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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
228/324

227話

 夜、会議室を借りて弁天学園紀州についての情報を佐和ちゃんの口から聞く。

 一番警戒すべきはやはり打線。今大会ナンバー1の打撃力と評されるだけあり、一番から九番までパワフルな打撃力を自慢とする。

 特に三番西川、四番細田(さいだ)、五番程野(ほどの)はみなプロから注目されているスラッガーだ。

 西川は一年の夏から五季連続の甲子園出場を果たしており、甲子園の申し子と謳われている。高校通算32本塁打の長打力と甲子園通算打率4割越えという巧打力を兼ね揃え、守備も今大会ショートナンバー1と言われるほどの高いレベルを有した、いわゆる走攻守三拍子兼ね揃えたプレイヤーだ。

 四番細田は強肩強打のキャッチャー。こちらも高校通算本塁打は37本とパンチ力あるバッティングが自慢。

 五番程野は通算本塁打は14本と、前二人に比べると本数は少ないが、その分ツーベースヒットやスリーベースヒットの割合が多い中距離ヒッター。確実性もあり、前二人と同じく油断はできないだろう。

 もちろん他の選手も油断できない。だてに選抜甲子園で一試合最多得点記録を肉薄する26得点をあげているだけある。

 今大会も一回戦12得点、二回戦10得点、三回戦11得点と、全て二桁得点で大勝している。

 正直、松見と亮輔で抑えきれるか不安なところだ。


 一方で、投手力は微妙だ。

 主戦投手の丹羽はスタミナだけは認めるが技術的には拙い。

 これまで戦ってきた城南の福永、阪南学園の松井、郁栄学院の畑中の三人に比べるまでもなく劣っている。

 エースは肩を壊して今大会出場は絶望的。仮にこのエースが登板していたら、俺たちはもちろん隆誠大平安も勝つのは難しかっただろう。


 明日のスタメンも発表された。

 先発ピッチャーは予想通り松見。甲子園初登板がまさか強力打線相手の先発ピッチャーとは中々試練度合いが高いな。

 打順のほうは変化ない。俺がファーストに入った代わりに、七番秀平が七番松見に代わっているぐらいか。


 「攻撃の作戦はない。とにかく打って打って打ちまくる。ただし雑な攻め方はしない。単純な打ち合いじゃこっちが不利だ。バントやエンドラン、スクイズ。変化も加えつつ攻撃的なプレーで点をもぎ取っていく」

 明日の攻撃について佐和ちゃんが説明していく。

 松見と哲也のバッテリーに関しては自由に投げるように言っている。


 「相手の土俵で戦うのは悪手だとは思うが、英雄を頼らないで弁天紀州に勝つにはこれしかない。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。明日の試合、乱打戦を制するぞ」

 「はい!」

 最後に佐和ちゃんがそう締めの言葉を告げて本日の作戦会議は終了となった。



 夜、就寝前に哲也と明日の試合について話す。


 「松見のリードはどうするんだ?」

 「どうもできないね。正直、松見のボールで弁天紀州を抑えるリードが浮かばない。極力外に集めて長打を減らすよう心がけるしかないけど、松見のコントロールじゃ、思い通りにもいかないだろうし…」

 そういって、「うーん」と頭を抱えてうなる哲也。

 確かに松見のピッチングじゃ難しいだろう。


 「ならあまり深く考えなくていいんじゃね? 佐和ちゃんも失点は覚悟してんだ。乱打戦上等で強気のリードで行けばいいさ」

 「…そうだね」

 結局、最後はそうなる。

 正直、弁天学園紀州の打線を抑えるなんて俺や楠木クラスのピッチャーじゃなきゃ難しいだろう。


 「じゃっ、おやすみ」

 「うん、おやすみ」

 という事で、あまり深く考えず明日に備えて就寝するのだった。



 時刻を確認する。夜10時過ぎ。

 選手たちはもう就寝しただろうか? 私はベッドに座りながら小さくため息を吐いた。

 明日の試合、悩みごとが一つある。これが解消されないと寝れる気がしない。


 「佐和先生。そろそろ寝ましょう。明日も早いですし」

 同室の佐伯先生が声をかけてきた。


 「えぇ。あ、佐伯先生、一つ良いですか?」

 「はい、なんでしょう」

 不思議そうに俺を見てくる佐伯先生。

 共に野球部の指導者として、そして英雄のマッサージを毎日おこなっている彼から聞いておきたいことがあった。


 「英雄の状態はどうですか?」

 俺の言葉に佐伯先生の表情は一気に曇った。

 やはりか。あまり体の状態は良くないのか。今日の朝、英雄と話していて分かったが、あいつはだいぶ疲労がたまってきている。

 明日から決勝まで三日続けて試合を行う。炎天下と二ヶ月にわたる夏の大会で溜まった疲れ、精神をすり減らすような接戦の数々。このまま酷使させれば、下手をすれば壊れかねない。

 英雄が並みの人間と比べると丈夫だというのは分かる。だが限度というものもある。


 「あまりいいとは言えませんね。マッサージしてもほぐれにくいぐらいには筋肉が固まってきてますね。あの状態で投げさせるのはあまりすすめられません。それにあいつは気丈にふるまってますが、精神的にも疲れがたまってるでしょうし」

 佐伯先生からも同意見が出た。

 だが明日の試合、正直松見と亮輔だけで逃げ切れるとも思わない。

 弁天紀州の打撃力はそこらへんのチームの非じゃない。歴代の高校野球においても屈指の打線だ。あれを抑えられるのは、うちには英雄しかいない。


 「もう一つ。二試合までなら大丈夫ですかね?」

 「そこらへんは微妙ですね。でも極力投げる回数は減らせるなら減らすべきかと。自分は去年まで野球についてはルールぐらいしか知らなかった素人なので、判断は佐和先生に任せます」

 馬鹿げた話だ。勝つ為にどうするかと考えるのではなく、英雄をいかに登板させないかを考えている。あろうことか、英雄を登板させないために負けても良いとすら思ってしまった。

 俺はチームの監督だろう。ならチームがどう勝つかを考えるべきだ。だが同時に教育者でもある。英雄の肩をこの夏に壊してしまうのは、あいつの将来を断つのと同じだ。

 …それほど、英雄という男は高校野球で潰すには惜しい男という事だ。あいつの左肩には無限の将来性を秘めている。プロ野球だけじゃない、メジャーで活躍するのだって夢じゃない。それだけあいつには高い能力が秘めている。まだ俺でも出し切れていない才能が眠っている。


 「ただ、怪我するかしないかは分かりません。私がもう少し野球に精通していたら、もう少し具体的なアドバイスを送れるのですが…」

 「大丈夫です。明日の試合、英雄を登板させるような事態にしなければいい。その為に今は最善を尽くすだけですね」

 今は悲観的になる場面じゃない。

 英雄を登板させるような事態になるかどうかも分からないし、英雄が壊れるかどうかも分からない。無理は極力させないようにして、チーム一丸で勝利をとる。


 「そうですね。明日も早いですし、そろそろ寝ましょう」

 「えぇ」

 こうして私たちも就寝につくのだった。

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