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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
2章 天才、七転八起する
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22話 新生山高野球部 初陣

 模擬合コンから一週間が経過した。今日30日は秋の県大会地区予選第一試合目がおこなわれる。

 俺たち山田高校の初陣でもあり、同時に俺にとっても野球部正式加入後初の試合となる。

 相手は兼光学園。夏の県大会ベスト8にもなっている中堅校だ。


 県内西部に位置する丸野市にある丸原球場が山田高校野球部員となった俺の初陣の地となる。

 だが、今日の試合の先発ピッチャーは亮輔。俺は五番ライトとして出場し、途中からリリーフで上がる形となった。


 「今日の試合、行けますかね?」

 耕平君と柔軟体操をしていると、彼が質問してきた。


 「微妙だな。先発亮輔だし」

 別に亮輔がイマイチなピッチャーだとは言っていない。

 あいつのピッチングは豊富な変化球を駆使して、緩急、高低差、小さな変化などによって、相手バッターの打ち気を逸らし、打球を詰まらせて打たせて取るピッチングが持ち味だ。

 なのだが、我が校の内野は結構ガタガタな所がある。

 そもそもスタメンになる助っ人二人が両方とも内野手というのはいかがなものか。


 オーダーは、一番センター耕平君、二番ショート恭平、三番レフト龍ヶ崎、四番ファースト大輔、五番ライト俺、六番ピッチャー亮輔、七番キャッチャー哲也、八番サード助っ人の須田、九番セカンド同じく助っ人の誉となっている。

 ってか、センターラインに助っ人いれるなよ佐和ちゃん。確かに誉のやつ、助っ人とは思えないぐらい機敏で守備も悪くないけどさ。そこは部員入れようよ。


 「佐倉さん、負けたらどうしましょう?」

 「まぁ負けたらしょうがないだろう。相手、明らか格上だし」 

 「だけど、あんな練習して勝てなかったら……」

 耕平君が不安になるのも分かる。

 あんな苦しくて辛い練習をしたのに、結果が伴わなければ頑張ってきた意味を失うのに近い。結果が出ないならもっと頑張って結果が出るまで頑張り続ければいいなんて脳筋発想は、今時流行らないものだ。

 だからこそ、今日の試合は結果が欲しい。

 夏大ベスト8の学校に勝ったならば、これまで頑張ってきた練習にも意味を感じ、これからの練習への活力になる。つまり甲子園への一歩となる。


 「試合前から弱気になるなよ。お前の兄ちゃんはそんな事考えないぞ」

 弱気になる耕平君にそう言い聞かせた。

 大輔なら、こんなことは考えないだろうし、今頃昼飯は何を食べようかとか、夕飯はあれ食べたいとか考えてるだろう。


 「……そうですね。兄貴みたいにならないと」

 そういって気合を入れ直す耕平君。

 兄貴思いの良い弟だ。千春も少しはこいつを見習って欲しいものだな。



 そうして試合が始まった。

 先発の亮輔、案の定初回から2点先制された。

 しかも得点になったランナーは、サード須田のエラーと、セカンド誉の打球への反応の遅れによるライト前ヒットという感じ。

 やはり助っ人をスタメンに加えていると厳しい試合になるな。ハンデでしかないし。


 一回の表、兼光学園の攻撃は2点で終わり、一回の裏の我が校の攻撃となる。


 「さぁ攻撃の時間だ。相手ピッチャーは二年生。夏は1試合しか登板していないピッチャーだ。実力はうちのエース様に大きく劣る。十分初回から打てるピッチャーだ」

 攻撃前の円陣で佐和ちゃんが自信満々に選手たちに語りかける。


 「甘い球は必ず来る。それを確実に打てばいい。好球必打、簡単だな。クリーンナップまで回せれば、こっちのもんだ」

 佐和ちゃんがここまで自信を持って言えるのは、俺と大輔と急成長した龍ヶ崎のおかげなんだろうな。

 そう言われると、クリーンナップを任される俺も気合を入れたくなるものだ。



 先頭バッターの耕平君が打席に入る。

 相手ピッチャーは横手投げの右腕。投球練習で投げていたボールを見た限り、球速はそれほどないし、確かに十分打ち崩せそうだ。


 「プレイ!」

 試合が再開した。

 左打席でバットを構える耕平君は真剣な眼差しでピッチャーを見つめる。

 初球、いきなり耕平君はバットを振り抜いた。


 快音が響き、打球は二遊間をライナーで切り裂き、センター前へと転がっていく。いきなりのヒット。さすが耕平君だ。

 ってか試合前あんなに不安がってたのに、いざ試合が始まるとめっちゃ集中してやがる。ここらへんは大輔と同じ血を引いているなって思わされる。


 「よしきた。早速行ってもらおうか」

 嬉しそうに佐和ちゃんがつぶやき、手、肩、帽子、顔などを触りサインを送る。ここでのサインは盗塁。

 ヘルメットのつばをつまんでサインに返答する耕平君と首をかしげてる恭平。間違いなく恭平には伝わってない。あいつ、サイン覚えてねぇな。


 「……あのバカ」

 ボソリと佐和ちゃんが独り言を呟いた。

 そういうのはしっかりと本人に言わないとダメですよ佐和ちゃん。いや伝えたところで、恭平の事だから「そういう発言はおっさんではなく、年上の美人のお姉さまに言われたい」とか言って勝手に妄想の末に悶えたりするだろうな。


 耕平君が一歩、また一歩と一塁ベースから離れ、リードをとっていく。

 低い体勢でピッチャーの様子を睨みつける。ここで一球牽制が入るが、耕平君は素早く反応し一塁ベースへ頭から戻った。

 起き上がった耕平君は再びリードを取る。今度はさらに半歩リードの幅を広げて。

 試合前あんな弱々しかったのに、随分と強気なリードを取るな。


 そうしてピッチャーがクイックモーションに入る直前、耕平君が走り出した。ナイスタイミング! 良いぞ!

 一方、耕平君から何かを感じ取っていたバッテリーは、大きく高めに外れるウエストボール。

 それを恭平がアホみたいに食いつき、豪快な空振り。なにやってんだあいつ。もしかしてヒットエンドランと勘違いしたのか?


 キャッチャーがボールを掴み、すぐさまスローイング体勢に入りボールを二塁へと放つ。

 だが遅い。ボールが到達するよりも先に耕平君が二塁へと滑り込んでいた。

 盗塁成功。ノーアウト二塁だ。


 「なんだ盗塁かよ! 間違えた!」

 恭平のバカ、何言ってんだあいつ。

 佐和ちゃん、呆れて何も言えず頭を抱えている。分かる、分かるぞその気持ち。俺も今すぐ頭抱えたい。


 佐和ちゃんは一応バントのサインを恭平に送ったが、恭平はサインを理解しておらず、結局サード頭上に打ち上げる内野フライに倒れてワンアウト。


 「恭平、少しはサイン覚えろ」

 「いや、サインが難しすぎるんすよ」

 ベンチに戻ってきた恭平を佐和ちゃんが叱る。

 一方の恭平はケロッとしている。ってかサイン難しいって、佐和ちゃんのサインは初歩的なスゲェ簡単な奴だぞ?


 恭平に呆れているとグラウンドから快音が轟いた。

 三番の龍ヶ崎が左中間に豪快な当たりを放ったようだ。打球は左中間を真っ二つにする長打コース。これなら二塁の耕平君も楽々ホームに帰還できるだろう。

 龍ヶ崎は二塁まで進み、耕平君はホームイン。早速1点をかえして1対2。


 次は大輔で、その次が俺。

 慌ててバッティングの準備をして、ネクストバッターサークルに腰を下ろした。

 右打席に入る大輔は、三塁側ベンチを陣取る俺たちに背を向ける形となる。なので顔は確認できない。


 マウンド上のピッチャーは袖口で汗をぬぐっている。

 動揺の色を隠せていない。ここは一つ間をおいてやるべきところだが……。

 初球、大輔は打ちに行った。


 「うおぉ」

 思わず感嘆の声がもれた。

 ライト方向に打ち上がった打球は、球場の芝生に勢いよく落ちて、そのままフェンスまで転がっていく。

 二塁ランナーの龍ヶ崎は悠々と生還。大輔は三塁まで到達し、タイムリースリーベースヒットとなる。2対2、いきなり試合は振り出しに戻った。

 ここで迎えるは五番の俺だ。



 左打席へと入り、俺はバットを構える。

 マウンド上のピッチャーは凄く動揺している。いや、ぱっと見動揺しているようには見えないが、同業の俺からしたら、この場面で動揺しないのはおかしいだろう。

 一番、二番、三番、四番と続けて早いカウントから打ちに来ている。そして二者連続長打を打たれている。なにより、今相手しているのは明らかな格下。そんな奴らにこうまで簡単に打ち込まれると動揺の一つぐらいするさ。

 ピッチャーからしたら、タイムをもうらなりなんなりして、一回間を置きたいところだ。

 分かってないな。あっちのナインは。

 まぁ、ここで付け入らない理由はない。逆転させてもらうぜ。


 クイックモーションからピッチャーが投じる。

 甘いコース。全然集中できてないようだな。

 右足を前へ、左足の回転から腰、上体、腕と回転し、強烈なスイングでボールを打ち抜いた。

 打球は勢いよく転がるゴロとなったが、一二塁間を抜いて外野まで転がっていく。ライト前ヒット。これなら大輔は余裕で帰れるだろう。

 俺は一塁ベースに到達し、ホームベースへと視線を向ける。大輔はホームインしており、これで3点目。早速逆転だ。

 良い感じだ。このままリードを保ったままで行きたいところだ。



 初回でいきなり逆転をした俺たち。

 亮輔はこの後の守りではしっかりと立ち直っており、二回、三回と毎回ランナーを出しはしたが、要所要所で変化球を駆使して、なんとか無失点で切り抜けた。


 そうして迎えた三回の裏。

 ツーアウト一塁から四番大輔。マウンド上には依然先発ピッチャー。

 カウント2ボール1ストライクからの四球目、今日一番の快音が球場を支配した。

 両陣営のベンチから「おぉ!」と驚嘆の声が上がり、バックネット裏のスタンドに居る少ない観客からも声が上がった。


 レフト方向に上がった打球は、一発でスタンドに入ると分かるような勢いのあるものだった。

 そうしてまもなくレフトスタンドに勢いを残して飛び込んだ。

 ツーランホームラン。完璧な一発だ。さすが大輔。


 先にホームベースに戻ってきた一塁ランナー恭平とハイタッチし、一塁、二塁、三塁と回ってホームに戻ってくる大輔を迎え入れる。


 「ナイバッチ大輔!」

 「おぅ! 良い球がきた!」

 ホームベースを踏んだ大輔とハイタッチをする恭平。


 「高校初ホームランだぜ!」

 そうしてVサインを俺に向ける大輔。嬉しそうに笑っている。


 「おぅ! ナイスバッチ!」

 よっしゃあ大輔に続いてやる!!

 この後、ファーストライナーに倒れる佐倉君だった。少しばかり力んじまったな。まぁあんなすげぇホームランを見た後じゃ力んじまうさ。



 亮輔は四回に1失点するも、2点差のリードを守り抜き、五回、俺とバトンタッチする。

 その俺はまったく危なげのないピッチングで兼光学園を抑えていく。


 そうして5対3の2点リードのまま迎えた最終回。

 ここまで俺が打たれたのはヒット1本のみ。


 「来いやぁぁぁぁぁ!!!!」

 なんとか意地を見せようと打席に入ったバッターが吠えているが、俺には関係ない話だ。この回もパパッと終わらせてゲームセットだ。


 一球、二球と追い込み、最後はスライダーで空振りを奪って三振。

 完璧に俺のほうが一枚上手な状況だ。兼光学園の打線は未だに俺のボールを捉えきれていない。

 つまらん。県の中堅校なんだから、もうちょい意地を見せてくれ。


 続くバッターはショートフライに仕留めてツーアウト。


 そうしてラストバッターは、ストレートとチェンジアップのコンビネーションで追い込み、最後は高めの釣り球で空振り三振に抑えてゲームセット。

 

 俺は被安打1で、四死球0、奪三振6と言うパーフェクトな内容だ。


 「よっしゃあ、完璧ぃ!」

 試合後、新チーム初試合を初勝利で終えられた我が校は、大いに盛り上がった。

 相手は県の中堅校。それを破った我が校。わずか一夏で大きな変貌を遂げたわけだ。


 弱小校山田高校が、急激に強くなったのは、元々運動神経のいい奴らが揃っていたからだろう。

 大輔はパワーお化け、耕平君は脚力が高校生離れしており、恭平は身体能力がクソ高い。そんな感じで素人ばかりではあったが、運動神経が高く、また野球の素質を持った奴らも多かった。

 なによりも佐和ちゃんの功績が大きい。佐和ちゃんの指導は的確に苦手な箇所を見抜いて、それを確実に直す練習メニューを組んだ。さらには選手たちの得意分野を見抜き、それを格段に伸ばした。そんな無駄が一切ない練習をこなしてきた為、ここまで大きく化けたわけだ。



 我が県の地区予選は総当り戦となっている。まずは1勝だ。

 同刻、荒城館高校のグラウンドでは、荒城館と丸野港南の試合が行われており、そっちでは3対0で丸野港南が勝利したようだ。

 次の試合は、夏休み明けてから五日後の9月5日。相手は今日荒城館に勝利した丸野港南とだ。

 酒敷商業、斎京学館と共に県内三強の一つに数えられる丸野港南が相手か。近年では他二校に遅れをとっているが、それでも十分実力はある。

 今日の試合みたいに上手くはいかないだろう。だがそれは亮輔が先発した場合の話だ。

 俺が登板すれば負けることはまずないので、気楽に試合を待とう。

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