223話
≪四番レフト三村大輔君≫
場内アナウンスが俺の名前を告げた。
審判とキャッチャーに一礼してから、まず右足を打席へと入れて、続いて左足を打席へと入れる。
バットの先をホームベースにおいて、足場をならす。
一塁側スタンドから応援が始まった。
「三村ぁ! もう一本打てやぁ!」
ふとバックネット裏の席からおっさんの声が聞こえた。
三打席連続ホームラン。この打席でホームランを狙っていないと言えば嘘になる。
試合は勝ってるし、今日の英雄の調子ならこれ以上点を取らなくても勝てるだろう。この打席、別にホームランを狙わなくても良いとは思う。
…だが。
マウンドに立つ畑中の視線。二度ホームランを打たれてもなお、まだ俺を抑えるつもりでいる。まだあいつの目は死んでいない。前二打席以上の力で俺をねじ伏せるつもりだ。
あんな目をされたら、手を抜くなんて出来ないし、もとより俺はこの打席も全力で挑むつもりだった。
お前の全力は俺の全力で粉砕する。
挑発するようにバットを畑中へと向けた。
「来い!」
三度目の勝負だ畑中。俺は本気でお前を潰すから、お前も全力を投げこんでこい。
そう彼に告げるように、俺は低く鋭い声で吠えてバットを構えた。
マウンドで投球モーションに入る畑中を捉える。
そこから右腕をうならせて放つ初球。
伸びのあるストレートが、俺のインコースを貫いた。
タイミングをとって見送る。速い。今日の打席で見たボールの中で一番速い一球だった。
「ストライィィィクゥ!!」
吠えるように審判がストライクの宣告をした。
バックスクリーンの球速表示を確認する。156キロ、今日一球目で記録した甲子園最速をここでまた出してきたか。
畑中の奴、そろそろ疲れてきてると思っていたが、まだこんな体力を残していたか。敵ながらあっぱれだ。だが今の一球を投じたところで、肩で呼吸している姿を見る。
郁栄学院のブルペンを見る。すでに二番手ピッチャーが投球練習を始めている。
畑中も悟ったか。これが今日の試合最後のピッチングになると。
だから残った体力を全てを使ってでも俺を抑えるつもりか。
…なるほど、本気にさせてくれるじゃないか。
良いぜ。お前のその心意気を買った。
もっと速い球を投げろ。お前の最高の一球を打ち砕く。
二球目、今度はアウトローへのストレート。
このコースなら外れる。だが体が無意識に反応していた。
バットを力強く振るいボールを打ち抜く。
フルスイングで打ち抜かれた打球は、強烈な打球となってライト方向へと飛んでいく。もうまもなくライトポール右のスタンドに飛び込むファールとなった。
球速はまたも156キロ。最後の最後でとんでもないピッチングをしてくるなぁ。
…あぁやべぇ、楽しくなってきた。
ここまで心躍る対決は川端以来だ。城南の福永、阪南学園の松井の二人との対決も楽しかったが、ここまで魂が震えはしなかった。
だから楽しい。最高の戦いだ。
三球目、今度もアウトコースのストレート。
先ほどよりも厳しいコース。これは見逃せない。ボールを打ち抜くが打球は一塁線右へと転がっていくストレート。
球速はまたも156キロ。三球続けて甲子園最速を記録し、スタンドも騒然と化している。
畑中の奴、ここにきてまた一つピッチャーとしてのランクを上げてきたか。
この状態なら大会ナンバー1ピッチャーと名乗ってもおかしくないぐらい良いピッチャーだ。この状態が続けられれば楠木を越えられるのではないだろうか?
…ならば、俺はここで決めなきゃならない。全国の頂に立つには、この畑中を越えなきゃならない。この打席抑えられたら甲子園優勝なんて夢は叶わない。そんな気がしてならないから、余計に俺の闘志は大きく熱く燃え盛る。
四球目。今度は高め。
思わずバットが出ていた。ボールはバットをかすめてバックネットに直撃する。
詰まらせた衝撃が腕に来た。雷に当たったかのような痺れに顔を歪めてしまった。
球速は156キロ、四球連続。やべぇぞこれ、楽しすぎる。
畑中はもう目に見えて疲れている。だが目は死んでいない。まだ投げ込んでくる。
さぁ五球目、何を投げてくる? ここは緩急をつけて変化球? それともボール球で置きに来るか?
畑中は何度も首を左右に振っている。その動作と彼の目から投じるものが何かを察した。
ストレートだ。カーブやボール球で逃げはしない。自分の投げうる最高の一球で俺をねじ伏せるつもりだ。
一つ深呼吸をした。長く息を吐き、肩から力を抜いていく。
意識を集中させていく。捉えるのはただ一点のみ、畑中の一挙手一投足のみ。
ホームランも意識するな。来た球を打てば良い。
畑中が動き始めた。
もっとだ。もっと意識を研ぎ澄ませ。
心臓の鼓動が耳の中で音を刻む。徐々に徐々に時間が遅くなっていくように感じた。
スローモーションの畑中の投球動作はまもなく右腕が振るわれ、白球が放たれた。
時間が遅くなっていくと感じるほどに意識は一点へと集中していく。
あんなに速く感じたストレートが遅く見えた。
極限まで研ぎ澄ました意識の中で、俺は向かってくるストレートを打ちに行く。
自身の持ちうる最大限の力をもって、白球を粉砕する。
筋肉が躍動を感じる。バットを握る両腕に一瞬重みのようなものを感じたが、その後一気にふわっと軽くなった。
最後までバットを力強く振りぬいた。
鼓膜が金属バットの音を受け取る。両腕には確かな感覚が残る。
打ち抜かれた打球がレフト方向へとぶっ飛んでいくのを目でとらえた。
スタンドは狂喜乱舞のような大歓声、大喝采と三塁側スタンドから起きる悲鳴。畑中は天を仰ぎ、外野手は打球を追うのを諦めた。
その中で、俺はバットを投げ捨て、一塁へとゆっくりと走っていく。
もうまもなく打球はレフトフェンスを飛び越した。
スタンドに入った瞬間、さらに歓声と拍手は大きくなった。
大地を揺らすほどの歓声。その中で俺は一人黙々とホームベースを目指して走っていく。
長い高校野球の歴史に今、俺の名前が刻まれたんだな。
全国大会で二度しか記録されていない一試合三本のホームラン記録。そこに三人目として名は刻まれ、三打席連続ホームランは俺が史上初の快挙となった。
…いまいち実感は湧かないな。思いの外あっさりとしていた気がする。
二塁ベースを蹴ったところで、一塁側ベンチに視線を向ける。
喜ぶ選手たちを見て、やっとほおが緩んだ。
これで3点差。うちの勝利はほぼ確実だろう。最後に打席付近にいる英雄へと視線を向けた。あとは彼に任せよう。
二塁ベースを蹴飛ばした大輔と目が合った。マジであの野郎決めやがった。もう笑うしかない。
騒然とする球場の中で、俺はバックスクリーンへと目を向けていた。
未だ残っていた球速表示を見ても、俺は笑うしかなった。
157km/h
自身の出した最高球速をさらに1キロ上回った。
なんだよマジで。お前らそろいもそろって化け物かよ。
疲弊しきった状態で157キロを叩きだす畑中も化け物だが、それをホームランしちまう大輔も化け物だ。
怪物同士の戦いか。まるで神話の世界を見せられたような気分になる。
マウンド上の畑中は天を仰いでいる。自身の最高の一球を粉砕された気持ちはどんなんだろうか? いや想像はかたくないか。
打席付近で大輔の帰りを待ち望む。三塁ベースを蹴飛ばした大輔は笑みを浮かべているが、あまり喜んでいない様子。まぁあいつからしたらいつも通り打っただけだからな。
まったく、甲子園史上三人目となる一試合三ホームランを記録し、同時に甲子園史上初の三打席連続ホームランという金字塔を打ち立てた男とは思えない。
そうしてホームベースを踏みしめた大輔とハイタッチをする。
「ナイスバッチ!」
「あぁ!」
笑顔の大輔といつも通り迎え入れる。
相手ベンチにここで動きがあった。ピッチャー交代のようだ。
先ほどからブルペンで投球練習をしていた二番手ピッチャーがマウンドへと走っていく。マウンド上の畑中は力無い動きで視線を大輔へと向けた。表情は呆れたように笑っていた。
少しほっとした。甲子園を湧かせた怪腕が大した事のないチームに負けるというつまらない結末にならなくて良かった。きっとそれは、バックネット裏で見ている歴戦の高校野球ファン様も同じ事を思っているだろう。
大輔という怪物に投げ負けたのなら、本望だろうよ。
さぁ畑中も引きずり下ろせた。
この試合、ものにするぞ。




