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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
219/324

218話

 郁栄学院と愛翔学園の試合を見た後は、いつもの練習場で三回戦に向けて調整していく。

 俺は昨日の今日という事で投げ込みは少なめに、ストレッチを中心とした軽めの調整。

 疲れはそれほど残っていない。なんだか毎日佐伯っちにマッサージをしてもらうようになってから、疲れがたまりづらい体になってきている気がする。

 それでも無理は極力しない。省エネともいえる。ただでさえ夏の甲子園は過酷なスケジュールなんだ。無理しなくていい場面では無理はしない。

 今が一番大事ではあるが、俺の野球人生は高校の後も続いているし、高校野球という第一ステージで体を壊すような真似はしたくない。

 必要最低限にすませる。それがスマートな男のやり方って奴だな。



 練習もひと段落ついてベンチで一つ休憩を入れる。

 そばではバッターたちがアドバイスなんかを送りながら素振りをしている。


 「大輔ー! 俺のスイングどうだ?」

 大輔は中村っちのバッティングフォームを見ているようで、中村っちからアドバイスを求められた。

 左手をあごに添えつつ、大輔が答える。


 「うーん、あれだな。びゅーん感が足りないな」

 「は?」

 大輔のアドバイスに言葉を失う中村っち。

 相変わらず大輔のアドバイスってなんも参考にならないな。なんだよびゅーん感って。お前の今の発言、恭平並みに頭悪いぞ。


 「悪い、ちょっと良く分からん」

 「うーん…アドバイスって難しいな。俺も感覚でしか伝えられないからな」

 技術を理論的に理解するのではなく、感覚的に理解するのはいかにも大輔らしい。

 これには中村っちも苦笑い。

 

 「あ! じゅあ大輔先輩! 俺のバッティング見てくださいよ!」

 今度は西岡が手をあげつつ大輔を指名する。

 っで、今度は西岡のバッティングフォームをチェックする大輔。2、3回ほど素振りをしてから西岡は口を開いた。


 「どうすっか? イケてます?」

 「あれだな。こうグイッと来てないな」

 いや、なんだその例えは分かんねーよ。

 ダメだ。俺は理論で理解するのが主だが感覚でも理解できる人間だと自負しているが、あの例えはまったく参考にならないし理解できない。

 ずっと思ってるけど、大輔は指導者に向いてないな。


 「なるほど、なんとなくですけど分かりました! ありがとうございます!」

 そして理解するのか西岡。まぁこいつも感覚で理解するようなタイプだとは思ってたから、その反応は想定の範囲内だが。

 そうして西岡と大輔の間で繰り広げられる擬音混じりの打撃理論のやり取り。聞いてるだけで頭が痛くなってくるので、そろそろ練習に戻ろう。

 っと、ベンチを出たところで、松見が志田と仲良く話をしている様子を見た。松見の奴、俺と入れ替わりでブルペン入りだったはずだが、まだ入っていないのか。


 「松見。俺と入れ替わりでブルペンだろ。なにマネージャーといちゃついてんだよ」

 「あ、英雄先輩! もう終わってたんすか?」

 「あぁ終わってたよ。そういや声かけ忘れてたな。悪い」

 「いえいえ、俺も志田と話しすぎてました」

 前々から松見と志田は仲良くしている様子は見ていたが、最近はやけに親密だ。

 松見は一言志田に声をかけてブルペンへと走っていく。その背中を少し不満足そうな顔をして見送る志田。


 「まだ話したりない様子だな」

 「え!? い、いえ別にそんなことは…」

 俺の言葉に慌てて否定し、前髪をせわしなくいじりつつ頬を赤らめる志田。言っとくが、そんな露骨な態度を見逃せるほど、俺は鈍感じゃないからな?

 まぁ別に後輩が誰と付き合おうが関係ない。松見と志田ならお似合いのカップルだしな。


 「それより佐倉先輩! 三回戦も頑張ってくださいね!」

 「そうだな。まぁ松見の奴が先発する可能性も十分あるからな! 松見がきたらしっかり応援してやれよ!」

 「先輩! だから違うって言ってるじゃないですか!」

 俺がからかうと志田は頬を赤くしつつ慌てて否定する。なんだ志田、今のお前最高にいじりがいがあるな。


 「とにかく! 松見とはそんなんじゃないですからな!」

 そうして念を押すように志田が語気を強めて言う。

 お前のその反応、別の女だが俺は過去に何度も見てきたから、どう否定しようが意味をなさないからな。


 「あー分かった分かった」

 あんまりからかいすぎてもかわいそうなので、ここらでやめておこう。

 彼女の前を後にし、練習再開前にブルペンのほうへと向かった。


 ブルペンでは二つのマウンドに亮輔と松見が、キャッチャーは里田と哲也が務めて、投球練習をしている。佐和ちゃんはここにいて二人に定期的にアドバイスを送っている。

 この夏、亮輔と松見の出番はあと最低でも一回は来るだろう。

 いくら二人が全国クラスのピッチャーではないとはいえ、俺一人で甲子園決勝まで投げぬくのは厳しい。相手次第では行けるかもしれないが、今年の出場校の多くは例年に比べて高い水準の力を持っているから、そう一筋縄ではいかないだろう。

 そうなると、亮輔と松見にも一回は投げてもらう必要がある。

 それこそさっき志田をからかうつもりで松見先発もありえると言ったが、実際問題ありそうではあるんだよなぁ。まだ佐和ちゃんから郁栄学院先発の指示出てないし。

 なんてこと考えつつ、ブルペンの様子を見ていると佐和ちゃんと目が合った。


 「どうした英雄? 投げ足りないか?」

 「もちろん。あと20球ぐらいは欲しい」

 「わがまま言うな。昨日100球以上投げてるんだから無理は禁物だ。休める時に休め」

 当たり前の事を言われてしまった。

 まぁいいや。練習に戻りますか。



 練習も終わりホテルまでの帰りのバスの車内。


 「そういえば弁天どうなったかな」

 ふと思い出し、携帯電話を取り出してインターネットの速報サイトを開く。

 哲也も興味があるようで、携帯電話の画面をのぞき込んできた。

 同じ宿舎を利用している弁天学園は、今日の第四試合で隆誠大平安とぶつかっている。時刻的に試合は終わっているか終盤といった所か。


 速報サイトで確認すると、試合はすでに終了していた。

 結果は、3対2で隆誠大平安が競り勝った。


 「あ…」

 「なんだ。南浦君負けたか」

 驚いて言葉を失う哲也に対し、俺はさほど驚きはしなかった。

 むしろ隆誠大平安からよく2点とった弁天学園は。っと思って調べたら今日の隆誠大平安の先発は控えの二年生。初回2失点し、二回の途中から楠木がマウンドに上がり、そこから被安打わずか1に抑えて零封している。

 南浦君は七回まで隆誠大平安を1失点で抑えていたが、八回に2点とられて逆転されたようだ。

 なんとか粘ったが力及ばずといった所か。


 「負けちゃったんだね」

 「みたいだな。まー隆誠大平安相手にこの点差なら悪くない結果だろう」

 「うん…。でも宿舎でもう顔合わせられないのはなんか残念だね」

 そう言って寂しそうに笑う哲也。

 佐和ちゃんからは弁天学園の選手とはあまり関わるなと言われていたが、なんだかんだ仲良くしていたな。俺らが阪南学園と試合する前日は弁天学園の連中から応援されたし、逆に昨日は俺達が弁天学園の連中を応援したし。

 共に戦う戦友とは違うけど、敵同士ながら友好関係を築けていた気がする。だから哲也が弁天学園負けて軽くショックを受けるのも仕方ないだろう。


 「それにしても隆誠大平安は強いな」

 あのチーム、というか楠木を攻略できるチームはレベルが高いと言われる今大会の出場校の中でも限られてくるだろう。

 選抜ベスト4の横浜翔星、今大会最強打線と評される弁天学園紀州、チームの総合力ならば今大会一二を争う西東京の帝光大三、あとは敗れはしたが阪南学園も攻略できたかもな。

 …うちの打線はどうだろうか? 打線全体で考えるなら難しい。だが単体で考えるならばうちには大輔がいる。あいつならきっと攻略してくれる。してくれなきゃ困る。

 まぁ隆誠大平安とぶつかるかどうかも分からん。今日の試合みたいに普段控えのピッチャーが先発して失点負けというパターンだってあるしな。

 とにかく今は郁栄学院だ。



 宿舎に帰った後、宿舎を後にする弁天学園の選手たちを見送ることとなった。

 ロビーの端っこでお互い拍手したりしつつ、俺達は相手を労い、相手は俺達にエールを送る。

 俺は弁天学園の中でも特に仲が良くエース同士だった南浦君からエールをいただく。


 「頑張れよ佐倉。俺たちの仇討ちは任せた。隆誠大平安を頼む」

 「あぁ任された。そっちは三年間お疲れ」

 「おぅ! 先に夏休み満喫させてもらうぜ」

 手を取り、南浦君はエールを送り、俺は労をねぎらう。

 ニコッと笑う南浦君。相変わらずの奈良のプリンススマイル。だが今日のスマイルは目元が赤く晴れていてちょっと悲壮感が漂っている。

 それに夏休みを満喫するとか言っているが、引退しても大学野球のセレクションを受けたりして忙しいだろうし、そこまで満喫できないだろう。なんにせよ三年間お疲れ様だ。


 「…隆誠大平安の楠木だけど、あいつマジでやべーからな。…お前でも投げ勝てるか怪しいぞ」

 最後に南浦君から楠木への忠告を受けた。

 楠木と投げ合いを演じた南浦君の感じた感想か。そこらの野球評論家の意見よりかは断然役に立つだろう。


 「安心しろ。俺が投げ負ける相手は現役高校球児には存在しねーよ」

 だがその程度の感想で不安になるわけがない。

 むしろいつも通り強気発言をしておく。

 その言葉に呆れ笑いをしつつ、どこか嬉しそうに笑う南浦君。


 「そうか、じゃあ任せた」

 「おぅ!」

 という事で南浦君を含め奈良代表弁天学園はここで脱落だ。

 こうして弁天学園の選手たちに最後の別れを告げた。残された俺達は彼らの分まで頑張らないとな。



 三日前から始まった二回戦は、今日の四試合も終えて、残すは明日の三試合のみとなった。

 ここまでで三回戦に進出を決めた学校は13校。

 明日も強豪校同士の熱い戦いが予想される。

 今年の甲子園は連日見ごたえある対戦カードが並び、観客動員数も例年に比べて多く、このままペース的で行けば過去最多の観客動員数になると前にニュースでやっていた。

 確かに当事者の俺が言うのもあれだが、今年の夏の甲子園は特に見ていて楽しい気がする。プロ注目選手がたくさんいて、例年に比べて一回り上のレベルのプレイヤーが多い。

 過去最高クラスの大会として後世に語られるだろう。そんな大会の一人の選手として野球ができるのが地味に嬉しい。


 さて、明日でベスト16が出そろう。

 どんなメンツになるだろうか? そして明後日からは三回戦。

 俺達はまだ生き残っている。だからしっかりと次の試合に向けて、頑張ろう。弁天学園の選手たちからのエールをもらって、改めてそんな気持ちになるのだった。

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