219話
翌日の夜、高校野球の番組を見つつ仲間と談笑する。
今日おこなわれた三試合でベスト16が出揃い、明日からはベスト8をかけた三回戦へと突入していく。
≪それでは第一試合、島根の浜野高校と埼玉の浦和明星高校の試合です≫
「お、神田来たな」
まず試合結果が流れたのは浜野と浦和明星の一戦。
思わず俺は声をあげていた。神田は楠木と同レベルの敵だ。おそらく俺以上のピッチャーだと認めているのはこの二人ぐらいだろうか。
浜野は相変わらず神田頼りの守りの野球。対する浦和明星は埼玉の野球名門校。目立った選手こそいないが皆軒並み優れた力を持っている。
その浦和明星相手に神田は今日も好投する。まったくバットをかすらせることなく、毎回の14奪三振をあげた。
打線のほうも浜野の中では繋がってほうで、バントやエンドランなどで相手の守備陣を攪乱し2点をあげて試合終了。2対0で浜野が勝利した。
「相変わらず神田は凄いね」
「あぁ、対戦したいな」
哲也と大輔の会話。確かに浜野とは一度対戦したい。
打線は大した事ないが、神田とは一度投げ合いを演じてみたいものだ。
続く第二試合は熊本の肥後学院と岩手の阪岡大付属。
肥後学院のエース久米田は、二年の夏からエースナンバーをつけており、今年は春夏連続出場に貢献している。九州ナンバー1ピッチャーという評価もされるぐらいの実力者だ。
タイプ的には変化球を駆使した軟投派右腕。最高球速は140キロにも満たないが、球種の数ならば49代表のエーストップの数らしい。武器として使える変化球だけでも5つか6つあるらしいから、相当やり手だ。
一方の阪岡大付属は岩手の野球強豪校。だが今日の試合は肥後学院が終始リードする展開に。
阪岡大付属は最終回に五番及川がソロホームランを打ったが得点はそれのみ。3対1で肥後学院が三回戦に駒を進めた。
そして二回戦最後の試合は山梨の大和航空と神奈川の横浜翔星。
大和航空高校は県有数の強豪校。
でその二校の試合は、横浜翔星が圧勝した。
翔星のエース箕輪は完封勝利。四番園田は一本のホームランを含む5打数4安打の大活躍。結果的に6対0で横浜翔星が圧勝し、ベスト16最後の一校として名乗りを上げた。
この試合をじっくり見ていたのは大輔。特に園田の打席だ。
「大輔的に園田のバッティングはどうだ?」
「無駄がまったくない上に俺にはない技術が垣間見える。凄い参考になるバッティングだ」
大輔ですら参考になるバッティングか。確かに映像で見ているが、園田のバッティングフォームは美しい。一切の無駄はなく必要なものだけで作られたそのスイングは、教科書にしたいぐらいだ。
今日のホームランで高校通算ホームランは64本。さすがはそんだけホームラン打ってるだけはあるな。パワーなら大輔が勝つだろうが、技術なら園田のほうが上のようだ。
翌日、大会十一日目、三回戦が始まった。
今日からベスト8をかけて争われる。今日は四試合。明日も四試合おこなわれベスト8が出そろう。
これまで試合間隔は結構余裕があったが、これから勝ち進みにつれてどんどん日程が厳しくなっていく。予定通りなら一週間後には今年の夏の甲子園王者が決まっているわけだ。
そしてこれから一週間の天気予報には雨のマークはついていない。雨天順延することなく決勝戦までおこなわれるだろう。
現役高校球児の俺が言うのもアレだが、本当高校野球のスケジュールって過酷だな。
俺達山田高校の登場は明日。という事で今日は郁栄学院戦最後の調整を行う。
今日も投げ込みは松見と亮輔がメインだったが、俺もきっちりと納得するまでボールを投げつつブルpんを後にする。
郁栄学院戦は無事俺の先発が言い渡された。
やはり松見や亮輔ではまだ荷が重いようだ。ここ数日、松見は目覚ましい成長を遂げているが、それでもまだ足りない。佐和ちゃん的には、俺ら三年が引退した後の後釜として、二人には甲子園のマウンドを経験させたと思っているだろうが、ここまで相手が相手だから、マウンドにあげられないのだろう。
後輩二人は今大会の登板は諦めて、俺ら三年が引退した後に自分の実力で甲子園出場を勝ち取ってマウンドを踏むんだな。
「おー英雄、体の調子はどうだ?」
「おかげさまでまったく疲れはない。むしろ調子が程よく維持できてて最高だ。これなら明日の試合も高いパフォーマンスを発揮できそうだ」
ベンチに戻ると佐伯っちが聞いてきたので、嘘偽りになく回答する。
疲れは残っていない。いや疲れは多少は残っているがピッチングに支障が出るほどの疲れではない。調子自体は良い。球は走っているし、変化球の切れも申し分ない。
相手が東北最強と噂の郁栄学院であろうと打たれる気はしない。
帰りのバスの車内。
明日試合だが車内の雰囲気は明るい。恭平の馬鹿声が聞こえて誉や大輔の笑い声なんかも聞こえる。彼らのみならず、後輩たちの雑談する声も聞こえた。
一回戦の城南戦の前日はこうではなかった。選手たちが緊張していたからな。二試合甲子園で野球やってきて、やっと緊張がほぐれたようだ。
さて、そんな車内で今日おこなわれた試合結果を確認する。
第一試合は千葉の海藤大浦安と福島の明光学院。両者とも県を代表する強豪校同士。試合は6対3で海藤大浦安が勝利し、ベスト8一番乗りとなった。
続く第二試合には、高野がいる承徳と宮崎の都城学園の試合。これは承徳が3対2で勝利を収めている。
第三試合は大分の由布商業と静岡の駿河第一。これも4対3という1点差を制した由布商業が勝利。由布商業は俺らと同じく春夏通じて初めての甲子園だ。そのチームが勝ち進んでるのは俺達としても喜ばしい事だ。
第四試合は現在おこなわれている。
北北海道代表の武翔館と和歌山の弁天学園紀州。試合は案の定乱打戦の様相を呈している。
七回までで7対4で弁天学園紀州が3点リードしている。
今日の試合でも二本のホームランが飛び出している。一回戦は西川の一本、二回戦は二本のホームランが飛び出しており、相変わらず長打中心の打撃チームのようだ。
それに相変わらずの失点。確かに弁天学園紀州の打線は怖いが、ピッチャーがそれほど良くない状態だし、ここはそんな怖くないだろう。
試合はこの後、弁天学園紀州が打ち合いを制し、11対6でベスト8進出を決めた。
エースが大会前に故障し、今大会の登板が絶望的となったときは、弁天学園紀州は序盤で消えるのではと評されていたが、なんだかんだ勝ち残っているな。
打線が周囲の評判以上に破壊力があったのがもっともな理由ではあるが、エースの代わりにマウンドに上がるピッチャー丹羽のおかげでもある
ピッチャーの能力は微妙だ。右のサイドハンド。最速は130キロ前半、変化球も切れが悪く、四死球も多い。だが彼の唯一の長所は驚異のスタミナだ。
いくら打たれても崩れる事はなく、100球以上投げても疲れている様子はない無尽蔵のスタミナ。打ち込まれても粘り強く投じる姿は、さながらサンドバッグになりながら相手の消耗を待つ持久戦のボクサーみたいだ。
丹羽の攻略は容易だが、彼をマウンドから引きずり下ろすのは難しい。
弁天学園紀州の次の相手は苦労しそうだな。
「…そうか、対戦相手が決まるのは明日か」
弁天学園紀州の次の相手どこだったかと考えていたら、抽選するのを忘れていた。
現行の夏の甲子園のトーナメントは、三回戦までの相手は分かっているが、準々決勝と準決勝の前に再度組み合わせ抽選をおこない、対戦相手を決めるというものだ。
準々決勝の組み合わせ抽選は明日の第一試合終了後、つまり山田高校と郁栄学院の試合後、甲子園のグラウンドでおこなわれる。
明日の対戦カードも確認しておく。明日は今日以上に注目カードが揃っている。
第二試合は優勝候補、西東京代表の帝光大三と福岡の強豪北九州短大付属。
第三試合は隆誠大平安と浜野、楠木と神田は選抜以来の投げ合いとなる。その試合の際に楠木がノーヒットノーランを達成しているで、浜野高校としては因縁の試合となるだろう。
第四試合は熊本の肥後学院と神奈川の横浜翔星。肥後学院エース久米田と園田と対決が期待されている。
そしてこの日一番の注目カードは郁栄学院と我らが山田高校の試合だ。なんといっても怪物エースの俺が登板する。郁栄学院が強かろうと、それを上回る強さで押しつぶす。
ミラクル山田なんてダサいあだ名は明日で終わりだ。ミラクルは三度も続かない。今度こそ俺達の実力で勝ってきたのだと世間に知らしめてやる。




