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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
227/324

226話

 大会十二日目の朝。

 今日から準々決勝、今日も入れて残り四日で今年の夏の王者が決まる。

 朝起きると疲れで体が重くなっているのを感じた。佐伯っちにマッサージをしてもらったが、やはり終盤戦に入っているだけあり、疲れが抜けきらない。

 やはり明日の弁天学園紀州との試合は松見と亮輔に任せるしかないだろう。


 朝食。けだるさを感じている俺をよそに、仲間たちは朝から元気だ。

 その様子を少し遠めから見ていると、今一番話したくない相手が話しかけてきた。


 「英雄! なぁ英雄!」

 恭平だ。めっちゃうるさい。

 今の状態でこいつとは話したくない。


 「…なんだ?」

 「見ろ! これを見ろ!」

 そういって俺の飯の上に新聞を置いた。

 うるさい奴だ。しかも俺の食い物の上に新聞を置くな。

 腹立ちつつも新聞を見る。そこにはマウンド上でガッツポーズをする俺の写真が載っている。大見出しは「佐倉圧巻の20K、また記録塗り替えた」と書かれている。…これがどうした? 新聞載る事を蔭佐から驚いているのか?


 「これがどうした?」

 「どうしたじゃねぇ! これを見ろ!」

 そういって写真の端を指差す。そこには恭平らしき人物が小さく映りこんでる。


 「…は?」

 「わたくし、嘉村恭平の初の新聞登場だぞ! スゲェだろ!」

 …え? それだけ?


 「そうだな。まぁこの写真自体は俺だけどな」

 「………」

 事実を伝えると何とも言えない顔をして俺を見てくる恭平。

 飯の上に置かれた新聞をどかし味噌汁をすする。

 ゆるやかな朝の時間が流れていく。



 「おぅ英雄、新聞見たか?」

 朝食を食い終えるころ、今度は佐和ちゃんが新聞を持ってきた。

 恭平の馬鹿みたいに飯の上に置くことなく、机の空いたスペースに新聞を置く。恭平が持っていたスポーツ新聞と同じ奴だ。

 スポーツ新聞の第一面は俺ではなく大輔だった。そりゃそうだ。四打席連続ホームランは時代を塗り替えた大記録だ。俺の20奪三振なんかよりも断然凄いさ。


 「見ましたよ」

 「第二面はお前だ」

 一枚ページをめくる。右側は俺の写真。左側は畑中だ。

 昨日の試合は記録更新目白押しだからな。新聞社も記事の選定とページ配置にはさぞ悩んだことだろう。


 「しっかし、うちのアホガキ2人が、新聞を占拠するなんてなぁ」

 嬉しそうに腕を組んでうなずく佐和ちゃん。

 味噌汁をすすりながら、大輔の写真を眺める。ちょうど打球を打ってバットを手放す瞬間だ。

 こんな快挙を成し遂げた怪物は今、新聞もって部員たちに自慢をしに歩き回っている恭平の飯を盗み食いしていた。


 「それより英雄、疲れの方は大丈夫か?」

 新聞をぼんやりと見ていると佐和ちゃんが心配してきた。


 「平気平気。毎日佐伯っちにマッサージしてもらってるから安心しろ。あと三試合ぐらいは余裕だな」

 にやりと笑って見せたが、実際のところだいぶ疲れがきている。

 だが、ここで俺が疲労で折れたり途中離脱なんかしたら、山田高校は終わりだ。俺は精神的支柱の一人であることは間違いない。

 極力無理はしない。だが優勝が近づいてきた今、ここで途中離脱なんかはしたくない。怪我する直前までは頑張りたい。それは誰かの為じゃなくて俺の為に、悔いだけは残したくないんだ。


 「…そうか。今日も佐伯先生のマッサージを受けろよ」

 「りょーかい」

 佐和ちゃんの瞳が曇ったように見えた。

 この人は鋭いから、俺の状況を見抜いたのかもしれないな。



 食後、俺達は甲子園へと試合観戦に向かう事となった。

 本日の準々決勝の第一試合の後、準決勝の組み合わせ抽選会がおこなわれる。

 試合前の今日第二試合、明日の二試合は一塁側ベンチのキャプテンが抽選会に出る決まりとなっている。

 そして明日の第一試合で一塁側ベンチに入ることとなっている我が校。哲也は今大会三度目の抽選会に召集がかかったわけだ。


 ホテルの自室とかしている部屋で寝間着から制服に着替える。

 ふと携帯電話にメール数件来ている事に気づいた。

 メールの主は友人だ。夜遅くに来た勝利の祝いメールが中心。その中の一つに手が止まる。鵡川のメールだ。

 どのメールよりも最初に開き、彼女の祝勝の一文と次の試合に向けた応援を見て頬が緩む。


 「英雄! そろそろ行こう! って、何見てんの?」

 哲也が俺の顔を見て不審がっている。

 にやけているからだろうな。


 「ファンレターだ。まったくデキる男も悩みどころだな」

 「…相変わらずだね」

 苦笑いをする哲也を無視して、俺は鵡川へとメールを送り返す。


 ありがとう。鵡川からメールもらうと負ける気がしないよ。


 絵文字も顔文字もつけずにそれだけ文字を打って送信する。

 彼女は俺にとっての勝利の女神といった所か。

 次の試合も応援に来てくれるだろうか? 無様な結果だけにはしたくないな。



 この後、バスへと乗車し、俺達は試合観戦へと向かった。

 準々決勝第一試合、隆誠大平安と海藤大浦安の試合。

 隆誠大平安の先発は楠木ではなく二年生の控えピッチャー。二回戦の奈良の弁天学園戦で先発し初回から2失点して楠木にバトンタッチしたピッチャーだ。

 今日の試合もいまいちだ。初回から三連打で満塁にしてしまった後、四番浜田に走者一掃のタイムリーツーベースヒットを打たれて降板し、結局楠木がマウンドに上がった。

 楠木は昨日の浜野戦で先発完投したとは思えないほど安定したピッチングで強力打線の海藤大浦安を抑えていく。

 楠木は六回に四番浜田からソロホームランを打たれるも、それ以外は無失点で抑える力投を見せた。

 一方で打線のほうも春の王者らしくエースを援護する。

 三回に2点、五回に2点をあげ、4対4で八回の裏、隆誠大平安の攻撃を迎えた。

 この回の先頭バッターは四番奈川英雄。今日三打数二安打と調子が良い。


 「来たか」

 正直俺が今一番注目している一年生だ。

 マウンドには疲れを見せ始めた海藤大浦安のエースの嶋田(しまだ)

 その初球だった。


 快音が球場を支配した。

 打った瞬間から分かる当たり。打球はライナーでレフトスタンドに突き刺さった。一年生とは思えないほどの鋭い打球。

 歓声というよりは驚嘆の声がスタンドから漏れた。

 奈川が打った瞬間、ゾクゾクっと背筋に悪寒が走った。嶋田がサウスポーだからだろうが、まるで俺が打たれた時のイメージが沸いたからだろう。

 隣に座る大輔を一瞥する。鋭い目で奈川を見ている。


 「大輔的に今のバッティングはどうだ?」

 「素直に凄い。一年生であれなら三年生になったらどんなバッティングをするのか期待しちまうな」

 大輔も認めるバッターのようだ。確かに奈川のバッティングは一年生離れしている。

 確かにあのバッティングなら選抜優勝校の四番にいきなり抜擢されても納得だ。

 これで奈川は二試合連続のホームランとなった。同時に一大会二本塁打は、一年生の大会本塁打記録に並ぶ成績。

 ホームベースを踏みしめ、五番バッターと軽くタッチをしてベンチに戻る奈川。これで5対4。隆誠大平安の勝利はほぼ確実だろう。


 この後、九回の表の海藤大浦安の攻撃は三番バッターから始まったが三者連続三振で終わり試合終了。

 5対4で隆誠大平安が勝利し、ベスト4一番乗りとなった。


 そうして試合後の準決勝組み合わせ抽選会。

 明日第二試合の代表として抽選会に参加した哲也は、明日の第二試合承徳と横浜翔星の勝者を引き当てた。

 承徳と横浜翔星か。承徳とは春の中国大会で戦っているし、試合しやすさなら承徳だろう。だが横浜翔星の園田とは戦ってみたいから、横浜翔星も悪くないな。



 抽選を終えた後は、練習グラウンドへと向かい明日に向けた調整をおこなう。

 と言っても俺は明日の試合ファーストで出場することになったので、今日は投げ込みは一切やらず守備練習に参加する。

 久しぶりの内野手。最初はぎこちない動きではあったが、徐々に慣れていく。


 「英雄先輩、結構様になってますね」

 ファーストが本職の秀平から褒められた。彼は明日の試合控えスタートだ。

 佐和ちゃんの作戦としては明日の試合乱打戦必至なので秀平よりも経験がある俺をファーストに置いて、秀平は代打でいつでも行けるベンチで温存させておくらしい。


 ブルペンでは明日の試合を任された松見と亮輔が佐和ちゃんに見られながら投げ込みをおこなう。

 どっちが先発するのかはまだ決まっていないが、おそらく松見で行くはずだ。

 亮輔のほうが試合経験豊富で安定感ある以上、後ろに亮輔がいたほうが安心するしな。

 こうして明日に備えて、調整は西日になる頃までおこなわれた。


 ちなみに第二試合の帝光大三と由布商業の試合は5対1で帝光大三が勝利。ベスト4に進出し、明後日の準決勝で隆誠大平安と当たることとなった。

 同じ初出場の由布商業に期待はしていたが、やはり優勝候補の一角である帝光大三には勝つことはできなかったようだ。


 隆誠大平安の楠木は力投した。由布商業は初出場として最後まで健闘した。

 今度は俺達の番だ。明日の試合、絶対に無様な結果では終わらない。

 負けてもいいから、誰もが納得する負け方にしよう。…いや、やっぱり負けねー。楠木とまた投げ合うと決めたんだ。こんなところで、消えてたまるものか!

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