の春からエースナンバーをつけているだけあって、こういう修羅場には慣れている様子。

 どっしりとしたピッチングで、自らのテンポを崩さない。

 その安定感は敵チームは気圧され、味方チームは鼓舞される。


 龍ヶ崎はフルカウントからのストレートを叩きつけた。

 打球はサード正面のゴロ。恭平は龍ヶ崎が打ったと同時にホームに走り出していた。今の動きは早い。サード吉沢はボールを捕球するが、ホームでのアウトは不可能と判断したようで、ファーストの方にボールを投じた。


 ホームに滑り込む恭平。大歓声が起きた。

 砂埃の中立ち上がり、ガッツポーズを浮かべる恭平。これで同点。

 やっと振り出しに戻った。マジでありがとうみんな。マジで助かったわ。

 このままの勢いで逆転したかったが、続く大輔がレフトフライに倒れてスリーアウト。


 「仕方ない」

 ぼそりと呟きつつ、マウンドへと走っていく。 

 出来ればこの回逆転したかった。横浜翔星は強い。取れる時に取れないと勝てる気がしない。

 まぁいいさ。次のチャンスまで俺が抑え続ければいい。

 とりあえずこの回も無失点で切り抜けよう。

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