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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
225/324

224話

 八回の裏の郁栄学院の攻撃もノーヒットに抑えてマウンドを降りる。

 試合は依然3対0で我が校がリードしている形だ。

 二番手ピッチャーは畑中よりも攻略しやすいとはいえ、未だヒットは恭平の一本のみとなっている。


 さて九回の表、これ以上点を取らなくても勝てる気がするが、それでも取れるだけ点は欲しいものだ。

 この回の先頭バッターは龍ヶ崎。大輔にも打席が回ってくる。

 史上初の一試合四本塁打が期待されている。


 「もうこれ以上打つ必要もねーべ」

 なんて言って笑う大輔だが、見ている側としてはやはり一本欲しい所だ。

 というか見たい。一試合四本塁打という前人未到の大偉業をこの目で収めたい。何より、この大記録を残せるのは後にも先にも大輔しかいないと俺は思っている。


 「大輔! 打ったら好きなだけ飯おごってやるぞー!」

 恭平が冗談半分でそんなことを言っている。

 瞬間、大輔の表情が変わった。馬鹿か恭平。いくら冗談でもそんな事言ったら大輔が本気になるだろうが。


 「恭平。その言葉忘れるなよ?」

 にやりと笑う大輔。目は本気だ。

 続いて恭平を見る。顔が青ざめている。そういえば一年の時も、大輔に飯奢って好きなだけハンバーガーを食われていたっけか。その時の記憶でもフラッシュバックしているのだろうか。


 「あ、いやまぁ…凡退してもいいんじゃないかな? こんなところで大記録出されてもみんなも困るだろうしな!」

 「大輔、ここは狙え。みんな期待してる」

 「おい英雄! なんてことを言うんだ!」

 震え声の恭平に追い打ちをかけるとすぐさま声を荒げやがった。

 その一連の会話にベンチにいた選手たちは笑い、大輔も笑顔を見せた。大輔は相変わらず緊張していないようだ。…本当に四打席連続ホームランをやっちまいそうだな。



 龍ヶ崎がレフトフライに打ち取られた後、大輔が打席へと入る。

 打席に入るだけで拍手が起きて「三村! もう一本!」とか「ホームラン打てよぉ!」なんて応援がスタンドから送られている。

 気負っている様子はない。史上初の一試合四ホームラン。ここで一番怖いのは不名誉な記録を残されたくなくて郁栄学院に勝負を避けられることだが…。

 相手ベンチに動きはない。ピッチャーも逃げるつもりはないようだ。

 勝負をしてくる。大輔、頼むぞ…!


 勝負は初球で決まった。

 四打席連続ホームランという偉業を前にしても気負うことなく、力むこともなく、ピッチャーの投じたストレートを迷わず振りぬいたのだ。

 打球は高く上がった。守っていた選手たちが誰一人として追わない。誰もが確信する一発。

 そうして皆が期待した通りに、打球はレフトスタンドに飛び込んだ。


 「嘘だろ…」

 これまで打ち立てきた偉業を上回る大偉業はあっけなく打ち立てられた。

 これまで挙げられてきた快挙を塗りつぶす大快挙が、ここに挙げられた。


 四打席連続ホームラン。百年近い高校野球の歴史において唯一無二の記録はここに残された。

 未来永劫残るであろう大記録の瞬間だが、三打席目ほど歓声は起きなかった。誰もがこの偉勲に言葉が出ず、興奮と驚嘆に打ち震えていたからだと思う。

 歴史が動く瞬間を俺は確かにこの目見た。魂が興奮で震えるのを感じる。息を飲み目を見開く。この瞬間を一つたりとも逃すことなく目に焼き付けようとしている。

 そしてこのホームランで、大輔は今大会5本目となるホームランとなった。これまで一大会で出た本塁打は5本。つまり並んだ。決勝まであと3試合。こちらの記録更新も十分可能性がある。

 まったく馬鹿げている。こんな化け物がどうして高校入学するまで野球をやっていなかったのか。


 打たれて呆れ笑いや苦笑いを浮かべる両チームの選手たち、驚いて言葉が出ない哲也、大記録よりも奢る事に青ざめている恭平、狂ったように笑う誉、手を叩きながら惜しみない賞賛を送る観客、余すとこなくこれら全てを目に焼き付ける。

 大輔。お前マジで凄いわ。…俺も負けられないな。



 大輔を打席近くで迎え入れるのは今日四度目だ。

 ホームベースを踏みしめる大輔の顔には満面の笑み。さすがの大輔もこの記録には笑顔を浮かべるか。


 「やったぜ英雄! 飯食い放題だ!」

 そっちか。思わずすっ転びそうになった。

 …マジで何をやろうと変わらないなこいつは。


 「あぁ、その時は俺も呼べよな」

 「おぅ!」

 グータッチを一つして、大輔はベンチへと戻っていく。

 試合はもう決したも同然だが、このまま大輔以外の得点がないまま終わるのも情けない。

 マウンド上で苦笑いのピッチャー。もう心は折れているだろうが、もうちょい頑張ってくれよ。



 この後、山田高校の打線は爆発した。

 追い打ちをかけているようだが、こちらとしては大輔の得点のみで終わるのが納得できないだけだ。

 俺のヒット、中村っちのヒット、秀平がフォアボールを選び、哲也がヒットを放ってまず1点。次いで誉がスクイズを決めてさらに1点。恭平が凡打に終わりスリーアウト。

 この回結局3点をあげた。6対0で裏の攻撃、郁栄学院最後の攻撃を迎える。



 最終回の投球練習を終える。

 勝負はもう決している。野球は九回ツーアウトまで分からないと言われているが、大輔の四本塁打は、確実に郁栄学院の選手たちの心を折った。

 …ただ一人を除いてな。


 この回先頭バッターは一番門馬。ここまで三打席連続三振に打ち取っているが、まだ油断はできない。まだあいつの目から闘志が消えていないからだ。

 試合はすでに決しているはずなのに、まだ諦めている様子はない。いや、あいつがヒットで出れば郁栄学院の他の選手にも火が付くはずだ。

 やっぱり訂正だ。まだ試合は決していない。あいつを三振に打ち取るまではゲームの行方は分からないな。

 気持ちを入れなおす為に帽子をかぶりなおす。


 初球、アウトローにストレート。

 俺はゆっくりと頷く。息を吐いて投球モーションへと移る。

 投じるのは今投げれる中で最高の一球。これを門馬はフルスイングで打ち抜いた。


 金属の小気味良い音と共に、打球はサード中村っちの頭上を越す。

 思わず心が震え、奥底から闘志が燃えるのを感じた。打球はサード中村っちの頭上を越した辺りから、左に切れていきギリギリファールゾーンに逸れた。

 溜め息と安堵の息が球場に交錯する。


 俺は思わず口元をゆがませていた。

 ここでフルスイングで来たか。今のスイングはちょっと心が震えたぜ。

 そう、今のバッティングはチームの為ではなく自分の為に振ったスイング。チームの為にヒットを狙うバッティングではく自分が納得する一撃を打つためのバッティングだった。

 そうか、今までの門馬に恐怖を抱かなかったのはこれが原因か。

 やっと門馬の本当の姿を見た気がする。



 二球目、今度は外への高速スライダー。

 門馬はピクリと反応するがバットは出ず、そのままボールとなってカウントはワンボールツーストライク。

 しっかりとボールも見えている。やっと俺の心を沸かせてくれるようになった。


 三球目はインローへのカットボールを投じる。

 膝元で小さく鋭く変化するボールに門馬のバットが出た。

 難しいコースなのに門馬はさも簡単に打ちぬいた。打球はライナーで一塁側ベンチ上のフェンスに直撃する。

 今のボールをあそこまで綺麗に打つか。やはり門馬のバッティング技術は高いな。

 あのコースまで打たれちゃうと、もう投げれる場所ないんだけどなぁ。


 四球目。今度は高めに浮くストレート。いわゆる釣り球だ。

 だが予想通り手を出してこない。乾いたミットの音だけがむなしく響く。

 これでカウントはツーボールツーストライク。


 さて五球目、哲也のサインは低めにチェンジアップだ。

 門馬に対しては初お披露目だ。ここで緩急を使えば、三振は取れなくてもゴロにする確率は高い。全打席三振にしたいが、無理はしない。

 五球目、チェンジアップを投じる。


 放たれた瞬間、門馬のタイミングが外れているのが目に見えた。

 しめた! っと思った瞬間、姿勢を崩しながらも、ボールに食らいつき打ち抜く門馬。

 打球はホームベース手前でバウンドし、哲也の後ろへと転がっていくファールボールとなった。

 

 マジか。今のを打っちゃうか。

 タイミングを崩されても最後までボールに食らいつきファールにするなんて、凄いなマジで。甘く見てたわ門馬。

 俺が相手じゃなかったら、面白いようにボールを打ちまくっていただろう。


 やはり奴を抑えるには、これしかないか。何気なく帽子のつぼをつまんだ。

 今大会二度目のお披露目となる伝家の宝刀。ロージンバッグに触れる為に上体を曲げてから、つばから手を放し、指先でロージンバッグに触れた。

 哲也にサインは伝わった。哲也は小さくうなずいてミットを構える。

 門馬に投じる六球目はフォーク。ここでもバシッと決めてやるぜ。


 「ふぅぅぅぅ…」

 息を吐く。心臓の鼓動を確かに感じながら、投球モーションへと入る。

 打席で構える門馬は何が来ると予測しているだろうか? いや、何を予測していようとこのボールは当てられまい。

 初見ではまず打たれる気がしないこのボールで決める。


 左腕を振るいボールを放つ。門馬は打ちに来た。

 そしてボールは予定通りストンと沈んだ。


 門馬のバットが空を切り、ここでやっとゲームは決した。

 最後の打席も空振り三振に終わった門馬は悔しそうに天を仰ぐ。

 相手ベンチは代打を出してくるが打たれる気はしない。さて、残りの二人のバッターも抑えちまおう。



 最後のバッターも三振に打ち取った瞬間、惜しみない拍手と賞賛がスタンドから送られた。

 最終回、三者連続三振でピシャリと締めてマウンドを降りる。

 そうして整列し、最後の一礼を終える。


 「礼!」

 「ありがとうございましたぁ!!」

 試合終了のサイレンが鳴り響く球場。

 俺達は笑顔で挨拶を済ませる。


 「ナイスピッチング」

 門馬が握手を求めてきた。目に涙はない。

 俺は握手に応じ、差し出された右手を強く握る。


 「佐倉君にも三村君にも完敗だ。…俺達の分まで頑張ってくれよ」

 「あぁ、任せろ」

 また一つ敗れたチームの思いを受け取る。

 負けられない理由がまた一つ増えたわけだ。

 大輔は畑中と握手をしているようだ。両者ともにお見事でした。


 試合は6対0で我が校の勝利。無事ベスト8に駒を進めた。

 この試合の中で二つの記録が樹立された。

 畑中が出した甲子園最速157キロは、これからしばらくは抜かれることのない大偉業の一つだろう。

 もちろん大輔の四打席連続ホームランは、これまた当分は抜かれる事も並ぶことも難しい大記録だ。

 彼らのみならず、この試合は伝説の試合として後世に語り継がれるだろうな。



 「おい英雄!」

 ベンチに戻るなり佐和ちゃんが笑顔で声をかけてきた。


 「なんですか?」

 「なんですか? じゃねぇよ。お前自分がやった事分からんのか?」

 俺がやった事? 俺は何かしたっけか?


 「…本当分かってないのか? まったく、大輔もお前も記録にこだわらないのな」

 「何やりました俺?」

 「奪三振だよ。20個だ。初戦のノーヒットノーランに飽き足らず、まだ歴史に名を残すつもりかお前は」

 にやりと笑う佐和ちゃん。

 奪三振20個。今までの甲子園における一試合の最多奪三振って19奪三振じゃなかったっけ?


 ………。


 「記録更新かよ!?」

 思わず、自分で自分の記録にツッコんでしまった。

 いやまさか俺まで記録を塗り替えているとは思わなかった。大輔や畑中の記録が凄いからだろう。正直20奪三振なんて、何年かしたら塗りかえられそうな記録だ。

 いや十分凄い記録だとは思うけども。



 その後、通用口にて、恒例の記者会見。

 もちろん今日の我が校お立ち台は四本のホームランを打った大輔と、20奪三振の俺が記者に囲まれた。


 「20奪三振の意識はまったくなかったです。今日の試合、俺以外にも凄い記録がたくさん出てましたからね。まったく頭になかったです」

 20奪三振について聞かれたところで、俺は素直に答える。

 記者たちも苦笑い。彼らもこんなことになるとは試合前は思ってもいなかっただろう。


 「四打席目もホームランを意識してた?」

 「はい。ホームラン打ったら恭平が飯おごると言ってくれたんで、何が何でも打とうと思ってました」

 一方、大輔も素直に答えて記者たちを笑わせている。

 おそらく記者は冗談半分に受け取っただろう。だが残念ながら、大輔は別に記録更新なんて狙っていなくて、本当に飯をおごってもらいたいが為にホームランを狙ったんだよなぁ。


 「未だ私も夢見心地です。まさか教え子二人がこんな大記録を残してくれるとは…呆れというか驚きというか、まだ気持ちの整理がついてないです」

 佐和ちゃんも佐和ちゃんで記者たちの質問に答えている。

 明日の新聞の一面は、間違いなく俺と大輔だろう。


 「佐倉君、次は準々決勝だけど、意気込みとかある?」

 笑顔の記者が聞いてきた。

 俺は少し悩んでから答える。


 「相手がどこだろうと相手が全力で挑んでくるなら、こちらも全力で挑むのみです。初出場の僕らはあくまでチャレンジャーですので」

 少し格好良く答えてみる。

 これで俺の記者からの質問は終わりだ。


 さてベスト8に進出を決めた。

 次は記者の言った通り準々決勝。頂が見えてきたな。

 この後、準々決勝の組み合わせ抽選会がおこなわれる。相手がどこが来ても俺は全力で挑むのみだ。

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