225話
試合が終わり、普段ならそのままバスで宿舎に直帰するところだが今日は違う。
この後、準々決勝の組み合わせ抽選がおこなわれるからだ。
哲也が現在、抽選の為にグラウンドへと向かっている。俺達はバスの車内で彼の帰りを待つ。
「どこと当たるかな?」
「強い所だな。あ、隆誠大平安は決勝のほうが面白そうだから後回しで」
「俺は弱いところがいいな。もういい加減強い所と戦うのは飽きたわ」
なんて会話を誉とする。
「何言ってる誉。ここまで残ってるチームに弱いところなんてねーだろ」
「…まぁな」
甲子園ベスト8までくるチームに油断できる相手はいない。
誉の願いはきっと叶わないだろう。
現状残っている学校を思い浮かべる。
昨日先にベスト8を決めた千葉の海藤大浦安、広島の承徳、大分の由布商業、和歌山の弁天学園紀州の四校。それからこの後おこなわれる三試合の勝者。
西東京の帝光大三と福岡の北九州短大付属の勝ったほう、隆誠大平安と浜野のどちらか、そして熊本の肥後学院と神奈川の横浜翔星の勝者。
どこと対決するのが一番楽しいだろうか。うーん…全部と対決したいな。
海藤大浦安は四番の浜田を始め打撃力が自慢だ。弁天学園紀州がいなければ間違いなく今大会トップの打撃力だろう。承徳は春の大会でも対決したがまた再戦したい。由布商業は初出場同士対決したいし、ここの四番榎木も中々のバッターだと評判が良い。和歌山の弁天学園紀州のあの打線相手に一度投げ合いたい。
帝光大三は優勝候補と言われているだけあり高い能力を有した選手がそろっている。阪南学園の時のような紙一重での試合が出来そうだし、北九州短大付属は注目のバッター本庄がいる。
隆誠大平安はやはり楠木。でもこいつらとは優勝をかけて決勝戦で対決したい気分だ。もちろん相手の浜野とも対決したい。単純に神田の奴と投げ合いたい。
肥後学院のエース久米田とも投げ合いたい。彼の変化球中心のピッチングに大輔がどう対応するのかも気になるしな。相手の横浜翔星も対決したい。四番園田は大会前ナンバー1スラッガーと評されていただけあり、素直に対決したい。
という感じで、とにかく試合がしたい。総当たり戦みたいな感じで全校と試合できないだろうか? まったく甲子園は対決したい相手が多い割に試合数が少なすぎだ。
「なぁ大輔…いや大輔さん、やっぱり飯奢るって話は無しにしてもらえませんかね…」
「何を言ってる恭平。男らしくないぞ。俺はお前の為にホームランを打ったんだ。覚悟決めろ」
「いやしかしですよ…」
ふと後ろの座席から恭平の情けない声と大輔の声が聞こえる。
腰を浮かせて二人の様子を見る。情けない顔をした恭平と目があった。凄い助けを懇願されているのが分かるほど恭平は弱っていた。
「な、なぁ英雄。お前からも何か頼むよ。お前だってわかるだろう?」
あぁ分かってる。大輔に飯を奢るという事は破産するのと同義だ。
だからこそ言わせてもらう。
「恭平、俺も20奪三振で記録更新したから、俺まで奢ってくれよ」
「はぁぁぁん!? そうじゃねぇだろうぉん!!」
そうして予想通りの憤怒に予定通り大輔が笑う。
ここでバスが揺れて、出入り口から佐和ちゃんと哲也が戻ってきた。
「おぉ待たせた! 試合の相手決まったぞ!」
佐和ちゃんの声が車内に響く。
哲也の表情は暗い。お、あいつまた強い所と当たったな。ナイスくじ運だ。
「弁天紀州だ」
そうして佐和ちゃんの口から次の対戦校の名前が挙げられた。
次の相手は弁天学園紀州か。車内には驚きの声があがった。
哲也、ナイスくじ運だ。お前は強敵を引き当ててくれる。最高だな。
「まぁとりあえず帰るか。すいません、お願いします」
運転手に佐和ちゃんが声をかけてバスはゆっくりと発車する。
宿舎までの車内では、今日の試合について佐和ちゃんは軽く話し、その後すぐさま弁天学園紀州の情報について話していく。
佐和ちゃんは俺や大輔の記録更新は軽く褒めるだけに終わった。そうだな、いつまでも記録更新に浮かれているわけにはいかない。すでに俺達は次の戦いが待っているのだ。
何より、ここから試合の間隔は一気に狭まっていく。
明日明後日で準々決勝四試合がおこなわれ、三日後には準決勝、その翌日には決勝戦だ。
そして我が校は明後日の準々決勝の二試合のうちに一試合目に選ばれた。つまり準々決勝から決勝戦まで三連戦となる。
休みなしでの三連投。マジで高校野球って過酷だな。球児の事考えてないんじゃないのか? これから時が経って休養日が設けられる時代が来るのだろうか。
高校球児に優しい時代が来ることを祈りつつ、佐和ちゃんの話を聞く。
「弁天紀州戦の先発ピッチャーについてだが、ここは松見か亮輔で行く」
…Why?
選手たちが顔を見合わせざわざわと小声で何かを話し合う。
もちろん俺も哲也と顔を見合わせていた。
「相手が打撃チームだというのは重々承知だ。だが英雄には準決勝決勝を万全な状態で投げてもらいたい。優勝まで三連戦となった以上、英雄を休ませるにはここしかないと判断した。松見と亮輔には格上の相手となるが自分の持ちうるすべての力で挑んでもらいたい」
急に大事な試合を託された松見と亮輔はどんな表情をしているだろうか? ここからじゃ彼らの顔はうかがい知れないのが残念だ。
弁天学園紀州と対決できないのは残念だが、これも作戦の内だ甘んじて受け止めよう。
この後、宿舎に直帰することはなく、先に練習グラウンドに来て、軽く練習をしてから宿舎に帰る。
そのあとはテレビ越しに高校野球観戦だ。第二試合帝光大三と北九州短大付属の試合は5対2で帝光大三が勝利したようで、すでに試合は第三試合を迎えている。
隆誠大平安の楠木と浜野の神田の投げ合い。
春にも二人は投げ合っており、今日の試合でも息をのむ投手戦となっている。
楠木は五回にヒットを一本許し、春夏連続で浜野をノーヒットノーランに打ち取る夢はついえたが、その後も四死球一つ出すことなく、浜野の貧弱打線を抑え込んでいる。
一方の神田も五回に四番奈川にヒットを許したものの、その後は誰一人として一塁ベースを踏ませることなく好投を演じる。
両チームヒット1本で迎えた七回。表の浜野はこの回も三者凡退で終わり、裏の攻撃、隆誠大平安の攻撃へと移る。
「さすが右左の今大会ナンバー1ピッチャー同士の対決だね。レベルが高い」
哲也も唸るほどの投手戦。
さすが俺が認めたピッチャー二人の投げ合いだ。こっちも見てて高ぶるほどに良い勝負をしている。
大輔も見ているが興奮を抑えきれていない。貧乏ゆすりをしては「楽しそうだなぁ」と呟いていたりする。大輔もこの二人とは対決したかっただろうな。
さてこの回先頭の二番バッターはさっそく三振に打ち取られた。
神田は相変わらず良いボールを投げている。この様子じゃこの回も両者無得点か? 見た限り九回で決まりそうにない。延長戦に入ればどっちかのピッチャーが根を上げるまで投げ合う事になる。
まぁ延長十五回再試合になってくれれば、うちも試合間隔が空くからやりやすいんだがな。
三番バッターも凡退に終わり、打席に入るのは四番であり一年の奈川。
隆誠大平安唯一のヒットを打っているだけあり、この打席でも期待がかかる。そしていまさら気づいたが、奈川の下の名前「英雄」だ。ふふっ素敵な名前だな。英雄という名前は怪物を生むのかもしれないな。
奈川英雄はこの打席も期待に応えた。いや、期待以上の結果を残した。
ツーボールワンストライクからの四球目、打ち抜かれた打球は高く上がり、浜風に乗り、そしてレフトスタンドに飛び込んだ。
一年坊主のソロホームランに観客も実況席も大いに沸いた。まぐれ当たりか? いや、神田からまぐれで打てるわけがない。奈川は確実に自分の実力で打った。
…うん、一年で四番に抜擢されるだけはある。
「勝ったな」
この試合も隆誠大平安は競り勝ちそうだ。
浜野打線では楠木から1点取るのは至難の業だ。それこそ甲子園に潜む魔物が起きない限りな。
結局、試合は隆誠大平安がそのまま勝利した。
浜野は今大会も1点で敗れるのだった。
続く第四試合は横浜翔星と肥後学院。
この試合は横浜翔星が終始リードした展開で進んでいく。
今大会2本のホームランを打っている園田のバットからホームランは飛び出しはしなかったが、2本のツーベースヒットを放つなど四番として大車輪の活躍を見せた。
試合は6対2で横浜翔星の勝利。こうしてベスト8が出そろった。
明日から始まる準々決勝。明日はまず二試合。
第一試合は今日勝ち上がった隆誠大平安と千葉の海藤大浦安が相手となる。楠木は連投になるが登板するのだろうか?
第二試合は大分の由布商業と西東京の帝光大三。
明後日の第一試合は承徳と横浜翔星。第二試合が我が校と弁天学園紀州となる。
甲子園大会ももう終盤戦。
仲間たちと試合出来る機会はもう残り少ない。
最後まで悔いのないよう、試合を楽しんでいかないとな。




