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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
237/324

236話

 体が重い。

 目を覚ました時、ぼんやりとした頭はそんな感想が出した。

 ゆっくりと上体を起こす。窓から差し込む光は朝を迎えた事を感じさせる。

 ベッドそばのデジタル時計で時刻を確認する。7時13分。今日は第二試合だからもうちょいゆっくりしてても良いか。

 隣のベッドでは寝息を立ててぐっすりと寝ている哲也がいる。本当、暢気な奴だ。昨日の夜、結局日付が変わる頃までベッドの上でゴロゴロしていた。

 鵡川は上手くやったのだろうか。沙希は無事元通りになったのだろうか。そんな考えばかりが頭の中で駆け巡っていた。


 体の疲れはいまいち取れていないな。

 それでもこれぐらいの疲れなら、練習で何度も経験している。これまでのような冴えのあるピッチングは難しいが、抑えるぐらいのピッチングなら十分できる自信はある。

 今日はなんとかなる。問題は明日か。


 「はぁぁぁぁ…」

 本当、高校野球のこの過密スケジュールはなんとかしてくれ。



 朝食を食べる。昨日の今日だけあり、疲れが顔に残ってる選手が多い。

 7月からずっと戦い続けてるからな。それも今日明日のどっちかで終わる。

 疲れてるからと弱音は吐いていられない。栄光を前にして立ち止まるわけにはいかない。選手の誰もが思っているはずだ。ここで自分に負けるわけにはいかないと。


 食後、グラウンドで軽く準備をする。

 マウンドでチェックがてらボールを投じる。

 佐和ちゃんは近くで俺の様子を見る。


 「いつもよりボールに切れがないな」

 「まぁ夏の終わりですから」

 心配そうに俺の状態を口にする佐和ちゃんに、軽い調子で答える。


 「無茶は「無茶はしませんよ」

 そうして佐和ちゃんの言葉をさえぎって、俺の口から無茶はしないと宣言する。

 いや、正直無茶はすると思う。横浜翔星も反対ブロックの帝光大三も隆誠大平安も、どこを相手にしても無茶はしないと乗り越えられない。

 この三校はみな、俺達よりも格上なのは確かだ。勝つには俺が頑張る必要がある。


 「来い!」

 だからこそ、昨日の一件は水差しにも程があるんだ哲也。

 くそ、昨日の一件のせいで試合に向けて気持ちが上向きにならねぇ。それどころか沙希と鵡川の結果がどうなったのかが気になって仕方ない。

 このわずかな気持ちのブレが敗北に繋がらないことを祈るしかない。これで負けたら、さすがに悔やむに悔やみきれん。



 軽い調整も終えて、バスで甲子園へと向かう。

 道中の車内。元気なのは恭平ぐらいなもので、他の選手たちは元気がない。大輔は相変わらずいびきを掻いて寝ているし、普段恭平とバカ騒ぎする誉や中村っちにも元気はなかった。

 俺も普段なら哲也と配球について話し合うのだが、今日は話し合う気分にもならない。目を瞑り、体を少しでも休ませる。


 まもなく甲子園球場に到着する。 

 第一試合、隆誠大平安と帝光大三の試合は何回まで進んでいるのだろうか?

 どうなっているか気にはなっている。だが、調べる気も起きない。

 なんだ。今日はやけに試合に向けてのギアが入らない。

 きっとそれは、これまでの疲れと前日の一件が尾を引いているのだろうな。



 甲子園球場についた時、バスの車内からでもわかるぐらいの熱気が場内から流れてきていた。

 歓声と熱狂、一糸乱れぬ応援歌と鳴り物。そしてバスの周りを囲むファンの姿。

 この夏、どうやら俺達はブームと化しているらしい。

 特に俺と大輔のファンは絶賛増加中との事。大輔は元々男前の上にあのバッティング成績だからな。巷では高校野球ナンバー1のイケメンとすら言われているらしい。さすがに大輔をひいき目で見ても高校野球ナンバー1のイケメンではないだろう。格好いいとは思うけども。

 なんて感じで、俺と大輔は野球の活躍も含めてファンが増えている。特に女性ファン。連日の接戦と名勝負も相まって、今、高校野球の熱がめっちゃ高まってるそうだ。

 外からは声援に混じって、俺や大輔の名前を呼ぶ黄色い声援も聞こえる。


 「けっ! 人気ですね~英雄さぁん! 大輔さぁん!」

 吐き捨てるような声で俺を褒める恭平。

 どうやら恭平の名前がファンの口から出てこない事にご立腹の様子。

 そんな恭平を無視して、カーテンの隙間から外の様子をうかがう。山田高校応援団の姿も見える。沙希と鵡川の姿を探したが見つからない。


 「第一試合、2対1で隆誠大平安が勝ってる!」

 「マジかぁ!」

 西岡と亮輔の話す声が聞こえた。

 自然と全選手がその言葉に耳を傾けていた。

 さすがは優勝候補同士の争いだ。投手戦でもあり打撃戦でもある。「東の横浜翔星、西の隆誠大平安」が今年の優勝候補を語る上で、よく言われている言葉だが、人によっては横浜翔星ではなく帝光大三を上げる人もいるぐらいだ。横綱同士の戦いであることは間違いないだろう。


 バスから選手通用口までの道のりを歩く。

 モーゼが海を割ったかのように選手通用口までの道は開けている。左右には警備員が並んで立っており、その向こうからは黄色い声援が送られる。まるでスター俳優のような気分だ。

 その中でもファンたちに右手をあげて応えつつ、沙希と鵡川の姿を探すが見当たらない。あの二人、本当に大丈夫だろうか? そんな不安が沸いた。



 選手通用口で試合開始まで待ち望む。

 廊下を挟んで反対の壁際には横浜翔星の選手たち。園田と目が合った。めっちゃにらんでいる。すでにあっちは臨戦態勢になっているようだ。

 対する我が校は相変わらず、どこか気が抜けているというか、いまいち試合に入り込めていない。

 恭平にいたっては大き目の声で下ネタを話して係りの人から注意を受けたほどだ。


 そんなことを考えていると、グラウンドの方から大きな歓声が沸いた。

 まもなく試合が終了したという報告をする係員が現れた。

 試合がまもなく始まる。一つ気持ちを切り替えるために大きく深呼吸をした。駄目だ。切り替わらない。


 試合は隆誠大平安が帝光大三を3対1で下したらしい。

 つまりそれは隆誠大平安が春夏連続で甲子園決勝に出場したことになる。

 春夏連覇。これまで五校のみしか達成した事のない偉業。それを隆誠大平安は目の前まで来たという事だ。

 選手通用口を通る隆誠大平安一行と目が合った。楠木とも目が合う。奴は不敵に笑った。そうして小さく唇を動かす。


 「俺はやったぞ。お前はどうする?」

 声は聞こえなかったのに、そう聞こえた気がした。

 楠木は本当のところどう思っているかは分からない。でもあの不敵な笑みは挑発だった。それは間違いない。

 良いだろう。お前らが戦うにふさわしい相手だと見極めさせてやる。むしろ、勝てるかどうかに不安にするぐらいのピッチングをしてやる。



 準決勝第二試合。今日も満員御礼の甲子園球場が俺達を迎え入れる。

 横浜翔星のオーダーに変更はない。

 エース箕輪も登板確定。四番は園田だし、その他の選手もスタメン入りしている。つまり横浜翔星も本気で俺達を倒しに来ている。

 ミラクル山田だとか、偶然勝ち上がってきたと相手チームはみじんも思っていない。良い。全力で挑んでくる相手を倒してこその甲子園だ。


 試合前だというのにすでに甲子園球場を熱を帯びている。

 時刻は13時。日差しが一番熱い時間だ。

 内野グラウンドではグラウンド整備をしている人達によって水がまかれ、土は湿気を帯びて黒く染まっていく。

 風向きはライトからレフトへ。甲子園名物の浜風だ。打球が左に流れていきそうだな。

 太陽からの熱は試合前だというのに汗を流させる。きついなぁ。大丈夫かなぁ。そんな不安が沸くほどには今日は暑い。気温は確か35度を超すと言っていた。

 明日も晴れが確定している。そして気温も35度を越すこともほぼ確定だ。



 キャッチボールを終えて、シートノックも終える。そうしてベンチ前へと整列した。

 試合直前の空気が張りつめていく感覚。スタンドすらも静かになり、審判の動きから目が離せない。

 ドキドキと心臓の鼓動すらも聞こえてきそうなぐらい緊張した空気。

 普段ならこの空気を吸うのが楽しくて仕方が無いのだが、今日はダメだ。気が乗らない。甲子園に来て今日が一番やる気が沸かない。


 「集合!」

 そんな状態で、球審の声が静まり返ったグラウンドに鳴り響く。


 「行くぞぉ!」

 「おぅ!!」

 哲也の張り上げた声に、一同も声を張り上げて答える。

 ホームベースを挟んで、一列に並ぶ両校。目の前に立つのは園田。めっちゃ睨みつけている。ので、俺も睨み返しておく。


 準決勝、山田高校と横浜翔星高校の試合が始まった。

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