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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
222/324

221話

 ≪一回の裏、郁栄学院高校の攻撃は…1番センター門馬君。背番号8≫


 打席へと入る左バッターの名前を場内アナウンスが告げる。同時に相手側のスタンドから拍手と歓声が沸き、一気に盛り上がり始めた。

 そうしてブラスバンドの演奏が始まり、足並みそろった応援歌が球場を盛り上げる。

 さぁ打席には打率9割の世代最強安打製造機。初回から俺を楽しませてくれるぜ。

 一度左親指で鼻先をこすった。にやりと笑いながら、打席で足場をならす門馬を見つめる。


 固め終えた門馬はバットの先を俺へと向ける。すでに表情は真剣。

 構える打法はいたって普通。若干オープンスタンス気味か。


 思ったより威圧感はないな。これなら吉井や中村、鵡川良平のほうが投げづらかった。

 打たれるイメージが沸かない。だが油断はしない。相手は今大会最強のヒットメーカーだ。甘いコースを投げれば確実に打たれるだろう。

 一球でも甘い球を投じない。全力で抑えるのみ。


 哲也のサインはアウトローへのストレート。俺は小さく頷いた。

 ゆっくりと振りかぶる。頭の中に先ほど投じていた畑中が浮かぶ。あいつとはスピード勝負をするつもりはない。…つもりはないが、やはり負けたくない思いが出てきた。

 俺は156キロなんて投げれないが、それでも一球目は俺の出しうる最高の球速で投げたい。


 左腕をうならせる。

 すでに俺の頭の中に門馬を抑えようという思いはなかった。



 乾いたミットの音が鳴り響いた。

 門馬のバットは出てこない。体には程よい痺れのような感覚が残っている。

 すぐさまバックネット裏に設けられた電光掲示板へと視線を向ける。

 球速は153キロ。自己最速記録だ。よしよし入りは上々。そして門馬の表情に変化はない。そりゃ自分のエースはこの3キロも上のスピードで投げるもんな。驚かないよな。


 続く二球目は高めへのストレート。

 相手が誰であろうと、俺は哲也のミットに投じるのみ。

 体の状態は悪くない。この状態の俺を打てるバッターなんてそうそういない。


 左腕を振るいストレートを投じる。

 さっきよりも強く、早く、そして打たせないように。

 今度はバットが出てきた。鋭いスイングはボールを芯でとらえる。

 快音を響かせて打球は三塁線へ。そして左へと切れていく。横っ飛びするサード中村っちのグラブをかすめて、そのままレフトへと転がっていった。判定はファール。


 二球目でストレートに合わせてきたか。さすがの対応力というべきか。しかも打球も鋭かった。もう少し右だったら長打コースになっていただろう。

 じゃあ次は変化球の対応力と行こうか。

 哲也からのサインはスライダー。小さくうなずく。

 俺の得意球だ。ストレートとスライダーの組み合わせだけで十分三振の山を築ける自信はある。

 そういや俺、ドクターKなんて異名もらっていたな。じゃあ今日も三振のフジヤマでも築いちゃいますか。


 投じる三球目、低めへと放たれたボールに門馬のバットが飛び出した。

 バットに当たる直前、キュッと変化するボール。ストレートと大差のないスピードから鋭く変化するスライダーは、度々高速スライダーと呼ばれている俺の得意球。

 初見で打ち返せる奴はそうはいない。門馬、終わりだ。

 鋭く振りぬかれたバットは空を切った。


 驚いて目を見開き俺を見る門馬。

 そんな目で見るなよ。不敵に笑っちまうだろうが。


 バックネット裏の観客から拍手が起きた。

 この三振は門馬にとって甲子園初の三振だ。去年の夏、今年の春と出ておいて、これまで一度も三振していなかった。だがこの夏、呆気なく三振をとられた。

 確かにお前のバッティングは脅威だが、打たれるイメージがまったく沸かない。まず第一戦目は俺の勝利だ。


 これで俺は勢いに乗った。

 続く二番笹川(ささかわ)はサードゴロ、三番藤坂(ふじさか)をショートゴロに仕留め、初回は三者凡打で終わる。

 とりあえず今日の試合は門馬を出塁させないようにしているから、まず一難は乗り越えた。

 郁栄学院は確かに強いが、門馬が出塁しなければだいぶ力を削げる。そうして郁栄学院が得点をあげれず苦しんでいるうちに俺達が畑中を追いつめて攻略する。


 「ナイスピッチ英雄!」

 「おぅ! 大輔この回頼むぞ」

 「任せとけ」

 ベンチ前で大輔に声をかけられたので、打つよう頼んでおく。

 自信満々にうなずく大輔に期待せざるを得ない。



 ≪二回の表、山田高校の攻撃は、四番レフト三村大輔君≫

 さて二回の攻撃だ。

 右打席に入る大輔への声援は大きい。我が校で一番頼れるバッターが畑中をどう攻略するか。これには俺達ベンチの選手のみならず、一塁側スタンドで応援する我が校のサポーター、三塁側スタンドを陣取る郁栄学院の応援団、そしてバックネット裏で長年高校野球を見てきたファンすらも注目している。


 畑中も大輔の噂を聞いているのか、それとも単に四番だからか、初回の三人に比べて警戒しているように見える。

 やはりエース対四番の対決は盛り上がる。それは両者のレベルが高ければ高いほどに熱は増していく。

 ネクストバッターサークルに腰を下ろしながら今日最初のエース対四番の対決を見守る。

 畑中はどう攻める? 大輔はどう攻める? さぁ、勝負開始だ。


 まずは第一球、畑中はいきなり攻めてきた。

 インコースをえぐるようなコースに全力のストレートが投げ込まれた。

 さすがの大輔も手が出なかったようで見送る。判定はストライク。一度バックスクリーンの球速表情を確認する。球速は155キロ。

 156キロを先ほど出したが、それでも155キロの球速にはスタンドが沸いた。

 あんな凶悪なストレートをインコースに投げ込まれたんじゃ、俺ですら腰が引けてしまいそうだ。だが大輔の表情に変化ない。いつも通り落ち着いた顔をしてバットを構える。


 二球目もインコースへのストレート。

 これまた大輔のバットは出ない。球速は153キロ。それでも十分早いぞ。

 大体俺が絶好調の上に全力投球でピッチングフォームが全てかみ合った時にやっと出る最高球速をさも当然のように出してくるとか、やっぱり畑中ってスゲェな。敵ながら感心してしまう。


 追い込みはしたが、三球目より厳しいインコースにストレートがきた。

 思わずのけぞる大輔。判定はもちろんボール。一塁側スタンドからブーイングが聞こえた。あまりそういう事を高校野球でするんじゃあない。ただでさえ恭平とかいう連盟がぶち切れそうな爆弾を抱え込んでるんだからな?

 なんて事を思いつつ球速を確認する。ここでも154キロ。おいおい、あんなボールを続けてインコースに投げ込まれたんじゃ、踏み込みが甘くなるわ。

 やはり畑中は飛ばしているな。あの球速を最終回まで投げられるはずがない。どこかしらで燃料切れで甘い球が増えてくるはずだ。

 それまで俺達はひたすら畑中が疲れるような戦法で攻めていくしかない。

 例えば待球作戦。バントの構えをしたり、ホームベースに覆いかぶさるようなバッティングフォームをして揺さぶるのもいい。

 完全なピッチャーは存在しない以上、どこかしらで綻びを作らせなきゃいけない。そうなると大輔にこのまま正攻法で攻めさせるわけにはいかないな。

 大輔だって今の畑中相手じゃ手だしはできないだろうしな。


 …そう思っていた時期が僕にもありました。


 カキィィィィィィィィン!!!!!


 金属バットのけたたましい快音が鳴り響いたのは次の四球目の出来事だった。

 畑中が投じたのはアウトローへのストレート。三球続けてインコースに全力ストレートを投げ込んだ後のこのボールは定石通りの一球だった。

 並みのバッターなら、三球続けて150キロ越えのストレートが胸元に来れば腰が引けて手が出なかっただろう。だが大輔にはまったく効いていなかったようだ。

 思いっきり踏み込んで打ち抜かれたボールは、ピンボールのように吹っ飛んでいく。

 右中間方向に打ち上げられた打球は、浜風に軌道を変えられることなく、そのままライトスタンド中段に飛び込んだ。


 思いの外あっさりと初得点をとってしまった。

 まさか誰もここで大輔がホームランを打つなんて思ってもいなかっただろう。

 スタンドは一度間を置いてから歓声が起きる。バックネット裏にある高校野球ファンも呆気に取られている。

 打たれたストレートの球速は150キロ。畑中からすれば遅いほうかもしれないが、高校生が投げるにしては十分すぎるほどの速さだ。それをさも簡単に打っちまうんだ。

 やっぱりあいつは怪物だな。


 ダイヤモンドを悠々と回り、そしてホームベースを踏む大輔。


 「ナイスバッチ! 打てる秘訣はなんだ大輔?」

 打席付近で、大輔とハイタッチした時に質問をする。

 大輔は笑っていない。もうホームラン打ったぐらいじゃ笑顔にならないようだ。


 「来た球を振るだけだ。畑中のボールは打ち頃だぞ」

 さも当然のように言って、ベンチへと戻る大輔。

 ベンチでも一同に祝福されている。


 …来た球を打つねぇ。


 それが出来ないから困ってるんだけど?

 マウンド上にいる畑中を見る。まだ気持ちは折れていないようだ。それでも自分のストレートを簡単にホームランにされたんだ。必ずダメージは受けているはずだ。

 だからそこを俺は攻める。


 さて俺に対する初球。

 畑中が投じたのはインコースへのストレート。


 はい、ダメですこれ。

 嘘だろ…目が追い付かねぇ…。


 球速は153キロ。早い。これが畑中のストレートか。そしてこれが俺の全力ストレートのスピードか。

 打席で見て分かったが、畑中のストレートは球質が良い。いわゆる伸びる球と呼ばれる奴だ。初速から終速までのスピードがあまり変化ない事から手元で伸びるように見えるボールだ。

 このスピードでこれか。参ったなぁ、ストレートでこいつに勝てる気がしねぇ。

 大体大輔の野郎、これのどこが打ち頃だ。マジであいつの感性が分からん。


 結局俺は三球目をなんとか当てたがピッチャーフライに終わった。

 ここはなんとか打って畑中のさらにダメージを与えたかったが、これは無理だ。

 続く六番中村っちと七番秀平は共に三振。両方ともストレートの対応力の高さは部内屈指だったが、さすがに畑中のストレートにはついていけてない様子。

 まぁ大輔のホームランで先制したし、俺は俺の本職を頑張ろう。

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