234話
熱気で破裂しそうな甲子園球場。
最終回、ツーアウト満塁から今日一番の歓声と衝撃を与えた。
逆転サヨナラ満塁ホームラン。
山田高校は九回ツーアウトまで、4点差というビハインドながら、そこから連打でチャンスを作り、最後はエース佐倉英雄のバットからでたホームランで勝利を決した。
正直、打った本人ですら夢見心地だった。
試合終了のサイレンが鳴り響く。
突然の敗北に弁天学園紀州の選手はまだ理解しきれていない。同時に山田高校の選手たちもまだ勝利したことを頭で理解しきれていない。
どちらも夢見心地のような呆気にとられた顔をして、試合終了の一礼をした。
「佐倉、ナイスバッティング」
一礼後、前久保は俺に話しかけてきた。
青ざめた顔をしているのに笑みを浮かべている。
「そっちこそ最後までお疲れ様」
「…あぁ、ありがとう」
汗まみれの青い顔を精一杯引きつらせて笑みを浮かべる前久保。
彼から差し出された手を握り返し、そして健闘を称えるようにハグを一つする。
ここでスタンドから歓声と拍手が起きた。さて、これで俺達はヒール役じゃなくなった。正々堂々勝負をしたはつらつとした高校球児として俺達は見られることとなる。
「俺達の分まで頼む」
「任せろ。そっちはしっかりと怪我治せよ。今度は万全の状態で投げ合おう」
「…おぅ!」
弁天学園紀州から山田高校に思いは託された。
怪我をしながらも力投をした前久保に喝采を。お前たちの思いは確かに受け取った。
バックネット前に並び校旗の掲揚と流れる校歌を熱唱する。
最終スコアは14対13。甲子園史上稀に見る激しい乱打戦は俺の逆転サヨナラ満塁ホームランという劇的な幕切れで終わりをつげた。
そして同時に弁天学園紀州を破った俺達は、ベスト4へと進出を決めた。
試合後、記者たちに質問攻めをされる。
「最後のホームラン狙ってた?」
「はい。マウンドで投げる前久保君の辛そうな表情を見て、俺の打席で決めてやると思って打ちに行きました」
あの時の感情を口にする。
この他、ピッチングでも八人連続三振を記録したのもあって、ピッチング内容にも質問が飛んだ。
そうして記者たちから解放される頃に、やっと勝った事を実感する。
帰りのバスの車内。疲労からか佐和ちゃんの総評を耳にしつつ眠りについてしまった。
そうしてバスが宿舎に到着するころ、哲也に起こされた。
試合後の軽い練習。明日には準決勝。なんともハードスケジュールだ。
今日は8人のバッターしか相手していないが、ずっと全力で投げてたから疲れはだいぶ残っている。
明日の試合は確実に俺が先発をする。横浜翔星が勝っても、承徳が勝っても、俺じゃなきゃ抑えられない。そして明日勝っても、明後日決勝だ。
天気予報は明日明後日ともに雨マークはなく、降水確率は0%。甲子園付近は猛暑日になるとの事。昨日の天気予報で天気予報士からも「甲子園で戦う球児たちは大変ですね」なんて感じで同情されるレベルだ。
軽めに練習をして本日は終了。
宿舎へと戻ると、俺は佐伯っちから入念にマッサージをしてもらう。
「英雄、大丈夫か?」
佐和ちゃんが俺を心配する。
今日の試合の一件もあるし、この人にはあまり心配をかけたくないのだが…。
「無問題だ佐和ちゃん。明日明後日は俺に任せとけ」
俺が大丈夫だといっても、やっぱり信用されない。
こういうときにこの人の鋭い性格が裏目に出るな。
「…監督の俺が言うのもあれだが、俺は最悪負けても良いと思っている」
っと佐和ちゃんが感情を吐露してきた。
マッサージをする佐伯っちの動きに動揺はない。
佐和ちゃんの考えを察していたのか、それともこの人は勝ち負けなんて興味がないのか。
「俺は初めての甲子園でベスト4にまで上り詰めて満足した。二年や一年の奴らにはまだ将来がある。そしてお前にも将来がある。無理をして…「それ以上言うな佐和ちゃん」
佐和ちゃんの弱気は聞きたくないから言葉をさえぎっていた。
「あんたが満足していようが関係ないし、後輩どもには将来があるなんてどうでもいい。俺も哲也も大輔も恭平も龍ヶ崎も中村っちも鉄平も岡倉も…。三年生の俺達にはもうこの大会しか優勝するチャンスがないんだ」
佐和ちゃんが自身の気持ちを言葉にするのならば、俺も自分の気持ちを言葉にするのみだ。
「無理するつもりはない。だけど負けるつもりもない。俺達はまだ満足なんかしちゃいない。こんな中途半端なところで負けられない。ここまで来たなら優勝旗を持って帰らなきゃ気が済まない。だからさ、佐和ちゃん。最後まで満足しないでくれよ。頼む、最後まで俺を責任もって導いてくれ」
ここまでこれたのは佐和ちゃんのおかげだ。
佐和ちゃんが的確な指導をしてくれたから、俺達は一年でここまでこれた。佐和ちゃんが俺達を鼓舞し、導いてくれたからここまでこれたんだ。
だから、佐和ちゃんの弱い所は最後まで見たくない。
「教育者としてじゃなくて、監督としてチームを率いてほしい。俺からは以上だ」
「…そうか。そうだな。ここまで来たなら最後まで導いてやらなきゃ、監督として失格だな」
そういって自嘲するように笑う佐和ちゃん。
しかし佐和ちゃんも弱気になるんだな。ちょっとショックだ。でもまぁ人間そういう者か、俺も佐和ちゃんも決して強くない。時たまこうして弱い所見せてみんなで支えあっていかないとな。
第二試合の結果が来たのは、この数分後だった。
横浜翔星と承徳の試合は8対5で横浜翔星が準決勝に駒を進めた。
同時に明日の相手は横浜翔星となった。
この後、選手たちが集まり改めて横浜翔星のデータを佐和ちゃんの口から聞く。
今日の試合、四番園田が二打席連続ホームランを放ったらしい。これで園田は大会4本塁打となった。大輔という化け物がいなければ、今頃園田はもっと注目を集めていただろう。
悲しいかな、大輔はすでに今大会5本塁打放っており、あと1本で記録更新だ。準決勝と決勝で残り2試合、大輔なら記録更新は十分可能だろう。
こんな化け物がいるせいか、園田の注目度は例年のスラッガーに比べてやや薄い。
それでも園田の実力は確かだ。
高校通算の本塁打数だけ見れば、城南の中村や、阪南学園の吉井、松井を上回っている。ホームランを打つだけの実力はある。
そして園田だけじゃなくどの選手も総合力は高い。伊達に選抜ベスト4に選ばれているだけあって、明日の試合も最後まで油断はできないだろう。
「すでに大会も終盤戦だ。ここまで四試合。こちらが相手チームも情報を手にしているように、相手チームも俺達の情報を手にし始めている。横浜翔星は激戦区神奈川の野球名門校。何度も甲子園に出ており場数はあちらのほうがはるか上。相手チームの分析力もあちらに軍配が上がるだろう。明日の試合もこちらを研究し尽くしている可能性は十分にある」
佐和ちゃんが明日の試合について話を始める。
確かにそろそろ俺達の弱点というのも研究しつくされる頃だろう。
「明日の試合、今大会一番苦しい戦いを強いられるかもしれんが、これを乗り越えねば優勝旗は掴めない。明日も勝つ為に戦おう。そして明後日も勝つ為に戦って、優勝旗を持ち帰るぞ!」
「はい!」
まるで自分に言い聞かせているような言葉を佐和ちゃんは口にした。
勝つ為に戦う。当たり前のことではあるが、その一言は選手たちの気持ちを一つにした。
さて明日に備えて、俺は早々に寝るとするか。




