228話
翌日、大会十二日目の第一試合、山田高校と弁天学園紀州の試合はすでに四回を迎えていた。
四回の表、弁天学園紀州の攻撃はすでにツーアウト。ランナーはいない。
マウンド上には依然、先発の松見があがっている。
「…あちぃ」
ファーストの守備位置に立ちながら、思わず呟いた言葉だった。
現在スコアは2対3で1点のビハインド。打席には一番忠岡が入る。
カウントはスリーボールツーストライク。
マウンドにいる松見はすでに肩で息をしている。
相手が相手だけに精神的にも肉体的にも疲弊してきているだろう。正念場だぞ松見。
迎えた六球目を忠岡は鋭いスイングで打ち抜いた。
「ん!」
打球は俺の正面。とっさに腰を下ろし、後逸しないように壁のように打球に立ちはだかる。
そうしてファーストミットでしっかりとキャッチし、いそいでファーストベースを踏んでスリーアウトだ。
この回、結局1点とられて勝ち越しを許してしまったが、松見はよく四回まで投げぬいた。
「はぁ…はぁ…」
呼吸を乱しながら、ベンチへと走って戻る松見。
もっと点取られるものだと試合前は不安だったが、なんとか粘り強く投げてたな。
四回3失点、相手が弁天学園紀州だし、一年生ピッチャーとしては十分すぎる結果だ。
既にブルペンで亮輔が投球練習しているし、次の回からは亮輔が登板する事だろう。
「よくやった松見」
ベンチ前まで来たところで、松見の背中をミットで軽くたたく。
「ありがとうございます」
疲れた声で感謝しつつも笑顔を浮かべる松見。
正直、入部当初のこいつからは想像できないピッチング内容だ。この数ヶ月でだいぶ成長した。俺が引退した後エースナンバーをつけるのは、おそらくこいつだろうな。
「ナイスピッチ松見! よく3点で抑えてくれた。次からは亮輔が行くから、ベンチで休んでろ」
「はい…!」
佐和ちゃんも松見の力投を労う。
やはり次の回からは亮輔が行くか。
「勝ち越されたが気にするな! 今日の試合は乱打戦になる。取られたら取り返す気持ちでいけ!」
さらに打線へと檄を飛ばす佐和ちゃん。
俺達はその言葉にしっかりと返事を返した。
四回の裏、この回の先頭バッターは七番松見。ここで佐和ちゃんが動き代打を投入。打席に向かうのはこの前阪南学園戦で勝ち越しタイムリーを放った西岡。
今のところ、控えで一番頼りになるバッターだ。三年生が引退した後の主力選手の一人であることは間違いないだろう。
そしてこの西岡は、この打席でもしっかりと結果を残した。
二球目の変化球を打ち抜き、レフト前ヒットで早速出塁してくれた。
続く八番哲也、九番誉と連続で送りバントを決めて、ツーアウト三塁。
ここで打席に向かうのは一番恭平。
「しゃあああああ!! 任せろぉ!」
そう意気込んで打席に入る恭平。今日は一打席目で早速初球スリーベースヒットを放ち先制点に貢献している。二打席目は珍しくフォアボールを選んでおり、今日も絶好調だ。
マウンド上の丹羽は相変わらずマイペースに投げている。
いくら打ち込まれても崩れない無尽蔵のスタミナ。ここまで2点しかとってないが、そろそろ得点を重ねたいところだ。
初球、恭平が案の定打ちに来た。
打球は二遊間を破りセンター前へと転がっていく。三塁ランナー西岡は楽々とホームインし3点目。早速同点に追いついた。
この後二番耕平君もヒットで続くも、龍ヶ崎はライトフライ。ヒットを打とうとして力んでいるのが目に見える。なまじ相手ピッチャーが打ち頃だからな。ついつい長打を打とうと力んでしまいがちだ。
そうしてツーアウト
そうこうしている内に、恭平君が初球から打ってセンター前ヒット。
これでツーアウト一塁。バッターは耕平君だ。
初球、恭平は盗塁に成功する。相手は強肩の細田だが、紙一重恭平の足が優った。これでツーアウト二塁。
この後、耕平君は持ち前の選球眼と粘り強いバッティングでファールを重ね、最後はボールを選んでフォアボールで出塁。
ツーアウト一二塁で打席に入るのは三番龍ヶ崎。初回にツーベースヒットを放っており、調子は悪くない。
正直、今日の試合打ちあぐねるという事はないだろう。
龍ヶ崎や恭平、耕平君のバットから快音は響いているし、大輔にいたってはここまで二打席ともにフォアボールで出塁している。
問題は弁天学園紀州の打線よりも多く点を取る必要があるという事だ。
龍ヶ崎は初球から決めてきた。
ライト前へのヒットを放ち、その間に恭平がホームに生還。これで今日4点目。
続く大輔の打席。
この打席でも丹羽の制球が定まらなくなる。
っと言うより、勝負を避けてる節がある。やはり郁栄学院との試合で四打席連続ホームランを放ったからか、相手チームにめっちゃ警戒されているようだ。
結局、一球も入らずフォアボール。これで三打席連続フォアボールだ。大輔のホームランを期待しているファンからしたらがっかりだろう。
大輔が出塁しツーアウト満塁。そして次は俺の打席だ。
「まったく、馬鹿にしてやがるな」
大輔と勝負を避けるという事は、つまり俺なら抑えられるという事だ。
現にここまで二打席ともに凡退に終わっている。なんとも情けないし悔しい。
このまま終わってたまるものか。山田高校には大輔以外にも怖いバッターがいるってことを教えてやる。
「よろしくお願いします」
礼儀正しく一礼して左打席に入る。
マウンド上の丹羽は四回ですでに100球近く投げているはずなのに疲れている様子は一切ない。
丹羽は最速132キロのストレートと、スライダー、カーブ、遅いカーブの三つの変化球を投げる。
だがこれといった決め球はなく、どれも打ち頃だ。遅いカーブにいたってはストライクゾーンに入ってこない。
問題ない。これまで甲子園で戦ってきたピッチャーとは比べ物にならないぐらいレベルは低い。だから俺が打てない道理はない。
初球、サイドハンドから投じられた。
左バッターの俺と右ハンドの丹羽は相性が最高にいい。リリースが分かりやすくて、打ちやすい。
右足を踏み出し、腰を回転させて、その力でボールを弾き飛ばす。
金属バットはボールを芯でとらえた。
快音が鼓膜に反響する。両手には確かな感触が残った。
打ち抜かれた打球は右中間へと飛んでいく。あそこなら長打コースは確実だ。
バットを投げ捨てて走り出す。まもなく打球は右中間を切り裂いた。
歓声が起きる一塁側スタンド。その中で、俺は一塁を蹴って二塁へ。
打球の状況を確認する。すでにライトが打球の処理をしており、三塁ベースまでは無理の様だ。
そうして俺は二塁ベースを蹴ってオーバランだけしてベースへと戻る。
一方、各塁のランナーは三塁耕平君、二塁龍ヶ崎とホームに帰り、一塁大輔も三塁ベースを蹴ってホームまで走る。
外野から返球はあったが、大輔も楽々ホームイン。走者一掃のタイムリーツーベースヒットとなった。得点はこれで6点。6対3で勝ち越しに成功した。
3点のリードになったが、まだ安心はできない。弁天学園紀州の打線がいつどこで爆発するか分からない。爆弾処理班の気分とはこういうものなのだろうか?
取れるだけ点が欲しい所だったが、続く六番中村っちは初球を打ち上げてしまいサードフライに倒れて攻撃終了となった。
五回の表、新たにマウンドに上がるのは亮輔。
先頭バッターの二番田坪はセカンドゴロに仕留めたが、続く三番西川と四番細田にヒットを許し五番程野にはボール先行のリードの末にフォアボールで歩かせてしまった。
ワンアウト満塁でバッターは六番の一年生則藤が入る。
登板早々、正念場を迎える亮輔。
やはり弁天学園紀州のバッターはどいつもこいつもスイングが鋭く、振りに迷いがない。厄介なバッターばかりだ。正直、松見と亮輔だけで最終回まで逃げ切れるとは思ない。
俺にも出番が回ってくる可能性は高い。いつでも行けるよう気持ちの準備はしておこう。
結局、亮輔はこの後、なんとか二者連続で凡退に仕留めて無失点でマウンドを降りるのだった。




